第22話 侵された神域
「どうして応えてくれなかったの?」
あまり手入れが行き届いていない裏庭——俺ノ
「得体も知れない後見人を、あまり頼りにするものではない」
(……
疲れた
「それが後見人として……責任ある態度ですか?」
(……意外だな)
——噛み付いて離さないとは。
「信じていたのに、裏切られた気分です」
「そうだろうな」
——情けないことだ、と。
「……何か事情があったんでしょう?」
「ああ」
沈黙が慰めというように、
静寂が場を包み込む。部外者は、黙って見ているしかない。
(……俺が見つけた場所なんだが)
聖域を侵すとは、不届き者め。なんて。疲れているんだろう。脳も休めなければ。
「……何をしているんですか?」
「彼を鍛えている」
重力に逆らうこともできず、項垂れた兄を、情けない、というように見る妹。
「随分と厳しいようですね」
「そうみたいだな」
(……勝手なことを)
「……続きを」
「ああ」
——ゲゲ、と。彼女は呼びかけた。
見知らぬ
「えっ!? かわいい!」
思わず駆け寄ろうとした
「人見知りなんだ」
「あ、そうでしたか……」
——それは悪いことをしました、と。
名残惜しそうに見守る妹をよそに、兄は
(……重い)
それを口に出すほど配慮がない
「慣れるしかない」
——身体を動かせ、と。
ハッと剣を斬り上げ、フッと斬り落とす。身体に染み込んだ型であれ、気が赴くままには動かない。
「ぎこちないですね」
(……やかましい)
涼しい顔をした妹に、キッと一瞥をくれる。わお、とわざとらしく反応された。
「筋は良い方だろう」
——剣は分からないが、と。
褒められて悪い気はしない。それが人間というもの。もちろん俺も、例外ではなかった。にんげんだもの。仕方ないことだ。
ハァッ! と身体を再び動かす。
心なしか、少しは身体が軽くなったように感じた。剣が型を理解し始めたように、滑らかな動きを取り戻しつつあった。
「……なるほど」
何を理解したか、何か呟いた妹。興味が薄れてきたように、
——それは異なる名前だったが。
「イルーシャ」
彼女も顔を向けていた。
「私を……そう呼びましたね?
「
——呼んだことはあるね、と。
(……何の話だ?)
俺は置いてきぼりだった。悲しいことに。
「私を
——貴女ならできそうですね、と。穏やかな口調に、裏切られたような失望感が込められていた。
とても穏やかな会話ではなかった。
「
「
「私と血が繋がった家族」
——哀れなことにも、と。
(……何だって?)
「それでも。だからこそ。貴女は——ルシア」
あたかも
「……詳しく話してくれるよね?」
「それは」
——できない、と。したくない、というように。
「……どうして?」
「嫌でも思い出すことだ。其方は目覚めた。それは止められない」
——誰にも、と。其方を想うが故に、と。
「……
意味深長な発言に——なにより不慣れな現実に、苛立ちを隠せない様子だった。
「オレは——オルフェオ。
私を——
「二重人格……ってこと?」
——
「私に憑依しているから、そうなるかな」
「……不思議ですね」
——そうか? と。
「
——
「理解が足りない、とでも言いたげですね」
「想像力は足りないな」
(……憑依)
つぶらな瞳を浮かべるだけで、表情が読めない
「
話に割り込む
ただ——とても穏やかな雰囲気ではなかったから。むしろ感謝してもらいたいものだ。
「ああ。それが
——だが、と。
「不用意に憑依させると、意識が混濁するぞ。ましてや——呑み込まれかねないからな」
——あまり
「——本来ならな」
「……今は違うと?」
——情けない話だが、と。
「
「それなら……どうしろと?」
——決まっているだろう、と。
「其方が英雄となれ。
(あ、これ……好きな
もはや——彼を止められる障害は無い。女ノ勘が告げていた。
「俺が……英雄に?」
「ああ」
心躍らせる
(本当に単純なんだから……)
——男ノ子ッテ奴ハ。
私は呆れたように、空を見上げた。澄み渡った空。冷たい空気が、肌を突き刺した。
(……さむい)
厳しい冬が訪れる。骨身に染みる洗礼が、人々に降りかかる。そう予感させるに、十分だった。
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