13:ギフテッド支援センター脱走事件

これまで、境界警察局や境界連盟機構によって多くの異世界系案件が解決されてきた。召喚されてしまった人達の救出、奪われてしまった物品の奪還、異世界からの侵略に対する防衛、異世界側へ悪意を持って介入しようとする者達の検挙などなど。



そんな中で、特に召喚されてしまった人達に高確率で『後天的特殊能力発現』という事象が発生している。


それは尋常でない怪力だったり、途方もない魔力の発現だったり、様々なアイテムを生成出来る術だったりなど、本当に様々。

そのあり得ない程の能力が異世界召喚時に獲得されてしまうことから一時は異世界召喚を待ち侘びてしまう若者達が続出する事態にもなったが、結局のところ望んだところで選ばれるというわけでもないことからすぐに若者たちの期待は薄れ、廃れていった。

当初は「チート能力者」や「チーター」などとも呼ばれたが、この言葉は蔑称に当たるとして問題になったため現在は『ギフテッド』と呼ばれるようになった。



そんな、異世界から無事帰還した『ギフテッド』の人達をサポートするのも境界協力連盟の仕事である。彼等を支援し指導するための施設として『ギフテッド支援センター』が各所に設けられ、そこで様々なギフテッド達が交流を図り、互いに助け合って生存していくための手助けを行なっていた。

ただ、能力や資質に応じて様々なギフテッド達がいる為、全ての人達の登録や支援までは叶っていないのが現状だが、それでもこのセンターで得られた情報や経験がギフテッド達の生活水準を高めていることも事実である。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



東京都青梅市某所。

ここに設けられているギフテッド支援センター。

広大な敷地に複数の宿舎、能力訓練用の広いグラウンドなどが存在する施設である。

ここの駐車場に、1台の高機動車両が停まった。

二人が高機動車両から降り、正門前に立った。

一人は境界警察局員の男、烏山雄二。

もう一人は相棒である境界警察局員の女、メリス・ガーランド。

「ここに来るのも久しぶりだな。」

施設正門を眺めながら雄二は呟いた。

「お世話になりましたもんね、雄二も。」

メリスはそんな雄二を覗き込み、はにかみながら答えた。


雄二はかつて、少年だった頃に異世界召喚されてしまった被害者だった。その際に転移先で「ある強力な能力」を授からされ、『ギフテッド』となったのだ。その能力を活用することもないまま当時の境界警察局に救助され、その後このセンターで訓練を受けたのである。

その縁もあって時折このセンターの臨時職員として出向している。当時から能力開発部の指導教官だった男に呼ばれ、ここでの勤務をこなしているのだ。

二人は正門を潜りセンター内へと入って行った。

この『ギフテッド支援センター』は、帰還者達のメンタルサポートや能力強化の支援などを受け持つ中枢組織であり、帰還者達の生活水準向上に資するような研究活動も行っている。

このセンターには数多くの支援員が常駐しており、その大部分は現在『ギフテッド』である帰還者達だ。彼等彼女等は帰還者達の支援活動と自立支援のために日々奔走していた。

「あっ!烏山先生お久しぶりです!」

センター受付の女性が雄二に気付いて声を掛ける。

そして雄二にくっついて来たメリスの方を向くと、目を輝かせる。

「おぉ、『聖骸のメリス』さんも一緒ですね!」

『聖骸のメリス』とは、このセンター内で広められているメリスの二つ名だ。彼女なりにこの勇名を戴いたのは嬉しかったが、少々恥ずかしい名前でもあった。

「やめてください……こそばゆいんですよそう呼ばれるの…。」

メリスはその二つ名を呼ばれることを気恥ずかしく思っている。こう呼ばれるようになった理由は『雄二のギフテッド』からの影響で体質が変化したせいなので、その責任の一端は雄二にある。だがあまりメリスに責め立てられると今度は「烏山先生」こと雄二の居心地が悪くなる。

「あー……、ところで通報の詳細を聞きたいんだが?」

そう言って受付の人に助けを求めるように雄二が問うと、受付の人はハッとして仕事を再開する。

「はっ……失礼しました!実はですね……。」



異世界召喚の際に授からされた、尋常でない特殊能力。それは『ギフテッド』の人生を大きく左右することがほとんどだ。

そして得られる能力というのは、「本人の深層心理や願望が反映される」ことも多く、心優しき者にはそれに相応しい力が、極悪人にはそれに相応しい力が発言してしまうということでもあるのだ。

