第19話 死を告げられた現実
「目が覚めましたか?」
「……ああ」
——ようやくな。
というように。
「ここは……」
「ノクシオン本邸。客室です。ようこそ」
——いらっしゃい。
というように。
——テオドールが代表して。
「……そうか」
——迷惑をかけたな。
「ああ。
——此処だけだからな。
「……そうか」
——苦労をかけたな。そんな言葉は、
彼にとって、彼女に助けられた事実は、闇に葬り去られるべき記憶——黒歴史に他ならなかった。
「私は……何をしていた?」
「同化していたな」)
(……無礼者め)
「……今は?」
「何も変わってはいない。相変わらず」
——気に喰わない面構えをしている。
「……ハッ! 相変わらず、
——だが。
「……どうかしていたな」
「一度呑み込まれたら、二度とは戻れない」
——其方は目覚めた。
「
——死を告げられた現実に。
「……ハッ! ふざけるな!」
——其方が蒔いた……種であろうが……!
低く渇き切った叫び声が部屋を震わせた。喉より奥から込み上げた叫び。喉が悲鳴を上げていた。
(……正気とは思えないな)
——
自然に訪れるかどうか、保証はできないぞ。握り締める
——後悔はないな?
軽蔑を込めた視線を、丁重に送り付けていた。
——だが。
「心中お察ししますよ」
——そう。
確かに彼女は呟いた。
——どうして否定しないんだ?
(……思い遣りか? ……思い込みか?)
——信じることすら許さないとは。
(……大した
——いつまで演じるつもりなんだ?
強気な態度が、似つかわしくないとは、決して思わないが。
堂に入った大胆不敵な振る舞いは、あまりにも貴女に、お似合いな
——定められた
***
目が覚めた不審者に
——もはや
客室を貸した恩もある。決して水に流さないぞ。
「彼も被害者だ……とでも言うんだろ?」
我ながら、やや喧嘩腰な尋ね方だった。どうせ貴女は、そう考えているはずだから。
「気に入らないか?」
(……ああ。気に入らないな……)
そんな本音は
「オレも呆れているよ」
(……何に?)
——気に喰わない面構えな彼に?
(……彼を赦した自分に? それとも……)
——信じられない現実に?
(……いつも言葉が足りないな)
そんな
「彼は一度——魔障に呑み込まれた」
——
「現世に残された——未練」
彼女は言葉を紡ぎ始めた。慎重に。選び抜かれた言葉を。あるがままに。捉えた現実を。ありのままに。自分の言葉で。伝え始めた。
「彼は——
——堕落した
「
——
あたかも隠された真理を
——要するに。
気が狂ったんだろう? 自業自得。因果応報。
——自明な理だ。
「そして——彼は目覚めた。
——だが、彼は取り残された。
「残された禁断症状」
「……」
「
「……」
「乖離した記憶と現実」
「……」
「世界が自分を否定する恐怖」
「……」
「果たして彼は」
——正気でいられるだろうか。
「彼は新たな現実に苛まれることだろう」
「……だろうな」
(……それが理だ。知ったこっちゃないが……)
——所詮他人事だ。
「一件落着。彼には神罰が下された」
——めでたし、々々々々。
(罰を下したのは……
——碌な神がいないもんだ。
俺は心中言い捨てた。全く。正気とは思えないな。俺は。何をしていた? 結末を。見届けただけ。他でもない傍観者だろ?
——とっとと帰れよ。
(結局
後味を噛み締める。後悔。心残り。
——未練。
「あまり気にするな」
——所詮他人事だ。
(……どうして? 繰り返された言葉に……)
——怒りすら覚えているんだ……?
一体いつまで他人事なんだ?
どうして無関係なんだ? 家族同然とは思えないか? 問題児がいるからか? 十分な月日を共に過ごしていないからか?
——血が繋がっていないからか?
「他人事なんて、言うなよな」
——もう家族みたいなもんだろう。
小っ恥ずかしい思いもない。本音を隠そうとしたところで、全て無駄なんだから。
——実体験。
先程直面した非情な現実。嘘偽りない。
——非常な現実だった。
「それを聞いたら、彼も喜ぶだろう」
——かれ?
(……あれ? 枢機卿を気にしていたと……)
——思われていた? そんな馬鹿な!
小っ恥ずかしい思いが、底から湧いて溢れ出る。無駄に察しが良い自分が恨めしい。
(……いや。察しが……)
——悪いのか? そんな阿呆な。
「冗談だ」
「……」
(……やっぱり言葉が足りないな)
——
(……大した憎まれ役なことだ)
全く。正気とは思えないな。一体いつまで
——燻る想いが。
彼女は首元から髪をかき上げて、一息ついた。色鮮やかな内髪色は、青く透き通るように美しく、尚も健在だった。
——顕在だった。
(見間違いだった……みたいだな)
「これから何をするつもりだ?」
——鍛錬に付き合おうか?
「……はい、お願いします」
——よろしい。
彼女は相変わらず、不敵な微笑みを。鋭くも、あたたかい眼差しを。俺に向けてくれた。
他ならぬ——私に。
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