29:大祓

テレビで大きく特集を組まれて報道されている、先日のアウトブレイク事件。

たった一人の男の「街そのものへの殺意」によって、異世界の死霊術を利用し引き起こされた大虐殺。

さらに二次災害として、死霊術由来の瘴気が一気に濃密化したことによる大気中の魔力集中化、それによって引き起こされた

「街そのもののダンジョン化現象」。

境界警察局と境界連盟機構が介入し、被疑者死亡を確認後、形成途中だったダンジョン・コアを境界警察局員が破壊。連鎖崩壊により発生していたゾンビ諸共街そのものが完全に消滅したことにより事態は鎮静化された。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




荒涼とした、ひび割れた大地が広がっている、街の跡地。

今も境界連盟機構横田駐屯地所属第18即応部隊が街道封鎖を続けており、報道陣も封鎖地点からかなり離れた場所までしか接近できないようになっている。

そんな中、報道陣が気づかないように認識阻害で姿を消しながら境界警察局員である機光竜ギルディアスが飛んでゆく。

そして封鎖地点を超え、跡地内に入ったところで認識阻害を解いて着地。背に乗せていた雄二、メリス、エルメナの3人を降ろした。

「……。」

事態が鎮静化しているとは言え、念の為雄二はパワードスーツ姿。ヘルメットバイザーの奥で複雑な眼差しを現場へと向ける。

「……まだ…瘴気が残ってますね…。」

不死者であるメリスも、複雑な表情で現場を見渡す。

「事件当時よりは薄まりましたけど、このままほっとくとまた濃密化しそうですねぇ…。」

メガネで分析しながらエルメナも呟く。

『これを一人の人間が…悲しい光景であるな…。』

竜の姿のままでギルディアスも現場を見渡し溜息を付く。

『ほっほっほ、これもある意味「人の意思の強さ」よのぉ。』

彼らの隣で狐の耳と尾を生やした白い女性も現場を眺めながら呟いていた。



間。



「って誰だアンタは!?」

いつの間にかしれっと現れていた女性に雄二は思わず突っ込み、アームキャノンを構える。

『何じゃ、そなた等が妾を呼んだのではなかったか?』

女性はカラカラ笑いながら手に持っている扇子を広げて口元を隠す。

「呼んだ…ということはあなたがあの…?」

雄二が思い出したように問い、女性は答えた。


『いかにも、妾こそが白面金毛九尾の狐。『殺生石の九尾洞』が主じゃ。まぁここでは『玉藻の前』とか『玉藻』とでも呼ぶが良い。』


「あ、あなたがあの「殺生石の九尾洞」のダンジョンボス…!?」

メリスも驚きを隠せない。

「えぇそうですねぇ、絵本三国妖婦伝などで記録されている大妖怪ですねぇ。」

エルメナがコンソールを操作しながら補足する。

『懐かしい題目よのぉ、あの頃はまだ『本来の実体』を持っていたのぉ。』

白面金毛九尾の狐こと玉藻の前は懐かしむように目を細める。

「九尾……本当にあの大妖怪の……。」

「実際にその姿を見ると……全然感じが違いますね……。」

雄二とメリスは驚きを隠せない。

『当然じゃろう、今と昔では成り立ちが違うからのぉ。』

玉藻の前はコロコロと笑う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


かつて古代地球に存在していたとされ、石碑や書物で語り継がれてきた様々な神話や伝説。その中で語り継がれていた存在達、すなわち神々や妖怪妖魔達は年月とともに「信仰」を失い、力どころか姿すら維持できなくなり、いつしか消えていった。

だが、大規模境界事変以降に異世界間交流が本格化してゆくとともに、異世界由来の「魔力」が地球に多く流れ込むようになり、日本神話、ギリシャ神話、インド神話などの神格達はその魔力を吸収し馴染ませることによって実体化することが可能となった。

これにより、「大昔は存在した」「存在は語り継がれている」が実際に目にすることは不可能だった、神代の頃の強力な力と畏怖を持った神々や妖怪妖魔達が現実に現れ、再び交流できるようになったのである。

とは言えその顕現の仕方やタイミングは神々や妖怪妖魔達によって様々であり、いつの間にか一般市民に紛れて存在していたり、あるいは玉藻の前のようにダンジョンボスとして顕現したりと色々である。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『まぁしかし、今では異世界間交流に依るものとはいえ妾のような存在でもこうして実体化して外を出歩けるのじゃからなぁ……良き時代になったものよ。』

