12:越境人身売買事件

地球と異世界との交流が盛んになって久しい現在。

境界協力連盟の管理下のもと多くの異世界人と地球人の行き来が行われる中、連盟管理下のルートとは違う、『非正規ルート』を使って行き来する者達も存在する。

本来は境界警察局や境界連盟機構で開けられた門(ポータル)を通じて境界間を通るのだが、この門以外にも様々な開門技術が正規非正規問わず開発されており、特に違法に行使される門やそれを開けるためのシステムのことを、業界用語で『旅券』と呼ばれている。

そんな『旅券』が裏で出回っており、それを利用した悪意ある事件が発生してしまっているのも境界協力連盟の悩みの種である。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




新宿警察署から境界警察局へ応援要請が入り、警察署へと駆けつけた雄二、メリス、エルメナの3人。

所轄の刑事が出迎える。

「応援ありがとうございます。本署の者です。」

「状況を教えて下さい。なにが起きたのですか?」

雄二が刑事に聞く。刑事は顔を渋らせながら答える。

「詳しくは会議室で…。」


会議室に通されると、そこにいたのは女性警官に慰められている獣耳の少女。タオルを掛けられているものの肌が薄汚れていることからかなりの状況から保護されたのであろう。

獣耳ということは地球人ではない…つまり。

「この子が渡界者、ということですね?」

メリスが刑事に聞いた。

「えぇ、署で調べた限りでも登録情報がないので不法に渡界してきたと見ていますが…。」

そこまで言ったところで刑事はまた渋面になる。

「…恐らく、『旅券』によって強制的に渡界させられた可能性が高いと見ています。」

「…それなら私達の管轄ですね。」

メリスは腕を組みながら言った。その声がいつもより鋭く感じるのは雄二の気のせいでは無いだろう。

「……まずは事情聴取を行いたいので、その子に話を伺っても?」

「えぇ、わかりました。」


メリスは穏やかな笑顔で獣耳の少女に歩み寄る。

「こんばんは。」

にっこり笑って挨拶するメリス。少女は涙で赤くなった目をメリスに向ける。

「……こんばんは、お姉さん……。」

怯え気味の声で答える少女。よく見ると小刻みに震えている。

「あら、そんなに怖がらなくていいのよ?私達はあなたの味方よ。」

少女の顔を覗き込みながらメリスは優しい声で言った。少女はおそるおそるメリスに質問する。

「わ、私のこと……さらって奴隷にするの?それとも、殺すの……?」

その少女の言葉に場が少しざわついた。雄二とエルメナは渋面になった。

「奴隷?殺す?いったい、どういうことかな?」

メリスはまたにっこりと笑いながら言った。だが、その表情の裏では『そう思わせたであろう奴等』への怒りが沸き上がっている。

「(……雄二、ここは。)」

「(任せろ。)」

雄二はメリスとのやり取りをアイコンタクトで済ませると少女に話しかける。

「俺たちは人身売買や奴隷売買をする組織をやっつける立場の者達だ。君に危害を加えるつもりは無いよ。」

しかし少女は雄二とメリスを交互に見るとこう言った。

「でもお姉さんは奴隷商人みたいな匂いがする!」

「……。」

押し黙るメリス。雄二は苦笑いした。

「……ま、まぁ、お姉さんは警察の方からの依頼でその組織をやっつけるのがお仕事だから安心してくれ。」

「そ、そうですよ!確かに私はちょっと臭うかもしれませんけど、暴力なんて振るいませんから!」

メリスは必死で弁明した。この子は獣人なので恐らく鼻が利く。故にアンデッドであるメリスの体からごく僅かに漏れ出ている死臭を嗅ぎ取ったのかもしれない。

「わ、わかりました……信じます。」

「ありがとう。あぁ、申し遅れたね、俺は雄二。こっちはメリスだ……よろしくね。」

