第24話 悟られた現実

「……御茶会ティー・パーティ?」


 伝えられた言葉を、兄に聞き返す。こんな御時世ごじせに? 余所者よそものを招いて? 正気とは思えませんな。ゴホン、ゴホン。


「うん。ユスティア大公女——シルヴィ大公家が、どうやら主催するみたいでね。同い年だろう?」

「たしか……そうですね」


 ——ユスティア・シルヴィ。


 謎に包まれた兄ハーミット・シルヴィとは異なり、社交的な性格で、同年代子女と多々交流しているとか。


 ひきこもり気味な私とは、とことん縁がない人だった。とことん縁がある人が、別にいる訳でもなかったが。


「うーん……」


 ひとまず悩むふりをする。それが礼儀というもの。結論は言うまでもない。


 ——ノン!


「こんな御時世ですから……」

「招待状は、これ」


 有無を言わさず手渡された手紙は、おそらく彼女直筆で、かわいらしい文字が並んでいた。好意は無下にはできない。読まねばなるまい。


 ——破門された皇室をいたわる会。


(……ん?)


 見出しというべき書き出しを、二度見、三度見する。


(は、破門を? い、労わる? な、何から目線?)


「これは……不敬では?」

「皇帝陛下に……娘は、いないから」


 妙な回答だった。何故か理由は、分かった気がするけど。


「溺愛されて……いるんですね」

「かわいい姪っ子……なんだろうね」


(……大丈夫なの? この帝国くには……)


 沈黙が場を支配する。誰も答えてはくれない。私にできることは、招待状に目を通すことだけ。手が届かないことは、大人に任せるだけ。


 ——あれ? 皇帝おとな……?


「大公家も、今度ばかりは……中立を保てそうには……ないから」


(それで……いたわろうと?)


「……殊勝なことですね」

「彼女は、人を試すようなところが……あるらしいからね」


(……なるほど?)


 どうにも歯切れが悪い説明。分かったことは、ただ一つ。


 ——私に参加して欲しい、ということだけ。


「……参加しますよ」

「……大丈夫かい?」


 人に勧めておきながら、心配するとは。


 ——卑怯ですね。なんて——もちろん本心ではない。


 私も貴族のはしくれ。見縊みくびられては困りますね。


「大丈夫ですよ。これでも——ノクシオン公女ですから」


 これ見よがしに、胸を張る。所詮同い年。どんとこい! というものです。シルヴィだか、アルビオンだか、関係ありませんから。


「……そうだね。うん、頼んだよ」


 ——とは言っても。


「ちなみに……付き添いは? 誰が参加するんですか?」

「付き添いは、侍女エマがいるだろう。参加者は、中央貴族だろうね」


 ——彼女シエルは?


「彼女には、護衛要請が届いている。従妹シアが行くなら、間違いなく引き受けるだろうね」

「……そうですか」


(彼女がいるなら……)


 ——安全面は、心配いらない。大丈夫だろう。


「……彼女を信じられないかい?」


 形ばかりな返答を不審に思ったか。それっきり俯いた私を心配に思ったか。彼女に不信任を突きつけた顔をしていたか。


 彼は一歩踏み込んだ問いを投げかけた。


「私は……」


 言葉が詰まる。促された思考に、頭がついていかなかった。招待状を握る手に、思わず力が入る。悲鳴をあげる招待状から、目を離すことができなかった。


(私は彼女を……)


 ——もはや信じられない?


(……本当に?)


 ——彼女がいると聞いて安心した。そうでしょう?


(裏切られた気分だなんて……)


 ——夜を過ぎたら忘れた? 何か事情があったんだと、込み入った感情は呑み込んだ。そうでしょう?


(……何様よ)


 ——彼女が何をした? 私が——何をした?


(私は……)



「シア」



 ビクッ、と身体が跳ねた。


 焦点を失っていた視界に、柔らかな手が添えられている。握りこぶしに、手が添えられていた。そっと労わるように。


 思わず顔を上げると、目が合った。


 向かいに座っていた兄から、温もりが伝わってくる。帰るべき現実に引き戻された。それは優しさだった。


 それは——彼だった。


彼女シエルは、悪い人ではない。これは……確信めいた妄想かな?」

「……いいえ」


(妄想では……ない)


 ——本当に?


「彼女を信じる自分が、信じられないかい? 意志とは無関係に、強制されているようで? 苛立ってしまうかい?」

「……そう……かも?」


(私は……苛立っている? 自分に? 彼女に? それとも……)


 ——裏切れた気分だなんて。


「否定したいかい? 定められた人物設定うんめいを?」

「……はい」



 ——何様よ。



「それを反抗期というんだよ」



「……はい?」


 クスッ、と笑みが零れた兄は、おっと……なんて言って、口元に手を添えた。これ見よがしに、わざとらしく。微笑ましそうに。


(私は……苛立っている?)


 悟られた現実に? それとも——彼に? なんて——もちろん本心ではなかった。そんなはずはない。あるはずがないんだから。


「安心して行っておいで。運が良ければ、気が合う友達もできるだろう」

「……はい」


(運が良くないと……できないと?)


 駄目だ。穿った見方をしてしまう。落ち着こう。彼は悪くない。


「疑うことなんて、いつでもできるんだから。今しかできないことかもよ? 信じることは」

「……はい」


(……おちょくってますよね?)

 

 駄目ではない。彼は悪かった。落ち着いたものだった。


 ——御茶会。ユスティア公女。同い年。


(……友達になれるかな?)


 そうなれたらいいな、と心から思う。こんな御時世ですから。

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