支援センターでは帰還者支援の一環としてギフテッドの心のケアも行っており、悪人の兆候が見られる人に対しては更生を促す支援活動なども行っていたりする。

受付の方曰く、今回通報のあった人物は要注意とされた人物だった。

「この人は?」

雄二が女性の持つ資料を手に取って見る。その写真には、ボサボサの茶髪にガリガリに痩せ細った貧相な体格の不精な青年が映っている。

「この方が今回脱走した、ギフテッドの男性です。」

女性支援員は深刻な顔をしてそう答えた。

「…この男、確か…。」

雄二はその資料を見て顔をしかめる。

資料に載っていた男。彼、松本幸一(まつもとこういち)は両親に捨てられ身寄りのない天涯孤独の青年で施設暮らしをし、のちに一人暮らしへと切り替わった際の自宅内で異世界召喚されてしまい、境界警察局の別部署の局員に救出されたのである。召喚時に部屋が魔法陣の光で眩く光ったことにより窓から光が強く漏れ出ていたのを見た大家からの通報だった。

そして救出後の検査で詳しいギフテッドとしての能力が判明し支援センターで能力訓練を受けることとなったのだが…。

「その判明した能力というのが…その……。」

女性支援員は赤面し俯いてしまう。

「だ、大丈夫か?」

雄二が心配して声をかけるが、女性支援員は意を決して顔を上げる。


「その能力というのが…『女体を強制的に魅了する』能力、なのです…。」


「何だそれは??」

打ち明けられた内容を聞いて雄二は一瞬呆けてしまった。

横で聞いていたメリスも目をしかめる。

「えぇ……、私も俄には信じられなかったんですけど……。『女体に対してのみ強力なフェロモンを発し、女性の意識に関係なく強制的に発情させる』能力、だそうです……。」

女性支援員は恥ずかしがりながら説明をしたのだった。

「…凶悪な能力ですね…まるで安い成年漫画の設定みたいな…。」

メリスの言葉に女性支援員は大いに頷く。

「そうなんです……!まぁここでは様々なギフテッドもいるおかげで対策しやすいので能力的には弱いし、ただモテやすくなるだけなんですけど……。でも彼はこの能力をいたく気に入ってしまって、その能力で女性たちに手を出しまくっていたようで……。」

そこまで言ったところで赤面して顔を隠してしまう女性支援員。

そんな女性支援員に対し、雄二とメリスの間では重苦しい空気が流れていた。

「ということは、この松本という人が脱走したのはその能力を使って好き勝手するためってことですか?」

「恐らくは…。」

メリスと女性支援員はそう言ってため息を付いた。


今回脱走したギフテッド、松本幸一は施設で暮らしていた少年時代の時点でかなり素行が悪いことで評判であった。と言っても周囲にイキり倒すようなタイプではなく、教室の隅っこでぶつぶつと小声で何かを呟き続けているような陰気なタイプだったらしい。高校にも進学せず、無職になってから痴漢やストーキングなどで既に何度も補導もしくは逮捕されているのだが、その度に

「俺は悪くない!この世界だって悪い!俺はいずれ異世界に召喚されてチート能力を得るんだ!」

などと言い張り、専門施設に収容されて更生保護プログラムを受けて出所するような人物だった。

とにかく彼は幼少の頃から女性に対する性的なイタズラを繰り返し続けており、女性というか女体に対する執着が異常なまでに強い男であった。そんな気質が能力として発現してしまったのがあの能力では…という見解があるほど。実際異世界召喚された際に介入した境界警察局員によると、

