最終話 移りゆくもの、変わらぬもの

「よーし!! 次こっちだ~!!!」


 大声で人夫が叫び巨大な瓦礫が撤去されていく。


 黒蛇会による大規模なテロ事件から半月が経過した。

 幸いにして民間人の犠牲者は出なかったものの王国兵士には多数の犠牲者が出た。

 命を落としたのは主に王城を防衛していた兵士たちだ。

 黒蛇会は主要な構成員がほぼ全員命を失うか捕縛されるかしており事実上壊滅している。


 人々は悲しみに打ちひしがれ膝を屈して嘆くばかりではない。

 日々復興は進む。

 大きな痛みの中から、それでも皆前へと進もうとしている。


 未だ王宮も復旧のさなかである。

 中庭はようやく汚泥の撤去が完了した所だ。


 そんな中、ダグラスとエトワールはフリードリヒ王に招かれ王の一家と昼食を共にしていた。

 お招きの名目は事件の解決に尽力したダグラスを慰労したいとの事だ。

 それも偽りではないのだが本当の要件は別のところにあった。


 昼食後サロンにフリードリヒ王とパルテリース姫親娘の姿がある。

 パルテリースはそわそわと落ち着かない様子だ。

 先ほどから食堂のドアを頻りに伺っている。


 食堂にはダグラスとディアドラ王妃がいるのだ。

 食事の後、積もる話もあるだろうと皆で気を使って席を外したのである。 

 エトワールはその後一足先に帰っていた。


 ダグラス・ルーンフォルトとディアドラ・ファーレンクーンツ……。

 かつての恋人同士、二十数年ぶりの再会であった。


「パルテ、落ち着きなさい。はしたないぞ」

「いや、だってよ……。パパは気になんないのかよ」


 王は市街の復旧の進捗報告の書類に目を通しながら食後のコーヒーを飲んでいる。


「しばらくぶりに会えたのだ。ゆっくり2人で話をさせてあげなさい」

「そりゃわかってるけどさ……」


 するとドアが開き、件の2人が顔を出した。

 ディアドラは笑顔ながら手にしたハンカチで何度も涙を拭っている。


「もうよろしいのですか?」


 皆が席を外してからまだ15分ほどである。

 王が尋ねるとダグラスが頷いた。


「お心遣い感謝する。十分話はできましたよ」

「ええ、ええ……わたくしもう胸が一杯で……こんな喜ばしいことがあっていいのかしらね」


 ディアドラ妃は冒険家ウィリアムの本を全巻読破していた。

 ならばダグラスからはもうそれ以上語ることはない。

 すべてはその本にあるように生きてきた。


 そしてディアドラ妃のこれまでの日々は概ねダグラスの思っていた通りだった。

 良き夫に、そして良き娘に囲まれ彼女は幸せだった。

 ならばそれでいい。十分だ……それ以上に望むことなどなにもない。


 歩む道のりは別々になり2人は心に傷を負った。

 だが、それでも2人はどちらも幸福だったのだ。


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 数日後。


 よく晴れた昼下がり。王都を一望できる小高い丘の上。

 そこに王族のものかと思うような立派な墓石がある。

 『英雄』ダグラス・ルーンフォルトの墓だ。

 今その自分の墓の前にダグラスは立っている。

 花束を手にして立っている。


「すげーお墓ですね~。こりゃきっとこの下で眠ってる人は御立派すぎて神のような御方に違いありませんよ」

「さあ……それはどうだろうな」


 苦笑するダグラス。

 隣に立つのはエトワールだ。

 御立派どころか……ここに埋められている棺は空だ。

 埋葬者のいない墓である。


 その中身のない墓に花を手向けるダグラス。

 自分のための花では当然ない。

 今回の事件やそれに連なる諸々で命を落とすことになった知己への手向けであった。

 分かり合えないままに命を落とした者も多かった。

 たくさんの面影が記憶の中に蘇る。


 自分が直接手に掛ける事となってしまったイーファンの他、当時の部隊長はほぼ全員が命を落とした。


 その中でシャハム・マウムだけは只一人生き残った。

 事件の後、彼はどうなったか……。

 先日士官学校には辞表を出しており近く受理されるものと聞いている。

 その後は……実家に戻って鍛冶屋の修業を一から始めるそうだ。

 中年になってからの一からの職人修業は辛いだろうが、それを報告に来た時の彼の表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。


 誰かと比較してばかりの人生など虚しいものだと、今更にしてようやく彼は気付けたのかもしれない。


 自分の名が刻まれた墓石に跪いて献花し祈りを捧げる。


(……全て終わったよ)


 今はただ、彼らのその眠りが安らかなものであれと願うのみだ。


 明日にはダグラスたちはこの国を発つ事になっている。

 この次にまたここを訪れる日は果たしていつになるか。

 そういう日は本当に来るのか、それはわからない。


 ダグラス・ルーンフォルトの名を彼は今日ここに置いていく。

 この先名乗ることも己の過去として語ることももうないだろう。


 2つのシルエットが丘を離れていく。

 彼らの頭上には晴れ渡った青空が広がる。

 そしてその下には無限の旅路が続いているのだ。


 彼の名は冒険家にして作家のウィリアム・バーンズ。

 まだ見ぬ世界を求めて旅を続ける男だ。


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 ………………………………。


 ……………………。



 そして、また長い年月が経った。


 

