11:越境投機品産地偽装事件

地球と異世界、実に多種多様な交流が行われるようになって久しい、現在。


そんな中で、当然の流れで生まれた経済概念。


それが、『越境投機品』である。


地球に存在しない、異世界にのみ存在する様々な資源や作物。


逆に、異世界には存在せず地球側にのみ存在する様々な資源や作物。


それらの境界を跨いだ取引、貿易により互いの世界が発展し合う。


それが境界協力連盟の悲願の一つでもあった。


……まぁ、まだまだ問題は山積みなのであるが。


それでも最近は異世界間交流の勢いが増しており、日本側の企業と異世界側の企業の合弁も増えている。


世界間の技術の流入、それに伴う様々な国際情勢の変化もあって、外務省の仕事も増えるばかり。


地球側の企業相手や境界外旅行客の案内、政府との折衝に貿易管理も加わり、仕事が激務を極める。そのために現在は国家予算もかなりの割合が外務省に費やされており、人員もかなり補填されているのだ。


そんな中で、さらに外務省の頭を悩ませる事態というものがある。




それが、『越境投機品関連事件』である。




境界を跨いで取引される様々な資源や作物。


たとえ品種が同じでも、世界が違えばその品質も性質も大きく違ってくるものである。


例えば地球には存在しない、魔法銀とも言われる物質、ミスリル。


ある異世界では限られた鉱山でしか産出されず非常に貴重で強力な魔法親和性を持つために聖剣などに使われるような金属であり、こちらは越境投機品として取引する際には非常に高額で取引される。


対して別の異世界では魔法親和性がやや劣る代わりにその辺の山などで湯水の如く大量に産出されるために家庭用包丁などにも使われるほど当たり前な金属であり、こちらは越境投機品としては非常に低価格で取引される。


そのため、こういった別世界産の同一名称物質を越境投機品として取引する際には「生産世界名」の明記が絶対義務となっており、ここが無記名の場合は厳罰に処され、最悪閉門となる可能性があるほどである。


そんな中でも、談合事件や産出世界偽装事件等が起きてしまっているというのが悲しいところである。




これも、たとえ世界が違っても皆似通った姿形と精神性、そして近しい心を持って進化した『人類』という存在の、『欲深さ』故なのかもしれない。その『欲深さ』故にここまで発展出来たとも言えるので、否定もしきれないのだが。








境界警察局、雄二にメリスにエルメナの待機する部署。


ここに、外務省の職員である政田隆二郎(まさだりゅうじろう)がやってきていた。


渋い顔をしたメリスが対応している。


「…それで政田さん…ご要件は?」


苦笑いをしながらメリスが質問する。政田隆二郎も渋い顔で一言。


「えぇ…また、です。」


そう言って隆二郎は資料を出した。


そこに記されていたのは、ここ数日の間の越境投機品取引市場価格変動を示したグラフである。


品目は、『アダマンタイト』。


地球には存在しない異世界産金属物質であり、非常に高い硬度を持つ頑強な金属として現在地球では様々な工具やフレーム素材などに活用されている。実際メリスもアダマンタイト製フレームで作られた拳銃であるコルト・デルタエリート・アダマンタイトビルドを愛用している。


とはいえこれも世界が違えば品質も性質も変わってくるものであり、高品質高硬度のアダマンタイトにはそれこそ凄まじい高値がつくのが当然である。


そんな中、政田隆二郎が資料の中にある1本のグラフを指で示す。


「…これは?」


メリスが質問。隆二郎は答えた。


「このグラフ、価格上昇がやや急すぎると思いませんか?」


「…えぇ、ここ数日で何か妙に…。」


そこに示されたグラフは、異世界『イルフェジュール』産アダマンタイトの価格変動グラフ。


この『イルフェジュール』産アダマンタイトは他異世界と比べて産出量が非常に多く、越境投機品としても大量に輸出されているのだが品質としては他異世界と比べてやや低く、また量産効果も相まって市場価格はどうしても低価格で落ち着いているのが通常だ。