『召喚先世界側で王族含む多くの女性達を意思を無視して手籠めにしており、召喚先側為政者達からも何とかしてほしいと懇願されましたよ』

と報告書に上げていたほどだ。実際書面上は『救出』としていたが本当は『逮捕』というべき状態であり、危うく女性の境界警察局員も被害に遭いかけたらしい。

そう言った経歴を辿ってこのギフテッド支援センターに収容されたのだが…。

「いくら規格外の能力と言ってもこの支援センターなら他のギフテッド達の力で封殺、対策できるのですが…その油断を突かれたのかもしれません。」

そう言って女性支援員は肩を落とす。その様を見て雄二は支援員の方を優しく叩いた。

「今はそういう後悔は後回しだ。一刻も早く奴を確保しなければな。」

「そうです。だからこそ私達を呼んだんでしょう?」

メリスも支援員を励ます。

「あぁ…ありがとうございます烏山先生…メリスさん…!」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





支援センターから追加の資料を受け取った雄二とメリスはすぐに高機動車両に戻り、エルメナの運転で車両を走らせる。その間車内でメリスは境界警察局日本支部へ事態の報告と警戒要請、雄二は日本国警視庁へ応援要請をしていた。

「そうです、これまでの経歴から都内のどこで事件を起こすか予測がつかない状況です!直ちに検問の設置をお願いします!」

「特に女性が集まる場所、女子校や繁華街などが狙われる危険性が高いです!急いで警戒に当たらないと大変なことになります!」

半ばがなり立てるように無線で各所に連絡する雄二とメリス。

それと同時にエルメナは運転の傍ら、サポートシステム付きコンソールを利用してネット上に情報を公開し注意喚起を行っていた。境界警察局公式SNSから注意喚起を投稿したり、アングラ系掲示板サイトへの《許せる範囲での》情報リークなどだ。

『現在都内を悪意を持ったギフテッドが逃走中です。女性の方は出来る限り外出を控えてください。男性の方は怪しい人を見かけたら110番をお願いします!』

『【悲報】女の敵系ギフテッドが逃走中 1スレ目』


そうして車を走らせて数分。エルメナが投稿したアングラ掲示板のレスに情報が上がった。

「公式に上がってる写真の男、立川駅で似たやつ見たんだけどまさか?」

という書き込みが写真付きで投稿されていた。

エルメナは目敏くそのレスを見つけ、高機動車両を立川に向けて走らせる。

「立川で、ぽい奴を見つけたってレスありましたので移動しますよ〜!」

ハンドルを切りながらエルメナが後ろに待機している雄二とメリスに言い放った。それに二人は答える。

「了解ですエル!」

「よし、今のうちにスーツ装着だ!」


そして走行中に立川署から連絡を受け、立川の繁華街近くに高機動車両を停めた。

周辺に野次馬が集まるも、エルメナがメガホンで周囲に注意喚起をする。

『こちら境界警察局です!これより捜査を行いますので車両から離れてくださ〜い!!』

そうして野次馬が下がった後、車両後方のゲートが開き、中から制服姿のメリスとパワードスーツ姿の雄二が降り立った。雄二が降り立つ際に野次馬から大歓声が巻き起こる。

「「「おおおおおおお!!!」」」

「「「すげーかっけぇーーー!!」」」

そんな歓声を受けた雄二とメリスは一瞬だけ歓声を上げた方向に向けて軽く敬礼した。野次馬からはそれに答えるような形で応援コールまで上がる始末。

「応援されるとやっぱり嬉しいですね。」

メリスが歓声を受けてやや照れながら雄二に言う。

「捜査協力してもらっているからな。とりあえず急ぐぞ!」

雄二は気を引き締めて駆け出した。

「了解!」

メリスも続く。

「「うおおおおぉぉぉぉ!!!」」

そしてそんな雄二とメリスを野次馬はさらに歓声を上げて見送った。

「……まぁ、美人とパワードスーツは映えますもんねぇ。」

一人車内に残ったエルメナが茫然としている様子をサイドミラー越しに見ながら、メリスは雄二の背中を追っていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「はぁ……流石に疲れたなぁ。」

立川駅近の路地裏にて、松本幸一は一人大きなため息を吐いていた。

ギフテッドとしての能力を駆使して女を見つけては路地裏や駅構内で襲った後、そのまま放置してその場を後にしてきたのだ。能力故に女性は基本的に無抵抗になる幸一であるから罪悪感は皆無であり、逆に『性欲処理』が出来ると喜んでさえいた。