玉藻の前はしみじみと語る。

「って、脱線してるぞ。」

「そうですねぇ。」

雄二がジト目で突っ込み、メリスが便乗する。

『おぉっとそうじゃった。』

玉藻の前は扇子でペシペシと自分の顔を叩く。

『さて、妾を呼んだのはこの地の大祓(おおはらえ)の助力、じゃな?』

玉藻の前が雄二とメリスに問いかけ、2人は頷く。

「メッセでお伝えしております通り、先日のアウトブレイク事件で使用された死霊術の影響で未だ瘴気が溜まり続けている状態でして…。」

メリスが解説する。

『ほっほっほ、確かに妾から見ても濃密な瘴気じゃのぉ。昔やんちゃしてた頃を思い出すわ。』

口元を扇子で隠しながらニヤニヤする玉藻の前。

「…それで……大祓本番前の瘴気除去をお願いしたいのですが…。」

やや引きながらも雄二が話しかける。

そんな雄二に玉藻の前はスパンッと扇子を閉じて答えた。

『勿論じゃとも。これほどの瘴気、比叡山の怨霊共にくれてやるにはもったいないわ!』

「あぁ、『比叡山怨欲洞(ひえいざんえんよくどう)』のダンジョンボスになったあの……。」

雄二が微妙な顔をする。

『そうじゃ、あれらは自分達の醜い強欲ぶりをひけらかしおって……あやつらのダンジョンの格を上げさせるわけにはいかんし、この瘴気を頂けば久しぶりに妾のダンジョンの格を上げられるからのぉ♪』

玉藻の前はカラカラ笑う。

「ちょ、それって『殺生石の九尾洞』の難易度また上がっちゃうんじゃ…!?」

メリスが焦りだすが、エルメナがフォローする。

「まぁまぁ、コチラとしてはダンジョンモンスターが外に出ないよう管理を徹底してもらえれば文句はありませんし、渡界者の冒険者勢には「もっと高難度のダンジョンを」って要望もありますしねぇ。」

『おお、それは良いことを聞いたわ。「もっと凄いのを」とな?うむ、腕がなるのう……♪』

玉藻の前はニンマリと笑う。

「それでは改めてお願いできますでしょうか?」

メリスが話の流れに割り込み確認する。

『もちろんじゃとも。『殺生石の九尾洞』の主として、ありがたく瘴気を頂いてくれるわ♪』

玉藻の前は扇子を掲げ宣言する。

そして、雄二達の眼の前で玉藻の前は美女の姿から瞬く間に巨大な狐の姿に変身する。その大きさは、ドラゴン形態のギルディアスとほぼ大差ないほど。尾も伝承通りの9本となり、そのボリュームからギルディアスよりも大きく見えるように錯覚するほど。