しかし、ここ数日で『イルフェジュール』産アダマンタイトの価格が急速に上昇を始めていた。


そのグラフを見てメリスが一言。


「何らかの理由がないと、ここまでの高騰はまずあり得ませんよね……。」


「でしょう?」


隆二郎は頷き答える。そして再び言った。


「『イルフェジュール』産アダマンタイトの越境投機品輸出量、増えてませんからね。」


「……やっぱり、ですか……。」


メリスはそう呟いて考えこむ。


越境投機品の世界規模での取引は厳密に規制されており、どこの世界の何が必要なのか、輸出先や用途の明記が必須と境界協力連盟で定められている。


ただ単に別世界へ持ち込むだけ、では経済に悪影響を与えてしまう。そこで、どの異世界が必要としているのかを記載する必要があるのだ。


「越境投機品として不適切な品の輸出は厳罰対象ですものね……。」


メリスはため息をつきながら答えた。


そして言った。


「……分かりましたわ。こちらで調べてみます。政田さんはそちらで引き続き調査をお願いします。」


それに隆二郎は頷いて答える。そして資料をメリスに渡して言った。


「よろしくお願いします。では、私はこれにて。」


そして去っていった政田隆二郎。


メリスは資料を見るなり困った声で呟いた。


「さて、どうやって調べましょうか……。」




資料や証拠品として政田隆二郎から渡された書類一式と、サンプルであるイルフェジュール産アダマンタイト鉱石。メリスはそのサンプルを手の平で転がしながら資料を眺めつつ考える。


「これはまた面倒事になりそうですね…。」


そんな様子を雄二とエルメナが覗き込む。


「大丈夫か?」


「まぁ面倒そうなのはわかりますけどねぇ…。」


雄二とエルメナも資料を見てうんざりする。




…と、ここでサンプルを見たエルメナが呟く。


「……いや、これは……。」


「ん?どうかしたのか?」


雄二の問いにエルメナは答える。


「このイルフェジュール産アダマンタイト鉱石、微妙に『違う』気がします。」


「え?」


「違う?」


雄二とメリスが聞き返す。そしてメリスはそのサンプルを少し取り、指でなぞる様にして確かめる。


「……確かに、微妙に違和感がありますね……」


「何!?」


驚く雄二を尻目にメリスは少し考える。


そして、懐から自身の愛銃である拳銃を取り出す。前述の通り、この銃はコルト・デルタエリート・アダマンタイトビルド。地球で作られた銃を異世界産金属で制作する試みは以前から行われており、この銃もフレームなどの殆どの素材をアダマンタイト製にすることでより強力な弾薬にも対応できるようになったモデルだ。


そして、メリスの愛用するこの銃に使われているアダマンタイトは、『イルフェジュール産アダマンタイト』である。


メリスは愛銃とサンプル鉱石をそれぞれ手に取り、じっと見比べる。


「見た目は全く同じ素材、ですが……。」


愛銃の銃身とサンプル鉱石を交互にじっと睨み続けるメリス。


「う〜ん…何か違和感が拭いきれないんですよね〜…。」


そんなメリスを、雄二もジーッと見つめる。


それに気付いたメリスが苦笑いして言う。


「まぁ、まだ分析前ですからね……もう少しじっくり調べないと……。」


そんな会話を交わしつつ、雄二達も資料を読み込むのだった。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆








「イルフェジュール産アダマンタイト鉱石『ではない』可能性があると?」


境界警察局日本支部の建物内にある食堂で昼食を取りながら雄二とメリスは話し合っていた。


「えぇ。しかしそれが何なのか分かりませんがね。」


困った顔でそういうメリス。雄二も腕を組んで唸る。


「俺にはどちらも同じに見えるんだがなぁ……。」


そう言う二人は昼食としてそれぞれカツ丼を食べている。


「まぁ少しでも違和感がある以上、もう少しじっくり調べないと分からないので……う〜ん……」


考え込むメリスに、雄二が話しかける。


「まぁ、気を取り直してもう少し調べていこう。この手のことなら俺やメリスよりもエルメナの得意分野だしな。」


「えぇ、そうですね。」


それにメリスも同意して頷いて答えた。






その頃エルメナは、サンプル鉱石を持ってある場所に向かっていた。


それは、以前から贔屓にしているベースサイドストリートにあるガレージショップ。馴染みのドワーフの親方が経営している店だ。


「どうです親方、このアダマンタイト…。」


エルメナはサンプルを親方に見せて鑑定してもらう。


エルメナの持つ各種メガネや雄二のパワードスーツのヘルメットバイザーに搭載されている各種分析機能は、素材が何かまでは特定できるものの生産元世界までは流石に分析し切れない。