雄二は少女に手を出して自己紹介した。少女はその手をおそるおそる握った。少女の手は細く、そして冷たかった。

「……アキナといいます……。」

自己紹介したアキナは、まるで迷子になって母親を探す幼子のようにか細い声だった。

「さて、自己紹介も済んだことだし、アキナちゃん。さっそくだけど、君がここに来る事になった経緯を教えてくれないかな?」

雄二は努めて優しく問いかけた。それはメリスも同じことを思ったのだろう、鋭い目でアキナを見つめた。

「……信じてもらえないかもしれない……本当に信じてもらえないかも知れないけど……。」

「いいよ。信じるさ。」

アキナは雄二のその言葉を聞いて意を決したように話し始めた。



アキナは元々異世界にある小さな村で慎ましくも幸せに暮らしていた。両親と兄弟たちと共に村で作物を育てたり狩りをしたりして、平和な日々…だった。

しかしある日、狩りのために兄弟たちと共に森に入った際に、見たこともない派手な服装の男達に襲われたとのこと。咄嗟に逃げようとしたのだが奴等は赤い粉をばら撒いてきたそうで、その粉のせいか鼻や目が激痛に襲われ動けなくなってしまう。そのまま捕らえられ、気がつけば薄暗い地下室のような場所に連れてこられたらしい。

「それで…男達のうち2人が何かをいじったんです。そうしたら丸い光が現れて…その円の中に違う風景が出たんです…。」

小さな声でアキナは証言した。

「恐らくそれが『旅券』で間違いないかと。それと赤い粉というのは唐辛子粉でしょう。」

刑事が補足する。

「それで、赤い粉を撒いてきた男がこう言ったんです……。」

ここでアキナは両手で肩を押さえ、小刻みに震える。女性警官が支えるとアキナは意を決して話した。


「『ケモミミは需要あるからな。さっさと持ってくぞ。』って…。そうして私だけ円の中を通されて…。」


「そうしてこちらに渡界してきた、ということですね…。」

メリスは理解した。

恐らく派手な服装の男達というのは地球人。それも裏社会側の者達だ。

奴等は人身売買目的で『旅券』を使って異世界人を拉致し、様々なルートで売り捌いているのだろう。その商品として仕入れられた、ということなのだろう。

異世界人を道具扱いしている者達に吐き気がする思いであった。

「その男達、そんなひどいことができるんですね……!」

女性警官も怒りで身を振るわせている。

「わかったわアキナちゃん。大変だったわね。今度はゆっくり休んでね。」

メリスは優しい声をかけたが目は笑っていなかった。

「はい…。」

アキナは俯きながら礼を言う。しかしすぐに顔を上げて懇願した。

「あの…お姉さんにおじさん、どうか兄弟たちも…助けてください!」

その懇願に雄二とメリスは答えた。

「もちろんだ。」

「えぇ、任せてください!」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




会議室を後にする3人。

次にやってきたのは取調室だ。マジックミラーの向こう側に、今回の下手人に一人である派手な服装の男が一人、取調べを受けている。

『いい加減話してはどうだ?』

『話すわけねーだろクソがっ!黙秘だ!も・く・ひ!!』

男は黙秘を貫いているようだ。

「これはまた…。」

メリスは男の態度に顔を歪ませる。刑事も頭を抱えながら話した。

「逃げ出してたアキナさんを追っていたから逮捕したんだ。これまで様々な取り調べをしてきたが、何も話さない。ただ黙秘しているんだ。」

「まぁ、そうでしょうね……。」

エルメナは呟く。

「仕方ないか。メリス、頼むぞ。」

雄二はメリスに男を正気に戻すように指示した。アキナと話していた時のメリスが印象的だったこともそうだが、彼女の特性を活かした方が確実と雄二も薄々気がついていたからだ。