そしてそのまま、狐の姿となった玉藻は未だ瘴気が渦巻く荒野の中心へとひとっ飛びで向かっていった。

やがて中心部へと降り立った玉藻は、そこで思いっきり深呼吸した後に遠吠えを行う。


『ォォオオオオオオオオオオォォォォォォォン!!』


この遠吠えが響き渡るとともに、玉藻の周囲の空気が渦巻き始める。瘴気混じりの荒れた空気。それが徐々に、しかし確実に中心に向かって収束してゆく。

さらに玉藻の立つ位置のすぐ上辺りに、まるで円を描くように複数の狐火が現れ、渦巻く瘴気を吸い込むように廻り出す。

その廻る狐火の円の中心に、渦となって引き寄せられた瘴気がどんどんと吸い込まれ消えてゆくのだ。

「おぉ、凄い……!」

その様子を見て雄二は目を見開く。

「これが、伝説の神獣、九尾の狐……!」

メリスもこの光景を見て戦慄する。

『……我どころか、バルディオス老でも勝てるかどうか…。』

ドラゴン形態のギルディアスも玉藻の姿を見て戦慄した。腕もカタカタと震えている。

やがて玉藻の周りに渦巻いていた瘴気が無くなった頃。

『んむ、これでこの一帯の瘴気はほぼ無くなりおったか。』

再び美女の姿に変身し、戻ってきた玉藻は伸びをする。

「ありがとうございます、これで残りの大祓も滞りなく出来ます。」

メリスは礼を言い、深々と頭を下げた。

『それは良きことじゃ、妾も久々に妖怪としての格の上がる大仕事ができたからの。』

玉藻は扇子で口元を隠しながらコロコロと笑う。

『さて、妾の出番はここまでじゃが…本番はまた別の神格が来るんじゃろ?』

そのままの体制で問う玉藻。それには雄二が答える。

「えぇ、本番は保食神(うけもちのかみ)様が担当される予定ですが、その前に国土交通省の職員達や道路工事担当の業者が入りますよ。」

『ほぉ、保食神が来るのか…というか何ゆえ役人共や道路屋が?』

玉藻は首を傾げるが、そこにエルメナが補足する。

「そりゃあ、一応ここは元々街でしたし、未だに幹線道路が封鎖状態ですからねぇ…。大祓本番で土地の土壌を回復させる前に道路整備から進めていかないとなんですよ〜。」

『ほぉほぉ…なるほど、道の舗装をする前に大祓本番で土地を富ませてしまうと道が草花に侵食されてまた舗装…二度手間になるわけじゃな。』

玉藻は感心したように頷いた。

「えぇ、だから本番までに道路の舗装だけでも先に進めたいそうなんですよ。」

雄二がそう説明し終えたところで、玉藻が顔を上げた。

『そして、その道路舗装の職人達の顔ぶれも、ずいぶんと変わったものじゃのぉ。』

玉藻が視線を向けた先に見えたもの。

それは境界連盟機構の部隊に護衛されながら現場入りする、国土交通省の職員達と工事業者一同。特に工事業者の顔ぶれにはドワーフ達が多く、褐色肌のダークエルフも数名確認できる。

「えぇ、今ではこの日本に帰化した元異世界人も随分増えました。」

メリスがその光景を見て同意した。



『さて、境界警察局の者達よ。』

改めて、玉藻が4人に向き直る。

『この大祓に関わった者として、妾も最後までこの大祓を見届けるつもりじゃ。その間、妾のダンジョンはしばし閉門して留守にせねばならぬ。わかるな?』

「えぇ、まぁ…。」

戸惑いながらメリスが答える。そのまま玉藻が続ける。

『なれば、本番が始まるまでの数日間、妾を呼びつけたそなた等が妾を持て成すのが道理じゃ。違うか?』

扇子で口元を隠すが、眼はしっかり笑っている。

「……それで、ご希望は?」

雄二が問うと、玉藻は閉じた扇子を雄二に突き付けた。

『そなた等、宇迦之御魂(うかのみたま)に会うたのじゃろ?気配でわかるぞぇ。』

雄二とメリスは同時に思い出す。

「「あぁ、あの時の……!」」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




大祓本番前の道路整備はドワーフやダークエルフの助力もあるとは言え、十数日はかかる。

その間、玉藻を護衛兼監視するために境界警察局の4人が対応することとなっている。

その結果、玉藻の接待をする事になってしまった雄二達。

その玉藻のリクエストで、過去に雄二達が対応したあの蕎麦屋に向かうことになった。かつて、店に居着いていた宇迦之御魂神が無許可で扉を異世界に繋いだ『蕎麦屋門扉違法連結事件』の現場となった蕎麦屋「堤蕎麦(つつみそば)」である。

現在の堤蕎麦は、正規の異世界交流場所となって地球側と異世界側双方から多くの来店客で賑わい、それに合わせて店舗も数度の改装を経て大きくなり、従業員も増やして連日大忙しとなっている。