幸一は己の能力に心の底から陶酔しており、物心ついた頃からずっと心の底で願い続けていた願望がようやく叶った!と歓喜にむせび泣きもしたのだ。

しかし能力を得てすぐに境界警察局に捕まり、その後すぐに送られたギフテッド支援センターで課されたのは『能力を適切に制御する方法の模索』だった。それは松本幸一からすれば「生き様を全否定された」も同然だったのだ。だからそんな場所になどいられるはずもなく、センターではずっと脱走手段を考え続けていた。そうして今こうして遂に脱走に成功しようやく能力を駆使して人生を謳歌しているのだ。

「さぁて、どんどん孕ませなきゃなぁ!」

そう息巻いて路地裏から表通りに出てとある路地に入ろうとすると……。

「………あれ?」

路地裏から顔を出した幸一は違和感を感じた。

「…なんでこんなに人がいないんだ?」

繁華街として常に大勢の人達が行き交う立川駅周辺。のはずが、行き交う人々が全くいなくなっていたのだ。

「…まさか境界警察局に嗅ぎつけられたか!?」

かつて自分を捕まえた境界警察局を思い出し戦慄する。また捕まってしまえばセンター送りになってしまう。もうあそこはいやだ。満足に女を犯せないなんて死よりも苦痛だ。

一応そう言う事態に備えて、人質用にその辺で魅了して拐った女を一人連れ回している。女自身は意思では全力で拒絶し幸一を憎んでいるが、体のほうが強制的に発情させられており思うように動けない状態にさせられているという屈辱的な状態だ。この女性は繁華街で拐ったキャバ嬢と思しき女なのでさっきから恨み節ばかり投げかけてくるが、それすらも幸一にとっては「口では何とでも言えるが体は結局悦んでいる」というシチュエーションを味わえるのでむしろ快感ですらあるのだ。