「……了解。」

メリスは了承した。そして雄二は次に刑事に発言する。

「では、ここからは我々境界警察局が彼の身柄を取り扱います。ここから先に起きることは我々の管轄となり、貴方方には一切責は及びません。いいですね?」

そう言って雄二は鋭い視線を刑事に向ける。それに対し刑事はニヤリと口角を上げた。

「あんたらには散々世話になってるからな。今更どうこう言わんさ。」


了承を得たことで、取調べ中の刑事に無線連絡が入る。

それを受けた刑事は男にこう告げた。

「ではここからは違う者に担当を代わる。大人しくしてるんだぞ。」

そう言って席を立った。男はまだ挑発を続ける。

「無駄な努力ごくろうさ〜ん♪」

そうして刑事が部屋を出て、入れ替わりに入ってきたのがメリスだ。

「それではここからは私が担当します。」

入ってきたメリスの姿を見て男の目の色が変わる。

贔屓目に言って、メリスは美人である。スタイルも抜群だ。男の目が釘付けになるのも仕方がない。

「おいおいおい、今度は姉ちゃんが尋問するってか?それなら素っ裸で奉仕してくれるんだったら考えてやってもいいぜ〜?」

明らかに下品な笑顔でメリスを舐め回すように見る男。

だがそんな態度をメリスは冷たい眼差しで見るだけだ。

「あ〜、別にあなたは一切声に出す必要はないです。直接脳にアクセスしますので。」

「…は?」

メリスの発言に男は素っ頓狂な声で固まる。

そんな男を尻目に、メリスは両腕から茨の蔓を大量に伸ばし始める。

当然ながら男は一転して狼狽えだす。

「なっ!?何だそりゃ!?」

「うるさいです黙ってて。」

メリスは男の発言を一蹴しながら茨の蔓を走らせた。

男の、頭を狙って。

「うわわ、ちょ、来るな来るな!!」

逃げ出そうとする男を逃すこと無く、茨の蔓は男の頭に次々と突き刺さっていった。

「ぎゃあああああああ!!痛ぇ痛ぇ痛ぇぇぇぇぇ!!」

激痛に悶える男。しかしそれに構わずメリスは茨を指したまま目を瞑った。

男の脳から、茨を通じて意識と記憶を読み取るのに集中するために。


その様子はマジックミラー越しに雄二やエルメナに刑事達も見ている。

「ホントえげつねぇよなこの光景。」

刑事が顔をしかめながら言った。

エルメナがフォローする。

「あ〜、既に管轄がこっちに移るって言質は取ってますから安心してくださいね〜。おたくらに迷惑はかけませんから〜。」

「お、おう。」

刑事がホッとしたように見えたのは気のせいじゃ無いだろう。

しかし雄二は目を瞑り集中して作業しているメリスを見る。

『頼むぞ……。』


やがてメリスは茨を男の頭から引き抜き、インカムで刑事達に言った。

『情報は取れました。一応この男は無事ですので対応お願いします。』

「お、おうわかった。」

刑事達はそれに従い担架で男を搬送していった。

「メリス、お疲れさん。さて、次は奴等のアジトを突き止めないとな。」

雄二は一息つくメリスに労いの言葉をかけ、そして次の行動を促すのだった。

「では我々はこれより行動を開始します。」

「おぅ、俺達も行動させてもらうぜ。」

雄二は刑事に告げ、刑事もそれに答えた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆




刑事達には新宿区内の巡回に回ってもらうことになった。区内で奴等が現れないとも限らないし、連れ去られていた渡界者が脱出している可能性があるためだ。

そして雄二とメリスが本丸である奴等こと、半グレ組織『ブラックハンド』の捜査に当たる。

メリスが記憶を読み取ることでわかったのだが、奴等のアジトは新宿区内でも有数の高級マンションにあった。本来関わることもないはずである異世界の無辜の民を金として食い荒らすというロクデナシの集団が、まさか表社会の敷居を跨いでいるとは…という思惑が故らしい。購入資金も異世界人の命を金にして賄ったのであろう。

