第7話 縺れる糸、混迷の王都
深夜の王都を疾走する影。
逃走したダグラスとエトワールの2人は部屋を取っている宿の近くの区域に到着する。
ここまでは一応追手や監視の存在は感じなかった。
一気に駆け込むのではなく宿の近くに一旦身を潜めて慎重に静かに宿に戻る。
まだ王都は静かだった。
ここから先王暗殺犯を探す大捜索隊が組織されるか?
それともこの一件は公にし難いので秘密裏に捜索を進めるのか?
現時点ではそれはまだわからない。
部屋へと戻るとダグラスは投げ出すようにベッドに腰を下ろした。
主に精神的に酷く疲弊している。今夜は色々とありすぎた。
「……で、何がありました?」
椅子に座ったエトワールが早速訊ねてきた。
どうでもいいが彼女DOROBOUスタイルのままである。
「ロムルス先代王が……殺された」
眉間に皺を刻み渋い声のダグラス。
反対にキラーンと目を輝かせたエトワールはグッとサムズアップしてきた。
よくやった!みたいに。
「いや違うから私じゃないから」
「ええ? 折角来たんだからやっぱやっとこうか? みたいな気分になったんじゃねーんです?」
そんな旅行先で珍しい体験しておこうみたいな感覚でやるもんじゃないだろ暗殺って。
人を何だと思ってるんだろうかこの娘は。
まあ自分がやっていた可能性も少なからずはあったのであまり言えたものではないが。
……そう思うダグラスだ。
彼自身今夜あった事を頭の中で整理しながら彼女に状況を説明する。
一通り聞き終わってから目を閉じて腕を組んだエトワールは何やら考えているようだ。
「……そういう設定でいこう、みたいな? イマジナリーダグラス君が犯人だから俺は悪くねえ、って感じで」
「そういうんじゃないから。事実だからマジで。イマジナリーじゃないから本当にいたんだから偽ダグラス君は」
やったらやったって言うわ。
こんなこんがらがって面倒な言い訳を創作したりしない。
心に虚しい風が吹くダグラス。
しかし……考えれば考えるほどわからない。
あの男は……何者なのだ? なぜ自分の過去を、それも暗殺の経緯を知っている?
そしてあの強さは?
どうして自分を目の敵にしている?
彼の頭の中は今、疑問だらけだ。
あの男がこのまま関係者の暗殺を続けるつもりなら自動的にその罪が自分のものになっていく可能性が高い。それを狙って行動している節もある。
自分としてはもうやる気もない復讐の、その罪だけがこっちに回ってきている。
少なくとも今夜の先王暗殺は自分の手によるものだということになっているだろう。
……心底気が滅入るダグラス。
「大体、どっからあんな奴が出てきたんだ」
「ダグラス君ですか?」
ニセ、ね。
偽をちゃんと付けて欲しい。
本物のダグラス君はここなのだ……そう彼は強く訴えたい。
「おかしいじゃないか。私は二十数年もかかってこの国に戻ってきたんだ。それも帰国してまだ2日とちょっとだぞ。ダグラスを名乗って先王の暗殺を目論んでいた奴がいたとして偶然私の帰国とタイミングが合うとかあり得ないだろう」
「むしろセンセの帰国があったんでやったんじゃねーです? それ知ってんのって誰ですかね?」
問われてダグラスは考えてみる。
「まず初日いきなりクラウスにバレた。先王も私の来訪を予期していた節があるしクラウスから伝わっていたんだろう。とすれば、もし私が本当に復讐を目論んでいた場合その対象になるはずの5人の元部隊長にも伝わっているのか……? その辺りは現在のその5人の様子も知らないし何とも言えないが」
彼は気になっていたエトワールのほっかむりを解く。特に抵抗せずに彼女は身を任せている。
「じゃあその5人の内の誰かが元王様の命を狙ってて、センセの帰国を知らされて今なら罪を擦り付けられるってやったんですかね?」
ふむ……とダグラスが思案する。
可能性としてないわけではないが……どうだろうか。
しっくりこない。理由はいくつかある。
それだといくらなんでも自分が間が悪すぎる。向こうがこっちの帰国を予測できたはずはないのだからまったく偶然に二十数年間動きがなかった関係の破滅的な最期に帰国した事になる。
あの5人が先王の命を狙うというのもピンとこない。普通逆ではないだろうか?
