33:スーパー内連続越境盗難事件

東京都福生市内の、とあるスーパー。

ここでは1ヶ月ほど前から万引きと思われる商品盗難被害が多発しており、店長含めスタッフ一同は頭を悩ませていた。

「店長〜…今日もまたレジ計算合いませんよ〜…。」

「う〜んまたか〜…今日捕まえた万引き犯は?」

「3人ですけど、全員警察に突き出しましたよね…。」

「それでも計算合わないんですよね…。」

「わかった…もう一度監視カメラ見直してみるか…。」


他の店員達が在庫確認や締め作業をしている間、店長は何度も繰り返している監視カメラ確認を行っていた。

「うーむ…例の万引き犯以外に怪しいものは映ってないよなぁ…。」

入念にカメラ映像を確認する店長。しかしそこに妙なものは映っていない。


しかし今回、決定的なものがついに映っていたのだ。


「……んんっ!?」

店長は目を疑った。

該当の箇所はお米コーナー。什器に陳列されていた5kgのお米。

什器の手前に2つ重ねて配置されていたブレンド米5kg。

その重ねて置かれていた2つのお米が、突如1つになったのだ。

周囲に誰もいない、つまり誰も触れていないというのに突然米が2つから1つになったのだ。

しかも、『下に積まれていたお米が下に沈んで消えていき、上のお米だけが残った状態』になったのだ。

「何だこりゃ!?」


他の店員にも映像を見せて説明する。

「えぇ、お米が消えた!?」

「何すかこれ!?」

「え、そこ什器ですよね?下に穴とか無いですよね!?」

店員たちも驚きを隠せない。

「そうなんだよ…一体何でこんなことに…。」

頭を抱える店長。

その時、店員の一人が目を凝らし映像を再確認し、気がついた。

「店長…これ、一瞬下が光ってません?」

「え?」

言われて店長もやっと気がついた。

下のお米が消える直前、一瞬光りが漏れた…ように見えたのだ。

「店長……これってもしかして…。」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





翌日。

スーパーは臨時休業の看板を掲げ、駐車場には特殊車両が停まっていた。

車両に掲げられているのは、境界警察局のエンブレム。

つまり、店長は境界警察局に通報したのだ。

「えーと、盗難事件とのことで通報受けましたけど…。」

「まぁウチに通報ってことは、越境盗難事件ってことですよねぇ。」

車両から降りてきた、局員のメリス・ガーランドとエルメナ・エンジード。

烏山雄二と機光竜ギルディアスは車内で待機。もちろんギルディアスは人化魔法で人間に変身している。

「あぁ、お待ちしてました。」

店長が出迎える。

「それで、今回はどの様な事態が発生したのでしょうか?」

「えぇ、実は…。」



「ワーオ、見事に下のお米だけボッシュートされてますねぇ…。」

監視カメラの録画映像を確認し、呆気に取られるエルメナ。

「こんな事態が、以前から?」

「えぇ、計算が合わないので恐らくずっと以前からかと…。」

メリスの問いに店長が答える。

「これは恐らく他の什器でも同じことが起きてるかもですねぇ…。」

顎に手を当て考えるエルメナ。

「まずは、実際に現象が発生するまでリアルタイム監視しなきゃですねぇ…。しばらく張り込ませていただきますが、よろしいですね?」

「え、えぇ…よろしくお願いします…。」

メガネをギラつかせながら店長の承諾を得るエルメナであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




その後、一応営業再開したスーパー。

その裏で、エルメナやギルディアスが様々な店内什器に探知センサーや感知術式を仕掛けてゆく。全ての什器への設置には数日を要したがこの間センサーや術式には反応はなかった。