今、雄二はフル装備であるパワードスーツ姿、メリスも戦闘態勢で高級マンションの前に立っている。

高機動車両で待機しているエルメナから通信が入る。

『マンションのコンシェルジュには話を通しておきましたよ〜。』

雄二が通信で応答する。

「了解、助かる。」

「それじゃ、参りますよ。」

こうしてメリスと雄二はマンション内に向かった。


男の記憶から内部構造を読み取っていたメリスが先導し、マンション構内を進んでゆく。

ここまでずっと、メリスの目には黒い静かな怒りの炎が灯っていた。

「……メリス。」

心配になった雄二が後ろから声をかける。

「……私なら大丈夫です。」

それを察したメリスはすぐに返事する。その間も早足のままだが。


そうして目的の部屋に辿り着こうとしたところで、雄二達は一旦足を止めた。

すぐ目の前に、スーツ姿の男が2人立っていた。

「何者だお前ら?」

男の一人が問いかける。するとメリスは冷たい怒りの声で返答した。

「境界警察局の者です。この先にいる者達を検挙しに来ました。」

そう言って、右腕から少しだけ茨の蔓を生やしてチラ見せする。

それを見たスーツの男二人は渋面になるが、すぐにメリス達に問うた。

「何だ、あんたらも『ブラックハンド』を潰しに来たっつうことか?」

その発言にメリスの茨が止まる。

「……も?『あんたらも』とはどういうことですか?」

その発言に男二人はやれやれと肩をすくめた。

「境界警察局…つまりはサツのお仲間か。ならヘタに抵抗はしねぇよ。」

そう言うと、男達はドアの前に身体をズラしてドアマンの様に道を開けた。どうやら雄二達を通すつもりらしい。

「……いいんですか?」

メリスが睨みを効かせながら問う。

「こうすれば『境界警察局に協力した』という面目が立つんでね。」

スーツ男の一人、白スーツ姿の男はしたり顔で答えた。

「……わかりました。行きますよ、雄二。」

「…あぁ。」


当然ながら部屋はしっかり施錠されているため、ドアは雄二がプラズマビームで鍵を溶解させて破壊した。

「何!?」

「誰だゴラァ!!」

中にいた下っ端達が反応する。

部屋の内装は非常に豪奢で、まさに高級マンション。

しかも彼等はちょうど、テーブル等をどかして片付けた大リビングの中央で大掛かりな設備を起動していたのだ。その機器の上方には円形の門(ポータル)がちょうど開かれたところであり、これこそが『旅券』であることを言い逃れできぬ程に物語っていた。

「境界警察局です。大人しくしてください。」

メリスは男達を見やって告げる。

「けっ!誰がサツに捕まるかよ!死ねっ!」

下っ端の一人がメリスに拳銃を向ける。しかし……

「ぎゃあっ!?」

メリスの茨の蔓がその拳銃を持つ手に絡みつき、拳銃をもぎ取ったのだ。続いて別の下っ端の手をも掴み捻り上げて、同じように拳銃を奪い去る。

その光景を見ていた幹部らしき一人は、仲間をあっさり無力化したメリスに驚愕しながら叫んだ。

「て、てめぇら!俺達『ブラックハンド』にはバックに強力なスポンサーがついてんだぜ!お前ら絶対報復されるぞぉ!!」

それを聞いてメリスは、何の感情も乗らない声で吐き捨てる。

「だから何ですか?」

その冷たいセリフは、幹部を一瞬で正気から狂気へと引き戻す。

「なっ!?へ、へへ、だったら俺達のバックにゃヤクザ連中や政治家の息がかかったヤツがいるんだぞ!?」


「そのヤクザ連中ってのは、石浜組のことかい兄ちゃん?」


先程メリス達を通したスーツ姿の男2人。その一人である白スーツ姿の男がそう言い放つ。

「な、テメェは誰だ!?」

幹部が白スーツ姿に言い放つ。白スーツはタバコを吹かしながら答えた。

「俺は黒杉組の半藤 恭史(はんどう きょうじ)だ。お前らがうちのシマで反吐が出るような商売やってやがるって聞いたもんでな、こうして出張らせてもらったぜ。」

「なっ!?黒杉組だとぉ!?ちっ!サツだけじゃなかったたぁ卑怯だぞ!」

下っ端の一人が不満げに叫ぶ。

「そう言うなって、俺らだってサツに睨まれちゃあ手出しできねぇからこうして大人しくしてんだろうが。あぁちなみに、石浜組なら今頃『善意の第三者からの通報』でサツのガサ入れが入ってる頃だぜ?」

