32:ゲーム内世界違法連結事件(後)

木間聡史(きまさとし)は自室で苦悶していた。

自身が仕込みをして発売した恋愛シミュレーションゲーム『恋する乙女のメモリアル』。

これは実は、『かつて自身が生きていた異世界をほぼ忠実に再現して描き上げた世界観』を使って作られたゲームであった。


魔法が発展したきらびやかな世界である、異世界『ファルンティア』。

かつてこの世界で、トワイニング王国に仕える公爵家、ローフォード家。

そこに雇われていた使用人の家系のうちの、しがない1家系。

その家系に生まれた4人の子。姉二人に妹一人の間に挟まる形で生まれた唯一の男子。それが、現在地球世界で木間聡史として転生している男の、前世であった。


それは、エリザベス・ローフォードが5歳の頃であった。

既に使用人見習いとして働き始めていた彼は、彼女をひと目見て衝撃が走ったのだ。彼自身はその時は15歳であり、10歳差だったがそれは彼にとっては全くどうでもよかった。その、まだ5歳という幼さでありながら既に完成された美しさを持つ少女に一目惚れをしてしまったのである。

しかし当然ながら、一使用人見習いと公爵令嬢では想いが叶うはずなど無い。見習いであるが故にエリザベスに近づくことすら許されなかった彼は、常に遠巻きに彼女をチラチラ見るしか出来なかったが、その想いは凄まじい勢いで彼の心に蓄積されていったのである。それも、歪んだ形で。


「あぁ………エリザベス……私だけのエリザベス………!!」


彼の中ではエリザベスは既に心を支配する相手となっており、もはやそれは初恋の人として語ることの出来る相手ではなかった。歪んだ愛情とないまぜになった恋慕が、彼の精神をあっという間に狂わせていったのである。

「エリザベス……私だけを見て欲しい……私だけにその美しい顔を見せて欲しい……私だけにその可愛い声を届けて欲しい……私だけにその愛の言葉を囁いて欲しい……私だけにその体を開いて欲しい……」

歪みきったその精神は、愛と呼ぶにはあまりに暗く、淀んでいた。

「私だけに笑いかけて欲しい……私の声だけを聞いて欲しい……私に笑いかけてその手で触れて抱きしめて欲しい……」

当然、これだけの凄まじい勢いで狂い切った彼の精神が理性を保ち続けるなど出来るはずもなく。

「あぁ……私だけのエリザベス……君は私だけのものだ……!!」

ついに、彼は耐えきれず衝動で動いてしまった。

深夜。見張り交代などで警戒が緩む瞬間、彼は自室をこっそり抜け出し、一人エリザベスの眠る寝室を目指したのだ。

「嗚呼……もうすぐだ……エリザベス……!!もう少しで君を手に入れられる……!!」

そして、彼はとうとうエリザベスの寝室へとたどり着き。

「さぁ……私と一緒になろう……エリザベス……!!」

ついに、その寝室の扉に手をかけたのだ。

しかし、その瞬間。

「おい、そこで何をしている!?」

予想以上に早く戻ってきた見張りの使用人に見つかってしまった。

「くそっ、早すぎるだろ!!」

彼は慌てて踵を返し逃げ出した。

深夜なので明かりがほぼ無く、彼を発見した見張りはまさか彼が使用人見習いだとは知らず、ただの曲者と判断して追いかけた。

「待てぇ!不届き者めぇ!」

そして使用人の投げた投擲ナイフが、逃げていた彼の左足に突き立った。

「ぐあっ!!」

痛みに顔を歪め、足がもつれる。しかも運が悪いことに、ちょうど階段を降りようとしたところであった。

そのまま彼は、階段を無様に転げ落ちてしまった。

「あがっ…ごべっ……!?」

全身を階段に強く打ち付けながら階下まで転げ落ちていき、最後に彼は頭を打ち付けてしまったことで首の骨が折れ、その生に終止符を打つこととなってしまった。

彼はまだ見習いだったため、エリザベスの側に近づくことすら許されていなかった。そのため、彼はエリザベスに全く存在を知られないまま、この世界から消えてしまったのであった。



