第26話 残された好感
「もう皆さん……お揃いでしたか?」
城内通路を進みながら、
——お待たせして……しまいましたか? というように。恐る恐ると。人は第一印象が大切。遅刻は人でなし。いけないことだから。
「……?」
彼女は首を傾げて、当惑したように私を見詰めた。ドクン、と既視感。赤信号。不吉な胸騒ぎは、確信に変わっていた。
「
——神よ。
「……はい?」
「私と
——神は死んだ。
「他に参加者は……」
「いないわよ」
——おかしなことを言わないでよ、というような口調。表情。辛辣な天使。
(お、お兄さま? だ、騙しやがったな?)
ついうっかり口汚い言葉を発してしまう。
「もしかして……二人きりは、嫌だった?」
激震が走る。
(こ、これは——うるっとした上目遣い!)
そ、そんなことないよ! という返答を引き出す魔法! オトコをイチコロにする必殺技! な、中々な手練れ。相手にとって不足なし。
(しかも……慣れているな、コイツ。味を占めている顔つきだ)
——だが。
私たちは同い年。同性。同い公女。あまり背丈も変わらない。伝家ノ宝刀——上目遣いが通用する相手ではない。何事にも相性はある。
(見誤ったな……おぬし)
——それが貴様の敗因よ。
「……いいえ。聞いていた話と違って、驚いただけです」
「なら良かった……!」
うぅ……ま、眩しい。笑顔満天。直射日光は……む、無理。効果は抜群だ。
(お、お天道様……)
「ずっと話したいと思ってたの! 嬉しいわ!」
——あ、天使。天使でした。
彼女が本物。私は偽物だった。負けた。負けましたよ。私は敗北者。敗因は
「……それは光栄です」
「もう! 堅苦しいわ! もっと気楽に話しましょうよ!」
——二人だけなんだから、と。
「……うん」
「……」「……」
(……うん?)
続く言葉を、楽しみに待っていたことか。彼女は、ただ私を見詰めていた。そして少し落ち込んだように——視線を前に移した。
——悲しきかな。少なくとも、私にとっては。足音だけが、場を満たしていた。
(……何? ……何を話すの? 女の子って……何を話すの?)
兄弟と貴重な幼年時代を共にしたことが、今になって悔やまれる。胸が苦しい。罪悪感でいっぱいだ。話題。話題を探さねば。
——流行? なにそれ? おいしいの? 興味なんて……なかったもん。
——
(問題ないじゃない……)
——普段なら。
いや——そうだ。侍女がいた。
(助けて、エマ。貴女なら……)
思い出を振り返る。話題。話題。沈黙した能面侍女。何やら一言呟いた。
——何も思い起こすことはありませんよ。
(……)
「……さあ! 私が好きなものばかりなの! 感想を聞かせて! ね!」
話題探しに没頭していた私に、彼女は腕を広げて、部屋に入るよう促した。
中央に据えられた
「さあ、座って!」
人生初となる
***
「あれ? そういえば……侍女は連れていないの?」
席に座って一息つくと、彼女は不思議そうに尋ねた。
「
代わりに連れてこなくとも——ね? いきなり他人を信用できないから——ね? こんな御時世ですから——ね?
彼女に言い訳は必要なかった。
「そうなのね」
——エミリィ! と、彼女が元気よく呼びかける。背後に仕えていた侍女二人から、一人が応答した。
「今日一日、彼女を世話してあげなさい」
「かしこまりました」
彼女と目が合った。勤勉で真面目な印象。
「エミリア・フォレストと申します。恐縮ですが、本日お嬢さまにお仕えする栄誉を授かりました。どうかよろしくお願いいたします」
「あ、こちらこそ。ルシア・ノクシオンです。よろしくお願いします」
(……丁寧すぎた? ……改めて名乗る必要あったかな? 今……どんな
些細なことが、すべて悔やまれるような感覚。何か間違いを犯していないか。非常識な言動ではないか。つい不安になってしまう。
「失礼いたします」
早速、仮初めなる主人に奉仕する彼女。葡萄を思わせる芳醇な香りが立ち昇る。特産品なんだろうか。紅茶に果汁を注ぐとは。
(……罪深いものね。止まるところを知りませんな。欲というものは……)
「ねえ、今……何を考えていたの?」
——え?
「何か……おかしなことを考えてそうな……顔をしてたから」
「あ、うん。いや、そんな……」
——表情してたかな? と、戸惑う彼女。
(話すことが……苦手なのかな?)
「これはね。
「そう……でしたか。とても……良い香りですね」
(敬語は……直らないかな?)
内向的で大人しい女の子。常に他人の顔色を窺っている。考えたことを一割も言葉にしない。物事に関心は低く、自分を
(……そんなところかな)
「罪深いものだな、と」
「……え?」
つい素が出てしまった。思いもよらない発言に。
「いえ。紅茶に果汁を注ぐとは、罪深い発想だな、と考えていました」
(あ、さっき尋ねたから……)
「そう……そうでしょ!? 『欲に正直に生きる』が、
「……貫けそうですね」
ふふっと、つい笑みが
——それにしても。
(素直というより……正直なのね)
尋ねられたら、考えをはっきりと伝えられる。ただ伝える意志がないだけ。意外と大胆なところもある。逆らう気概を、胸に秘めている……かな?
——見栄っ張りで小心者な有象無象より、余程好感が持てる。
(……英雄が残した娘)
これから彼女を待ち受ける運命に、私は思いを馳せずには、いられなかった。
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