「流石に毎日毎日ポンポン盗ってくわけじゃないみたいですねぇ。」

『それはそうだろう、毎日奪っていたなら我々への通報ももっと早かったはずだ。』

「それもそうですねぇ、まぁ今日でセンサー取り付けは終わりですし、ここからは本格的に張り込みになりますよ〜。」

『うむ、心得ている。』



数日が経過。

取り付けたセンサーを通じてエルメナは特殊車両内で店内を監視し続けた。

その間に通常の万引きが数件発生したが、それは他の店員や通常の警察が対応。

「う〜〜〜〜ん…これじゃ普通の警察とやってること変わらないですねぇ…。」

モニターを睨みながら愚痴るエルメナ。

『こういうのは根気が肝心、なのではなかったのか?』

認識阻害魔法で姿を隠しながら店内を回っているギルディアスが通信でエルメナを宥める。

「そうは言いますけどねぇ…。」

映像を見つつタブレットで万引被害品目のリストを出しながら顔をしかめるエルメナであった。


そう言っていた直後であった。

センサーが反応を示すアラートが鳴ったのだ。


「おおっとぉ!?」

『来たか!場所はどこだ!?』

即座に反応し気を引き締めるエルメナとギルディアス。

「この反応は…菓子コーナーですね!」

『心得た!すぐに向かう!』

エルメナの指示を受けて、ギルディアスは菓子コーナーへと走った。


『菓子コーナーについた。さて…。』

ギルディアスは右目の義眼に自身の魔力を集中させる。そうすることで元々義眼に搭載されているスキャンシステムにギルディアスの持つ探知魔法を組み合わせることができ、探知魔法で見つけた対象の情報をダイレクトにエルメナの機器に転送できるのだ。

ギルディアスの義眼の前に小さな魔法陣の光が現れ、幾何学的に動きながら商品棚を分析してゆく。

『センサーが反応したのはこの棚のはず…ここか!』

そして遂に、ギルディアスの探知がその痕跡を捉えた。

『エルメナ、見つけたぞ!』

「りょうか〜い!分析しますよぉ〜!!」

ダイレクトに送られてくる痕跡情報を即座にエルメナが分析し始める。

「さ〜てさてさて…。」

ギルディアスから送られた情報。

まず、今回センサーに反応したのは突如発生した転送術式。棚の奥の方に陳列されていた袋入りのポテトチップスが転送され消えていったのだ。その際に発生した魔力、まだ残留している陣のパターンなどをエルメナは素早く分析してゆく。


「ほぉほぉ…ランダム性を持たせた物品転送術式の応用型……術者の詠唱ではなくアイテムにエネルギーを流し込んで起動するタイプ…おっとぉ、データバンクでの術式照合では合致率が最大でも80%…完全一致無しということはまた未知の異世界が関与、ということになりますねぇ…。」


『流石の早さだな。もうそこまで掴んだか。』

感心するギルディアスであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





翌日。再び臨時休業となったスーパー前。

警戒線が張られた駐車場内に境界警察局の高機動車両が停まっており、敷地内にポータルレンズが敷設されている。

エルメナはいつも通りポータルレンズのセットとオペレート、雄二もパワードスーツを装着しDバンカーを構えている。

「それでは店長以下店員の皆様、これより越境盗難事件の捜査のためここにポータルを開き、異世界への介入を始めます。」

局員服姿のメリスが店長に説明する。

「はい、よろしくお願いします。」

かしこまった様子で礼を言う店長。

「よしエル、ポータルレンズを起動してくれ。」

Dバンカーを構える雄二が指示を出す。

「ほいさ〜、もう座標は特定してますよ〜!」

エルメナはキーボードを素早く叩き、ポータルレンズを起動。空間が歪み、その向こうに未知なる異世界の光景を映し出す。

「「「おおおぉぉぉ…!!」」」

店員達がざわめき出す。


向こう側に見えたのは、密林の中の大きな祭壇と思しき光景。

周囲に人影はないが、祭壇の中心には何かの術式が刻まれた石版が鎮座している。


「場所は密林、か…。」

映し出された光景を見て雄二は呟く。

「特に人影は見えませんが、一応警告してみましょう。」

そう言ってメリスが空間の歪みの前に立ち、声を上げる。


「突然失礼します、こちら境界警察局です。現在そちら側世界に、我々地球世界から店舗商品を多数盗難した疑いが掛かっています。これより捜査のためそちらの世界に介入します。どうかご協力をお願いします!」


メリスの警告に対し、向こう側の世界は特に何の反応もない。

「誰も…いないようだな。」

雄二はそう判断し、Dバンカーのチャージを始める。

「よし、ポータルを開くぞ。総員下がれ!」

「了解!」

『心得た。』

雄二の指示でメリスとギルディアスが下がり、雄二はDバンカーを空間の歪みに打ち込み始める。


ガゴン!


ガゴン!



ガシャーーーーーーン!!!





