第15話 類を変えた聖女

「あれが秘密兵器きりふだか?」

「あやしい人ですねぇ。あれは裏がありますよ。真っ黒な裏が……」


 閉まり切っていない扉に気づいたが吉日。目を凝らして中を覗く次男長女わたしたち


「根拠は?」

オンナカンに決まってます」


 ——だろうな、と。あやしい根拠だ、と。


 何を話しているか、会話に耳を傾けようと必死な者たち。燦々さんさんたるノクシオン。


 ——これが現実だった。



 ***



「歓待していただけるとは、光栄ですね」

「職場を消し去りましたから。気を遣う必要はありません」


 ——むしろ感謝してもらいたいものです。


霊気エーテルを粗末にする者は、霊気エーテルに泣かされると」


 ——言われるものですから、と。


「あのような真似をしていては、嫌われてしまいますよ」


 ——神霊だれかさんに、と。世間みなさんに、と。


「嫌うはずがないだろう」


 ——人間ダレカさんとは違ってな。


「……耳が痛い話ですね」


 ——それにしても、と。


「私については、御存知だったようですね」

「嫌でもな」


 ——それは光栄ですね、と。


「私も噂は予々かねがね、お聞きしていますよ」

「そうか」



「人を殺した魔女——殺人鬼だとか」



 ガタッ、と音が響く。すると扉を越えた先で聞き耳を立てていた小鼠たちが、気まずい様子で部屋に入ってきた。


「失礼しました。申し訳ありません」


 ギルバートが代表して謝罪したかと思うと、何事もなかったように、足早に部屋を出て行こうとした。妹もピタリとくっついて。


 きちんと扉を閉めようとした時だった。


「……まあ! ノクシオン御子息ですか? それと長女……様?」


 声をかけられては、そのまま去るわけにはいかない。再び扉を開け、気まずい調子で歩いて近づく。


「はい。次男ギルバートです。はじめまして。此方こちらは、シア……」

「長女ルシアです。はじめまして」


 愛称で紹介する兄を遮って、自ら名乗り直す。ギル兄も緊張しているんだよね。わかっているから。妹だからね。


「まあまあ。可愛らしいですね。それと凛々しいお顔つきで」


 褒められて悪い気はしない。それが人間というもの。


「私は、アナスタシア・アルビオン。アルビオン伯爵家というと、御存知かしら? 聖教会にて、恐れ多くも聖女と冠されています」


 以後お見知り置きを、と。大した御身分なことだ、と向かい側。


「では、聖女さまと?」

「あら、困りましたね。私も親しい者には、シアと呼ばれる者ですから。シアねえと呼ばれるわけには……」


(……呼ばれたいんですか?)


「……では、聖女さまと……?」

「はい、お呼びして結構ですよ」


 困らせてしまいましたね、と笑みをこぼす彼女。少しお茶目なところがあるようで、美しく愛らしい笑顔だった。


「本日は、聖教会を代表して参りました」


 緩んだ雰囲気が、にわかに引き締まる。


「皆さん、かんかんでしたよぉ。後ノ祭リと、いうべきでしょうけど」


 引き締まった空気が、にわかに緩み出す。


(中々いうじゃない)


 ——気が合いそうだ、と直感が働く。そう。女ノ勘が。


「それで要件は?」

「ノクシオン公爵家を破門する、と」


 ——うけたまわっております、と。


「オレ一人すら、相手にできないにもかかわらず、強気に出たものだ」

「……ええ。本当に。返す言葉もありませんね」


 ——困りましたねぇ、と。これ見よがしに悩ましい現状さまを訴える。


「其方も苦労するな」

「……これも運命というものですから」


 ——仕方ありませんね、と。わざとらしく立ち直る。それにしても、と。


「あれはいただけませんね。自惚うぬぼれてはなりませんよ」

否定あれからは、何も生まれない。そう言いたいか?」


 ——いいえ、と。人が変わったように、どこか不気味に感じられる微笑み。


かせから解き放たれた——哀れな狂犬を——私が救って差し上げます」


 ——余計なお世話ですよ、と。


神霊あなたが手を差し伸べるべき相手は、他にいるでしょう」

狂犬かれに手を差し伸べるべき神霊オルカは、私しかいませんから」


 ——仕方ないですね、と。手がかかる仔ですね、と。


「自惚れは身を滅ぼすぞ」


 ——まぁ……怖い、と。


「いずれ分かりますよ。貴方あなたには、わたしが必要だと」


 ——もう間に合っていますよ、と。一昨日おとといきやがれ、というように。



 ***



 招かれざる客を見送った後だった。


彼女シエル聖女アレを敵視する理由、少しわかった……気がする」

「……うん」


 彼女は危険だ、と告げていた。そう。女ノ直感が。


「女は……豹変するんだな……」

「女性だけでも……ないけどね……」


 身体に憑き纏う実感に、どこかしみじみとした様子な兄妹ふたり


彼女アレは、二重人格と思えばいい。操り人形にされていないか、気をつけることだ」


(二重人格……)


 なるほど。そういうものですか、と相槌を打つ。どこか他人事ひとごとな私。ギル兄もそうだ。案外似ているんだなぁ。兄妹だもんなぁ。


(……このままでは駄目では?)


 雷に打たれたように、妙な危機感が全身を貫いた。これが天啓というものか。


 類は友を呼ぶ。剣術馬鹿とばかり付き合っていては、淑女たる者、名が折れるというもの。ノクシオン御令嬢として、教養も身につけなくては。何事にも、関心を持たなければいけない。


(今こそ、類を変える時……)


 よくわからない考えが頭をよぎる。ただ本人は至って真面目だった。他人が口出しすることではない。思い立ったが吉日。実行に移す時が来た。


 ——明日から頑張ろう、と。ルシアは——強く心に決めた。

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