16:知性型巨大竜救助案件
これまでにも異世界から何かが地球に門(ポータル)を開いてやってくる案件は発生していた。記憶に新しいのは、逃亡目的での転移により偶然地球に亡命してしまった旧クレース王国王女の事件、そして転生者であったルジナ王国王女侍従騎士の案件などだ。
そして、このように異世界からやってくる来訪者というのは何も人間だけではない。
ときに、とんでもない存在がやってくることさえありうるのだ。
通報を受け、フル装備で駆けつけた境界警察局。
雄二も最初からパワードスーツを装着した状態だ。
到着寸前の時点でかなりの野次馬が集まっており、先行到着していた救急隊のメガホン音声も響き渡っている。
高機動車両を停め、メリスと雄二にエルメナが車両から飛び出した。駆け足で救急隊員と合流する。
「遅くなりましてすみません!境界警察局のメリス・ガーランドです!」
「救急隊員の牧野です。」
お互いの所属を確認する。そして…。
「通報で事前にお話は伺っていましたが…。」
「えぇ、我々だけではどうにもならず、何とか止血などの応急処置を行っているところで…。」
そう言って、救急隊員の牧野は現場の方へと視線を向けた。
視線の先である、都内の幹線道路の交差点、そのど真ん中。
そこには今、全長15メートルはあろうかという巨大なドラゴンが横たわっていたのだ。
しかし、その美しい金色の鱗は今、自身に刻まれた大量の傷から吹き出た鮮血によって赤く染め上げられていた。雄大であったであろう巨大な翼は翼膜が破られ、右側の前足と後ろ足が無惨に千切れて無くなっており、立派な角をたたえた頭も右片方の角が折れて失われていた。同様に右目も失われており、血がまるで涙のように流れ出ている。長く立派だったであろう尻尾も途中から消えて無くなっており、本当ならもっとあったであろう全長を少し縮めてしまっていた。
まさに、満身創痍の竜が幹線道路の交差点に倒れていたのだ。
周囲では必死に地元警察が交通規制を行い、救急隊員が総動員で傷の止血などの手当に当たっている。
「これは…ひどい…!」
メリスがその光景を見て絶句する。
牧野は状況を説明する。
「およそ1時間ほど前にこの交差点の10メートルほど上空に突如ポータルが発生し、そこからこの竜が這い出てきたそうです。その後交差点上に落下、直後にポータルは閉じました。」
「竜がポータルを開いて来た、ということですか!?」
メリスが驚く。
「えぇ、落下した際にトラックが1台巻き込まれましたが幸い荷台が潰れたのみで死者はゼロ。ポータル出現の時点で殆どの車が危機を察知して退避してくれていましたので被害は最小限に食い止められました。」
そう言って牧野は空を見上げて続ける。
「あとは自衛隊と境界連盟機構に応援要請をしましたので到着を待つのみですが…。」
その言葉を聞いてメリスは竜と空を交互に見る。
「あの重傷では、猶予もないでしょうね…。」
その時、ヘルメットバイザーでスキャンを続けていた雄二がメリスに向き直った。
「メリス!すぐにあの竜のもとへ向かうぞ!」
その声は切羽詰まっていた。メリスは思わず反応する。
「うぇ!?どうしたんですか雄二?」
「あの竜、知性型(インテリジェンス)の可能性が高い!!」
地球では一般的となっている価値観、『基本的人権』。
これが異世界側のどんな存在にまで適用されるか、それが長きに渡って議論されてきた。現在は『地球人種と対話し文明的に交流を図ることができる存在』に対し適用すべきという結論に至っており、こうした知的な者達はたとえ竜だろうが死者だろうがはたまた神であろうが、皆等しく『基本的人権を持った知性型』として定義されるようになった。
