第28話 残された家族
「
レイモンド卿が部屋に来て、窓から見える景色について、丁寧に解説してくれていた。妙に積極的な様子が、少し微笑ましい。相変わらず——厳格な表情ではあったが。
「上には展望台もございまして——条件が整えば——雲海もご覧になれます。天空ノ城——と称される
「そして——世界ノ中心」
——みたいですね。
「……
「……揶揄とは?」
「……はるか
(……僭称? それが皇帝でしょ?)
——それに。
(僭称していることを……ただ揶揄するような
「典型的な選民思想よ」
「三大要求を受け入れた
——所詮導かれた玉座だったのよ、と。
「導かれた玉座……とは?」
妙に意味深長な言葉を言い捨てた彼女に、私は問いかけずにはいられなかった。自虐というより、もはや他人事で突き放したようだったが。
「決まってるじゃない。貴女のお
(……決まっている? そう……そうだった? 本当に?)
もはや——何も信じられないのに?
「
「……帝国を守護していたと聞いています」
——その通り、と。
「貴女は向き合わないといけないわ」
「……何と?」
「失われた——英雄と」
ペロリと
「英雄なんて……馬鹿げています」
「……どうして?」
「残された
「……」
——絶句。
(……残された
あまりに無神経な発言だった。父親が何をしていたか知らない? 向き合わないといけない? 父親を亡くした娘に向かって?
(……何様よ)
吐き気がする。もはや食欲は失せていた。自分が信じられない。いつから私は、彼女を見下していた? いつから私は、正気を失っていた?
(何が……虐待よ)
突拍子もない発想に、なにか得意げになっていた? 失礼にも程がある。なにが大公女か。なにも分かっていない癖に。
なにか世界が抱え込んだ真理を言い当てているような気がしたの? 人間が抱え込んだ心理を無視して? ふざけるな。他人がとやかく言うことではない。
——自惚れてはなりませんよ。
彼女に戒められた教訓が、骨身に染みるようだった。右から左に耳を傾けてはならない。聞き流してはならなかった。
先人が語ることから、耳を逸らしてはならない。目だけにしておこうか。これからは。
「私も……いただこうかな」
窓際から近寄ってくる彼女は、何も変わっていなかった。何事もなかったように、慣れた振る舞いだった。
(……現実を受け入れ慣れている)
——なんて悲しいことなんだろうか。
***
「「お待ちしておりました」」
前庭に降り立った私を、出迎える二人。一人は執事、一人は侍女だった。
(彼は……名前……)
——なんだったかな。
(((アーノルド・ジャッジ)))
(……ああ。彼も当時……)
——いたんだったね。
「ジャッジ卿、エマさん。
「はい。
——ありませんでしたが。
「お嬢さまは……何事もなく?」
「何事かあったけど、もう落ち着いているから」
——心配いらない、と。自分に言い聞かせるように。
二人は一瞬眉を顰めながらも、すぐに平常心を取り戻していた。
(……過保護な彼女が言うことだ)
(……無事に保護されているに違いないわ)
——ただ。
「申し訳ありませんが、坊ちゃんがどうしてもと……」
「窓から見ていれば良いものを」
「……邪魔はしない。近くで……生で見たいだけだ」
(((恐れ知らずで感心してしまうな)))
(……心にもないことを)
「好きにすると良い。けど、安全は保証できないぞ」
「……それはどうかな」
(((だから過保護は良くないな)))
(……うるさい)
——それにしても。
「こんな昼間から警戒する必要あるのか? 来るとしたら、夜ではないのか?」
「朝から働いているんだ。夜になったら、疲れてぐっすりだろう」
(……なんだそれ?)
所詮、御曹司には分からないことだった。領民が、いかなる生活をしているか。庇護する領主と、庇護される領民。互いに不要な干渉をしない弊害だった。
「各地から報告が相次いでいる。役所も皇宮も、てんてこ舞いだ。正気を失った村民・町民が、村や町に出現していると」
(……出現)
どこからともなく現れた、と言わんばかりな言い回しだった。あたかも自然災害が発生したように。そこに意志はないというように。
「それで……どうするんだ?」
彼女に尋ねた。
「万全を期して、敵を迎え撃つ」
大胆不敵な微笑みが、俺に向けられる。それは彼女か。それとも彼か。
「迎え撃つは」
——
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