そして、気がつけば赤子として、地球世界に転生した。

その記憶と、「エリザベスへの想い」を100%完璧に引き継いだ状態という、いらない奇跡まで起こした状態で。

「あああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

赤子として物心ついた時点で彼は理解してしまった。

自身が、転生をしてしまったこと。前世、想いを打ち明けることはおろか、見てもらうことすら出来なかったという、叶わぬ恋への未練を持って生まれ落ちてしまったこと。

その想いは当然、今生の「木間聡史」としての人生を歩む間にどんどん醸されていくのであった。

さらに彼にとって追い風となったのが、この地球世界は『境界協力連盟』が組織されるほどに、異世界との関わりが強い世の中であったということだ。

それにより、彼の心はさらに燃え上がってしまった。

「まだ、可能性はあるんだ……!」

そう思わざるを得なくしてしまった。

この世界が異世界『ファルンティア』へと繋がってさえいれば、今度はエリザベスと結ばれる未来だってあるのだと。

だが、流石にそこまで都合良くはなかった。多くの異世界と正規交流している地球だが、公開されている正規交流先異世界一覧の中に、『ファルンティア』は存在していなかった。

それならばと、彼は迷わず非正規方面を調べた。いわゆる『旅券』として入手できてしまえる、違法ポータルプログラムだ。

だがこの違法ポータルを持ってしても、『狙った通りの望んだ先』に確実にアクセスできる可能性はほぼゼロである、というのが結論であった。

だが彼は諦めきれなかった。彼はなんとしてでもファルンティアに帰りたかった。そこで彼は調べ上げていた『旅券』のプログラムに、なんとかして指向性を持たせることで狙った世界に繋げる確率を上げようと考えた。その中でヒントとなったのが、「信仰」であった。

自分一人の想いだけでは、『旅券』に指向性は持たせられない。だが多数の人間からファルンティアに行ってみたいという信仰が集中すれば、あるいは…!

そう思った彼は、ついに手段を見つけた。それが。

「ゲーム……!!」

そう、彼の知りうるファルンティアの世界観を多くの人たちに認知させ、行きたいと思わせれば『旅券』に指向性をもたせることが出来る可能性が上がる。それを成せるのはゲームが一番適している。漫画や小説等では『旅券』を仕込むのが難しいし、アニメ等は予算もコネもないので流石に無理だ。だから彼は木間聡史としての人生の中でゲームクリエイターを目指し歩み続けた。そしてゲームクリエイターになったあと、ディレクターとしてすぐにファルンティア世界を舞台としたゲームを開発、「恋する乙女のメモリアル」としてリリースしたのだ。

なお、エリザベスに想いを寄せて良いのは自分だけであり、他の有象無象が間違っても想いを寄せてはいけないと考えた彼は、シナリオ内ではエリザベスをあえて悪役令嬢として描き、最終的にどのシナリオでもボスとして戦い死亡するよう描いた。あわよくば彼女も転生して地球にやってくるかも知れないという、一縷の望みを含めて。


だが、彼の手元にあるゲームのマスターデータは、未だ何のアクションも起こしてくれなかった。データ内に仕込んだ『旅券』プログラムは、多数のプレイヤーからの信仰をトリガーにファルンティアへの道を繋いでくれるはずだった。だがそれは未だ起動せず、望んだ結果が現れない。

「何故だ…!?」

彼、木間聡史は苦悩する。何故マスターデータが起動しないのか。

「もしやどこかで、販売済みの末端ソフト側で『旅券』プログラムが起動したのか?」

そう思い立ったが、一体どのソフトが起動したのか。それを追うのは困難を極めるだろう。

「くそっ、こうなれば……!!」

木間聡史は、マスターデータを自室のマギコンピュータで起動した。

仕込んでいる『旅券』プログラムを経由して、ファルンティアに繋がった末端ソフトを炙り出すために。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