そしてそれを元に、異世界からやってきた生命体に対してもすぐに分析が行われ、対話交流可能であれば直ちに基本的人権が付与され人道的対処を行うことになっており、そうでない場合は友好的態度であれば保護し、敵対性が高ければ有害鳥獣駆除対象となる。
雄二の分析で知性型の可能性が高いと判断された竜の元へ、雄二とメリスが駆け寄っていった。
他の救急隊員による必死に傷の手当を受けていた竜は、残された左目をメリスと雄二に向ける。
「………グルルルルルル………。」
掠れた声ながらも龍は微かに口を開き、唸り声を上げた。人語は出てこない。
「…人語を音声で発さない種なのか、あるいはダメージで言葉が紡げないのか…。」
その唸り声を聞いて雄二は予想する。そしてメリスに視線を向けた。
「メリス。」
「えぇ、わかってますよ雄二。」
そう言ってメリスは竜に近づき、右腕から茨を生やす。そして伸ばした茨、その先端部を竜の頭頂部に触れさせた。決して刺すことはなく。
「我々にあなたを害する気は毛頭ありません。どうか、我々の声に答えてください…!!」
メリスは左手を胸元に置きながら目を閉じ、意識を集中させる。右腕から生えた茨の先端部が優しく光り、竜の頭を照らす。
そして…。
『…それは、意思疎通の奇跡、か?』
竜の声が、メリスの脳内にのみ響き渡った。
メリスは思わず目を見開き竜を見やる。
その様子を見て雄二や救急隊員達が注目する。いつの間にか来ていた報道陣のカメラもこちらを向いており、マイクを持ったアナウンサーが実況していた。
「今、竜に対し境界警察局員が対話を試みました!はたして意思は通じるのでしょうか!?」
そう叫んでカメラを向ける報道陣。
メリスはそれに構わず、救急隊員に向かって叫んだ。
「救急隊の皆さんはそのまま続けてください!竜は私が対話します!」
それを聞いて救急隊員はすぐに処置を再開した。
雄二はメリスに向かって聞いた。
「この竜とは対話出来たんだな!?」
メリスは竜を見つめながら雄二の問いに答える。
「えぇ、このドラゴンは『知性型』で間違いありません。このまま対話を続けます!雄二は周囲を警戒しててください!」
「わかった!」
雄二は答え、アームキャノンを構えて警戒に入った。
そしてメリスは再び竜に話しかける。
「突然現れて驚かせてしまいましたね、すみません。私は境界警察局局員のメリス・ガーランドです。」
その声に、竜は答えた。
『メリス…良い名だ……我が名は…光竜ギルディアス……。』
「光竜ギルディアス……それがあなたのお名前ですね。」
メリスは頷き、再度話しかける。
「では、ギルディアスさん。私達にあなたに危害を加える意思はありません。先ほどあなたの手当てをしていた救急隊員の処置を見ていたので、ご存知だとは思いますが、我々はあなたの怪我を治療したいと思っています。」
メリスは優しく光竜の頭を撫でながら伝える。光竜はその感触から、彼女が敵意を持っていない事を認識できた。そしてメリスはそのまま、続けた。
「傷を治すまでの間、あなたをこの地球、日本国にて保護する許可を境界協力連盟に申請します。もう大丈夫ですよ!」
そこまで伝えると、光竜はメリスに向かって今度ははっきり聞こえるように言葉を発した。
『……我を、助けるのか?』
その問いに、メリスは真っ直ぐに答えた。
「当然です!それがこの地球世界の常識、『人道的対応』ですから!」
それを聞き、光竜ギルディアスは力無く笑った。
それは安堵か、それとも自嘲か。
『そうか……ッハッハハハハ……同族よりも人の方が…よほど慈愛に満ちておるとは、な……。』
「ギルディアスさん……。」
その様子にメリスは表情を曇らせる。
その時だった。
ビキッ!!