そう言ってニヤリと笑う、極道の男こと半藤恭史。

「(善意の第三者って、絶対黒杉組のリークですね…。)」

横で聞いていたメリスは心の中でそう思った。

一方の下っ端達はそんな情報知らなかったのか、明らかに動揺していた。

「ぐぐっ……!だが!俺は捕まらんぞ!俺は異世界で手に入れた金と権力を盾にしてこの世界でも好き勝手出来るんだからな!俺の『力』を見せてやろう!」

そう言うと幹部は両手を突き出し、こう叫んだ。

「いでよ!我がしもべ!」

すると腕につけられている腕輪から黒いモヤが沸き立ち、そのモヤが段々と形を成してゆく。やがてそれが完全に顕現、一体の大きな赤いドラゴンになった。

「ギャオオオオオオオオオオ!!!」

ドラゴンは理性の無い白目をメリスたちに向けて咆哮する。

そして、その首には禍々しい首輪が付けられている。

「隷属化させたドラゴン…それも野生種(ワイルド)か!」

即座にバイザーでスキャンした雄二がアームキャノンをドラゴンに向けて構える。

「なんて事を…!!」

メリスも茨の蔓を増やして構えた。

「ヒャーッハハハハハ!お前らこれでお終いだああああ!!やっちまえレッドドラゴン!!」

幹部の命令でドラゴンが再び咆哮する。

「コレは面倒ですね…このドラゴンを何とかしないといけませんね。」

メリスが眉間にシワを寄せて言う。その際一瞬だけ、後ろにいる半藤恭史に視線を送る。

「そうだな、こいつを何とかしないと奴等どころではないな!」

雄二もビームチャージをしながら言い放つ。その際にメリスと同様に視線を半藤恭史に送るのだった。

その視線を受けた恭史は、一瞬意図が読めなかったが直に察した。

「おいおいおい…いい趣味してやがるぜ姉ちゃんら!」


ああ言ったものの、実はメリスと雄二にとって、隷属化されたワイルドドラゴン程度なら造作もなく対処できる。もちろん対処してる間はブラックハンド達に手が回らなくなるのは本当なので、『偶然居合わせた第三者のご協力を期待』したのだ。その意図はしっかり伝わったようだ。


「ギャオオオオオオオオオオ!」

咆哮とともにブレスを吐こうと大口を開くドラゴン。

その隙を逃さず、雄二がチャージしたビームを発射する。今回は灼熱のプラズマビームではなく、レッドドラゴンのような火属性対策の極低温攻撃、アイスビームだ。ブレスを吐こうと開けたドラゴンの大口が一瞬で凍てついた。

「!?」

口が凍りついたために一瞬声が出せないドラゴン。

その隙を逃さずメリスが茨を走らせ、ドラゴンの全身を縛り上げる。この時点で翼は茨で引き裂かれ、四肢も関節部に茨が食い込んでいる。

動けなくなったドラゴンはもがき暴れるが、追撃のアイスビームを雄二が撃ち込むことでさらにドラゴンの頭を凍り付かせてゆく。やがて頭が完全に凍りついたのかドラゴンは動かなくなった。