木間聡史の大誤算。

それは、エリザベスのファンとなった森下彩と小林潤の存在であった。

あえてエリザベスが他の有象無象に好かれないようにするために、シナリオ上では悪役令嬢として描いた。

だが、それでもエリザベスには一定数のファンが付き、その中でも彩と潤は突出したファンとなっていた。

皮肉にも、この「エリザベスへの想い」こそが、木間聡史の仕込んだ『旅券』プログラムの発動のきっかけとなったのであった。

ゆえに、『旅券』プログラムは彩と潤のもとで起動し、声が繋がったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



一方その頃。

そんな事態だったとはつゆ知らず、境界警察局によって門(ポータル)が繋がった異世界『ファルンティア』。

王太子アルフレッド・トワイニングとその婚約者であるエリザベス・ローフォードの二人は、地球からやってきた境界警察局員のメリス・ガーランドと日本国外務省の政田隆二郎の2人と政治的な話を進めていた。

「…それでは、緊急の体制として情報交換のためのホットラインの構築…事態が収束し次第、本格的な国交に向けての協議を行うということですね。」

「はい、その方向で調整していきましょう。」

メリスの言葉にアルフレッドがそう返しながら頷いていた。

「では、王太子殿下にはこちらをお渡しします。」

そう言ってメリスは一つの端末を差し出す。

「メリス殿、これは…?」

アルフレッドがその端末を見て興味を抱く。

「マギ・コールです。これを使えば境界間を超えて連絡を取り合うことが可能です。使い方は…。」

メリスは通信端末であるマギ・コールの使い方説明を始めた。


その一方で。

「へぇ〜、地球の物語じゃ私達ってこんな風に描かれてるんですね。ぬいぐるみや人形まで作られて売られてるなんて…!?」

「そうなんだよ〜!私も全種類揃えるのにどんだけ苦労したか…!!」

通報者であり今回の事態の当事者の一人である森下彩は、ゲームの主人公キャラとして描かれた人物であるアリス・エンソアに持ち込みのゲーム雑誌や設定資料集を見せながら、メリスやアルフレッドらの政治的話に区切りがつくまでの時間潰しをしていた。

「でも、主人公として描かれているとは言ってもこれじゃ私…いろんな男子を口説く尻軽女にされた気分だなぁ…。」

「あ、あはははは…。」


更にその一方で。

「おぉ〜、これから魔法弾を発射するのか〜。」

「発射には俺の生体エネルギーを利用するから俺のコンディション次第なんだがな。」

「この前の講演会のときにスーツ装着するところ見せてもらったけど、かっこよかったんだよな〜!」

騎士志望である伯爵子息アンドリュー・フィッツロイと、当事者の一人である小林潤は、境界警察局員の烏山雄二が装備しているパワードスーツと、その右腕のアームキャノンに興味津々。

「失った半身を絡繰仕掛けの義肢で補填する治療法…この金属、魔法親和性がとても絶妙なバランスになってますね。ミスリルっぽいですがどこか違うような…?」

『地球産のアルミニウムという金属と異世界フィッツロード産ミスリルの合金、通称「アルミスリル」だ。関節の一部には異世界イルフェジュール産アダマンタイトも使っているぞ。』

治癒士志望の子爵子息レイモンド・グレアムは、人化魔法で人間に変身しているドラゴンである境界警察局員ギルディアスの機械義肢をじっくりと観察していた。


そんなときだった。

「……ひっ!?」

話を進めていた中で、突然エリザベスは寒気を感じて肩を竦めたのだ。

「ど、どうしたんだエリザベス!?」

急に悲鳴を上げたエリザベスをアルフレッドが心配する。

「い、いえ……何か寒気がしたと言いますか……」

エリザベスはそう答える。実際、彼女の背筋にはゾクリと寒気が走ったのだ。

そして、それとほぼ同時のタイミングで雄二に通信が入る。

「ん?……こちら雄二、どうした?」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「こちらエルメナ、今こっちで解析中のゲームデータに一瞬干渉がありましたよ〜。」