よってドワーフであり鍛治や金属加工に関しては天性のスキルを所持している親方にみてもらっているのだが、これが大当たりだったのだ。


「おいおいおいおい、こいつぁどういう了見だぁ?」


渋い顔をして唸り声を上げる親方。


「え?」


そんな親方の様子にエルメナも首を傾げる。


「こいつがイルフェジュール産だぁ?冗談はよしてくれよエル、どう見てもソルフェア産じゃねぇか!それも2級品のな!」


渋い顔のまま親方はそのサンプル鉱石の正体を暴露した。


「え、ソルフェア産アダマンタイトなんですかこれ?しかも2級品て…?」


驚いて目をパチクリさせるエルメナ。


異世界『イルフェジュール』と同様にアダマンタイトを越境投機品として輸出している、異世界『ソルフェア』。この世界から産出されるアダマンタイトはイルフェジュール産と比べても産出量が非常に少なく、代わりに硬度も柔軟性もイルフェジュール産よりも優れている上質なアダマンタイトだ。そのためイルフェジュール産よりも流通量は非常に少なく、かなりの高値で取引されるものなのだが…。


「ソルフェア産のアダマンタイトならたとえ2級品だったとしてもイルフェジュール産よりも良質だからな。それにソルフェア産の産出量が少ないと言っても2級品は結構出てるもんなんだ。こいつをイルフェジュール産と言い張って売り付けられたらそりゃ本物のイルフェジュール産より高値が付くだろうさ。」


饒舌に説明する親方。それを聞いてエルメナは一気に嫌な予想を頭の中で巡らせるのだった。


「う〜わ〜…誰ですかこんなアコギな商売考えたやつ…確実に自分の世界の経済の首を絞めちゃう自殺行為だというのに…。」


「さてなぁ。お偉いさんか、あるいはただのバカだったんじゃないか?」


「えぇ、間違いなくどちらかですね……。」


ため息をつきながら呟くエルメナであった。








エルメナが持ち帰ってきたこの報告により、部署内に重い空気が満ちた。


今部署には雄二とメリスとエルメナ、そして外務省の政田隆二郎が揃っている。


「アレからこちらでも調査を進めまして、イルフェジュール産アダマンタイトの在庫を改めて確認しましたところ、どうやら価格上昇時期より少し前の頃からソルフェア産の2級品にすり替えられてたようで…。」


隆二郎が追加の資料を開いて説明する。その目には隈ができていた。


「なんでまたそんな事を…イルフェジュール産の時点で普通に高品質で安価だから安定した人気ですのに…。」


メリスも苦笑いを浮かべる。


「しかもソルフェア産2級品をイルフェジュール産と言い張るのが『お偉いさん』の方だと言うなら、こりゃ厄介な話になりますねぇ。」


エルメナも呆れた様に言った。


雄二が腕を組み、少し唸ってからこう言った。


「これが単なる国家間の問題だけならいいんだがなぁ……これは流石に何か裏で動いている事を疑うべきだろうなぁ……。」


メリスがそれに反応する。


「そもそもイルフェジュール側が一体どうやってソルフェア産2級品のアダマンタイトを仕入れたのか、ですよね…。」


隆二郎も同じ疑問を抱いた。


「ですね。純イルフェジュール産よりもソルフェア産2級品の方が高額で取引できて、なおかつ2級品であることを利用して安価で仕入れられれば差額で大儲け…それで甘い汁を啜れる者達…。」


「それに2級品とはいえアダマンタイトだから加工方法に差はないですしねぇ…。」










数日後、異世界『イルフェジュール』。


境界門管理港のある覇権国家王都の外れ、いかにもな寂れた雰囲気の場所。他と比べて治安の悪い区画を、私服姿のエルメナ・エンジードが歩いていた。


普段異世界側へは雄二とメリスが向かうのだが、既に2人は過去にイルフェジュールに介入して事件を解決したことがあるので顔が割れているため、今回は逆のパターンでエルメナが介入し雄二とメリスが後方担当となった。


『本当に大丈夫なのか?』


マギ・コールで雄二がエルメナに言う。それに対してエルメナはしたり顔で答えた。


「な〜に言ってるんですか雄二〜?私を誰だと思ってるんですか〜?」


そう言ってエルメナは自身の羽織っている白衣をヒラつかせ、さらに下げているショルダーバッグを軽く叩く。


『そりゃ色々とビックリでドッキリな諸々を持参してるのはわかりますけど〜…。』


メリスも苦言を呈する。パワードスーツでの戦闘経験が豊富な雄二や茨を操るアンデッドとして強いメリスと違い、エルメナは実戦経験は二人に遠く及ばない。そこを二人は心配しているのだ。