暗殺を命じた者が事が成った後で実行者を処分するというのはよくある話だ。
そして強さ。
あの5人の中にあれだけの実力者がいればあの夜に自分はあっさり殺されて話は終わりだったろう。
元々が実力者だった連中だ。自分がいなくなった後で鍛え上げたとしてもああまでなるだろうか。
あの髑髏仮面は口元は露出している。
見えていた部分はかつてのあの5人の面相とは合致しない気がするのだ。ただこの辺りは断言はできない。
「もう1人いますよね」
思索に耽っていた所をエトワールの声で現実に引き戻された。
彼女は両手で自分を顔を指差している。
「ウチですよ。ウチもセンセの帰国を知ってます。ウチがダグラス君を手配したかも?」
自分がダグラスだと打ち明けたのは日中だ。それから夜を待つまでの間一時彼女は部屋を離れていたが……。
ふっとダグラスは苦笑する。
「だとしたら君の人脈は凄いな」
へへ、と歯を見せて笑うエトワール。
勿論そんな筈はないし彼女も本気で言っているわけでもない。
そんな彼女の軽口のお陰で彼は少し気が楽になるのを感じていた。
───────────────
思った以上に疲労は深かったのかダグラスが目を覚ましたのはもう正午を回ろうという頃だった。
とっくに起きていたエトワールは何故かふくれている。
「何で男女が同じ部屋に泊まって何もねーんですかね、このへにゃチン野郎」
(起き抜けになじられた!
しかもちょっと心にくる感じのやつで!!)
「寝坊助のセンセに代わって優秀なウチが色々調べておきましたよ。はいドウゾ」
まだ若干不機嫌な彼女から数枚の紙束を受け取ったダグラス。
そこに記されている内容を目にして一瞬神経がピリッと緊張する。
それは、あの日の暗殺に加わった面子のその後の動向だった。
目を通しながらダグラスは二十数年前に思いを馳せていた。
・副団長クラウス・ハインリッヒ
実行犯のリーダー格だったクラウス……彼は直後に騎士団を除隊している。
そして文官系の要職をいくつか歴任して最終的には宰相に就任。
後に年齢を理由に引退。そのまま現在に至る。
……但し書きがある。
ロムルス三世の幼馴染である彼は彼の指示の下に王旧内外の様々な謀に関わっていたらしい。
そもそも自分の副官に就いたのも国王の命で監視の為である可能性が高いとされている。
表向き若くて経験の浅い騎士団長を経験豊富な副官が補佐する為の人事だとされていたが。
当時の自分もその割に騎士団の外の人間にやらせるんだなと意外に思った記憶がある。
まあ政治的な思惑の絡んだ人事なんだろうなとは思ったが当時はそれ以上深く考えることもしなかった。
……思えば……。
自分はまったく『政治』ができていなかったんだなと思う。
与えられた役職をしっかりこなし結果さえ出していれば全ては上手く回るものだと思っていた。
しかし実際はそんな事はない。
多数の人間がいれば様々な思惑がある。
そういうものの機微を敏感に察して立ち回らなければ思わぬ落とし穴に嵌る。
その辺りにもう少し頓着していればあんな悲劇的な事件も起きなかったのだろうか。
今更言った所で全ては遅いのだが。
・第2隊長シド・グリオ
大戦よりの帰路、帝国残党の襲撃により落命。
表向きはそういう事になっている。
……実際は暗殺を図った私に返り討ちにされた。
・第3隊長カルタス・ボーマン
大戦の4年後に除隊。それまでの功績により国王より男爵位を与えられる。
しかし爵位とは……汚れ仕事の見返りなのだろうが随分と大盤振る舞いするものだ。
その後は随分と欲に塗れた生活を送っているらしい。
趣味は高額の美術品の蒐集。また妻子がいるのだが王都に別宅が2軒ありそれぞれに愛人を住まわせているとなっている。
なんとも自分の記憶の中の奴とは変わり果ててしまったものだ。
力自慢で朴訥な男だったはずなのだが……。
富を得て変わってしまったのか、それとも自分が本当の奴を知らなかっただけなのか。
