第16話 赦されざる禁忌
「随分と派手に
教皇庁消失——という見出しが、日報一面に踊っている。分かる者には、分かる事だった。教皇庁は、存在を否定され、文字通り消滅した、と。
下手人は当然——
「神を恐れぬ存在に……感謝する日が来ようとはな」
——感謝。
「感謝される筋合いはありません。それに——」
——恐れていないとは限らない、というように。彼女は言葉を紡がなかった。ただ余韻を残すのみだった。
「……疲れたことだろう。身を休めると良い、と言いたいところだが……」
「ええ」
——わかっています、と。自分に言い聞かせているようだった。
「……すまんな」
それは何に対する謝罪だっただろうか。
——謝られる筋合いもありませんよ、と。彼女は呟いた。
***
「大事件だぞ! シア!」
妙に興奮したギル兄が、部屋に駆け込んできた。相次いで発行されている号外を手にしながら。
——あれ? と既視感。よくも大事件が、次から次へと、そう頻繁に。
「
(お兄さまも……まだ十四歳ですもんね)
——戦いに興奮して、漠然と憧れてしまうことも、仕方ないことよね。
「戦争だなんて……縁起でもない。軽々しく口に出しては、いけませんよ」
類を変えた成果が出ていたか、話を合わせることはしなかった。言うべきことは、言わないといけない。御令嬢として。淑女として。人として。
いや——もとから興味がなかっただけかな。
「……そうだな。悪かった。ただ——大事件には変わりない」
——
***
「お嬢さま、お呼びでしょうか?」
「ジャッジ! そう。
——なんなりと、お尋ねください、と。
「
今更だよね、と恥じらいを隠せない。でも頼れる
「お嬢さまも御存知かと存じますが、彼女は
「詳しく説明してもらっても?」
——もちろんでございます、と。わかりやすいように、少し言葉を崩して。しかし、丁寧に。
「世界は霊気で構成されていると、学んだことでしょう」
「うん」
「生きて活動する霊気を利用することで、我々は様々な恩恵を享受しております」
「……うん」
「ただ——死して活動を停止した霊気を、再び活動させることは、できません。死は平等に訪れます。死は
「……なるほど?」
「人智が及ぶ限りでは、死は覆りません。だからこそ、人智を超えた者を——死を覆した者を——
「……霊気が活動を再開すると、物体はどうなるの?」
「
「……命を吹き込むと、形を失うのね」
——あれ?
「それでは……」
——いや。
「彼女は……」
——そんなはずがない。
「死者を
——そんなはずは……ない。
「できるの?」
——そうに決まっている。
「まさに言い得て妙、と言いますか。命を吹き込むと、形を失う」
「身体は器に例えられますが、その器——身体そのものもまた、物体です。もしも死者を蘇らせようとすれば、おそらく死体が消滅する——まさに引導を渡すことに、現世から痕跡を消し去ることに、なるでしょう」
「……彼女は試したのかな?」
それは開けてはならない引き出し——
「……はい?」
「
「それは……」
——赦されざる禁忌です、というように。
そして音もなく——影は忍び寄っていた。
「あった」
——
背後から突きつけられた告白に、胸が高鳴った。それは文字通り——激しい鼓動が、高らかに鳴り響いた——それだけであったが。
「授業は終わり。今日は、そこまで」
有無を言わせぬように。淡々と。
(彼女に触れることは許されない……)
——
いかなる物体も力も、霊気に満ちた存在・現象である限り、彼女に触れることは許されない。
(
——皮肉なことね、と。
それは——頭に浮かんだ言葉遊びだった。失礼にも程がある。わかっているんだから。
ただ——単なる言葉遊びではない——なにか世界が抱え込んだ真理、人間が抱え込んだ心理を、言い当てているような気がした。
(勘違いかもしれないけど……)
だって——当てにならないものだから。女ノ勘というものは。
彼女は選民、されど賎民。文字通りな意味かは、問題ではない。ただ接触を
そう、少なくとも——彼女が直面した現実——世界が残酷な一面を持つことは、誰もが了解できることだった。
私も直面したばかりだったからね。
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