上空に、空間に、ひび割れが走った。
「!?」
メリスや雄二、救急隊員や警察に報道陣が皆それに気づき、皆が上空に注目する。雄二はアームキャノンを構え、報道陣もカメラで上空を撮影する。
警察は慌てて周囲の野次馬を避難させるため奔走する。
そして次の瞬間、ガシャーンと派手な音を立てて空間が砕け散り、その中からもう一体の黒鱗のドラゴンが顔を覗かせた。
「グルァオオオオン!!」
怒りの咆哮。それに全員がビクッとなり、上空を見る。
裂け目から頭だけを覗かせたもう一体のドラゴンは、そのまま地表へと落ちてきた。
「ガァアッ!!」
ドズゥゥゥン!!と地面を揺らしながら道路に降り立ったもう一体のドラゴンは、着地と共に倒れ伏している光竜ギルディアスを睨みつける。
そして忌々しげに、見下すように言葉を発した。
「ようやく見つけたぞ、この薄汚いトカゲが。」
突然現れたもう一体のドラゴンから発された声に、メリスは戦慄した。
その声は、明らかに知性型だと思わせる声だったから。
「……雄二……。」
「……あぁ、間違いなくこのドラゴンは知性型だ。それもかなり力を持つだろう存在……。しかしこいつ、光竜を『薄汚い』だと?」
メリスと雄二は顔を見合わせる。
そんな二人に構わず、そのドラゴンは光竜ギルディアスに向かって告げた。
「人間如きに興味を持つような愚かなトカゲ風情には、その姿がお似合いだぞ…ッククククク。」
再び、メリスと雄二は顔を見合わせる。
「あ、あのドラゴン、光竜を『トカゲ』って言いましたよね?」
「あぁ、聞いた。一体何考えてんだ、あいつ。」
そう言いながらも二人は、警戒心を高めていた。このドラゴンが、友好的でないのは明らかだったから……。
だがそのドラゴンは光竜ギルディアスに向かってただ一方的に言葉を放ち、そして愉快そうにケタケタと嗤っていた。
『グルル……ッ。』
ギルディアスは悔しげに唸るのみであった。
そして降り立った黒鱗のドラゴンは光竜ギルディアスを必死に手当する救急隊員達に視線を向けた。
「そこな人間ども。なぜそのトカゲ風情を助けようとしておる?」
そして問いかける。救急隊員達が警戒しつつ答えた。
「あ、あんたも竜ならわかるだろう!このドラゴンは重傷を負ってるんだ!すぐに治療しないと手遅れになる!だから治療して、元居た場所へ返してやろうとしてるんだよ!!」
それに対して黒鱗のドラゴンは笑いだす。
「『返す』だと?何を申すかと思えば……。そもそも其奴をこうしたのは我ぞ?助ける義理などあるものか。」
笑いながら黒鱗のドラゴンから放たれた話は驚くべきものであった。
それを聞いてその場にいた救急隊員も、報道陣も、警察も、野次馬も、そして雄二とメリスら境界警察局も絶句した。
…やがて、救急隊員の牧野が声を張り上げた。
「…あんた、なんでこんなコトしたんだ!!同じドラゴンだろう!?」
「やかましいぞ!!」
牧野の怒声を黒鱗のドラゴンは一喝する。
「これは我ら竜の成竜へ至る儀式よ。生きる価値のないトカゲと生きるべき竜を選別するためにこの我、黒竜ザリウスが行ったのだ。」
そう黒竜ザリウスと名乗ったドラゴンは述べる。
それを聞いて牧野は愕然として黒鱗のドラゴン、ザリウスを見つめる。
「……し、しかし……だからって……ここまでしなくたっていいじゃないか!何も殺すこたぁないだろう!?」
しかしザリウスは鼻で笑った。
「フン、何を言い出すかと思えば……そもそも我と相対してこの程度では生まれてきた意味すら無いではないか。そういう矮小なトカゲを間引くのも我の役目よ。」
「間引くのが役目……だと!?」
牧野が再び絶句する。
「左様。そしてそんなトカゲを救うなど、なんの意味があろうか。」
ザリウスはそう吐き捨てて、心底軽蔑した目で光竜ギルディアスを見つめた。
「……ッッ!!」
そのやり取りを聞いていたメリスは拳を握りしめて震えていた。それは怒りと悲しみが入り混じった感情からであった。
そしてメリスは叫んだ。
「いい加減にしてください!!!」
メリスの怒声に、全員の視線が注目する。
「……あなたは……自分が今どこに立っているかわかっているのですか!?」
黒竜ザリウスはメリスの叫びを聞き、視線を向ける。そしてすぐ侮蔑の目を向けながら答えた。
「なにかと思えば貴様、不死者か…汚らわしい。」
「そんな事は聞いてません!ここがどこなのか、あなたは理解して言っているのですか!?」
