第15話 再会の昼(しかも翌日)
ようやく夜は静寂を取り戻した。
今はドアを壊されてしまった客室から別の客室へと移っている。
これだけ色々やらかしているんだから追い出されるのではないかと危惧していたのだが……。
「いやいやいやいや滅相もない。どうぞいつまでもご逗留下さいどうぞどうぞ」
実際は主人は揉み手しそうな勢いで上機嫌にこちらを引き留めてきた。
クラウスたちは相当額置いていったらしい。
迷惑料に口止め料も含めたようだ。
落ち着いたところで今後の事を相談する。
パルテリースがいる間は突っ込んだ話ができなかった。
彼女には礼拝堂で魔人だ東の魔女だとやり取りしたのを聞かれてはいるが全然ピンと来てないようだった。
結局、騎士団長ダグラスは謀殺されかかったものの辛うじて一命を取り留めて遠方で名前を変えて新生活を始めたものだと思っているらしい。
「さ~て、ウチらはこれからどうしましょーかね」
「そうだな……」
クラウスと不可侵の話が付いた事で王宮サイドは一先ず決着が付いたと思っていいだろう。
監視までが完全に解かれたと思う程楽観的ではないが何かしようとした時に妨害はしてこないと考えている。
「ザイハルトを見つけ出し、奴を叩かなくては」
ダグラス・ルーンフォルトを名乗って殺戮を繰り返した男の正体……元帝国の剣士ザイハルト・ウォーグラム。
奴がこちらに激しい敵意と憎悪を持って活動している事は明らかだ。
命を奪われた恨みという事か。
自分がかつて仲間と思っていた者たちに命を奪われ、それを恨みに思って復讐を考えていたが思い直した。すると今度は自分がかつて命を奪った相手がそれを恨んで付け狙ってくるとは……。
何とも虚しい話である。
「復讐とはつくづく馬鹿げているな」
「そんな事はねーでしょ。センセは単に間が悪いだけ、運が悪すぎるだけ」
なんかそれはそれで虚しいぞ。
さておき、状況を整理する。
ザイハルトはダグラスを名乗って自分の復讐の対象者たちを横取りで殺して回っている。
それをゲームと称して楽しんでいる節がある。
自分がもし本当に復讐を決行しようとしていればその相手を奪われて悔しくて怒るだろう、仮に復讐する気がなければ今度はやってもいない殺しの罪を擦り付けられてやはり怒るだろう。
念の入った隙のない嫌がらせだ。
事の起こりが王家の恥部であり公の勢力が表立って捜索を行えない所も奴に有利に働いている。
そこの部分は昨日クラウスに情報を流した事で多少状況に変化はあるだろう。
残る復讐の対象者となるべき人物は3人。
クラウスとフガクとシャハム。
この3人の内の誰かを狙って奴は現れるだろう。
そこに待ち構えていて叩いてしまうのが手っ取り早いのだが……。
クラウスは今回の一件で日夜精鋭の特殊任務用部隊員を率いて走り回っている。
3人の中では一番標的にし辛いだろう。
となると残るは2人。
商売をしていて羽振りがいいというフガクと王立士官学校の学長をしているというシャハムだ。
次に狙われるとしたらこの2人の内のどちらかではないだろうか。
待ち構えるとしたらどっちがいいだろう?
とりあえず下見に向かうとしようか。
────────────────
「……こ、これはすごいな」
その大邸宅……いや、最早宮殿といってもいい建物を見て思わず感想が漏れる。
元第8隊長フガク・エンゴウの住居は王都でも所謂貴人やお大尽と呼ばれているような者たちの住まう高級住宅街の一角にあった。
というかその一軒だけが明らかに異質で周囲からは浮いている。
周辺の建物も豪邸ばかりなのにフガクの家と並べばまるでペット用の小屋だ。
ここくらいの大国の宮殿とは流石に比べるべくもないが小国なら十分王宮で通じる建物だろう。
何せ門から建物までが遠すぎる。
広大な庭園が広がっているのだ。
門の内側に馬車と厩舎があるので門から建物まで馬車を使って移動するのだろう。
あまり中を伺っていると門番に不審がられる。
2人は少し離れた通り沿いのベンチに腰を下ろした。
「商売で当たったって? あいつ何売ってこんなに儲けたんだ」
「美術品とかがメインらしいですよ。貿易で」
隣のエトワールが教えてくれる。
そういえば先日の内偵資料にそういう事が書かれていたか。
「東の国々からそういうもん仕入れて売ってたんですよ。そしたら丁度それがファーレンクーンツが帝国を吸収したりとかで大きく豊かになった時期と重なって物が爆発的に売れたらしいですね。……そんでもうがっぽがっぽと」
人差し指と親指で輪を作る「お金」のマークを出すエトワール。
「今じゃ各国に支店があってこの大陸の貿易系の仕事の半分くらいをコイツが仕切っちゃってますよ。ここよりちっさい国の王様だとコイツに借金で首根っこ押さえつけられてて言いなりな奴も何人かいるんですよね~」
「く、詳しいじゃないかエトワール君」
先日の資料にはそこまで書いてなかったように思うが。
「そっちは元々ウチが知ってるエンゴウ商会のデータですよ。まさかそこの商会長がセンセの因縁の相手だとかまったくこれっぽっちも思ってなかったですけど」
なるほど、流石は博識敏腕美少女編集者だ。
「ともあれ……ここはダメだな」
早々に白旗を上げる。
とてもじゃないが忍び込んで待ち構えるのは無理そうだ。
先日忍び込んだ離宮とは訳が違う。
警備の厳重さも段違いである。
「かなりの数の警備員がいるようだ。敷地全体がピリピリしてるよ」
「王宮からの警備兵を派遣するという申し出も蹴ってきましてな」
……おわぁ! クラウス!!
昨夜『さよなら』だけがどうのこうのと言ったばっかりのクラウスがいつの間にか隣に座っている。
「あっ! ジジイ!! テメー金輪際どうのとか言っといて……」
エトワールの声が一気に険悪な感じになった。
「ワシが会いに来たわけじゃありません~。たまたま出先でバッタリ会っただけですぅ~」
「態度悪ぃ~! センセ、コイツ態度メチャクチャ悪いです!!」
ま、まあまあ……。
両者を必死で宥める。
「警備兵派遣を蹴ったって?」
「はい。自分でどうにかするから不要だと。実際かなりの大金を使って腕利きを何人も雇って屋敷に入れているという情報も入ってきておりますぞ」
ふむ……。
となれば尚のこと潜入は難しいだろう。
それなら我々はもう一方……シャハムのいる王立士官学校へ向かうか。
「士官学校へ参られますかな? ワシもその予定で馬車を用意しております。よろしければご案内しますぞ」
流石洞察力の男。
エトワールは露骨に渋い顔をしているが……。
だが断って向こうでまた顔を合わせるのも間抜けな気がするからなあ。
「じゃあ、よろしく頼む」
クラウスの申し出を受け入れる事にする。
「え~……よしましょうよセンセ。コイツ馬車の中で屁ーこきますよ」
「こかんわァ!!!!」
眼球がこぼれそうなくらい目を見開いたクラウスが絶叫した。
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