第14話 別離の夜

「ハァァァ!!?? そんで何です!? 連れて帰ってきちゃったって!!??」


 深夜の『青雀亭』

 その窓ガラスが怒号でビリビリ震えている。

 怒髪天なのは敏腕美少女編集者(自称)のエトワール・ロードリアス嬢である。

 そして怒られているのは今をときめく大作家ウィリアム・バーンズ。


 その大作家は今ベッドの縁に座って捨てられた子犬のように小さくなって震えている。


「だって……だってェ」

「だってじゃねーでしょうがァ!!!」


 ビシッ!!とエトワールが指さしたその先には……。


「まあまあ、そんな青筋立てんなって」


 芋を揚げたやつをパクつきながら状況を見守る姫君パルテリース・ファーレンクーンツがいる。


「オメーだよ! 今まさにオメーの話をしてんですよウチらは!!」


 矛先を変えたエトワールの怒りがパルテリースに向かう。


「滅茶苦茶キレてんじゃん。お嬢ちゃん悪かったってば」

「ウチはテメーより年上だっつーの!!!」


 その辺は無理もないかな、と口には出さずに思う。

 どう見たってエトワールは成人してるようには見えん。

 担当引継ぎの時なんか前任が娘を紹介してくれるのか?と思ってしまった。


「どーすんですかねこんなん拾ってきちゃって!? 今のウチらの状況わかってます!? 王族貴族殺しの容疑に加えて姫君誘拐がプラスされちゃってんじゃねーですか!!」

「大丈夫だって! ちゃんとアタシがフォローすっからよ! この人たちは悪い人じゃないって」


 あっけらかんとしているパルテリース。

 ここへの帰路に説得し今の自分はもうダグラスではなくウィリアム・バーンズなのだという事は納得してもらっていた。

 なので今のパルテリースは自分を『先生』と呼んでいる。


「オメーなぁ……」


 どんよりとした顔で半眼になるエトワール。


「オメーみてーなぱっぱらぱっぱっぱーが味方してくれた所でウチらにゃなんのプラスにもなんねーんですよ。いいからそれ食って黙ってやがんなさいよ」


 言われると意外と素直に芋を揚げたやつを食べるのに無言で集中するパルテリース。

 お腹が空いているのだろう。

 ずっと拘束されていたわけだし。


 実際パルテリースがここへ来る事を良しとしたわけではない。

 何度も城に戻るように説得はした。

 しかし聞き入れては貰えずにこの状況である。

 こちらとしても本意ではないとはいえとてつもなくショックなものを見せたし聞かせてしまったという負い目はあるし、その関係者の本拠地とも言える城へは今は戻りたくないという気持ちもわからないではない。

 ……とはいえ単に流されたというわけではない。

 申し訳ないのだが、自発的にお帰り頂けない上にこちらで突っ返す事もできない以上は迎えに来てもらうよりほかない。

 そのお迎えは手配済みだ。

 ここへ戻ってくる途中に何度も硬質な視線の存在を感じていた。

 あの男と率いる者たちはそこまで間抜けではないだろう……。


 間もなく宿は俄かに騒がしくなり、無数の足音が階下に聞こえ始めた。

 どうやら……こちらの意図の通りの展開になったようだ。


 バン!!とドアが乱暴に破られて室内に男たちが突入してくる。

 灰色の統一された武装の無駄のない動きの男たちだ。

 普段ほとんど人の目には触れることのない特別な任務の為に組織された精鋭部隊。

 それを率いるのは……。


「姫様、さあこちらへ」


 入ってきたのは周囲の男たちと同じ装備に身を固めたクラウスだ。

 数名の特務隊員が彼女を取り囲み護衛しながらこちらから遠ざける。


「……先生」

「パルテリース、お迎えだ」


 静かにそう言うと、それでも何か言いたげにしながらもパルテリースは部屋から連れ出されていった。

 後にはベッドに座るダグラスとその前に立つエトワール……そして、特務部隊員たちとそれを率いる男クラウスが残された。

 姫が退場したことで場の空気がより冷たく冴えていく気がした。


「貴方たちもご同行願いますぞ」

 