なおもメリスは叫んだ。それでようやく黒竜ザリウスは周囲を見渡した。
周囲に多くの人達、またここは都心のため高いビルが立ち並ぶ。
「ほほぉ、このトカゲがやった転移の術を追跡してここに来たのだが…なるほど、ここは異界か。」
ザリウスは面白そうに周囲を眺め、やがてメリスに視線を戻した。
「で、それがどうかしたのか?」
事も無げに言うザリウス。
そんなザリウスにメリスはギッと睨みつけながら言い放つ。
「ここは地球、日本国!ここではあなたやギルディアスさんのような『知性型』の生命体には皆等しく『基本的人権』が認められる世界です!それがたとえ、竜でも不死者でも造人種でも神でも!!」
だがそれを聞いたザリウスは高らかに笑いだす。
「『基本的人権』とな!?何だその戯言は!?高貴なる我らドラゴンを貴様ら人間と同列に見るか!?しかも同じ列にそこのトカゲや不死者まで連ねるとは…ッカーッカッカッカッカッカ!!」
そして笑った後、強い殺気を放ってメリスを睨みつけた。
「抜かしよるわ!!」
ザリウスはメリスに向かって殺意を露わにする。周囲の野次馬から悲鳴が上がった。
「我らを貴様ら下等生物共と同列に扱うなど笑止千万!!我はドラゴンぞ!貴様ら下等生物とは一線を画する崇高なる存在!それを一端の人如きが、雑種如きが同列に扱うか!?」
怒りに体を震わせるザリウス。そしてメリスに対して宣告した。
「もはや貴様に言葉は不要!!そこなトカゲと同じように、其奴も葬ってくれるわぁ!!」
そう叫んで竜の咆哮を上げる黒竜ザリウス。その大きく開いた口の中に、雄二の放ったフルチャージのプラズマビームが叩き込まれた。
「ゴアアアアァァァァァ!?」
ザリウスは悶え苦しむ。そして口から煙を吐きながらよろめいた。
「……雄二……。」
メリスはそんな雄二を見て呟く。
「……下等な人間如きが我に不意打ちとは……万死に値する!!」
ザリウスは怒り、雄二を睨みつける。
だが雄二は微動だにせず、アームキャノンを構えながらザリウスを睨んでいた。
「メリスが言った通り、ここは地球であり、知性型であればどんな存在だろうと基本的人権が許される世界だ。故に…この世界で犯罪行為を働く知性型は検挙されるのも道理だ!黒竜ザリウス!お前は知性型ドラゴンのギルディアスさんを攻撃し、この世界で殺害しようとした!よって傷害及び殺人未遂の現行犯で逮捕だ!!」
「フッハッハハハハハ!!」
ザリウスは腹を抱えて笑いだした。
「下等な人間の分際で、我を逮捕するだと!?愚かもここまでくれば笑えるわ!!ならば見せてやろう……偉大なる『竜』の力を!」
そう言ってザリウスは口を半開きにし、その口元の空間に赤く光る魔法陣を出現させる。雄二のプラズマビームによって口内を灼かれたためにブレスがまだ吐けないので代替手段として魔法を発動しようとしているのだ。
「成すすべなく焼かれるがいい!!」
それを見て、即座にメリスが判断する。
「させません!それっ!!」
メリスは懐から『マジック・チャフ・グレネード』を取り出し、起動したうえでザリウスへ投げつけた。
ザリウスの眼前で小さく炸裂したマジック・チャフ・グレネードが、内包していた大量のアルミ粉とミスリル粉を周囲にばらまく。途端にザリウスの構えていた魔法陣が掻き乱され消えてしまった。
「こ、これは!?」
焦るザリウス。それを見ながらメリスが言う。
「雄二!今です!」
「任せろ!」
雄二は再びプラズマビームをフルチャージ。そして銃口をザリウスの左翼、その根元へ向けた。
「食らえ!!」
渾身のプラズマビームを発射した雄二。放たれた灼熱のプラズマがザリウスの左翼を見事捉え、焼き切った。
「ギィヤアァァァァ!!」
ザリウスは左翼を焼き切られ、苦痛のあまり叫びながらその場に跪いた。
「おのれ……!?この我の、ドラゴンの翼を切り落とすか……下等生物が!貴様もそこのトカゲと同様に切り裂いてくれようぞ!!」
激昂して雄二に狙いを定めるザリウス。
だが、ここで雄二はアームキャノンを下ろしてしまう。
メリスも戦闘態勢を解き、未だ苦しむギルディアスのもとへと駆けていってしまった。
「あいにくだが、もうお前は終わりだよ。時間は稼いだ。」
「何とか間に合ってくれましたね♪」
雄二もメリスも、軽口を叩く。余裕の表情だった。
「何?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