「なぜ貴様がここにおるんじゃ白面の……!?」

信仰が増えたことにより幼子の姿から女子大生くらいの背丈にまで大きくなった、おかっぱ頭の祭神こと宇迦之御魂神。

『なぁに、こやつらから聞いたぞぇ。ここのいなり寿司がまことに美味じゃとのぉ?』

口元を扇子で隠しながらニヤニヤ笑う、白面金毛九尾の狐こと玉藻の前。

「すみませんすみません……ここを熱烈にリクエストされてしまいまして…。」

メリスが玉藻の後ろで頭を下げて謝罪しながら説明した。

『しかしそなた…随分縮んだのぉ。』

玉藻はしげしげと宇迦之御魂神を眺める。

「やかましいわい!これでも我はそれなりに力も戻ってきとるのじゃぞ!!貴様こそダンジョンに引き篭もってたのではなかったのか!?」

声を荒げる宇迦之御魂神。しかし玉藻は飄々としている。

『なぁに、妾の力を貸してほしいとこやつらに頼まれたからのぉ。今ここに来ておるのもその助力の報酬じゃ。』

「ぐぬぬぬ……!」

納得行かなそうな顔の宇迦之御魂神。

「すみません……玉藻の前様にご助力頂けなければ大祓は滞りなく行えませんでしたので……。」

雄二がフォローする。

『よい、妾も久方ぶりの大祓。しかも我が【殺生石の九尾洞】の格を上げられるなど、何年振りかわからんくらいじゃからのぉ♪』

扇子をパン!と開き口元を隠しながらコロコロ笑う。

「ありがとう、ございます……?」

戸惑いながら礼を言う雄二。

『大祓本番までまだ時間はあるからのぉ、それまでは存分に持て成すが良いぞ♪』

玉藻の前はニヤニヤ笑い、一同を見回す。

「……そういえば、我はその者とは初対面じゃな。しかもそなた、人ではなかろう?」

宇迦之御魂神は、エルメナの隣に立っていたギルディアスに視線を向ける。なお当然だがギルディアスは人化魔法で人間に変身している。

「あぁ、ギルディアスが配属される前でしたしねぇあの時は。」

エルメナが思い出して補足。そして自己紹介するギルディアス。

『お初にお目にかかる、日本の神よ。我は機光竜ギルディアス、異界出身のドラゴンである。この地にて、半身を機械化されて命を救われた恩を返すために、境界警察局員として共に戦っている。』