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ううぅ…蒸しますねここ…。」

開かれたポータルから突入した雄二とメリス。

「こういう時パワードスーツは役得だな。」

石版の前に立ちスキャンバイザーを起動し分析をしている雄二はそう呟く。

「むぅ…。」

周囲に茨の蔓を張り巡らせて警戒するメリスは頬をふくらませる。

「エル、どうだ何かわかったか?」

『こちらエルメナ〜、石版の文字はデータベースにないのばかりなのでこの世界独自の言語体系なんでしょうけど…一部、日本語に似た形の文字が混じってますねぇ…。』

雄二からの転送データを分析するエルメナが通信越しに応答する。



『ギャギャギャ!!?』

突如、密林の向こうから何かの声が響いた。



「!?」

メリスと雄二は即座に構え、声のした方向に向き直る。

「誰ですか!?」

メリスが茨を構えながら問いかけた。


すると、茂みの奥から複数の影がのそのそと現れた。


人間同様の二腕二足のヒューマノイドフォルムに、強靭さを感じる長く太い尻尾。

獰猛な肉食恐竜を彷彿とさせるマズルの長い頭部には知性を感じさせる瞳が2つ輝く。

全身を覆う鱗は個体によって色が違うようで、中心にいる者は美しい乳白色の鱗、周囲を固めている槍を持った者達は青銅色の鱗だ。

中心の乳白色鱗の者は上等な布地を巻いたような簡素なローブを羽織り、周囲の青銅色鱗の者達は肩パッドや胸当てで防備している。


いわゆる、「リザードマン」の集団だったのだ。


「り、リザードマン…?」

「もしやこの祭壇はこいつらの…?」

姿を確認した雄二とメリスは一瞬呆ける。

『ギャギャーーッ!!』

『ギャギギギギギ!!』

周囲の青銅色鱗達が槍を構えて騒ぎ出す。

『ギャギガッ!』

しかし中心の乳白色鱗が右手を振りかざして周囲の者達を制止した。

『ギギャッ!?ギギギャガ…!?』

『ギャギゲ、ギギャギギガガ。』

『ギギャ…。』

周囲の青銅色鱗達が何やら意見したようだが、乳白色鱗に諭されたのか大人しく引き下がる。

「…あの乳白色鱗がリーダー個体のようだな。」

「周囲の者達を下がらせましたし…即時戦闘の意志は無さそうですね。」

彼等の様子を見て雄二とメリスもアームキャノンと茨の蔓を下ろす。

「しかし何を言ってるかサッパリだな…メリス、通訳術式は起動中だよな?」

「えぇ、正常に機能してます…でも未知の言語体系過ぎて通訳しきれないみたいで…。」

雄二の苦言にメリスも顔をしかめながら答えた。そう、境界警察局では異世界間の言語問題を素早く解決するために通訳魔法を習得するのがほぼ必須になっているのだが、あまりに言語体系が異なりすぎると対応化不可能もしくは非常に時間がかかることになる。