「畜生……!!お前、絶対許さないからな……!!」

今も人質となった女は恨み節を投げかけてくるが、幸一はそれを聞いても粘着質な笑顔で返すのであった。

「何とでも言えよ♪どうせお前は俺の力で絶対に逆らえないんだからなぁwww」

そう言って女の胸を揉みしだこうと手を近づけようとしたところで。







「はーい、そこまで!」






藍色の境界警察局員制服に身を包む銀髪の女性、メリス・ガーランドが高らかに宣言した。

「見つけましたよ!ギフテッド、松本幸一!!さぁ、支援センターに帰りますよ!」

メリスは毅然と言い放つと同時に、幸一に近寄っていく。

「ふ……ふざけるなぁ!!」

最早怒り心頭状態になった幸一は、能力を全力で行使する。

メリスに対して今まで出会ってきた女同様に魅了を掛けようとしたのだが……。

「……ってあれ?」

今度は何故か能力が効かない。

「な、何でだよ……!お前何した!!」

狼狽する幸一にメリスは笑いかける。

「私に何かしようとしても無駄ですよ。私、死んでますもの。」

「は?何言ってやがる!?」

意味のわからないことを発するメリスに幸一は怒鳴り散らす。

「あら、あなたまだ『アンデッド』には能力試してなかったんですね。センターでしたら学べたでしょうに残念でしたね。」

「ふ、ふざけ……!」

さらに喚く幸一だったが、メリスはそんな問答に付き合うつもりもないのか、掲げた右腕の袖から複数の茨の蔓を生やし始める。

「お、お前何だよその気持ち悪い触手は!?俺にそっちの趣味はないぞ!?」

幸一はメリスの茨を何か別のものと勘違いしたのか、見当違いなことを言い出した。

「あらあら何と勘違いしたのやら……まぁいいですわ。とりあえず抵抗しないで大人しく同行して……」

「う、動くんじゃねぇ!!」

ここで幸一は連れていた人質の女を前に引っ張り出す。

「うああぁ!!」

この間も幸一の能力が発動しているため、幸一に手を引かれて前に引きずり出される際にも強制発情させられ悶えてしまう女。

「俺はあんなところに戻りたくなんかねぇ!こいつの命が惜しかったら俺を開放しろよおおおおお!!」

叫んで幸一は女の首元にナイフを突きつける。

「………。」

そんな幸一の姿をメリスはまるでワイルドゴブリンでも見るかのような冷たい目で見る。

そして、純粋に思ったことを問いかけた。

「あなたのことは資料でも確認してますけど…まるで、この世に「女を辱める」以外の事柄が存在してはいけない、とでも言いたいかのような考え方ですね。」

メリスに言われて幸一は目を大きく見開く。そして次の瞬間、激昂した。


「う、うるさい!!俺は悪くない!女はただ俺に犯されるためだけに存在してればいいんだ!!それ以外は不要なんだよ!!邪魔なんだよ!!存在しちゃいけねぇんだよ!!!」


その発言を聞いてメリスは目を瞑った。

「……それがあなたの本心ですか……そうですか……」

そして静かに呟くと、再び目を開き鋭い視線を幸一に向けた。

「わかりました。あなたを逮捕、支援センターに連行します!」

その宣言と共にメリスは駆け出す。そして茨の蔓が幸一に向けて放たれた!

「ひ、ひぃ!?」

慌ててナイフを女に突き立て盾にする幸一だが、蔓は女を器用に回避して幸一を縛り上げる。

「なっ!?くそっ!!」

必死に抵抗しようとするも時すでに遅し。茨で雁字搦めにされた幸一は地面に倒れ伏した。

「がっ……!!」

地面に倒れた幸一は必死に逃れようとするも、蔓の力が強く全く振り解けない。無理に振りほどこうとすると茨の棘が容赦なく食い込む。そんな様子にメリスは近づいて優しく声をかけた。

「さぁ、支援センターに帰りましょうね。」

まるで迷子を保護するかのような口調で語りかけるメリス。その慈愛に満ちた笑顔を見て、幸一はむしろ嫌悪感と憎悪しか抱けなかった。

「くそっ……クソが……!!」

そんな憎々しげな眼差しに全く目を向けず、メリスはさらに大量の茨を腕から生やし始める。

「さぁ、あなたのような能力を封じるにはこうしないといけませんよね〜。」

そうしてメリスは大量の茨を幸一に向けて走らせ、まるで繭に閉じ込めるように全身を包み封じ込めたのであった。

その瞬間、幸一の能力から脱したのか付近で倒れていた人質の女が一気に脱力した。

「はぁ……やっと解放された……!」

そう言いながら立ち上がると、メリスに向かって笑いかける。

「ありがとうございます!おかげで助かりました!」

しかし女は既に散々幸一に弄ばれたためか全身汗やら体液やらで汚れてしまっている。その様を見てメリスは駆け寄って女性を支える。

「いえいえ、こちらこそ怖い思いをさせてしまいすみません。もう大丈夫ですよ。」

そしてすぐに無線で連絡をかけた。

「対象を確保!能力も封じましたのでもう大丈夫です!また要救助者1名、女性の救急隊員の対応をお願いします!」

『了解!すぐに向かわせます!』

そうして連絡を終えると、メリスは隠れて待機していた雄二に無線連絡をかける。

「終わりました。周囲の人払いももう解いて大丈夫です。」

『わかった。エルメナにも伝えておく。……俺の出番がなくて何よりだ。』

無線の向こうの雄二が発した声には、心からの安堵が感じられた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆






ここはギフテッド支援センターの中でも秘匿された区画。

ギフテッドの中でも特に要注意人物と指定された者だけが連行される、特別区画である。ここでは一般には公表できないような検証なども行われる区画であり、入れる人員も限られている。

その区画に、幸一は収容されていた。

「くそっ……!あのアマ……!!」

幸一が悪態をつくも、その声は虚空に消えていく。しかしそんなことで気は収まらなかった。何故今回いきなり能力が通用しなかったのか理解できないからだ。

故に、何故支援センターから脱走できたのにまた捕まったのか理解できなかった。

「くそっ……こんなはずじゃなかったんだ……!俺はギフテッドで、女にモテるはずで……!!なのに!!あのアマ……!!」

「……あらあら、随分荒れていますね〜。」

幸一が収容された個室にメリスが入ってくる。その姿を見て幸一は激昂した。

「うるせぇよ!!お前に何がわかる!?お前みたいなお堅い女にはどうせわかんねえよ!!」

「あらあら、随分嫌われたものですね。」

メリスは幸一の発言をあしらうと、室内の椅子に腰掛けて問いかける。

「さて、これからあなたはもう一度支援センターの更生プログラムを受けることになりますが…。」

メリスがそう言ったところで幸一はさらに激昂する。

「……ふざけんなよ!!何で俺が更生されなきゃいけないんだ!!俺は何も悪いことなんかしてねぇよ!!更生なんかされたら女を犯せなくなっちまうだろうがああああああ!!!!」