だがエルメナは臆さない。


「徹底的に準備済みのサイエンティストを舐めてもらっちゃ困りますねぇ?」


そう言ってエルメナはメガネをギラリと光らせるのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




エルメナが入国して約1時間後。王都から離れた寂れた区域の、いかにもな雰囲気の酒場でエルメナはテーブル席に座っていた。


周囲には明らかにガラの悪い男達や妖艶な姿格好の女達が座っている。


そんなテーブルのうちの一つ。そこに怪しくもやや身綺麗な者達が4人、固まって座っていた。


エルメナはその4人をすぐに怪しいと睨み、彼らの動向を注視していた。


特にリーダー格と見られる人物の挙動は注意深く観察し、その一挙手一投足を確認し……そして、エルメナは一つの情報を得るに至った。


「(なるほど……やっぱりありましたか……。)」


それがわかるとエルメナは満足げな表情を浮かべながら注文した酒を手に取り、ぐびりと飲む。


「ぷはぁ〜っ!……ん?」


そこに一人の男が隣の席に移動。そしてそのまま、エルメナにやや強引に取り入ろうとする。


「おい姉ちゃん、随分いい飲みっぷりじゃねぇか!どうだい?俺と話をしねぇか?」


「え、えぇ…いいですよ。」


特に表情を変える事もなく、エルメナは男の誘いを快諾する。それに対して男は更に嬉々として話しかける。


「うへへ、そうこなくっちゃな!話ってのはだねぇ……。」


酒臭い息を吐きながら男が話し始めたその時だった。


ガシッ……


「……へ?」


男は突然、腕を誰かに掴まれる。そして掴んだ相手が男の胸ぐらを掴み上げる。


掴んだのは先程からエルメナの様子を伺っていた、もう一人の怪しく小綺麗な男だった。


「うっ……がはっ!?な、何しやがるてめぇ……!」


男は掴み上げられながらも抵抗して叫ぶ。が……。


「あ、あんたは……!」


怪しい小綺麗な男を見た男の表情が変わった。


「ひ、ひいいぃぃ!!」


何とか小綺麗な男を振りほどいた男はそのまま走り去っていった。


「あ、えっと……ありがとうございました……?」


エルメナは頰を掻きながら小綺麗な男に礼を言う。


すると男はエルメナに顔を近づけ、小さな声で囁く。




「見てたんだろアンタ。」




その小声を聞かされたエルメナは表情を変えず、視線を小綺麗な男に向ける。


「バレてましたか。」


その発言に小綺麗な男は返す。


「こんな場末の酒場にそんな真っ白な白衣は目立ち過ぎだ。どうぞ襲ってくださいと言ってるようなものだぞ。」


それを言われたエルメナは逆にニヤリと口元を歪ませた。


「……そうですね。私、実は結構バカなんで。」


小綺麗な男は鼻で笑うと、そのまま酒場の出口へと歩き出す。エルメナも少し遅れて後をついていった。




酒場を出た二人がしばらく歩くと、街外れにある廃工場のような建物に辿り着いた。


扉を開け、中に入って電気を付けるとそこには先程の男達が数名いた。彼らはエルメナを認識すると小綺麗な男に詰め寄る。


「その女は何だ?商品のようにも見えんし、客か?」


「あぁ、興味を持った変わり者だ。」


「そうか。」


リーダー格の男が短く返事をし、エルメナに向き直る。


「で、何がお望みだ?」


その問いに対してエルメナは首を横に振り、こう言った。


「興味が湧いたんですよ、貴方達に…いえ、貴方達の品揃えに。」


その言葉を皮切りに周囲の雰囲気が一変する。


そんな変化にも臆さず、エルメナはこう告げた。




「ここで『旅券』が買えるって噂を聞きましてねぇ?」




「…わざわざここに買いに?」


エルメナの発言を聞いた男達が聞き返す。


「こっちのほうが『もっと自由になれる』そうですからねぇ。」


そう言ってメガネをギラつかせながらいかにもな悪役顔で笑うエルメナ。


そんな悪人顔を見て男達は笑いつつもこう返した。


「ほう、詳しくお聞かせ願おうか。」


するとエルメナは自信たっぷりに答えた。


「もちろんですとも。」




『旅券』。


これは裏社会における隠語の一つであり、コレは『違法ポータルプログラム』を表す言葉である。


境界警察局などで使用している『ポータルレンズとDバンカーを使った境界突破方法』も今では既存技術であり、この方法以外の境界突破方法も色々と考案、開発されていたりするのだ。