『ギャギギギガ、ギギャギギアアギャギ?』

すると、乳白色鱗がこちらを指差してきた。

「ん?もしかして俺達に言ってるのか?」

雄二が問いかけると、今度は首を縦に振り肯定の意を示した。どうやら間違いないようだ。

『ギャギギガガギアア、ギギャギ?』

そして何かを伝えようと再び身振り手振りで伝えようとする。

「もしかして、私達が何者か問いかけてるのでしょうか…?」

メリスが首を傾げる。

「こちら雄二、エル、彼等の言語体系の解析は?」

『こちらエルメナ…もうしばらく、というかすぐには無理ですねぇ…。』

通信先でエルメナも眉間にシワを寄せながら応答する。


『……我ならいけるやも知れぬ。』


唐突に、ギルディアスがポータルを通って雄二たちと合流しながら言った。

「ギルディアス?」

『我はドラゴン、すなわちDNA上は彼等に近しい存在だ。事実我は似た言語体系をいくつか知っている。エルメナも、我の会話ログから通訳術式の構築を進めれば良い。』

「おぉ……。」

ギルディアスの発言に驚く雄二とメリス。

『それは助かりますよ〜!』

そしてエルメナも嬉しそうに返答する。

「……そういうことなら、よろしく頼むぞ。」

『うむ。』

雄二の頼みに、ギルディアスは首を縦に振って答えた。

そして、ギルディアスはリザードマン達に歩み寄り、話し始めた。



【我が名は機光竜ギルディアス。ある事態解決のために異世界より参りしドラゴンである。】

ギルディアスは自身の知っているリザードマン言語で自己紹介する。

【…ドラゴン?】

すると、乳白色鱗の者が反応した。

【…ドウミテモ、ヒュームニシカミエナイノダガ?】

人化魔法で変身しているギルディアスの姿を見て苦言を呈す乳白色鱗。ギルディアスの使った言語とは系統が違うのか、イントネーションが違って聞こえる。

【あぁ、我は今魔法でヒュームに変身しているのでな。信じられぬのなら、正体を見せようか?】

【ヒュームニギタイ、シテイルトイウノカ?】

【シンジラレン!ドラゴンデアルナラシンノスガタヲミセロ!】

周囲の青銅色鱗達が騒ぎ立てる。

【…心得た。今変身を解こう。】

リザードマン言語でそう告げた後、振り向いて雄二とメリスに日本語で告げる。

『彼等の信用を得るためにこれから変身を解く。下がっておれ。』

「「了解。」」

雄二とメリスは指示を聞いてすぐに後方に下がった。その際に例の石版を守るように警戒するのも忘れない。


『ゴアアアアアアアアアアアアア!!!』

そして咆哮とともにギルディアスは変身を解除、全長15mもの巨大なドラゴンの姿に戻った。


【【【オオオオオオオオオオ!!!】】】

青銅色鱗のリザードマン達が驚きの声を上げる。

【これで信じてもらえたか?】

再びリザードマン言語でギルディアスが問いかける。

【オオォォォ……マサシクドラゴン、イダイナルシンリュウサマ!】

そう言って、乳白色鱗の者はなんとその場に土下座したのだ。

続く形で周囲の青銅色鱗達も皆土下座したのだ。

「お、おぉ!?」

「み、皆さん土下座しちゃいましたけど…!?」

その光景に雄二とメリスは驚きを隠せない。

『今我のことを「偉大なる神竜様」と呼んでいたな…どうやら我らドラゴンはここでは信仰対象らしい。』

下顎をポリポリかきながら困惑するギルディアスであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





その後、ギルディアスが間に入って通訳することにより、彼等リザードマンの一族達から話を聞くことができた。


まず、彼等はこの密林と、すぐ近くに存在する大きな川を生活拠点として長い間暮らしてきたリザードマン一族であり、「大河の一族」と名乗っているそうだ。

大多数を占める青銅色の鱗のリザードマンは代々戦士の血統であり、狩猟や集落防衛、そして代々里長を努めている乳白色の鱗の血統の者たちを警護する役割を担っている。

極少数しか存在しない貴重な血統である乳白色鱗の血統は、力が弱い代わりに摩訶不思議な能力を使うことが出来るそうで、その力を使って治癒術や占星術を用い、一族を導いてきたのだそうだ。


『なるほど、この辺一体を領土とする知性型リザードマンの一族「大河の一族」か…。』

ギルディアスは彼等の言葉を聞き、大凡どんな者達なのかを理解した。

【サヨウデゴザイマス、ギルディアスサマ。ワタシハコノ「メグミノサイダン」ノカンリヲシテオリマス、ジキサトオサコウホノ"グロウラ"トモウシマス。】

ギルディアスの発言に答える乳白色鱗のリザードマンことグロウラ。

ここまで話したところで、ギルディアスは通信を繋げる。

【グロウラよ、暫し待つが良い。】『こちらギルディアス、エルメナよ、通訳術式はそろそろ組み上がったか?』

『こちらエルメナ〜、おかげさまで出来上がりましたよ〜!今メリスにデータ送りますね〜!』

ギルディアスからの通信にエルメナは景気良い声で答え、メリスのスマホにデータを転送する。一応ポータルが開いているので携帯電波は届くのだ。

「ありがとうございますエル…それでは、通訳術式を展開しますね。」

メリスはそう言ってスマホを取り出し、送られたデータを元に詠唱を始めた。

元々メリスは様々な魔法を学び習得しているのだが、常に使っているのは通訳術式のみだ。雄二の指導の元ギフテッド支援センターで学んで以降は多くの魔法は意識して使わないようにしている。