この期に及んで、なおも女を辱めることしか考えられない。ここまで来ると精神異常者としか捉えられない。

…ここで、メリスは資料にあった松本幸一の経歴を思い出していた。



松本幸一は物心付く前に両親の手で施設に預けられ、そのまま両親は親権放棄の手続きを行ったとあった。つまり幸一は誕生を両親に祝福されなかった、ということだ。

だが、両親は決して我が子を憎むような心根の持ち主などではない。むしろ子供を授かった当初は誕生を心待ちにし、愛情を持って育てるつもりだったのだ。

だが、妊娠6ヶ月を過ぎたあたりから母親の様子が急変したらしい。どういうわけか母親はこう言いだしたのだ。

「駄目…産んじゃ駄目だ……この子は産まれちゃいけない…!!」

と。周囲の人間はこの発言に耳を疑った。一体どうしてそんなことを言い出したのかと……。

だが既に中絶出来る期限を過ぎてしまっていた以上、幸一の出産は避けられない現実であった。

こうして幸一はこの世に生を受けたのだが、出産に立ち会った父親もその産まれた赤ん坊の幸一を見て、本能的にこう感じたらしい。

「この子は…いや、これは僕達の子供じゃない!!確かに僕達の間に生まれた子のはずなのに…僕達の子じゃ、ない!!」

……と。そうして、父親も母親もこう悟ったらしい。「これは自分達の息子ではない」と。

とはいえ、両親は育児放棄が出来るような気質などではなかった。

故に産まれたばかりの幸一をすぐさま施設に預けることで『幸一から逃げ出した』のであった。

その施設も評判が高いことで有名な施設であり、真心こめた教育で良い子達も多いのが特徴だったのだがそんな教育を施されたにも関わらず幸一は物心付く前の段階で既に年代問わず女の子に暴力やイタズラを繰り返し、何度注意したり叱ったりしても決してやめようとしなかったのだ。

無論、職員も他の子供達を守るべく奮闘していたのだが幸一の抵抗は凄まじく、最終的には女性職員に対して性的な虐待行為を働くまでになった。

これに激怒した施設側が何度も両親に「どうか子供を引き取りに来て欲しい」と頼み込んだものの両親は応じようとせず、それどころか「子供は1人も居ません!」などと言って強く拒絶し逃げ続ける始末だった。

しかしついに幸一の方から「こんなとこいられるか!」と出ていき一人暮らしを始めたためやっと施設側は開放されたと安堵したそうだが…その矢先の異世界召喚事件、であった。



メリスはこの報告内容を思い出し、そこで一つの事件を思い出した。

以前自分達が境界連盟機構と協力して解決した、『異世界側王族亡命事件』だ。

そこで出会った、暴虐の王子「イクス・クレース」のことだ。

あの事件でメリスは茨の蔓を使ってイクスの脳内を探ったのだ。そうしてイクスの魂が実は元から魔物の魂であった、ということを感じ取ったのだ。つまりイクスは『魔物の生まれ変わり』であったということなのだ。

メリスは眼の前でなおももがき続ける松本幸一が、イクスと同じような存在なのではないか、という予想を立てたのだ。そのためにこの特別区画に連れてきたのだ。つまり、これから行うのはイクスにも行ったのと同じ手法だ。