上空からさらにもう一体のドラゴンが飛来。呻いていたザリウスに上から伸し掛かり取り押さえてしまったのだ。
「グガッ!?な、何が……!?」
突然押し倒され、わけが分からず混乱するザリウス。
『大人しくせぬか不届き者めが。』
上に伸し掛かったドラゴンはそう言ってザリウスを睨みつけた。
そのドラゴンはギルディアスやザリウスとは大きく異なる姿であった。紫の鱗を持つ、ギルディアスやザリウスと同等の体躯の竜なのだが…胴体や右腕、右足、顔の右半分が鈍い輝きの機械部品に置き換わっているのだ。両翼も機械式の骨組になっており、魔力によって光の翼膜を展開する構造になっている(まだマジック・チャフ・グレネードの効力があるので今は消しているが)。左目は竜の瞳が光り、右目は眼球の代わりに埋め込まれた無機質な多目的カメラが輝いている。先程の声も、竜自身の声と機械音声が合成された二重音声のような声である。
まさに半身が竜、半身が機械の『機竜』であった。
「っな……半身をカラクリに置き換えた竜だと…!?」
その姿を見上げてザリウスは驚きの声を上げる。
雄二がその機竜のもとへと駆け寄る。
「応援感謝します、バルディオス大尉殿!」
そう言った雄二に機竜こと、境界連盟機構第18即応部隊所属軍竜バルディオス大尉は答える。
『通報時と状況が大きく変わっておったから驚いたぞ。そこの要救助者は把握しておるが…何じゃこのバカは?』
バルディオスは押さえつけているザリウスを見下ろす。
雄二が補足した。
「あの要救助者ギルディアスさんとこの黒竜ザリウスは共に異世界からの渡界者で、ザリウスはギルディアスさんを殺害しようとした殺人未遂犯です。」
『なるほどのぉ。』
バルディオスは理解した。
『竜の要救助者なら儂が先達として色々助けてやらねばのぉ。』
そう呑気に発言するバルディオス。その態度にザリウスがキレた。
「き、貴様ぁ……我を黒竜ザリウスと知っての愚行か!群れなければ戦えぬ矮小な人間どもやそこの貧弱なるトカゲとは格が違…グボッ!?」
ザリウスの言葉を遮るようにバルディオスが機械仕掛けの右手でチョップを叩きつけた。
『いい加減認めたらどうじゃ?貴様はその人間達によって今追い詰められておるし、逆に儂はその人間達によって命を救われ今こうして生涯を謳歌しておるのじゃぞ?』
そんなバルディオスの言葉にザリウスは悔しげな表情をする。
「く……!?」
『まぁよい。ともかく貴様は捕縛する。我の部隊がすぐに現着するからな。大人しくするがよい。』
バルディオスはそう宣言すると、機械になった胴体から数本のワイヤーを展開し、ザリウスを雁字搦めに縛り上げた。
「ぐうぅ!?」
ザリウスはそのワイヤーを引きちぎろうとするが全く歯が立たない。
『無駄じゃ、儂のワイヤーはミスリルワイヤーやアダマンタイトチェーンを編み合わせた特別製じゃ。』
「何だと…!?」
バルディオスの説明を聞いてザリウスは絶句、やっと抵抗をやめた。
「ありがとうございます、バルディオス大尉殿。」
ザリウスを取り押さえたバルディオスに雄二が敬礼する。
『成せることを成しただけじゃよ。』
バルディオスも敬礼を返して言った。
「グッ、人間ごときが我を……アバババババババb!?」
未だに反抗的なザリウスであったが、バルディオスがワイヤーを通じて高圧電流をザリウスに流し込み失神させた。
『全く、井の中の蛙大海を知らずとはこの事じゃのぉ…「人」の素晴らしさと恐ろしさを知ろうともせぬとは嘆かわしい。』
「大尉殿が言いますと説得力がありますね。」
バルディオスの嘆息に雄二が同意した。
そして、後続で合流した自衛隊と境界連盟機構第18即応部隊のヘリ部隊が到着。グロッキー状態のザリウスを4台のヘリで吊って連行していったのであった。
『現場離陸、これより殺人未遂犯の竜を駐屯地へ連行します。』
『うむ、頼んだぞ。』
飛び去ってゆくヘリの通信にバルディオスが通信で答えた。
そして、本来の目的である『要救助者の救助』、すなわち倒れ伏したままの光竜ギルディアスの元へ機竜バルディオスが歩み寄る。
雄二とメリスも駆け寄る。
『救急隊員達よ、感謝するぞ。あとは儂に任せるが良い。』
「はっ!ありがとうございます!」
バルディオスの声に従い、救急隊員が下がる。
『メリス嬢、茨で儂とこの者の意思を繋いでおくれ。』
「はい、お任せを。」