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 ファーレンクーンツ共和国、首都イグハートン中心部。

 イグハートン中央駅セントラルステーション


 汽笛を鳴らしてホームに蒸気機関車が入ってくる。

 多くの旅人を運ぶ黒鉄のボディが軋みながら動きを止める。

 停車した車体は蒸気を吹き、開いたドアから無数の乗客がホームへ降り立つ。


 その中に一人大きなスーツケースを持った灰色の髪の背の高い男がいた。


「先生! こっちです!!」


 その呼びかけに反応して灰色の髪の男……ウィリアム・バーンズが振り返った。

 ホームできちんとした身なりの体格の良い老人が手を振っている。

 ステッキを手にしているが背筋はピンと伸びている。

 ウィリアムは笑顔で老人に歩み寄り2人はホームで握手を交わした。


「初代大統領閣下直々にお出迎え頂けるとは恐縮の至りですな」

「ハッハッハ! 何をおっしゃいますやら」


 豪快に笑う老人。

 彼の名はフリードリヒ・アーデルハイド……旧姓はファーレンクーンツ。

 ファーレンクーンツ王国最後の国王であり、ファーレンクーンツ共和国の初代大統領。


 あの黒蛇会の事件の4年後、国王フリードリヒは王国議会の承認を得て王政の撤廃を決定した。

 王国は共和制へと移行したのである。

 国王一家は一般人となり王の旧姓のアーデルハイド姓を名乗ることとなった。

 そして共和国の初代大統領選挙にフリードリヒ元国王は出馬し圧倒的多数で当選を果たし初代大統領となったのだ。


 現在はそれから三十年の月日が流れていた。


「今はただの隠居老人ですよ。ささ、先生……こんな所で立ち話もなんです。車を待たせてあります」


 引退してすでに長いはずだが、それでもフリードリヒには多くの市民が声を掛けてくる。

 そして彼も丁寧に人々に対応している。

 初代大統領の人柄と人気が伺える一幕であった。


 ……話しかけてくる者たちにかなりの割合で筋肉質なファイターたちがいるような気がするのだが気付かないフリをするウィリアムだ。


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 蒸気式エンジンを搭載した大型車が車道を進む。

 その後部座席にウィリアムとフリードリヒの姿がある。


「しかし本当に先生はまったくお変わりありませんな」

「ははは、ご覧のあり様ですよ」


 ウィリアム・バーンズは魔人である。

 実年齢80を超えた今でも外見年齢は20代後半のまま。

 ウィリアムはそれをフリードリヒにはかつて瀕死の重傷を負った際に受けた特別な治療の副作用のようなものだと説明している。


「それにしても、3日間とは短すぎますな。もう少しゆっくりしていって欲しいのだが」

「申し訳ない。次の国で秘書と待ち合わせしているもので」


 現在のウィリアムの個人秘書……彼女はかつての担当者、小柄でブロンドの美少女だ。

 今回も一緒に行こうと誘ったのだが……。


『イヤイヤ、2人して当時と同じ見た目で行ったらやべーでしょうが。1人でもバケモンなのにそれが2人になったらハタ迷惑バケモンコンビですよ』


 焼きそば食べながらそう言われて断られてしまった。

 なので今回はウィリアムの1人旅である。



 あれから世界は大きく様変わりしていた。

 その主な要因が蒸気機関の普及である。

 この新しい動力は人々の生活様式を一変させた。

 そしてファーレンクーンツ共和国は世界中で特に早く蒸気機関を普及させ発展させてきた「蒸気大国」である。


「家で妻も首を長くして先生のご到着を待ちわびておりますぞ。まあ、妻には首ないんですけども!! ハッハッハ!!」


 肥満ジョークだ。元大統領の肥満ジョークが入った。

 ちょっと反応し辛い。


「パルテリースは……」

「ああ~……」


 その名を聞いた時、フリードリヒが苦笑する。


「いや困った娘です。相変わらず家にも寄り付かないで……今もどこの国で何をしているものやら」


 また反応のし辛い話題を自ら振ってしまった。

 パルテリースがそんな生活を送っているのには少なからずウィリアムが影響している。

 いや少なからずどころか9割がたそうだろう。

 気まずいし申し訳ない。

 今度顔を合わせた時にたまには実家に顔を出すように言っておかねば、と思うウィリアムであった。


「……このあたりもすっかり様変わりしたものだ」

「そうですなぁ」


 窓から流れる街並みを眺めるウィリアム。

 自分の知るこの辺りの光景には必ず馬車の姿があった。

 今はもう1台も走ってはいない。

 人々の移動手段は蒸気機関車と蒸気自動車が主流となり、市街は車道が整備されどこにでも信号機がある。

 故郷に帰ってきたというよりはどこか異国にやってきたかのようなそんな感覚を覚えるウィリアム。


「ですが先生、ほら……あそこを」


 フリードリヒが示した方を見ると……。


「…………おぉ」


 そこは中央広場だ。

 車道から伺うその広場には今日もかつてと同じように多くの人々が思い思いに穏やかな時を過ごしている。

 そして中心部の噴水には今も変わらずに馬に跨った騎士の像が鎮座していた。

 半世紀余りに渡って人々の生活を見つめ続けているもう1人の自分。

 英雄ダグラス・ルーンフォルトの像。


「変わらないものも……あるものだ」


 ウィリアム・バーンズは静かに目を閉じ遠い日々を想う。



 広場の上空は今日も抜けるような青空だ。

 そのどこまでも続く青い世界を今、一羽の白い鳥が彼方を目指して飛び去って行った。



 ─── 完 ───




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遅れてきた復讐者(リベンジャー) ~二十数年で復讐がどうでもよくなっちゃってた話~ 八葉 @hachiyou1995

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