第6話 惨憺たる会議

 葬儀あれから早数日が経った。幸い命に別状はなく、新たな日常に身が浸かり始めていた頃だった。


 穏やかな世相に一石を投じる知らせが、公爵邸に舞い込んできた。


 ——小石こいしどころではなかった。


 転がり込んできた巨石きょせきは、止まることなく帝国中を押し潰す勢いだった。



 ——皇帝マクシミリアン一世が崩御した。



 帝国を創始した偉大なる指導者が、輝かしい栄光ある人生に幕を下ろしていた。


 後に残された忠良なる臣民は、見通せない先行きに警戒を強めずにはいられなかった。


「明日にも皇太子が即位を宣言するだろう」


 ——ただ。


「形式上、皇室会議が緊急に招集されている。参加は自由だ」


 ——どうするんだ?


 後見人が、後継者に意思を問う。揺さぶりかけるような言葉で、淡々と。


 ——もちろん。


「参加します。新たな皇帝陛下と相見あいまみえる貴重な機会です。その人柄を窺い知ることができるでしょう」


 堂々とした態度を装って、私は答えた。


 ——そうか。


「では、準備が出来次第、皇宮へ向かう。ジャッジ卿、後は任せる」


 ——手抜かりないように、と執事に目配せする。そんな応酬やりとりが目にとまった。


 それは——若公子わたしに対する期待と、執事かれに対する信頼が込められていたか。


 あるいは——責任はすべて執事それにあり、負担に思うことはないと気遣う心からか。


「留守を頼むぞ」


 ——弟妹ふたりを守るように、とギルに告げる。


「……ああ」


 言われるまでもない、と言わんばかりな態度だった。



 ***



 ——コンコン。


「準備はいいか?」


 開けておいた扉が、手の甲で叩かれた。私は呼応するように立ち上がり、落ち着いた態度を装って答えた。


「はい」


 ——行きましょう。


 忍び寄る影が、私を呑み込んだ。そこは——煌びやかな一室だった。


「ようこそいらっしゃいました。第一秘書官ローレンスが、ご案内いたします」


 ——こちらへどうぞ、と余韻に浸る間もなく案内される。


「これから議場へ向かう。参加する者は」


 ——大きく分けて三種類。


「皇室・貴族・聖職者……ですね?」

「そうだ」


 彼女は微笑んだ。


 ——若公子わたし執事かれねぎらうように。


「誰がいようと、気にすることはない」


 ——ただ。


「胸を張れども、虚勢は張るな」


 ——後悔するぞ、

 ——黒歴史となって、と。


 妙に気が抜けるような忠告だった。


 ——馬鹿にはできないが。


「こちらでございます」


 ローレンス卿が胸に手を当て、恭しく一礼する。彼女が向ける眼差しに、こくりと頷いて応える。


 部屋に入るや否や、毎度おなじみ、鋭い視線が向けられた。既視感ある歓迎だ。


 ——俯くは失礼というもの。


 私は堂々と進み、侍従が案内した席に身を預けた。内心冷や汗ものだった。気が気でない。落ち着ける席でもない。最悪だ。


 貴族と聖職者が向かい合う場において、最も皇室に近い位置から——二番目。


 観念して周囲を窺うと、隣に座る男性が、私に愛想よく微笑みかけてくれた。


 高くそびえて、少し外側に開いた赤いえりは——髪色と同じ——柔らかな白金色プラチナふち取られている。


「彼の日常羽織トレードマークというものよ」


 見透かされたように、背後からそっと耳打ちされた。柔らかな口調。柔らかな声音。


 ——少しくすぐったい。


 視線を戻すと、羽織それは穏やかな笑みを浮かべる彼に、赤く大胆な威厳を添えていた。


(彼が……)


 ——シルヴィ大公。


 残された空席が埋まり、議場に厳粛な空気が張り詰める。頼れるは、己と背後に控える後見人。


 ——否?


 私たちを見下ろす空席が——二つ。彼らは味方か、それとも敵か。


「皇后陛下、ならびに皇太子殿下が入場されます」


 扉に控える侍従が高らかに告げた。呼応するように席を立ち、胸に手を添えて敬意を表する。


 皇后陛下に続き、皇太子殿下が入場したかと思うと、彼はピタリと足を止めた。



「招かれざる客がいるようだが?」



(あ、これは……)


 彼から見て——敵だ、と悟りを開く。


(……叔父さんがいてくれたら)


 第一声から溢れ出た嫌悪感を、子供じみた真似をしたと呆れて眉をひそめるか、一笑に付してくれることだろう。



「正気とは思えませんな」



 ダグラスの威を借るシエルは、飄々ひょうひょうと言い退けた。


燦燦さんさんたるノクシオン当主代理に、このような仕打ちとは」


 ——たいしたおもてなしなことだ、と。


意趣いしゅがえしというか……)


 ——意外と根に持つ性格タイプかも。


 触らぬ神に祟りなし。気まずい沈黙が議場を覆った。神に救いを求めることくらい。


 ——聖職者かれらに任せて仕舞えばいい。


 私は静観を決め込んでいた。ただ巻き込まれたくなかった。


 ——少々手遅れな気もしていたが。


 なにはともあれ、捨てる若公子がいれば、拾う皇太子もいた。沈黙は破られる。


 ——火に油を注ぐ形ではあったが。


「ハッ! 忌まわしいけがれた血が、燦燦たるノクシオンを語るとは!」


 ——実に滑稽だ、と彼は嘲笑あざわらった。


「何が超越者アウローラだ!」



 ——ユニウェルといったか!?



「所詮無力な小娘だったではないか!」

「……殿下!」


 ——お言葉が過ぎます、とローレンス卿が駆け寄った。


 皇后陛下を労わるように身体を支え、固唾を呑んで推移を見守っていた侍女でさえ、嵐の前触れを感じずにはいられなかった。



「導かれた玉座でしょう」



 それは嵐の前の静けさというべきか、不気味なほどに抑揚なく発せられた言葉だった。


 ——ただ。だからこそ——


 底知れない怒りが、深淵から姿を現そうとする気配が、ひしひしと感じられた。


「……黙れ!」


 ——衛兵!


 壁際に控えていた彼らが呼応する。駆け寄ろうともしない不忠な者は当然いない。


 ——だが。


 金縛りにでもあったように、動ける者もいなかった。忠も不忠も超越した存在を前に、彼らは無力だった。


「皇室会議で刃傷にんじょう沙汰ざたなど、笑えませんよ」


 ——それも陛下が崩御された折に。


 至極真っ当な常識を説く救世主メシア。救いを求める声に応えた英雄は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。

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