「とりあえず幸一さん、あなたを『探らせて』もらいます。」

そう言ってメリスはまた茨を伸ばし始める。

「なっ!?テメエ……何を……!!」

そう言って幸一が暴れようとするも、既に全身茨で縛られてしまっている。ここから逃げ出すことは出来そうになかった。

そんな幸一にメリスは淡々と告げる。

「私は境界被害者を救助する者として、あなたをこのまま放置しておくことはできません。あなたのような存在をこれ以上増やすわけにはいかないんです。」

そう言うと同時にメリスが伸ばした茨が次々と幸一の頭、脳へ突き刺さっていった。

「ぎゃああああああああああ!!!!痛ぇええええええええ!!」

絶叫する幸一。しかしメリスはお構い無しに茨を脳へと突き刺していく。

「ア……アガァ!?」

最早血塗れになりながらも、悲鳴にならない声を上げる幸一。

そんな幸一に一瞥もくれず、メリスは目を閉じ幸一の脳を探り始めた。

「…………やっぱりですか。」

そうしてしばらく経った後、メリスは幸一の「本質」を探り終え、茨を頭から全て引き抜いた。

そして別室で待機していた雄二他、センタースタッフらに無線で告げる。



「彼は…日本人、松本幸一という『人間の皮を被って生まれ変わった、ワイルドゴブリン』です。魂は元から、人間ではありませんでした。」



その言葉で雄二達は確信した。幸一はイクスのような魔物の生まれ変わり、それもとびきり厄介な『ワイルドゴブリンの生まれ変わり』であると。

そして、幸一はもはや支援センターでも手に負えないことも……。

『わかった。これから連盟に連絡して裁可を下してもらう。それまで拘束したまま待機だ。』

雄二はメリスに無線で伝えた。

「了解。」


ふとメリスが幸一に目を向けると、彼はこれまでの怒り様が嘘だったかのように静まり返っていた。表情も呆けたような感じで、目だけが何故か上を向いたままになっている。

メリスには、その様が「憑き物が落ちた」ように見えた。

「……幸一さん?」

問いかけて見るメリス。

「………そうか、そうだったんだ……。」

幸一は何かを悟ったかのように晴れ晴れとした表情になって呟いた。

「俺はずっと昔から…物心ついた頃からずっと、違和感があったんだ……周りの人間達がみんな、『違う』って。そうか……俺、ゴブリンだったんだな……だから女を犯すことしか考えられなかったんだ……。」

幸一はそう言うと、力なく笑った。

「どうして俺は今まで気づかなかったんだろう……もっと早くに気づけていれば………。」

そんな様子をやや憐れみの眼差しで見るメリス。

が、次に放たれた言葉でその眼差しも侮蔑へと変わる。

「もっと早くに気づいていれば、もっと利口に女どもを犯しまくれたろうになぁ……へへへへへ。」

そう言って粘着質な笑顔で笑う幸一。この笑顔が、まさに「ワイルドゴブリンの顔」であった。

「でもまさか能力が効かない女がいるなんてなぁ。アンデッドってマジかよ…。」

そんな幸一の苦言にメリスは蔑みながら応えた。

「あなたの能力は女性に対する強制発情。つまり既に死んでいる私には効かない。当然の理由です。」

(……厳密にはもう一つ理由があるんですけどね。)

メリスは心の中で雄二の姿を思い浮かべながら思った。


やがて雄二から無線連絡が入った。

『連盟からの裁可が下った。経歴及び魂の構造を考慮した結果、ワイルドとして【処理】せよ、とのことだ。日本国側にも死亡届が受理されたとのことだ。遠慮はいらないぞ。』

「わかりました。これより『ワイルドゴブリン』を【処理】します。」

メリスはそう言うと席から立ち上がり、殺気を放ちながら幸一へ向き直った。

「なっ……!?お、おい!何を……。」

幸一は怯えながらメリスに問いかける。するとメリスはいつもの調子で答える。

「これからあなたを『処理』します。」

「……!!」

その言葉を聞いた瞬間、幸一は今までにない恐怖を覚えた。それまでの人生で味わったことのない強烈な感情だった。

これまで散々女を辱めてきた幸一だったが、いざ自分がその立場に置かれると途端に不安や恐怖が心にのしかかってくる。

そして、幸一は自分が殺されることを悟った。

「お、おい!!やめろ!やめてくれ!!な、何で俺が殺されなきゃいけねえんだよ!!」

幸一は半狂乱になって泣き喚くように叫んだがメリスはまったく意に介さなかった。

「あなたが『ワイルドゴブリン』だからです。あなたは基本的人権を持った人間ではなく、『有害鳥獣として駆除される』のです。」

そう無慈悲に言い放ち、メリスは懐から拳銃を抜いた。

そして幸一の頭に突きつけ、こう言った。


「安心してください。あなたみたいに嬲る趣味はありませんので…一瞬です。苦しませはしませんよ。」


「や、やめ…!!」






ズガン!!