「ほう……半身を機械にか……。」

興味深そうにギルディアスを観察する宇迦之御魂神。

『ほれほれ、そろそろ妾に馳走してほしいのだがのぉ?』

玉藻はいい加減しびれを切らして催促する。

「あーわかったわかった。ほれ、席ならこっちが空いておるぞ。」

玉藻に促され、やや苛立ちながら席に案内する宇迦之御魂神であった。


「お久しぶりです境界警察局さん、天ぷら蕎麦4人前ときつね蕎麦1人前お待たせしました!」

メニューを持ってきた女将の堤麻衣(つつみまい)。

「お久しぶりです。あれから繁盛しているようで良かったです。」

「えぇ、おかげさまで神様も力が戻ってきて背も伸びまして…!」

メリスの応答に麻衣は嬉しそうに答える。

『おお!美味そうじゃの!!』

そして、きつね蕎麦を見て声を上げる玉藻の前。

『ほぉ、これが……!』

蕎麦を初めて食べるギルディアスは、興味深そうに割り箸を手に持ってしげしげと見つめる。そして徐ろにパキンと割り箸を割った。

「「「『『いただきます。』』」」」

一同は手を合わせて食べ始める。そして各々堪能するのであった。

「やっぱり落ち着く味だな。」

「相変わらずのプリップリなえび天…♪」

「ん〜、やっぱり美味しいですね〜。」

『おぉ、これが蕎麦か…。』

『おぉおぉ、これは聞きしに勝る美味さじゃなぁ…宇迦之御魂が自慢するのも頷けるわ♪』

それぞれ思い思いに感想を述べる。特に玉藻は心底幸せそうである。

その時、後ろから声がかかる。

「ややっ!?その美しきシルバーブロンドとチェリーミディアム…メリス殿にエルメナ殿ではないか!!」

「あ、この声は…!」

「おぉ、久しぶりですねぇテイラーさん♪」

呼びかけに反応して振り向くメリスと、手を振って答えるエルメナ。

そう、以前メリス達で対応した異世界人の貴族、テイラー・ウィリアムスの姿がそこにあった。なお後ろには使用人達が控えている。

『ほぉ、宇迦之御魂が繋いだ世界の者かぇ?』

テイラーの姿を見て玉藻は声を上げる。

「な、なんと美しいお方だ……。」

玉藻を見て絶句するテイラーと使用人一同。

「おい貴様、また昔のように男を誑かす気かぇ?」

スッと玉藻の隣に現れた宇迦之御魂神が牽制する。

『何じゃ、興味を持って何が悪い?』

「貴様は前科ありすぎなんじゃ〜!!」

牽制し合う白面金毛九尾の狐と宇迦之御魂神。

そんな二柱をよそに、メリスがテイラーに紹介する。

「テイラーさんは宇迦之御魂神様はご存知ですよね?」

「勿論だ。今では我らが領地でも女神として崇拝されているぞ。」

「今宇迦之御魂神様と言い合っているもう一柱の方が、日本でも高名な神獣の『白面金毛九尾の狐』です。他の通称として『玉藻の前』とか『玉藻』と呼ばれています。」

「なんと!?」

テイラーは驚きのあまり開いた口が塞がらない。後ろに控える使用人達も唖然としている。

『ほれほれ、白面金毛九尾の狐こと玉藻の前じゃ。妾を崇め奉れぇ〜♪』

扇子を顔の前に掲げてニコニコする玉藻。

その後ろから、やはり呆れ顔の宇迦之御魂神が顔を出す。

「何故我より偉そうなのじゃ……。」

『ほっほっほ♪』



「なるほど、そちらで大事件が起きて街が一つ滅び、その跡地を復興するための浄化の儀式を進めるためにタマモ様をダンジョンより召喚した、と……。」

出された蕎麦を美味しそうに食べながら確認するテイラー。なお既にテイラーは箸をナチュラルに使いこなしていた。

『それで、妾はその報酬としてこの店の油揚げを所望したというわけじゃ。』

そう言って、目の前に置かれた大量の油揚げに舌鼓を打つ玉藻。

「まぁた貴様は……!?我の分が無くなってしまうではないか!?」

『美味すぎるのがいけないんじゃろうが♪』

文句を言う宇迦之御魂神。しかし玉藻はどこ吹く風である。

そんな光景を見てテイラーはメリス達を労う。

「復興のためとは言え、神々のお相手とは…境界警察局も大変なのだな…。」

「えぇ、まぁ…。」


『そうじゃ、テイラーとやらよ。』

ここで玉藻がテイラーに閉じた扇子を向けて問いかける。

「な、何で御座いましょうかタマモ様?」

少し狼狽するテイラー。こんな格上の神獣が自分に何の用だろうかと思った。

『そなた等の住む世界には、冒険者とかはおらぬか?とびきりの腕利きならなお良いのじゃが…?』

玉藻の言葉に困惑するテイラー。隣からエルメナが問う。

「冒険者……ですかぁ……?」

『左様。魔物を退治したり依頼をこなしたりすることを生業として旅をする者どものことじゃ。この世界にもおるのであろう?』

「え、えぇ…勿論おりますよ。」

玉藻の問いに戸惑いながらも答えたテイラー。


『それは僥倖。なればどうじゃ、妾がダンジョン・ボスを務める、ダンジョン『殺生石の九尾洞』…その冒険者達に挑ませてみたくはないかぇ?』


玉藻の突拍子もない提案。

「えっ!?」

「えぇっ!?」

戸惑いを隠しきれないテイラーとメリス。

その2人をよそに、今度はギルディアスが玉藻に問いかける。

『玉藻殿、日本のダンジョンに渡界者が挑むにはまたいろいろ手続きが必要であるぞ?』

『それくらいわかっておるわ。しかしのぅ……。』

玉藻がチラリとメリスやテイラーを一瞥する。

「な、なんでしょう……?」

「?」

戸惑う2人に対し、玉藻は扇子を開いて口元に当てながら言った。

『ここ最近、妾のダンジョンに挑む者達の質が低くてのぉ…、浅い階層でとっとと引き上げてしまうものばかりで妾の元まで辿り着けるものが少のうて少のうてつまらんのじゃ。』