こちらは地球側、森下彩の自宅の庭に敷設されたポータルレンズを制御し後方オペレートを続けているエルメナ・エンジード。

同時に『恋する乙女のメモリアル』のゲームディスクをマギコンピュータで解析していたのだが、そこに一瞬だが魔力が流入したのを感知したのだ。

『何だと?まさか仕込まれていた『旅券』のプログラムか?』

「えぇ、そうです。今痕跡を辿ってるところです。そっち側には何か影響ありませんでした〜?」

通信越しにエルメナと雄二が情報交換をする。

『……さっき、エリザベスさんが悪寒を感じたらしい。関連があるかどうかわからんが…。』

「寒気ですか……魔力干渉が来たタイミングと一致しますね〜。」

この現象は、『旅券』プログラムが起動したことを指し示すのでは?そう考えたエルメナは、『旅券』プログラムの経路を逆算して場所を特定し、早速介入を試みることにした。

「それじゃ私は逆算介入してみますので〜、そちらは周囲の警戒よろしくですよ〜。」

『了解、何かあればすぐ連絡する。』

そう言って雄二からの通信が切れる。エルメナはメガネをギラリと光らせながらモニターに向かう。

「さぁ〜て…逃がしませんよぉ〜?」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「あぁ、やっと見つけた…だと言うのに!!」

木間聡史は焦っていた。

マスターデータから末端を探りに探ったことでようやくファルンティアに繋がったプログラムの場所を特定することが出来た。そしてようやくファルンティアの光景を覗き見ることに成功した……のだが、そこに見えたのは理想の姿に成長したエリザベス…と色々協議している、境界警察局の局員にスーツ姿の日本人の姿があった。

つまりそれは、自分の練り上げた計画が既に境界警察局にバレてしまったということだ。

「くそっ、何故だ!?……何故マスターデータじゃなくて末端ソフトの方でプログラムが起動したんだ……!?」

木間聡史は歯噛みする。

「しかし……こうなったらもう猶予はない!……やってやる……やってやるぞおおおおお!!」

そして、木間聡史の目に狂気の炎が灯る。

「もう起動したソフトは特定したんだ!!ならそれを利用すればあああ!!」

木間聡史はマスターデータの『旅券』プログラムを起動した。ファルンティアに繋がった末端ソフトを利用して自らもファルンティアに向かうために。





『は〜い、そこまでですよ〜♪』





マスターデータを稼働させているマギコンピュータのスピーカーから、間延びした女性の声が響いた。

「なっ!?」

木間聡史は驚いて画面から身を離す。

『ここまで周到にプログラムを組んでいたというのに、随分と迂闊にアクセスしてきましたねぇ、元ゲームディレクターの木間聡史さ〜ん?』

声の主は、末端ソフト側から逆算介入を仕掛けていたエルメナである。

「だ、誰だ貴様は!?どうして私のプログラムに!?」

『境界警察局の技術をナメてもらっちゃ困りますねぇ?』

そして続けてエルメナが画面越しに話しかける。

『さぁ〜て…改めまして、こちら境界警察局です。連盟からの承認なき異世界介入を現認しましたので詳しくお話を伺うためにも、こちらに来ていただきますよ〜。』

「なに…!?」

エルメナからの説明を聞いて狼狽える聡史。

『というか…いくら焦ったからとは言え無理に『旅券』を繋げようとしてこんなプログラム組もうとするなんて無茶ですよ〜?』

「な、何を…!?」

『なので、今から私がそちらのプログラムを流用したもっと安全な門(ポータル)を起動しますので〜、大人しく来て頂けますね?』

エルメナは事も無げにそう告げ、直後に木間聡史の眼前に円形の門(ポータル)が開いたのだ。

そしてその門(ポータル)の先に見えるのは、彼があれだけ望んでやまなかった、異世界『ファルンティア』の光景、そして…あんなにも想い続けた、エリザベス・ローフォード公爵令嬢の姿だ。

