第9話 黒い蛇たちの主
王都の一角、あまり裕福とは言えない世帯の多く暮らすエリア。
その地下に広い空間が広がっている。
長年に渡り増築され巨額の費用を注ぎ込んで築かれたその地下空間は迷宮でもあり要塞でもある。
無論合法のものではない。地上部分は小さな民家だ。
そこにはカモフラージュの為の構成員に取り立てて特徴のないあり触れた市民を装わせて住まわせている。
王国の……いやそれだけで無く周辺国家も含めた広範囲の裏社会を牛耳る巨大組織。黒い蛇の文様を旗印とするマフィア
最深部は広間になっており、壁には黒蛇の描かれた巨大な旗が掛けられている。
それが首領の趣向だった。
武器に……特に刀剣に囲まれていると彼は落ち着くのだ。心安らぐのだ。
今も彼はその空間に1人椅子に座りテーブルの上に足を投げ出して寛いでいる。
体格のいい長身の男だ。そして男の傍らのベッド代わりに使う事もあるソファの上に無造作に髑髏の仮面が投げ出してあった。
「ボス、失礼します」
その首領の部屋に1人の部下が入ってくる。諜報員を取り仕切っている男だ。
無言でボスは入ってきた男に視線を送る。
「王宮に潜らせてある奴から連絡が…。ダグラス捜索は表沙汰にせずやるようです。あと玉座の間で王妃と娘がもんじゃ焼きしてました」
重要な情報とどうでもいい情報が一緒にきた。
スパイはこの国のあらゆる重要機関に潜り込ませてある。
長年かけて準備をしてきた。中には10年を超えて表向きは真面目に潜入先で務めている者もいる。
「………………………」
ボスと呼ばれた男は無言のままだ。
だがその目は何事かを思案するように照明の明かりを映し鈍く光っている。
「後はターゲットの動向を探らせてる連中からも報告が。まずイーファン団長ですが……」
「それはいい」
低い声でボスと呼ばれた男が部下の報告を遮った。
「よろしいので?」
「ああ、この辺で1度様子を見る。そう何でもかんでもこちらの主導でぱっぱと話を進めてしまっても盛り上がらん。何か……こっちが考えてもいないようなイレギュラーが欲しいな。予想外の動きをしてほしいものだ。『奴』でもターゲット連中でも王宮の連中でも誰でもいいが」
一礼し部下が退出し再び1人となった自室で男は思案する。
思えば序盤は少しばかり性急に事を進め過ぎた。
しかしそれも自分に言わせれば無理からん事だ。
(何せずっと待ち続けていたんだからなァ)
ボスの目が喜悦と悪意を滲ませわずかに細められる。
しかしだ……。
闇の首魁は長年待ち侘びた男の顔を思い出す。
かつて栄光の頂点から奈落へと突き落とされた悲劇の男の顔を。
(復讐はしない? 何故だ?)
男はあの夜確かに復讐の対象者である先代の国王へそう告げていた。
(それなら何故今になって戻ってきた。20年以上も何をしていた?)
王国内や周辺国家はずっと前から組織を使って捜索してきた。
その捜索範囲に潜んでいなかった事はほぼ疑いようがない。
……遠方から来たはずだ。
長年の空白期間は何故だ? 復讐を考えない理由は?
謎は多い。
だがそこに思いを馳せるのも今の自分にとっては幸福な時間だ。
このまま2度と姿を現さないのではないとも思っていたのだ。
その場合は組織を拡充し世界中を捜索範囲とするつもりでいたのだが。
ともあれ、奴は戻ってきた。
喜びのあまり少々展開を急いではしまったが序盤の内容は自分としては及第点だ。
帰ってきたダグラス・ルーンフォルトの想定していた展開は覆し自分の展開へと持ち込めた。
奴は自分の存在を認識し今その正体について頭を悩ませている事だろう。
「そうだ、お前の遊び相手はオレだよ……ダグラス」
どうせ王宮の連中も、復讐の対象としてる奴らもお前の相手は務まらない。
それが務まるのは自分だけだ。
……だが今はまだその時ではない。
最初の関門。
「まずオレは誰なのか言い当ててくれよ。それができたらその時は……」
長剣を抜き放つ。
磨き上げられた刀身が冷たく鋭い瞳を映す。
「直接オレと遊ぼうぜ……愉しませてやるよ、ダグラス」
男は剣の向こうに宿敵の姿を見ている。
そして抑えきれずに漏れ出すような低い笑い声が部屋に木霊した。
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