玉藻は悩ましげに、そして少し寂しそうに眉をひそめて深い溜息を吐いた。

そんな玉藻の様子に若干引いてしまうメリスとテイラー。

「そ、そんな悩みを……。」

「…考えてみれば、ダンジョン・ボスとこうして食卓を囲むというのも奇妙な状況であるな…。」

『ならば我や境界警察局員でもそれなりの腕の者を派遣するよう要請すれば良いのではないか?』

玉藻を援護するように発言するギルディアス。しかし玉藻は首を振る。

『そんな任務で向かってくるような者共と戦り合うても仕方なかろう。』

「…それは確かに…。」

ボソリと雄二が同意する。

『妾は退屈しておってのぉ、刺激を求めておるのじゃよ。』

そんな玉藻の発言を聞き、顎に手を当てて考えるテイラー。

そして顔を上げ、言い放つ。

「わかりました、我らが領地の腕の立つ冒険者達に挑戦依頼を出しましょう。この蕎麦屋でしっかり英気を養わせれば、タマモ様の元まで辿り着けましょう!」

「え、本当にいいんですか!?」

テイラーの発言にメリスは驚くが、テイラーは自信を持って答える。

「もちろん父上や兄上とも協議したうえで境界警察局にも仲介を頼むことになるだろうので本挑戦は先であろうが、我らが領地は基本平和であるからな、腕利きの冒険者達が暇を持て余してしまっているはずだ。そこに異界のダンジョンのボスから挑戦状…と来れば、冒険者達も黙ってはいまい!」

俄然テンションが上がっていくテイラー。

『おー、これは楽しみになってきたのぉ♪』

玉藻は喜色満面、扇子をパタパタと仰ぐ。

「…その挑戦依頼を受ける冒険者達の人選や、日取りなどの調整や諸手続きは後日連絡する形でも宜しいでしょうか?」

メリスはテイラーに提案する。

「もちろんだ!よろしく頼むぞメリス殿!!」

テイラーは力強く首肯した。

『テイラーとやら、そなたもなかなかやりおるのぉ?』

扇子を口元に当ててほくそ笑む玉藻。

「恐縮です!」

敬意を表す玉藻に礼を言うテイラー。



「やれやれ、仕事が増えるなぁ…。」

「まぁこうした交流は良いことですよ〜。」

『しかし…自由であるな、あの神獣殿は。』



『これぞ、神人和楽(しんじんわらく)じゃよ♪』





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





数日後。

幹線道路を中心に主だった道路の仮舗装があらかた完了した時点で、いよいよ大祓の本番が執り行われる。

街跡地のほぼ中央に位置する場所に、無数の木杭と注連縄で広大な祭祀場が設営され、大きな祭壇も作られた。

その祭祀場の中に一同が集う。

境界警察局の雄二、メリス、エルメナ、ギルディアス。

国土交通省職員一同に工事業者の社長及び社員一同。

境界連盟機構横田駐屯地所属第18即応部隊一同。

大祓本番のためにはるばる出雲大社から派遣されてきた神職者一同。

そして、白面金毛九尾の狐。


そして一同が見守る中、神職の呼び掛けに応えるように、光り輝く祭壇から、五穀豊穣の神『保食神(うけもちのかみ)』が降臨、その姿を顕現させた。

「「「おおおぉぉぉ………!!」」」

一同がその神々しい光景に息を呑む。

『皆様、本日はよくぞお越し下さいました。これより大祓の儀を執り行います故、よろしくお願い致します。』

深く一礼する保食神。

『久しいのぅ、保食神よ。』

白面金毛九尾の狐こと玉藻の前が保食神に声を掛ける。

『おや、玉藻様でしたか。お久しゅうございます。』

そして深く一礼する保食神。

「え……?」

メリスはそんな二柱の神のやり取りにポカンとしていた。

「玉藻様って……保食神様ともお知り合いだったのですか……?」

『む、言ってなかったかぇ?』

そう言って玉藻は皆を見渡す。皆一様に首を縦にふる。

『そうか…まぁ細かいことは気にするものではなかろう。』

『そうでございますねぇ……。』

特に気にした様子も無く話を流す玉藻と保食神。

そこで神職者がおずおずと発言する。

「あ、あの〜、大祓の儀を進めてもよろしいでしょうか……?」

『おぉ、すまぬな。始めようぞ。』

神職者の声に保食神は気を取り直して大祓の儀を開始する。

祭壇上で保食神が神楽鈴を鳴らしながら神楽を舞い、祝詞を奏上する。


『集侍はれる親王 諸王 諸臣 百官人等諸聞食せと宣る 天皇が朝廷に仕奉る 比礼挂くる伴男 手襁挂くる伴男 靫負ふ伴男 剱佩く伴男 伴男の八十伴男を始めて 官官に仕奉る人等の 過犯しけむ雑雑の罪を 今年の六月の晦の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る(みなづきのつごもりのおほはらひ うごなはれるみこたち おほきみたち まえつきみたち もものつかさのひとたちもろもろきこしめせとのる すめらがみかどにつかへまつる ひれかくるとものを たすきかくるとものを ゆぎおふとものを たちはくとものを とものをのやそとものををはじめて つかさづかさにつかえまつるひとどもの あやまちおかしけむくさぐさのつみを ことしのみなづきのつごもりのおおはらへに はらひたまひきよめたまふことを もろもろきこしめせとのる)……』