「アーーーーーーーーーーー……。」

彼女の詠唱に合わせて、スマホの画面から様々な文字がホログラム映像のように浮かび上がり、空中で霧散し空気に溶け込んでいく。

やがて全ての文字ホログラムが空中へと溶けていき…。

「……術式展開完了。これで言葉が通じるようになるはずです。」

そう言って、ふぅとため息を付いたメリス。

『うむ、心得た。さてグロウラよ、今我は地球世界の言語で話しているのだがわかるか?』

ギルディアスがそう語りかける。そして…。

『……おぉぉ、ギルディアス様の言葉がよくわかります!』

グロウラも、メリス達にわかる日本語で話し始めたのだ。これはつまり、通訳魔法が無事に機能し始めたことを意味していた。

「うまく行ったようですね、よかったです。」

安堵するメリス。

『さて、我が上司達とも話が通じるようになったところで、話の続きと行こう。』

ギルディアスが再び話を彼等の話へと戻した。

『ありがとうございます、ギルディアス様。』

グロウラは平伏し、再び説明を始めた。


彼等「大河の一族」はこれまで平穏に暮らしていたのだが、ある日グロウラの母が行った占星術により、里に大規模な災いが降りかかるという予言がもたらされた。しかも、それを防ぐ手立ては残念ながら無いと。

彼等は出来る限りの蓄えをして災いに備えた。そして、災いはやってきたのだ。川の大氾濫、大水害という形で。

これにより里は大打撃を受け、家屋は備蓄諸共流され、多くの犠牲者も出てしまった。

だが、既に運命として受け入れる覚悟をしていた一族はすぐに復興に向けて行動を開始。なんとか家屋は建て直して、残っていた備蓄を放出。生き残った乳白色鱗の一族も総出で負傷者達の治療に当たり、どうにかこうにか立ち直り始めたのだ。しかし……。

『どうにか里は立ち直り始めましたが、ここで遂に備蓄も底をつき始めたのでございます…。大氾濫のせいで川魚も大幅に数を減らし、主な獲物であるワニもほぼ全滅…どうにかできないかと私が残っていた道具で占星術を試みた結果、再興の鍵はこの地にあり、と出たのでございます。』