だが境界突破はとにかく影響が大きいため、其々の国家で厳重に管理監督され、その国の国家資格やライセンスを所持する、または管理監督している役所でそれの発行を申請しなければならない。


だが、いつの世も厳重管理された物事には違法に流されている側面があるものである。


この、違法に開発されたポータルプログラムのことを隠語で『旅券』と呼び、この『旅券』をブラックマーケットで売り捌く者達が『旅券屋』と呼ばれるのだ。




「で、行き先は?」


男の一人がエルメナに聞く。


「『ソルフェア』です。」


「ほぉ、今人気だな。」


男の発言を聞いてエルメナはまたメガネをギラつかせる。


「えぇ、今ならかなり美味しい目にあえるって聞きましたもんで。」


「わかってるなぁアンタ。」


ニヤつきながら男も返す。


そうして暫しの間、言葉での応酬は続いた。




「面白い女だなアンタ。ソルフェア行きの旅券ならまだ在庫があるぜ。」


そう言ってエルメナの前に男がアタッシェケースを出した。


「ブツを改めるかい?」


「いいえ結構です。どうせ貴方達は信用できないですからねぇ。」


エルメナは男の提案を即答で却下する。その言葉を聞いて男はエルメナに声をあげた。


「……何だと!?」


リーダー格の男もエルメナに忠告する。


「止せ。ここで俺達に喧嘩を売るのは賢くはねぇぞ。」


それを聞いて周囲の男達は構える。


そんな張り詰めた空気の中でもエルメナは笑顔を崩さない。


「フッヒッヒッヒッヒッヒ……ここまで話が聞ければもう十分ですよ〜。」


そう言ってエルメナは着ている白衣をバサッと翻した。


同時に白衣の下から多数のスモークグレネードがボトボトと落ち、周囲に大量の煙を噴射し始めた。


「ぐわっ!?」


「ゲホッゴホッ!?」


男達が煙に巻かれて咳き込む。直後に1発だけ小さく炸裂音が響いた。


「くそっ、この女……!!」


男の一人がエルメナを捕まえるために魔法を使った。


「大地よ唸れ!『ディグホール』!」


…が、魔法は一切発動しない。


それどころか、男は魔法発動時に流れる魔力が何かに掻き乱され散ってしまうのを感じた。


「な、何故だ…何が起きている!?」


驚く男達。そのコンマ数秒後に煙の向こうで男達が悲鳴を上げながら倒れるのが聞こえた。


そして気がつけば、男の目の前にエルメナがニヤついた顔で駆け寄ってきていた。


2本のスタンロッドを両手にそれぞれ持った、スタンロッド2刀流スタイルで。


「なっ……!?」


一瞬の出来事で状況が理解できず硬直した男だったが、そのままエルメナはスタンロッドで男の鳩尾を突いて昏倒させた。


そうして周囲が静まると、エルメナは眼鏡をクイッと持ち上げ呟いた。


「異世界の者達はどうにも魔法に頼りがちな面が強い傾向にありますからねぇ。そう言う手合は『マジック・チャフ』がよ〜く効きますよね〜♪」


そう言って白衣の下にまだ残っている数発の手榴弾を見せる。スモークグレネードとは違うデザインのその手榴弾こそ、エルメナが開発し境界協力連盟に正式に採用された暴徒鎮圧用装備の一つ、『マジック・チャフ』グレネードである。


この手榴弾の中には電子機器妨害用のアルミ粉と魔力撹乱用のミスリル粉を内包しており、小さな爆発とともにこの2種類の粉を周囲に撒くことで魔法発動時の魔力流をミスリル粉が引っ掻き回し妨害する効果がある。魔法発動を機械でサポートするタイプでもアルミ粉が機械を妨害するので尚の事効果が高い。もちろん妨害効果なので卓越した実力者や予測済みの者であればこの中でも魔法は発動可能ではあるがそれでも詠唱時間を伸ばさせたり精度を落とさせたりなどの妨害効果は期待できる。越境投機品貿易で別世界から安価なミスリルも輸入できるようになったので量産も順調だ。