「今だメリス!!」

雄二が叫ぶ。

「はい!!」

メリスはそれに応え、懐から銃を抜き構える。強力なマグナム弾を撃てるようにしたアダマンタイトビルドの拳銃の引き金を、メリスは躊躇なく引いた。

放たれたマグナム弾が、芯まで凍りついたドラゴンの頭を穿ち、粉々に砕いた。首を失ったドラゴンは力なく倒れ伏した。

「…これで被害拡大は防げたな。」

雄二が倒れたドラゴンを見て安堵する。

「さて、ブラックハンド達は…!」

茨を引っ込めたメリスが幹部達が立っていたであろう方向に目を向けるが…。

「姉ちゃんら、流石だな。こっちもケジメを取ってやったぜ。」

メリス達の意図通り、ブラックハンドの者達は全員黒杉組の2人によって叩きのめされた後であった。

「ご協力感謝します♪」

メリスは満面の笑みで返すのであった。


だが、事件はまだ終わっていない。

まだ『旅券』によって開かれた門が開きっぱなしである。それにブラックハンドの頭目である岸岡 将也(きしおか まさや)がいない。

「雄二、頭目はきっと…。」

「あぁ、異世界に逃げ込んでいるだろうな。」

そう言って雄二は『旅券』の装置に歩み寄る。そしてスキャンしながら通信をエルメナに繋ぐ。

「エル、どうだ?」

『いやぁ〜実にお粗末なプログラムですねぇ。これならハックしてこちらから安定化させるのは楽勝ですよ〜。』

「よし、なら頼む。」

『アイアイサー!』

返答と共にエルメナが遠隔操作で『旅券』をハッキング。完全に掌握し門を安定化させた。

「さて、まだ遠くには行っていないはずだ。突入して確保するぞ。」

雄二はアームキャノンを構えてメリスに言う。

「えぇ、ですが…。」

メリスは口ごもる。その視線の先にいるのは半藤恭史たち、黒杉組の2人だ。

「俺等もヤツからケジメを取らねぇといけないからな。『善意の第三者』ってことで、な?」

黒杉組の半藤恭史がニヤリと笑いながらそう応える。

「分かりました。ご協力感謝します。」

メリスは黒杉組の礼を述べた後雄二に振り向きこう言った。

「では行きますよ、雄二!」

「あぁ!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



雄二、メリス、黒杉組の2人の計4人は掌握した門から異世界に突入した。

到達した場所は奴等が塒として確保していいたであろう、石造りの暗い部屋の中。やや大きめの外へ続く扉以外は何もない。

4人はすぐさま扉を蹴破る。

「「境界警察局だ!大人しくしろ!」」

「「黒杉組じゃあ!」」

蹴破られた扉の先にいたのは、ブラックハンドの残りの下っ端達に頭目の岸岡将也。それに現地人の奴隷商人に、檻付き馬車に閉じ込められた奴隷と思しきボロボロの獣人達…よく見れば日本人と思しき黒髪の子供達まで混じっていた。4人は皆それに気づき、さらに顔を歪ませる。