グロウラは悲痛な面持ちで語り続ける。

『そして占星術に従ってこの地を戦士達とともに調べた結果、この石版を発見したのでございます。』

言ってグロウラは石版を指差す。

「占星術で占って調べた結果発見されたということは、この地に以前から存在していたということなのかこの石版は…。」

雄二は相変わらずバイザーで分析しながら呟く。

『恐らくはそうかと。そしてその石版の言語はなんとか私が少しだけ読めましたので、それに従って法力を流し込んだ結果…。』

ここまで説明したところでグロウラはローブの下から何かを取り出して見せた。

その手の中にあったのは、既に開封され空っぽになった、ポテトチップスの包装袋だったのだ。

『こちらのような、この世のものとは思えぬような様々な『恵み』がもたらされたのでございます。』

『なんと…。』

ギルディアスが得心したように頷く。

『恵み…つまり、ここで様々な食べ物を召喚し、それを用いて里の皆を救ったということだな?』

『その通りで御座います、ギルディアス様。故に我々はこの石版が鎮座するこの地を『恵みの祭壇』として整備し、守り続けているのでございます。』

「そういうことだったのですね…。」

グロウラの説明に、メリスも得心した。

その横で、雄二が頭を抱える。

「結局この石版が何故存在していたのかは不明のままだが…今回の事件は危急の事態に対応するためのやむを得ない措置だったということか…。」

この雄二の発言に、グロウラは目をパチクリさせる。

『事件…とは?』





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





数分後、ポータルを通じて雄二達が地球側に帰還し、共に連れられる形で今度はグロウラと護衛の青銅色鱗のリザードマン2名が地球世界に降り立った。

『おおおぉぉぉぉ…!!』

『ここが…恵みを齎した豊穣なる世界…!』

見たこともない光景に感嘆の声を上げるリザードマン達。

そして、彼等の前に店長を筆頭としたスーパーの店員達が並ぶ。

「おぉ…本当にリザードマンが…。」

「こりゃまた驚きですなぁ…。」

そして、彼等と並ぶ形でいつの間にかエルメナが連絡し呼んでいた、外務省の政田隆二郎も相対する。

「リザードマンどころか竜人族(ドラゴニュート)なども対応してきましたし、今更ではありますが…。」

「すまんな隆二郎、今回もよろしく頼む。」

帰還しスーツのヘルメットを脱いだ雄二が隆二郎に言う。

「いえいえ、相手が国外の方々であれば我々の仕事ですから。」

そう応える隆二郎の表情はこの緊急事態にもかかわらず落ち着いている。伊達に多くの異世界系案件対応をこなしてきたわけではないということだ。

「さて……リザードマンの皆様、此度の件でこちらのスーパーの店長さん方とお話して頂きたいことが御座います。」

隆二郎がグロウラに話しかけると、グロウラも頷いて応答する。

『うむ、大まかなことはギルディアス様から聞いている。我らが行っていた「恵みの召喚儀式」が、実際はこの地より恵みを奪ってしまっていたと…。誠に申し訳ない。』

グロウラはそう言って頭を下げた。護衛の二人はオロオロするも、グロウラに手で制される。

「あぁいえいえ、詳細は私も通信越しに聞いてましたのでわかってますよ。図らずも当店の商品のお陰で里の皆様が救われたそうで…。」

店長も思わず恐縮しながら話す。

「ま、まぁまぁ詳しい話は店の中で詰めましょう。」

メリスが間に入り、一同はスーパーのスタッフエリアに入っていった。

その途中で、様々な商品が所狭しと並ぶ店内を見たグロウラ達リザードマン一行がさらに驚愕したのは言うまでもない。



ここで隆二郎の仲介の元、暫定的にいくつかの取り決めが成された。

まずはスーパー側の被害総額の保証。

今回の越境盗難は異界側の「大河の一族」の緊急事態が動機であるという、情状酌量の余地が大いにありという話に落ち着いたのだ。そのためこれまで越境盗難された商品は「人道的支援」という形で日本国政府が補償することになり、スーパー側には被害総額分の金額が政府から支払われ、「大河の一族」側は地球側時間で1年後から被害総額の半額分に相当する額を代替可能な品目で支払うということで決まった。

そして、この瞬間を持って例の「石版」は使用を終了することとなり、以後は大河の一族から数名を駐日大使として派遣。しばらくは人道的支援で物資を無償提供し、以降は正規の取引で貿易を行うこととなった。なお使用終了とはいえ石版はそのまま平和と友好の象徴として「恵みの祭壇」とともにそのまま維持管理が続けられることとなった。

その後も、今後の流れや互いにどんな要望があるかといった話し合いが続き……。

「では我々日本国政府も国の名にかけてリザードマンの皆様と友好な関係を築いていこうと思いますので、今後とも何卒宜しくお願い致します。」

『うむ、誠に感謝する。この御恩に、我ら大河の一族は必ずや報いてみせよう!』

隆二郎が代表としてグロウラと話し込み、これをもって暫定的ではあるが事態は収束したのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





それから数日後。

ポータルは正式に境界門管理所に移設され、グロウラと側近達が駐日大使として務めることになった。

そして今、雄二とメリスとギルディアスが再びポータルを通り、今度は大河の一族の里へとやってきていた。

目的はこの先必要となる賠償支払いに使えそうな『越境投機品』の調査及び選定だ。

「では、本日はよろしくお願いします。」

雄二の挨拶に、グロウラの妹である乳白色鱗のリザードマンの女性司祭、ラネウマが対応する。

『話は兄様から聞いております。よろしくお願いします。』

そう言って彼女は恭しく一礼した。


外では人化魔法を解いてドラゴンの姿に戻っていたギルディアスが里のリザードマン達に崇拝されていた。

「大人気だなギルディアス。」

『まぁな…。』

顎をポリポリ掻くギルディアス。そして、待っていたとばかりに雄二に話し出した。

『そうだ雄二よ、里の子供達から有力な情報を聞いたぞ。』

「子供達から?」

『そうだ。さぁ、今我に話したことを彼等にも伝えるが良い。』

そう言ってギルディアスは足元にいたリザードマンの子供2人の方を向いた。

『は〜い、わかりましたギルディアスさま!』

言われた子供達は元気に返事し、雄二たちの元へ走り寄った。

『あのねあのね、最近川底でキレイな砂を見つけたんだ!』

『ギルディアスさまのうろこみたいなピカピカのきんいろなんだよ〜、ほら!』

子供達はそう言って手に持った砂を広げて見せる。

その砂を雄二はパワードスーツのバイザーで分析。そしてすぐに結果が出た。

「お、おいギルディアス…これはもしかしなくても…!?」

『そうだ雄二よ、これは……砂金だ。』




恐らくは大水害で山から流されてきたであろう、大量の砂金。

この砂金によって、ものの2ヶ月で賠償額を完済、以後も砂金交易で里は大いに栄えることになるのであった。

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境界警察局 ~異世界召喚は取り締まり対象です~ ネメシス @chasernemesis

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