「あ……あああ……ああああぁぁぁぁ!!!」

彼はあまりの喜びに、表情が狂気的に歪む。

『あ……これは普通に引き合わせちゃダメですね…こちらエルメナ〜、総員警戒MAXでヨロです〜…。』

エルメナは狂気的に歪んだ木間聡史の表情をモニター越しに見てしまったため、通信でファルンティアにいる3人のチームメイト達に警戒を促した。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




王立魔導学院内の応接室に、今回の事件の首謀者である木間聡史の作ったプログラムによって構築された違法ポータルが開いた(厳密にはエルメナがハックして掌握したものだが)。

「皆さん、私の茨から先には出ないでくださいね。」

彩と潤の二人、政田、そしてアルフレッドやエリザベスら5人の計8人を下がらせるメリス。両腕から茨を生やしてバリケードテープ代わりにしている。

「は、はい…。」

「承知はしたが…もしもの時は我々も…。」

「外交問題になりかねませんのでどうかご自愛を…!!」

杖を構えているアルフレッドを政田隆二郎が嗜める。

「心配はない、対処するのは俺達の役目だ。」

『我らに任せるが良い。』

開いた違法ポータルの両サイドに、アームキャノンを構えた雄二と右腕の義手を突きの姿勢で構えたギルディアスが控えている。

「……来ます!」

メリスが睨みをきかせる。そして遂に木間聡史が違法ポータルから姿を表した。

「えっと……この人って、ディレクターの木間聡史さん、ですよね?設定資料集で顔写真見たから知ってはいたんですけど…。」

茨の隙間からその姿を見た彩が、その姿を見て呟く。

「あ、私もさっき見せてもらいました…でも、何か様子が…?」

彩の隣でアリスも気がつく。設定資料集の掲載写真では爽やかな笑顔で写っていた木間聡史だが、今目の前にいる本人は薄汚れた浮浪者のような出で立ちだ。もう何日も入浴してないのか垢塗れでフケも目立ち、悪臭が漂っている。