岸岡や奴隷商人らは一斉にこちらを振り向き、武器を構える。

「何だテメェ等!部屋の奴等は何やってんだ!?」

それに対し、雄二はアームキャノンをチャージしながら構え、メリスは茨の蔓を生やし、黒杉組の2人は指をポキポキ鳴らしながら睨みつける。

「半グレ組織『ブラックハンド』構成員に頭目の岸岡将也。地球側及び異世界側における未成年者略取及び人身売買の現行犯で逮捕する!」

「そして貴様等、この世界での『旅券』の不正利用と異世界での奴隷売買も現行犯だ!全員逮捕する!!」

雄二とメリスの宣告と共に半グレ達や奴隷商人達は一斉に戦闘態勢に入った。

「やれるもんならやってみろおおおお!」

岸岡の叫びを皮切りに戦闘が開始された。

半グレ達は鉄パイプやナイフに現地側で手に入れたであろう粗野な片手斧にシミターで武装しており、奴隷商人側の護衛達は剣に弓で武装している。

だが、さっきの隷属ドラゴンに比べれば大したことはない。雄二たちは余裕で蹴散らしていく。

敵の放つ弓矢はメリスの茨の蔓で難なく迎撃され、まずは敵弓兵を雄二がショックビームを発射して沈黙させる。

「ぎゃああ!?」

「クソがっ!!」

今度は半グレ達が拳銃を抜いた。即座に雄二に向けて銃を撃つが、パワードスーツのシールド機能で全て弾かれてしまう。

「そんな豆鉄砲は通じんぞ。」

すぐに雄二はアームキャノンを構えて次のショックビームを撃つ。

「がっ!?」

「ぎゃあああ!?」

しかもそれに続くように、なんと黒杉組の2人が銃を抜き半グレ達を撃ったのだ。…肩や足を狙って。

「そっちもチャカ抜いたんだ。正当防衛だろう?」

そう言って黒杉組の半藤恭史は静かに笑う。

「あぁ、そうだな。」

雄二もにやけ顔で笑い頷いた。

そこからは一方的な蹂躙戦だった。

「あなた達のような外道は檻の中で反省してもらいますよ。」

冷たい目付きのメリスが茨の蔓を広範囲にしならせながら踊り、半グレの下っ端達や奴隷商人の護衛達を打ち据えてゆく。

「させんぞ。」

雄二は幹部と思しき男達をショックビームで痺れさせ、近づいてくる者にはアームキャノンを振り上げて打ち据えるメレーカウンターで迎撃してゆく。

「仁義外れ共が!往生せぇやああ!!」

そして半藤ら黒杉組2人も素早い踏み込みで半グレ達に飛び込み、強烈な拳で半グレ達を叩きのめしてゆく。もちろん奴隷商人達にもしっかり拳を叩き込んでいる。

「がああっ!?」

「ぐべぇええ!?」

雄二の拳やメリスが操る茨の蔓によって、奴隷商人も次々と薙ぎ倒され動けなくなってゆく。

「こいつら……強い!」

「怯むな!相手は少数だ!!数で押し潰せ!」

奴隷商人の護衛達が剣や斧を振りかざして突っ込んでくる。

だが闇雲に突っ込ませたところでメリスの茨を突破することが出来ず、返り討ちになってしまう。

しかしここで、奴隷商人が杖を構えて魔法を発動した。

「おのれぇ!!折角の美味い商売を邪魔されてなるものか!『フィアーフレイム』!!」

奴隷商人が構えた杖から帯状の炎が放たれる。炎はメリスの茨に着火し、焼き尽くそうと燃え広がり始める。

「くっ、なかなか厄介な炎ですね!」

メリスは燃えてしまった茨を根本から切り離し、新しい茨を生やす。

しかし新たに生やすとなるとどうしても隙ができる。

その隙に数人の下っ端達がメリスの側に駆け寄っていた。

「姉ちゃんとこには行かせねぇぜ!」

黒杉組の2人がメリスを庇うように前に立ちはだかる。

「雄二、すみません!」

「あぁ、任せろ!」

雄二の了承を受け、メリスは黒杉組の2人と頷き合いその場を離脱した。

「させるものか!!」

奴隷商人が追い打ちとばかりにもう一度魔法を放とうと杖を構える。


バキィン!!