 これも当然の展開である。

 クラウスの言葉に反応して武器を構えた特務部隊員がじりじりと迫ってくる。


「それは断る」

「!!」


 拒否すると周囲に一層の緊張が走った。


「大人しく引き上げてくれないか。お前たちを傷付けたくない」


 勤めて静かに、そして穏やかに……威嚇や挑発に聞こえないように気を使いながら発言する。


「ウチらをどーにかする気ならまず自分のサイズの棺桶注文してからにしろよな」


 だが連れが威嚇して挑発しまくっていた!!!


 数人の特務部隊員が下がる。無意識に退いてその事に自分で驚いている。

 1人が武器を落とした。手の震えによるものだ。

 怯えているのだ。気の毒に。

 怒ったエトワール君はおっかないからな。

 もしも明かりもない夜の密林で不意に目の前に巨大な虎が姿を現したらきっとこんな心地になるのではいだろうか。


「クラウス、あの時も言ったが先代を殺したのは俺じゃない。お前が入ってきたのは犯人が逃げた後だ」

「…………………………」


 クラウス・ハインリッヒは無言だ。

 だがこの老人はその卓越した洞察力で見抜いているだろう。

 自分が嘘は言っていないという事をだ。

 彼は眉間に皺を刻んで黙ってこちらを見ている。


「犯人は恐らくだが、自分の思い通りになる部下かそういった人間を大勢自由に動かせる奴だ。お前の周りにもそいつの息の掛かった奴がいるぞ」


 流石にザイハルトの名やその正体までは語らない。

 話がややこしくなりすぎるし、そこまでの義理もないからだ。


「ダグラス様、貴方は……」


 何かを言いかけたクラウス。

 だがその先は実際に声になる事はなく老いた侍従は疲れたように長い息を吐いた。


「我々が憎くはないのですか?」

「あぁ? ムカついてるに決まってんでしょーがよ。今だって元が人類だったかどうかもわかんねーくらいめたくそにしてやりてーですよ」


 何故かエトワールが答えた!!

 まあ……だが否定はしない。

 今が幸せだというのは、有り得たはずの別の幸せを奪われた事が帳消しになる事とは別なのだ。


「もう俺の前に現れないというならそれでいい。ダグラス・ルーンフォルトはもう死んだんだ。今ここにいるのは別の男だ。……それをよく頭に入れておけ」


 その言葉に暫し老人は沈黙し、やがて深く頭を下げる。


「わかりました。金輪際貴方がたの前に姿は見せませぬ」


 声音からはどのような感情による言葉なのか読み取ることはできなかったが……。


「……さらばでございます」


 撤退を指示するクラウス。

 灰色の戦闘服の男たちが静かに引き上げていく。


「クラウス」

「……?」


 その背に声を掛けた。

 怪訝そうにクラウスが振り向く。


「俺の話を広場で色々な人にしてくれてたんだろ。ありがとうな」

「………………………」


 あの予期せぬ再会の日。

 その舞台となった噴水の広場で自分をただの旅人と勘違いしたクラウスが話しかけてきた。

 英雄ダグラス・ルーンフォルトの功績を、どこか誇らしげにも聞こえる調子で語ろうとしていた。

 その様子は手馴れたもので日課のようにそうしていた事は想像に難くない。

 この老人がどういうつもりでそうしてきたのかは、それはわからないが……。


 結局この男にも選択肢はなかったのだ。

 自分を裏切って殺そうとした事は許せるものではないが、それだけが本性だったというわけでもないだろう。


 だからもう何も言うまい。

 ……ただ『さよなら』があるだけだ。


「ドアの代金はちゃんと置いていけよばーか!! 2度と来んなあほ!! とんま!! どすけべ!!(?)」


 別れのシーンに浸れない!!

 エトワールが窓から表の通りに向けて怒鳴り散らしている。


「なんだとこの小娘が!! 老いらくのパワー見せたろか!!!」


 そしてクラウスが応戦している。

 あいつ結構大人気ないな。


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