「ひ、酷い出で立ちだ…。」

「これはまた…。」

思わずアルフレッドやアンドリューは鼻をつまむ。エリザベスやアリスもハンカチで鼻を塞ぐ。

そんな周囲に構うことなく、木間聡史はエリザベスの姿を見つけ、フラフラと歩み寄り始める。両腕を力なく前に伸ばす様は汚れた姿も相まってまるで…。

「ぞ、ゾンビ?」

思わずそう呟く潤。

「ああぁ……エリザベス…エリザベス……やっと相まみえることが叶いました……!!」

虚ろな表情で何かをブツブツと呟く木間聡史。だが、その目線の先にいるエリザベスは、引きつった顔で後ずさるばかりである。

「う……気持ち悪い……!!」

思わず嫌悪感を示すエリザベス。そしてそんなエリザベスを守るようにアルフレッドが杖を構えて立ちふさがる。

「そこで止まるが良い。エリザベスは私の婚約者だ。」

アルフレッドがキッパリとそう宣言し、木間聡史の動きを制しようとする。しかし彼はそんなアルフレッドの声にまるで耳を貸さずにエリザベスに歩み寄る。

「あぁ……私のエリザベス……私の想い人よ……。」

そんなうわ言のようにエリザベスに語りかけながら近づく木間聡史。

だが、その歩みはすぐに止まった。

後ろから雄二がショックビームを発射し、木間聡史を痺れさせたからだ。

「ぐあっ!!」

悲鳴と共に倒れ込む木間聡史。さらに追い討ちをかけるようにギルディアスの右胴からワイヤーが射出され、彼の体を雁字搦めに縛り上げたのだ。

「悪いがそこまでだ。詳しく話を聞かせてもらうためにも大人しくしてもらうぞ。」

アームキャノンを構えながら雄二が歩み寄り、警告する。

「ぐぐぐぐ……体が…!?」

体を縛られ、倒れ伏す聡史。

「それではお話を…。」

話しかける雄二。だが…。

「ああああああ!!!やっと…やっとエリザベスの元へたどり着いたんだああああ!!邪魔をするなああああああ!!!」

痺れた体でなおももがき叫ぶ聡史。

「ひえっ…!?」

その狂気的姿に思わず彩とエリザベスは悲鳴を上げてしまう。

だがここで、意外な人物が前に出る。

「あの、ここは私に任せてくれませんか?」

前に出たのは、アリス・エンソア。彼女は短杖を構え、その先端を倒れた木間聡史に向ける。

「え、何を…!?」

8人を防衛しているメリスはアリスの提案に困惑するが、他の者達…特に彩と潤にアルフレッドとエリザベスは納得した。

「あ〜、そっか!アリスが開眼した類まれな魔法の才は、治癒術の才だったよね潤君!」

「そうだよそうだよ!確かそれで怒り狂った暴漢の心を鎮めて見せたのがきっかけだったんだよな!」

「そうか、アリス嬢の力は癒やしの力…それも、心を癒やす光の力であったな。」

「私のささくれ立っていた心も、アリスが癒やして下さいましたものね…。」

「アリス、ここは貴女に任せましょう。」

「うん、アリスちゃんお願いね!」

皆から口々にそう言われ、アリスは杖の先に光の力を宿す。そして、木間聡史に杖を向け……唱えた。

「『リラクゼーション』。」

その途端、木間聡史の体から力が抜ける。

「ああ………あああぁぁぁぁ……。」

縛られたままであるが、聡史の顔からは狂気的な歪みが徐々に消えていくのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




そこでようやく木間聡史が自供した。

自身がかつてこの世界で死亡したローフォード公爵家の一使用人見習いであり、その転生者であること。

その頃からずっとエリザベスに想いを寄せ続けていたこと。

その想いからもう一度ファルンティアに帰りたかったこと。

そのための手段としてゲーム「恋する乙女のメモリアル」を開発し、そのゲームデータに『旅券』を仕込んだこと。

しかも、自分だけのエリザベスとするためにエリザベスが周囲から嫌われるようにシナリオを作り上げたこと。

ゲームリリース後は口封じのためにプログラムのことを知っていたサブプログラマーとシナリオライターを「消した」こと。

そして…今もその想いは褪せるどころかますます燃え上がっていること。

それを皆が全員……呆れかえったような表情で聞いていた。

「この人……拗らせ過ぎ……。」

アリスがボソリと呟く。その呟きに、他の皆もウンウンと頷く。

「エリたんが悪役令嬢として描かれてたのが、そんな理由だっただなんて…。」

真相を聞いて愕然とする彩。

しかし彩は雑念を振り払うように頭を振った後、木間聡史に歩み寄る。

「……何だい?」

項垂れる聡史が彩に問いかける。

彩は、意を決して話し出す。


「ディレクターの木間聡史さん。きっかけはとんでもないことだったかも知れませんけど、あなたがこうして世界を繋ごうとしてくれたおかげで、私は大好きなエリたんやアルフレッドと出会うことが出来ました。今この瞬間、私達はすっごく幸せでもあるんです。これは紛れもなく、あなたのおかげです。本当に……ありがとうございます。」