皆それぞれ祈ったり神楽に見惚れたりしている。

そうしている間に、周囲に変化が現れ始める。

祝詞を奏上し始めた時から、保食神を中心に淡い虹色の光が広がり、周囲の土と空気を清浄化してゆく。

ややくすんでいた空気は綺麗に澄み渡っていき、乾いてひび割れていた土が水分を含んだふっくらした土へと変わってゆく。やがて蘇った土から草花が芽吹き始め、植物達がしっかりと根を張り、成長していく。

周囲一帯が柔らかな新緑に覆われた頃合で保食神が祝詞の奏上を完了する。


『如此失てば 今日より始て罪と云ふ罪は不在と 高天原に耳振立聞物と馬牽立て 今年の六月の晦日の 夕日之降の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る 四国の卜部等 大川道に持退出て祓却と宣る(かくうしなひてば すめらがみかどにつかへまつるつかさづかさのひとどもをはじめて あめのしたよもには けふよりはじめてつみといふつみはあらじと たかあまはらにみみふりたててきくものとうまひきたてて ことしのみなづきのつごもりのひのゆふひのくだちのおほはらひに はらひたまひきよめたまふことを もろもろきこしめせとのる よくにのうらべども おほかわぢにもちまかりいでてはらひやれとのる)』


神楽鈴が、シャリーンと鳴り、儀式が終わる。


かつて、栄えた街があった場所は、死者の街へと変わり果て、跡形もなく消え去り、そして今、穢れを祓い終えた緑の地へと、生まれ変わった。


『これから、この地を再び街として蘇らせるか、あるいはこのまま道だけを残した緑の地として残し続けるか…それはこれからの皆様次第で御座います。』

そう告げて一礼する、保食神。

「保食神様、大祓の儀、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。」

雄二が前に出て礼をする。それに合わせるように、この場に集いし(玉藻以外の)全員が一礼。

これにて、旧街跡地の「大祓」は無事執り行われた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『本当、現代は"食"が発展し過ぎですよね…。豊穣としてはありがたい限りですが。』

山菜かき揚げ蕎麦を頬張りながら物思いにふける保食神。

その日の夕方。玉藻の提案により、保食神は境界警察局の警護下で玉藻の案内のもと、再び『堤蕎麦』に来店していた。

『そうであろうそうであろう。わざわざ奪わずとも、ちょいと対価を払うだけでこれほど豊富な"食"にありつけるのだからのぉ。』

大盛りきつね蕎麦を頬張りながらご満悦の玉藻。

「まさかお主とも再会するとはのぉ。」

同じく大盛りきつね蕎麦を食べている宇迦之御魂神。

「三柱も集ってる…。」

「神々の…休暇ですかね?」

天ぷら蕎麦を食べながら雄二とメリスはつぶやく。

「この店はいつの間に神界となったのだ…??」

同じく天ぷら蕎麦を食べながら呆然とする、異世界人テイラー・ウィリアムスであった。

「あ〜、以前から言うておるがそう恐縮せずとも良いぞ〜テイラーよ。」

宇迦之御魂神がテイラーを宥める。

『そうじゃそうじゃ、神人和楽じゃよ♪』

カラカラと笑う玉藻の前。

そして、保食神がこう言って〆た。


『そう、神人和楽。すなわち、神と人とが共に和み栄え楽しみ共に幸せになること…それが、今の我らが願うことで御座います。』




異世界間交流が盛んになり、世界の理が変化した中で、共に手を取り合えるようになった、人と神。

その中で、今は世界的に『神人和楽』が唱えられている。

願わくば、共に手を取り合える時代がこれからも続くことを、世界は祈る。

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