第26話 魍魎剣
「もう一度言う!! これこそがダグラス・ルーンフォルトとレスラーたちの友情!! 魂の絆だ!!!」
拳を握りしめ王がよく通る声で叫んでいる。
これが「正しさ」であるのだと、自らの目的の為に罪もない人々を傷付ける者は必ず報いを受けるのだと……そう心から信じている男の声は力強かった。
………………………………いや、あの。
プロレスラーの知り合い1人もいないんですけど。
勝手にレスラーとの関係が捏造されて話が進んでいるダグラス。
その心の声はか細かった。
フリードリヒ王にはダグラスは自分の正体に付いて今日ここに駆け付けた時に明かした。
流石にもう黙っていられる状況ではない。
ただ流石に暗殺や魔人云々の話まではしていない。
自分は大戦からの帰路に帝国兵残党に襲われ部隊からはぐれて瀕死の重傷を負った。
そしてその負傷が元で記憶を失い長く別人ウィリアムとして過ごしてきたが最近ふとした事で記憶を取り戻し帰国した、という流れにしてある。
そしてザイハルトが帝国の残党でありダグラスと因縁があるとも説明してある。
そのザイハルトは大げさに両手を広げて「落胆」というようなポーズを取る。
「結局こうなるのかよ。やっぱりオレたちは1人だ。なァ? 誰もオレたちには付いてこれやしねェんだよ」
「お前が1人なのはお前が魔人だからじゃない」
孤高である事と勝手に輪から外れて堕ちていく事は違う。
だがもうそれを言ってもこの男に届くとは思えない。
「初めから全部オレ1人でやりゃよかったか……。楽しようとするとロクな事にならねェ」
獰猛な殺気を迸らせてザイハルトが吠える。
その身体から揺らめく陽炎のように青黒いオーラが立ち上っている。
なんという禍々しさ。
さながらその様は怨念の怪物だ。
「私がお前の命を奪ったことがそれほど憎いか」
「……あァ?」
ダグラスの言葉に一瞬虚を突かれたようにザイハルトの動きが止まった。
一呼吸置いて黒鎧の男はぐったりしたように俯いて首を横に振る。
「オイオイオイオイオイオイオイオイ……お前なァ~まさかオレがそんなどうでもいいことの為にお前を付け狙ってると思ってたのかよ?」
「何?」
今度はダグラスが動きを止める番だ。
「切なくなるぜェ……ッたくよお。死んだの生きたの誰々が殺しましただのそんな事ぁどうだっていいんだよ。戦場じゃいくらだって転がってる話だろうが。それがオレの番になったからってギャーギャー言いやしねェ」
「なら、なぜお前は私を目の敵にする……?」
怪訝そうなダグラス。
自分は命を奪われた報復として憎悪されているのだと思っていた。
「わかんねェのか? ……ああそうかい、わからねェのかよ」
声に激しい苛立ちを滲ませザイハルトは腰の長剣の鞘を乱暴に毟り取った。
そして抜き身だった剣をそれに収めて目の前に突き出す。
「
「……!」
剣を示したザイハルト。
その長剣を縦に掲げて兜の額にコツコツと当てる。
「オレはよォ……オレにはよお、これしかねえんだよ。これが俺の全てなんだよ人生そのものなんだよ。コイツ1本でのし上がってきたんだ。命削ってひたすらに鍛えてよォ。それがお前……あの日に……あのウェンブロークの平原で……」
遠く二十数年前……あの最後の激戦のあった戦場が両者の脳裏をよぎる。
「お前はオレの
それは『見た』と言ってよいのかすら定かではない。
気が付いたのはもう終わった後だった。
自分は斬られていた。
だからこの一撃の記憶ですら自分の想像ではないのか……こうだったのではないかという妄想ではないのか、とそうまで思った。
だがきっとそれは違う。
自分はきっとその一撃を見たのだ。
そうでなければ今も尚陽炎のように視界に蘇るこの一閃に説明が付かないではないか。
「あの瞬間、オレは自分がこれから死ぬんだと、斬られるんだと……そんな事も忘れてお前の一撃に見入っちまってた。なんて鋭い剣だ。なんて鮮やかな剣だと目を奪われちまってた!! ……オあああああ!!! 嫉妬ッ!! 嫉妬だ!!! ジェラシーだぜぇぇぇ!!!! ……あ、すいませんちょっと一息入れます」
「スンってなるなよ、そこで」
絡み辛いからテンション維持してくれんかなと思うダグラスであった。
「はいOKです。続きいきます。……お前だけは絶対に許さねえ!!! お前の名を、名声を地の底まで落としてから嬲り殺しにしてやるぜェェェッッッッ!!!!」
無言でダグラスは剣を構える。
話し合っての解決など不可能と言う事はとうにわかっていた。
だがその一方で一度命を奪われた者同士、その復讐を期して地獄から蘇ってきた者同士として微かな親近感も覚えていた。
……それは全て間違いだった。
両者は思っていたよりずっと隔絶されていたのだ。
「さぁ行くぞ……。お前を憎んで、お前を恨んで編み出したこの魔剣をようやくお披露目してやれる時が来たなァ……」
再びザイハルトが長剣を抜き放つ。
その刀身が青白くゆらめく炎のようなものを纏っている。
(!!! 何だあれは!!??)
瞬間背筋に走った寒気。
あれは禍々しい、近付いてはいけない何かだと直感が告げている。
「受けてみやがれ!!! オレの
叫びながらザイハルトが虚空を鋭く横薙ぎにする。
斬撃の届く距離ではない。
……だが!!
その一閃の軌跡をなぞる形で青白い陽炎が描いた弧月が高速で飛翔しダグラスに襲い掛かった。
「くっ……!!!」
受けるのは危険だと判断したダグラスが横っ飛びに回避する。
一瞬だが確かに見た。
飛来する青白い弧月型の陽炎の中に苦悶に歪む人面や髑髏などが無数に浮かび上がっていたのが……。
かわしたそれは地面に炸裂する。
するとジュウジュウと嫌な音を立てながら地面の芝が見る見るうちに灰色に朽ちて崩れていく。
「どうよ? これが
「なんという邪剣だ」
ダグラスは苦々しげに表情を歪める。
これがフガク邸を襲った惨禍の原因に違いない。
「呆けてる暇はねえぞ!!!」
対応を躊躇したダグラスにザイハルトが斬りかかる。
その一撃を剣で受けたダグラスだが剣を持つ両手に冷気と痺れを感じて奥歯を噛む。
接触した所から熱を奪われていくような感覚。
斬撃そのものを防いでも悪霊がこちらを蝕んでくる。
「ヒャハハハハハッッ!!! オレに刻まれて死ぬか、それとも悪霊に喰われて枯れ果てて死ぬのか……お好きな方を選びな英雄殿ォ!!!!」
哄笑し更なる殺意を込めて黒鎧の男が打ち合わされた剣に力を入れて押し込んできた。
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