「彩……。」

彩の突然の発言に、潤は驚きの表情を見せる。

「でも……それはそれとして私は、エリたんの幸せを願っています。」

彩がそう言うと、木間聡史は彩に視線を向けた。

「そ、それじゃ…。」

「だから、ちゃんとエリたん本人の言葉をしっかり聞いて下さい!」

そう叫んで〆た。

「ひっ!?」

思わず竦んでしまう聡史。

そして……。

「…まさか、私の認識外で当家の使用人見習いの一人がここまでの事を起こしていたとは…驚きましたわ。」

木間聡史が長年想い続けた人、エリザベス・ローフォードが歩み寄った。

「まず、かの者達との縁を繋いで下さった事には感謝いたしますわ。これを機に地球世界との交流が始まれば、この国もさらなる発展をしてゆくことでしょう。その礎を築いたあなたは、間違いなく功績を認められるべき存在でしょう。」

口元に扇子を広げながら語るエリザベス。その声に木間聡史は完全に悦に入っている。

だが、次の言葉で木間聡史は絶望に叩き落されることになる。

「ですが、私を自らのモノとするために多くの人達の生涯を狂わせようとしたことは到底看過できません。ましてや、己が欲望のために地球世界で2人の命を奪ったこと…これはこのファルンティアにおいても重罪!それに私は婚約者として…いえ、一人の女性として……。」

エリザベスはここで大きく深呼吸し、改めて宣言する。


「私は一人の女性として、アルフレッド・トワイニングを心から愛しています!あなたの想いが入り込む余地は、これっぽっちも存在しないのです!!潔く諦めなさい!!」


ピシャリと宣言したエリザベス・ローフォード。

それにより、木間聡史は雷が落ちたかのような衝撃が体中を駆け巡り、そのまま項垂れてしまった。

反対に、愛の宣言を受けたアルフレッド・トワイニングはあまりの嬉しさに顔を両手で覆い、その下で顔がニヤけたまま戻らない。

「あぁ……私もだよエリザベス。」

「あぁ…アルフレッド様…。」

見つめ合う二人。

その様を尻目に、木間聡史の後ろに雄二とギルディアスが歩み寄る。

「さて、自供内容から判明しているが…木間聡史、あなたにはサブプログラマーとシナリオライター、計2名の殺人容疑が掛かっている。支部までご同行願おうか。」

雄二にそう言われてうなだれながらも聡史は立ち上がり、大人しく連行されてゆくのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





あれから事件は日本国側でもトワイニング王国側でも大きく取り上げられ、両世間を大きく騒がせた。

しかしこれ以降、日本国とトワイニング王国とで国交が樹立されることになり、その親善大使として森下彩と小林潤が任命されることになった。

「まさかゲームをやり込んでたら親善大使になっちゃうとは…。」

「おかげで外務省にスカウトされちまったしなぁ…。進路決まっちゃったよ。」

彩と潤はそんな事を話しながら、正式に結婚したアルフレッドとエリザベスと向かい合う。

「今後はいろいろと大変になるだろうけど、お互い頑張っていきましょうね、アヤ、ジュン。」

「えぇ、よろしくねエリたん!」


そんな彼女たちの姿を一歩下がった位置から見ていた雄二とメリス。なお雄二はパワードスーツではなく局員服姿だ。

「なんというか、色々ぶっ飛んだ事件でしたけど…。」

「収まるところに収まった、という感じだな…。」

「本当ですよ……。まぁ、これからが大変なのに変わりはありませんけど。」

ため息をつくメリス。だがその表情は晴れやかである。

「木間聡史の裁判も長引きそうだが、な…。」

雄二もそう言って遠い目をする。

木間聡史は今、境界司法裁判所にて沙汰を待っている状態だが…友好的国交樹立のきっかけとなった功績が出来てしまっているので相当長引くだろうと思われている。

「……でも、境界を狙って突破しようと思えるくらい、『恋』って凄まじい力になるんですね…。」

「…俺も今回それを痛感したよ。」


こうして、今回の事件は決着となった。

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