欠点としては効果が切れるまでマギ・コールなどの機器も使用できなくなってしまうのだが。




「うがぁ!?ま、魔法が発動せん……!!」


「ひいっ、何で魔法が使えねぇんだ……!?」


「おい!この煙も消えてねえぞ……!!」


エルメナの後ろで倒れた者達の声が聞こえてくる。皆スタンロッドで麻痺させたので動くこともままならない。


そんな声を聞きながらエルメナは奴らが出していたアタッシェケースの元へ歩み寄った。


そしてケースを開けて中身を改めて確認する。実は既にメガネの分析機能で既に中身は確認していたのだが。


「…ん〜やっぱり違法ポータルレンズでしたか〜。しかも直接空間をこじ開ける、Dバンカー要らずのお手軽タイプとは…。」


中に入っていいたのは普段境界警察局にて使用しているものによく似た構造のポータルレンズ、すなわち『旅券』であった。




これでソルフェア産2級品アダマンタイトの仕入れルートはおおよそ掴めた。あとは下手人を探すのみだ。


エルメナは倒した男達を縛り上げてからアジトである廃工場内を探索し始める。何かしら取引に関する証拠があるかもしれないからだ。


探索の結果、いくつかの証拠が見つかりエルメナはほくそ笑んだ。この中に顧客リストも含まれており、しかも取引相手をリスト化してまとめてある。


これでこのリストから違法ポータルレンズの取引を行ったと思われる顧客を洗っていけば、全ての手口や犯人まで洗い出せるだろう。


「さ〜て、私はこの辺で引き上げますか〜!」








◆◇◆◇◆◇◆◇◆








「で、あれから尻尾は掴めましたか?」


再び境界警察局日本支部にて。部署にやってきていた政田隆二郎とメリスが面会していた。


「いや〜ありがとうございます。そちらが掴んでくれた『旅券屋』の証拠のお陰で偽装していた業者も皆摘発することが出来ました。」


そう言う隆二郎の顔は相変わらず疲れが見えるものの、にこやかになっていた。


「いえ、こちらも捜査に協力して頂いたわけですから。」


メリスも微笑んで返す。だがすぐに表情を曇らせた。


「ですが、これによる価格混乱はまだまだ尾を引くでしょうね。」


「でしょうね…一度急激に上がった価格の真相が偽装品…そこから信用低下による急激な価格の下落に為替レート…まだまだ混乱は続きますね。」


遠い目をする隆二郎であった。






部署のデスクでメリスは愛銃を出して眺めていた。


イルフェジュール産アダマンタイトを削り出し加工することで作られているこの銃には、オーダーメイドで銘『シェード』が刻まれている。


この銃を開発するにあたってイルフェジュール産アダマンタイトの品質に惚れ込んで採用したのが自分であったため、今回のイルフェジュール側の不祥事には胸を痛めた。


「………はぁ。」


銃を眺め、ため息をつくメリス。


その背後から声がかかる。エルメナだ。


「物憂げですね〜メリス。」


「……エルですか。」


少しうんざりした表情で返すメリス。しかしエルメナは気にせず話を続ける。


「まぁ仕方ないですよ〜。イルフェジュールに限らず、世界は一枚岩ではないんですから。裁くべきは下手人であって、イルフェジュールそのものじゃないんですよ〜。」


「……まあ、そうですね。」


メリスが生返事をするのを聞いてエルメナはニヤつき顔を浮かべた。……恐らく、いつものパターンだ。


「……何ですか?さっきからニヤニヤして。」


「いや〜、メリスも可愛らしいな〜と思いましてね!」


案の定であった。


「…………エルにそのセリフ言われるの、何か悔しいです。」


「えぇ〜!?それヒドくないですか〜今回活躍したの私なのに〜!?」








その後、幸いにして地球とイルフェジュール間の異世界間交流は継続となったものの、しばらくの間経済混乱が続くことになった。日本国外務省や境界協力連盟、そしてイルフェジュール側覇権国家の外交省の尽力で混乱が収まるまで様々な投機品取引の相場が乱高下し、引っ張られる形で株式市場や為替相場も乱高下が続くこととなったのであった。その裏では多くの取引者達のドラマが繰り広げられていたわけだが、そこはここでは語ることではないだろう。

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