第22話 英雄の必殺剣

 今日は学生たちに実技を学んでもらう日だ。

 剣術の指導である。

 先程クラウスにも指摘されたが実はこれをちょっと楽しみにしていた。

 いくつになっても男は自分の特技を見せて「俺ってカッコいいだろう?」とやってみたくなるものだ。


 訓練場に大勢の生徒たちが集う。

 がやがやと騒がしく活気がある。

 担当外の学生も多く見物に訪れており、野次馬の中には教師たちの姿もちらほらと見えた。

 木剣を手に集まっている学生たちの面持ちは様々である。

 興味津々といった風であったり、気持ちが高ぶっているように見えたり。

 中には狙っているような目付きでこちらを見ている者もいるようだ。

 一泡吹かせてやろう、というのだろう

 ……私にも経験がある。すぐに井の中の蛙だと思い知らされた訳だが。


 敗北は悪い事ではない。

 まずは自分の弱さ、小ささを知ることが成長の第一歩だからだ。


 準備運動の後1人1人に稽古を付ける。


「好きに打ちかかってこい。私を1歩でもその場から動かせば合格だ。剣を落としたら次の者と交代だ」

「よし、まずは俺からだ!!!」


 一際活きがいいのが進み出てくる。

 さっきの狙ってる目付きの生徒だ。


「でやああああッッッ!!!!」


 気合はいいな。ただ気負い過ぎか。

 力みで動きは固く、読みやすい。

 数発撃ち込ませてから木剣を弾いて脇へ飛ばす。


「よし、次」

「お願いします!!」


 剣を飛ばされて茫然としている最初の生徒を押しのけて次の生徒が出てきた。

 一礼して打ち合う。

 やはり一人目同様に数発打たせて様子を見て剣を飛ばして交代させる。


 そうして十数人の稽古を終えた時、『彼女』が進み出てきた。

 ……パルテリース・ファーレンクーンツ。


「お願いします」


 一礼して構える。

 ……隙が無い。鋭い視線にも気迫が満ちているのがわかる。


「お姫が燃えてるよ」


 見物の生徒のうちの誰かの声がした。


「シッ!!!!」


 鋭く呼気を吐いてパルテリースが打ち込んでくる。

 ……早い。しかも……。

 先ほどまでのどの男子生徒の剣より鋭く重い。

 なるほど、これは……中々のものだ。鍛え上げればかなりの腕前になるかもしれないな。

 しかし、彼女は王族だ。

 皮肉なことに求められる素養はこれではないのである。

 人生はままならないものだ。先ほど口にしたばかりの自分の言葉が思い出される。

 などと考えていたら1人の生徒に打ち込ませる予定の打数を結構オーバーしてしまった。

 いかんいかん。


 姫の剣を弾き飛ばし終了とする。


 得物を飛ばされ痺れが残る利き手を押さえたパルテリースは一瞬泣きそうに表情を歪めた。


「いい腕だ」


 一声掛けると曇りかけた顔がパッと明るくなる。

 一礼し彼女は待機の列に戻っていった。


 1時間後……全ての生徒は座り込むか仰向けに転がっていた。

 全員汗だくで疲労困憊だ。

 みっちりやったからな。

 対する自分はといえば……少し汗をかいたか。

 呼吸はまったく乱れていない。


「すげ~……」

「まったく見えねえ」


 足元の生徒たちがうわ言のように呟いている。

 かと思えば比較的元気が残っていたか、数名の生徒たちが立ち上がって声を掛けてきた。


「ありがとうございました。いやー先生の右上からの切り下ろし凄いですね。わかってても反応できません」


 ……フフフ、そうだろう。

 何を隠そう右上段からの斜め切り落としは自分の必殺剣だ。

 今日は足を封じられていたのでやっていないが、これを実際は得意の高速の踏み込みと合わせて放つ。

 受ける側に立ったことは勿論ないが、相手からすれば自分に一瞬で間合いを侵略され高速の一撃を受ける事になるのだ。

 騎士団長時代はこれを放って立っていられた相手は1人もいなかった。

 あのザイハルトを仕留めた一撃もこれだったな。

 今日は気分が乗ったので剣に光るものがある数名の生徒には撃った。

 姫の剣を飛ばしたのもそれだ。


「英雄ダグラスの『雷霆らいてい』みたいだったな」

「ああ、まったくだぜ」


 ……ん? なんて?


「先生はご存じないでしょうけどこの国には昔ダグラス騎士団長っていう英雄がいたんですよ。その人が得意にしてたのが『雷霆』っていう必殺剣でやっぱり右上からの斜めだったそうです」


 いやご存じなんだよなあ。そいつなら毎日鏡の向こうに見てんだよなあ。


 それはそれとして、なんだその『雷霆』って。初耳だぞ私は。

 私は自分の技に名前を付けることはない。

 後に誰かが自分の特技をそう命名したか。

 まあ名付けておけば一言でいいし語りやすいからな。


 英雄ダグラス・ルーンフォルトの必殺剣『雷霆』か……。


 ──────────────────

 フガク・エンゴウ邸での捜査は続いていた。

 王都でも過去に例のない大虐殺である。

 その捜査には大勢の人員が投入されていた。

 ……とはいえ犯人に繋がるような物は何も残されていない。

 黒蛇会側の犠牲者の遺体や遺留品は全てあの夜のうちに回収されてしまっている。

 そして今は使用人や警備兵の遺体も全て収容され貴重品の類も捜査が終わるまでは国庫預かりとなっている。


 大きすぎる建物、広大すぎる敷地が見事に仇となった。

 騒ぎが外部にほとんど漏れなかったのだ。

 近隣住民で僅かに喧噪を聞いた者もいたのだが、フガク邸ではたまに要人や大口取引相手を招いての大宴会が開かれるので今回もその類だろうと思って気にも留めていなかった。


 ザイハルトは建物最深部で主と傭兵たちを虐殺した後に部下たちと共に敷地内の人間を念入りに殺して回ったのだ。

 表門、裏門を最初に制圧しているので逃げ出せた者は誰もいない。


 そして黒蛇会の者たちが虐殺の後に持ち込んだ物がある。


「この屋敷はなんだってこう油ばっか置いてあるんですかねえ?」


 捜査中の兵士が首を傾げる。

 そう、屋敷内のあちこちに樽に入れられた油が置かれているのである。

 蓋を開けてみれば縁まで油が満ちている。


「さあなあ。金持ちのやる事だしなんか意味があるんだろ」


 まさかそれが殺しの後で持ち込まれた物とも思わず、兵士長はあまり気のない返事を返すのだった。



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