…が、次の瞬間杖の先端にあしらわれた魔石が粉々に砕け散った。

「なっ!?」

瞬間、発動するはずだった魔法の炎が暴発し、奴隷商人本人を焼き尽くしてしまったのだった。

「ぎゃああああああああああ!!!!」

黒焦げになった奴隷商人は力なく倒れ伏した。

「おぉ、魔法ってもんも難儀な代物なんだなぁ。」

銃口から煙を上げる拳銃を構えた半藤恭史が冷ややかな目で奴隷商人の末路を見届けていた。

「そ、そんな…!!」

手下も奴隷商人も皆倒され、手札はもう無い。岸岡将也は破れかぶれにナイフで突っ込む。

「クソがああああああああああああ!!!!」

「はーい、そこまで!」

しかし、もう新しい茨を生やしていたメリスによってあっさり捕縛されるのであった。



全員を茨で縛り上げた後、檻馬車に駆け寄った4人。

アキナから聞いていた獣人の兄弟もここに閉じ込められていたのを確認した。

「境界警察局です!助けに来ました!」

檻の鍵を雄二が小出力のプラズマビームで焼き溶かし、檻の扉を開け放った。

子供達は当初メリス達4人を警戒してしまう。同じ奴隷商人なのではないか、と思ったのだろう。しかし少ししてから頭が回り始めたのか、黒髪の子供達が発言を理解し始めた。

「……きょうかい、けいさつきょく………境界警察局!?」

そう叫んで立ち上がった。

「そうです境界警察局です!もう大丈夫ですよ!!」

その叫びにメリスが応える。

「た、助かったんだ!!」

「怖かったよ〜!!」

黒髪の子供達がメリスの下へ走り寄り縋り付いた。

「はいはい、もう大丈夫ですよ。」

メリスは優しい笑顔で子供達を宥める。

その様子を見て獣人の子供達も恐る恐る近づき始める。

その様子を見た雄二がヘルメットを脱いで素顔を晒してから言った。

「君たちも安心してくれ。アキナちゃんに頼まれて君たちを助けに来たんだ。」

その発言を聞いて獣人の子供達が反応した。

「アキナねえちゃんが!?」

「ねえちゃん無事なんだね!?」

その声に雄二はもちろん笑って答える。

「あぁ、君たちのお姉さんなら大丈夫だ。」

それを聞いてやっと獣人の子供達も安心したのか泣きながら縋り付いてきた。

「うわあああああん!!」

「ねえちゃああああん!よかったよおおおおお!!」


その時だった。黒髪の子供達のうちの一人が、メリス達の後ろにいた黒杉組の2人を見て、声を上げたのだ。

「あ!恭史兄ちゃんだ!!」

そう言って半藤恭史の元へ駆け寄っていったのだ。

「おぉ、無事だったか坊主!心配かけさせやがって。」

駆け寄ってきた子供の頭を優しく撫でる恭史。

「知り合いなのですか?」

メリスがその様子を見て質問する。恭史は快く答えた。

「あぁ、組で色々世話になっている孤児院の子でな。この子を助けるのも目的だったってわけさ。」

「そういうことでしたか…。」

それを聞いて、メリスはようやく恭史達への視線を緩めたのであった。

そして、メリスと雄二は恭史達に敬礼する。

「この度は、捜査へのご協力、ありがとうございました!」

だが、恭史達黒杉組はそれに対し踵を返した。

「やめときな姉ちゃん達。ヤクザもんに礼を言うもんじゃねぇぜ。」

そう言って、孤児院の子を連れて門が開いている部屋内へと行ってしまった。

メリスと雄二は顔を見合わせる。

「……やっぱり、ヤクザってそういうものなのですね。」

メリスは少し悲しい目を恭史達の背中に向けてそう言った。

「メリス……。」

雄二は同情の意味を込めて名前を呼んだ。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





その後、無事に半グレ達は全員境界警察局によって逮捕、のちの事後処理にて現地奴隷商人達も現地衛兵隊によって拘束連行された。

連れ去られた子供達は無事に合流し、アキナに泣きながら抱きしめられていた。アキナが半べそをかきながら何度も感謝し、メリスや雄二に頭を下げていたのを見て新宿署の面々も苦笑していた。

雄二らの活躍により、現地住民達への被害は0であり、戦闘に関わった『善意の第三者』含む全員は正当防衛という形で裁かれることになった。

また、半グレ達は異世界や地球での異世界人について法を犯していたため、厳罰は免れないとのことである。


「それでは境界警察局の皆様、この度は応援ありがとうございました。」

新宿署の刑事達が敬礼する。メリス達も敬礼を返した。

「こちらこそ連絡ありがとうございました。あとは我々にお任せください。」

こうして、境界警察局は押収した『旅券』を高機動車両に詰め込み、子供達をバスに乗せて撤収していった。

子供達は検査後に異世界へ送還予定であり、『旅券』はこれから工房で分析することになっている。





だが、メリスの表情はいまいち晴れきっていなかった。

「どうした?」

雄二がメリスに声をかける。それに対しメリスは少し俯きながら応えた。

「結局、脳を読み取っても判明しなかったんですよね…『旅券屋』が。」

そう、本来なら単なるチンピラ集団でしかなかった半グレ組織『ブラックハンド』。彼等が一体どのルートから『旅券』を得たのか、誰が『旅券』を齎したのかが、未だ分からず終いなのである。

「そうか…こりゃ長くなるかもしれないな。」

雄二は溜息をつきながらそう呟いたのであった。

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