強力な強装弾を撃ち込まれ、首から上が跡形もなくなった『ワイルドゴブリン』は、もう動くことはなかった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「すまんなメリス、苦労をかけたな。」

【処理】を完了し、戻ってきたメリスを労う雄二。

「今回はリッチである私がある意味適任でしたからね…。」

そう言うメリスの表情は少し暗い。

「野生型(ワイルド)と知性型(インテリジェンス)の違いって、何なのかと思っちゃいますね…。」

メリスは少し悔しそうな表情で雄二に呟く。

「そう悲観するな。今回は特例中の特例だったし、お前はお前なりによくやったさ。」

そう言って雄二はメリスの頭を撫でた。

「それにしても……ワイルドゴブリンか……。」

雄二はポツリと呟いた。

ワイルドゴブリンは数ある魔物の中でも特に「性質が危険」な種である。個体自体はさほど強い訳では無いが、ワイルドのわりに知能が高めで多少の社会性を持ち、しかし行動理念は他生命体への害意で占められておりとにかく凶暴で他種族間での協調が全く出来ない魔物である。知性が高く文明的であるインテリジェンスゴブリンが彼等ワイルドゴブリンを見た際の感想も「あんなんと一緒にしてほしくない」と口を揃えて言うし、ワイルドゴブリンもインテリジェンスゴブリンには人間同様の凄まじい害意しか抱かなかった。

そんなワイルドゴブリンが人間として転生するということもありうるのか…と雄二は嘆いた。

「まぁ、いずれにしろだ。お前はよくやったさ。」

雄二はメリスを労いつつも、強く彼女を抱きしめた。

メリスは何も言わずに抱きしめ返した。

その後、松本幸一の遺体が処理されたことを見届けた雄二らは境界警察局日本支部に戻ったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




その後のテレビ報道で、松本幸一はギフテッド支援センター内での能力訓練中に事故死、と報道された。

その報道を見て、かつて幸一を施設へ引き渡した両親は安堵したらしい…。



そして今、メリスは自室で雄二から生命力を吸収するためベッドでお互い裸で抱き合って寝ていた。

「…だいぶ消耗したんだな、アレのせいで…。」

雄二はメリスの様子を見て心配する。

そんな雄二にメリスは目を見合わせて応えた。

「厄介でしたよ、あの能力…雄二のおかげで防げたようなものですよ。」

「……それなら俺も、「ギフテッド」で良かったと思えるな。」

雄二もそう言ってメリスを抱き寄せる。

雄二はかつて少年時代に異世界召喚され、そこで能力を授からされ「ギフテッド」となった。

その際に授かった能力は、「実質無尽蔵の驚異的生命力」であった。その生命力は文字通り底が尽きず、雄二はどれほど肉体を酷使しても衰えることがなかった。

そして長年雄二から生命力を吸収し続けたことによりアンデッドであるメリスの体質も雄二の命に引っ張られる形で変質。いわゆる邪悪な存在であるはずのメリスの体が神聖属性へと変異し、生者と何ら変わらない生活が出来るほどになったのだ。それが支援センターの者達の間で「聖骸のメリス」と呼ばれるようになった所以である。

今回の幸一の魅了能力無効も、アンデッド故に強制発情しにくい体質であるのに加えて、メリスの中にあった「雄二の生命力」が魅了のフェロモンを拒絶し防いでくれていたおかげでもあったのだ。

もし雄二の生命力が無かったら、メリスは幸一の能力に抵抗しきれず強制的に発情させられていたかもしれない。

「まぁ、二度とあんな能力は使わせませんけどね。」

メリスは雄二に抱きつきながらそう呟いた。

そんなメリスの頭を雄二は優しく撫でながら言う。

「ああ……もうお前があんな目に遭わないようにしないとな。」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




あれからしばらく経って。


雄二とメリスは今度は高機動車両ではなく自前のリバーストライクで再びギフテッド支援センターへ訪れた。

今度は臨時講師として。

「さて、今日も未来あるギフテッド達のために働くとしようか!」

ヘルメットを脱ぎ、正門を眺めながら雄二は言い放つ。

「はい、お供しますよ♪」

メリスもそれに続くのであった。

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