第4話 呼び起こされた運命

「皆様、ようこそお集まりいただきました。本日はわたくし、ジャッジが進行いたします」


 直系親族と傍系親族が向かい合うように着席した議場に、粛々とした声が響き渡った。


 客室に用意された枕が気に入らなかったか、伏し目がちに首を下げたイザベラ夫人が目に入る。


 ——トン、トン。


 指先で机を軽く叩き、鋭い視線を司会ジャッジに向けるダグラス卿。誰もが空席を気にかけていたところで、その意図は明らかだった。


 司会が口を開こうとした瞬間だった。


 荒々しい風が吹き込んできたかと思うと、前方に据えられた空席が、主を迎えようとしていた。


 彼女は不快を隠すことなく、殺気がこもった視線を丁重に送りつけてから、椅子を引いて座席に腰を据えた。


(災難だな……身から出たさびだけど)


 刺客を送り込んだ元凶に情けをかけるほど、世間は甘くない。


 ——自業自得。

 ——因果応報。


 彼は、彼女を世間知らずな小娘だと見誤った罰——むくいを受ける運命さだめと相成った。


 そもそも命を狙うか? 普通。ありえない。正気とは思えませんな。


「何か面倒事でも?」


 遅れてきた理由を問うように、叔父さんは尋ねた。真向かいが矢面だった。


「昨夜、刺客が庭に入り込んだ。幸いにも被害はなかったが、行方ゆくえくらましている」


 ——それにしても。


「エリアス卿、顔色が優れないようだが」


 ——後悔しているか?


 犯人を告げるも同然。いとも容易く行われるえげつない行為に、人は涙を禁じ得ない。


 子供じみた真似まねをする十六歳にあきれつつ、嘆かわしい現実にくちびるを噛み締めた。忸怩じくじたる思いだった。


「そうか。あれは、エリアス卿を狙ったかもしれないな」

「……」


「安心するといい。其方そなたを狙うことは、もうないだろう」

「……」


「今頃誰を狙っているか」


 ——気がかりで仕方ないが、と。


 隣で息を潜めていた弟が、弱々しく身を震わせている。


(……愚かなことを)


 腹立たしい思いよりも、情けない思いが全身を駆け巡っていた。弟に対する憐憫れんびん。家族ノ情。理性とは何か。


 ——私は頭を抱えるしかなかった。


「ジャッジ卿、進行を」

「……かしこまりました」


 ——児戯は終わりだ。


 というように。会議は粛々と進められた。



 ***



「昨夜、お嬢さまがオルフェン公を後見人に指名し、遺言を果たされました。異存がございませんでしたら、親族一同が満場一致で同意した旨を添え、皇室に言上する次第でございます」


 滔々とうとうと告げると、司会は議場を見渡した。異議を唱える者はいなかった。


「異存ないことを確認いたしました。つきましては、同意書に署名をお願いいたします」


 書類は宙に浮き上がり、各々手元に収まった。筆をいた者から順番に、飛び帰ってきた書面を全て確認する。


「皆様ご同意いただけたことを確認いたしました。以上をもちまして、正式にオルフェン公を後見人として認定し、本会議を閉会いたします」


 シエル様、とジャッジが耳打ちする。皇室に報告する仔細しさいについて、早速相談を持ちかけているようだった。


(あっけないなあ)


 遺言に無理強いされた役目を健気けなげに果たした実感もとうに過ぎ去り、後には拍子抜けした抜け殻だけが残っていた。


(それにしても……)


 波風立てず従う親族かれらが、いささか奇妙に思われた。


 ——いな


(……立たなかっただけね)


 恐怖で縮こまったエリアス卿を見て、内心おだやかではなかった。裏切られたような孤独を感じていた。私だけが道化だった。


 ——滑稽というほかない。


「ルシア嬢」


 頭上から降りかかる声が、私を現実に引き戻した。悲嘆に暮れる暇もありゃしない。


「すべて過ぎたことだ。呼び起こされても」


 ——返事をする必要はない、と。


 意味深長な発言にしては、柔らかな物言いだった。たいしたことはないんだと。


「ついてくるように」


 言われるがままに、立ち上がって背中を追いかける。立ち止まるわけにはいかない。


 ——それは許されない。


 底から沸々と湧き上がる何か、抑えきれない何かが、私を突き動かそうとしていた。


 ——それが運命とでもいうように。



 ***



 それは議場を後にした時だった。


 彼女が身体を反転させたかと思うと、足元から勢いよく黒影が立ち昇り、呑み込むように私を包み込んだ。


 気づけば——見知らぬ部屋にいた。辺りを見渡しても、やはり見覚えはない。


其方そなたに眠る第六感アルカナが、目覚めつつある。閃光が迸るたびに、それは鮮明になるだろう」


 ——部屋を彩る古き良き雑貨たち。彼らに目を惹かれていた私に、彼女は語りかけた。


 棚から茶杯カップを手にとり、魔法瓶ケトルから熱湯を丁寧に注ぐと、茶葉を包んだ小袋を取り出し、お湯に浸して差し出した。


「好みな頃合いで」


 ——混ぜて飲むように、と。


 促されるままに茶杯を受け取り、無造作に置かれた椅子に腰を下ろす。ほっと一息。


(……あたたかい)


 古風な器を手に、たゆたう液体それがしだいに紅く染まっていくさまを眺めながら、語られた言葉に思いを馳せる。


 ——アルカナ。それは人智を超えた力。この世界につかわされた、限りない神秘。


(それが……私に?)


 内側から沸々と湧き上がる感情。不安。期待。恐怖。抑えきれない感情が、私を支配しようとしていた。


「呼び起こされても」


 ——返事をする必要はない。


 御茶菓子を取り出しながら、それとなく呟かれる。たいしたことはないんだと。


 繰り返された言葉は、異なる意味を抱え込み始めていた。


 ——私を捉えて離さなかった。


「ただ受け入れること」


 手渡された袋を開けて、指でつまんだ菓子を、口にそっと運ぶ。甘くとろける小恋菓ショコラが、ざわついた気分を和らげてくれる。


 茶袋それを軽く揺らめかし、茶杯これを傾ける。


 ——身も心もいやされる心地だった。

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