・第4隊長ウーサー・マクシム
大戦よりの帰路、帝国残党の襲撃により落命。
実際はシドと同じく私に返り討ちにされた。
・第5隊長イーファン・メレク
大戦後、新騎士団長マクベス・カルナン就任の際に副団長に昇格。それから3年後、団長除隊により騎士団長に昇格。
そして現在も銀竜騎士団団長を務める。
但し書きによればマクベス騎士団長は就任時に既に高齢であり名誉人事の意味合いが強かったとの事。恐らくはイーファンが騎士団長になる事は規定人事でありその為の実績を積ませるために担ぎ出されてきた人物なのだろう。
詰まる所イーファンへの暗殺の報酬は騎士団長の椅子だったという事か。
イーファンは王国の辺境の小さな山村の出身だ。
父親は確か猟師だったはず。その為幼いころから狩りを行い弓の扱いに長けていた。
自分が見出して騎士団に引き入れたのだ。部隊長に推したのも自分だった。
兄貴分として慕われていたと思っていたが……。
その結果があの様だ。自分の人を見る目の無さに泣けてくる。
・第6隊長シャハム・マウム
大戦後に騎士団を除隊し文官に転身。
順調に出世し要職を歴任した後、現在は王立士官学校の学長を務めているらしい。
自分の出身校だ。
シャハムは王都の鍛冶屋の倅だ。親の後を継ぐのを嫌がって騎士団に入った。
小柄で手先が器用で槍を巧みに使う猛者でもあった。明るいお調子者。
あのシャハムが学長か……。
悪いが想像できんな。いつも皆にからかわれている鍋をかき混ぜてる姿しか思い出せない。
そのお調子者であったはずの男から冷たい殺意を向けられたあの夜……。
裏切りの豹変に一番ショックを受けたといえばこの男だったかもしれない。
・第7隊長ヒルディン・ライアン
目を通して驚く。既に故人だ。
死んだのは大戦から2年後。冬の日の朝に王都外れの用水路に浮いているところを発見されたらしい。
死因は凍死なのか溺死なのか……。争ったような痕跡は無く、前夜も正体を無くすまで深酒をしている所を目撃されているので事故だという事で決着したそうだ。
騎士団はあの後すぐに除隊している。
その後はすっかり酒で身を持ち崩したらしい。
意外だ……酒は嗜むがちびちび楽しむタイプだったと記憶している。正体を無くすまで酔った所など見たことがない。
寡黙な仕事人。頼れるいぶし銀だったヒルディン。
それが何故そんな最期を迎える羽目になったのか。
自分としては恨みの対象の1人ではあるが、その悲惨な死に方を知ると複雑な心境だ。
・第8隊長フガク・エンゴウ
大戦から数年後に除隊。その後は出身地である東方の国との貿易を始めたらしい。
王国が大きくなり住人が豊かになるにつれ取り扱っていた商材である異国の美術品が高騰し巨額の財を築く。今ではエンゴウ商会は大陸でも有数の貿易商だ。各国に支店もある。
そういえば旅先で何度か店を見かけたことがあった。まさかあいつの店だったとは……。
記憶にあるのは髭面の熊のような容姿の豪快な武人だった。商売をしている所など想像もできない。
一通り目を通してダグラスは目頭を押さえる。
どういう感情から出たものか自分でもよくわからない長い息を吐く。
「……どうでした?」
「時が過ぎると人は変わるものだと思ったよ。自分もだがね」
当時彼が持っていたイメージからはかけ離れたその後を送っている者が多い。
「まー……それセンセが見抜けなかったって話かどうかはわかんねーですよ。それまで持ってなかったものを手に入れた時、変わっちゃうヤツっているんですよ」
彼女の台詞はどこか冷めている。
武力であろうと財力であろうと権力であろうと『力』は良くも悪くもそれを手にした者を変えるのだ、と。その事はダグラスもわかる気はする。
そしてエトワールは机の上にいそいそと何かを並べ始めた。
「とりあえずご飯にしましょうよ。ウチ、センセの分もたこ焼き買ってきておきましたから」
(……また粉もんが!!!
香ばしいソースの香りが!!!)
───────────────
「しかし大したもんだね。半日でよくあれだけ調べられたものだ」
食事を終えてお茶を飲みつつ感心するダグラス。
「まーウチいろいろ伝手がありますんで。実家絡みなんで本当はあんまし頼りたくないんですけどね」
実家? そういえば彼女の家の話は聞いたことがない事をダグラスは思い出す。
プライベートな事だし詮索はできないかな、と思っていると……。
コンコン、と部屋の戸がノックされた。
「……!」
反射的にベッドに立て掛けてある愛用の長剣に手が伸びる。
するとその自分をエトワールが片手を上げて制した。
「ハーイ」
そしてドアの外に返事をしている。
「『蛮族王』ギガ・ドルガーンさんはいらっしゃるかな? お届け物です」
宿の主人の声だ。
「ウチですウチ」
戸を開けてエトワールが主人から封筒を受け取っている。
(すげー偽名だな。そんなもんが自分の宿に泊まってる事に主人は何も思わないんですかね)
受け取った封筒をそのままエトワールがダグラスに渡す。
「追伸があるみたいですよ」
先ほどの調査結果の続きらしい。差出人は例の『伝手』とやらか。
受け取って封を開け中を確認するダグラス。
そこには……。
「…………………」
彼は表情が険しくなるのが自分でもわかった。
そこには、カルタス・ボーマンが昨夜殺害されたようだと記されていた。
一通り読み終わってからエトワールに紙を手渡す。
「ありゃまあ」
うへえ、とげっそりした顔のエトワール。
「殺されてんのが見つかったのが日付の変わる少し前ですかぁ。こらウチらが離宮に行く直前ですねえ。発見者は執事。死因は首を折られてたと……」
「あいつだ」
眉間に皺を刻んだままのダグラス。
髑髏の仮面の男を思い出しながら言う。
根拠はないがそういう確信がある。ダグラス・ルーンフォルトを名乗ったあの男。
全身に殺意と悪意の匂いを持った男だった。
昨夜の邂逅の前に既に奴はカルタスを殺してきていたのだ。
そうなるとあの場に駆け付けたクラウスはカルタスの訃報を持ってきたのかもしれない。
「くっそ! 何なんだあいつは!! 本当に私の仇全員殺して回るつもりなのか!!」
「あわわセンセ落ち着いて。ホラ出涸らしの安いお茶!」
受け取った湯飲みを一気に煽る。
(うーむ、薄い)
お茶の葉を買いにも満足に行けない現状ではやむを得ないのだが。
「……でもまあ、放っといていいんじゃねーですかね?」
エトワールの言葉に驚いてダグラスは顔を上げる。
どことなく達観した顔で彼女は肩をすくめる。
「だって庇ってやりたいような相手でもないでしょ? すかぽんたん同士が勝手に殺し合ってるんだから放っておきゃいいんじゃねーですか?」
殺し合っているというか昨夜の奴の実力ならまず一方的な殺戮になるだろう……そうダグラスは思った。
そして殺されているのは確かに過去に自分を裏切って罠にかけ殺そうとした面子だ。
しかし奴はそれをダグラス・ルーンフォルトの名を語って彼に罪を擦り付けてきている。
「やってもいない殺人の罪までかぶるのはなぁ。今更名乗るつもりもない名だが……」
複雑な表情のダグラス。
これでも騎士団時代は結構品行方正にやっていたのだ。死後に汚名を着せられるのも気分がよくない。
彼は再び思索の階段を下り己の内側をのぞき込む。
少し、状況と自分の心の中を整理する必要があるのかもしれない。
帰国してから予想外の出来事の連続で事がまったく自分の思ったように進んでいない。
これからどうするのか?
何のためにそうするのか?
それを改めて決める必要がある。
「それに被害が私の仇だけに留まるとも限らないしな」
ふとディアドラの事を彼は思い出していた。
すると何故かエトワールが膨れている。
「今人妻でしかも子持ちになっちゃった元カノの事考えてたでしょ!? この未練たらたら野郎!!」
「ちっ、違うね!! 考えてないね!! 未練とかないしな!!!」
露骨に狼狽して何か盆踊りみたいなモーションになるダグラス。
「ぜーったい考えてましたぁ~!! キーッ!! 腹立つ!! このノスタルジー中年!!!」
「ノスタルジー中年じゃねーし!! 俺は過去を捨てた男だし!!!」
「……あっ」
エトワールが止まった。
釣られてダグラスも止まる。
「今の……『俺』っていいですねぇ。これからはそれでいきましょーよ」
言われて気づく。一人称がダグラスのものになっていた。
「いや」
彼は静かに首を横に振る。
同時に心の中のもやもやしたものが少しずつ形になっていくのを感じる。
「『ウィリアム・バーンズ』の一人称は『私』なんだ。私はウィリアムなんだよ」
今の自分は騎士団長だったダグラス・ルーンフォルトではない。
冒険家で作家のウィリアム・バーンズだ。
ウィリアムとして関わってきた人々がくれた名前、くれた人生。
それはダグラスだった自分の怒り、憎しみ、無念……それらが原因で傷付いて壊れかけた心を補って余りあるものだった。
お陰で自分は憎悪の深淵に堕ちることはなかった。
過去に囚われずに生きていける。
前の名を置いていくこともできる。
(……そうか、ようやく頭の中がすっきりした)
「胸を張ってこれからウィリアムとして生きて行く為に私の昔の名前を使って遊んでるバカはブッ飛ばす。過去の因縁のゴチャゴチャにも蹴りをつける。それでまた旅に出るんだ。次回作も執筆しなくてはな」
それを聞いてエトワールは長い溜息をついた。
呆れたような、でもどこか嬉しそうな、そんな感じの溜息だった。
「そーですよセンセはうちの会社の売り上げキングなんですから。キリキリ働いてもらわなくちゃいけねーんです」
そう言ってニヤリと笑うブロンドの編集者なのであった。
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