バルディオスの指示に従い、メリスが両腕から茨を生やす。そして片方をギルディアスの額に触れさせ、もう片方をバルディオスの額に触れさせる。これで思考が繋がり、疎通が可能になるのだ。
『聞こえるか、竜の若者よ。』
バルディオスは、倒れ伏していたギルディアスに向けて問う。
『聞こえます、機竜殿……。』
弱々しく答えるギルディアス。意識はあるものの、もう力尽きそうで頭が上げられないようだ。
『大分衰弱しておるのぅ。』
『奴に…ザリウスにいきなりやられました…』
そう言ってギルディアスは目を自らの斬り飛ばされた右腕右足に向ける。
『血を…流し過ぎました…。助かったとて…もう……。』
そう悔しそうに呟くギルディアス。それを見てバルディオスはかつての自身を思い出し懐かしんだ。
『諦めるのはまだ早いぞ若者よ。儂の姿を見ればその意味がわかるじゃろう?』
バルディオスは自身の身体を軽く叩きながら諭す。機械義肢の右腕で機械化した胴を叩いたので金属音が響き渡る。
『……まさか…我に絡繰仕掛けを…!?』
理解したギルディアスが静かに、だがはっきりと驚愕する。
バルディオスは頷いた。
『うむ。儂の右半身と両翼は機械仕掛けじゃ。血も流れておらんよ。』
『信じられない……そんなことが……!』
驚愕に目を見開くギルディアス。
『いいか若者よ。儂はかつて、元いた世界で人間に敗れて死にかけた。そうしてお主と同じく転移の魔法で落ち延びた先がこの世界じゃった…元いた世界の人間達と違い、この世界の人間達は儂を怖がりもせんし恐れもしなかった……それどころかこんな機械仕掛けの新たな体を与えて救ってくれた。』
そう懐かしみながら語るバルディオス。そして、一呼吸おいてさらに続けた。
『今のお主のその姿も、この地球の人間が何とかできるじゃろうて。そしてこの世界の人間の魔法や技術力は素晴らしい。儂のように再び立ち上がり空を舞うことだって出来るようになるはずじゃ。』
それを聞いて、ギルディアスは心に光が差し込んだように感じた。
『我は……もう一度空を舞えるのですか……!?』
ギルディアスの問いに、バルディオスは力強く答えた。
『うむ。かつて儂が通った道じゃ、間違いないぞ。』
『ならば、私もドラゴンとして誇りと生き様を取り戻すことができますか!?』
『勿論じゃ。』
『ならば…!もう一度やり直せるというのなら……!私はこの世界で再び、誇りと生き様を取り戻すために…生きたい!』
ギルディアスの魂の叫びに、メリスも答える。
「その意気です!私達も全力で支援しますよ!」
ギルディアスの視界からは見えないが、メリスの声は彼に届いている。その彼女の言葉もまた、ギルディアスの魂に刻み込まれた。
『ありがとう……ありがとう……!!』
そしてギルディアスは感涙を流した。
バルディオスはそんな若者を見て微笑む。
『うむうむ、お主も誇り高き竜じゃ。あとは、この老いぼれが手助けしてやるでな。』
そう言ってバルディオスは胴体からワイヤーを展開し、ギルディアスの体を優しく包みこんだ。
『さぁ、病院に向かおう。…人間達よ、この場の後始末は任せたぞ。』
バルディオスは優しくギルディアスを抱え上げ、骨組だけの両翼を大きく広げる。既にマジック・チャフの効果は切れているので、バルディオスは両翼に組み込まれている魔法を起動。これにより骨組だけの両翼に淡い光で出来た巨大な翼膜が構築される。
「ギャオオオオオオオオオオ!!!!」
咆哮とともに両翼を力強く羽ばたかせ、ギルディアスを抱えながら空高く舞い上がるバルディオス。
その勇ましくも感動的な姿に救急隊員達や自衛隊と第18即応部隊は敬礼し、野次馬達は大歓声を上げながらスマホカメラのシャッターを切り、報道陣もカメラを向けながら大興奮でリポート。
そして、メリスと雄二も静かにバルディオスとギルディアスに敬礼するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バルディオスという実例もあり、更にバルディオスと同様右半身をやられていたということもあり、ギルディアスの治療はまさに光の速度とでも言うべき早さで進んでいった。
多くの血を流し体力を消耗してしまっていたギルディアスであったが、魔科学技術による最新医療の他にバルディオス用の予備パーツを充てがわれることで仮再生され、無事に一命を取り留めた。
経過観察のために、雄二とメリスが見舞いに訪れた。
ギルディアスの病室は大型生物用の特別な病棟なので非常に広大な病棟。多くの医療スタッフや義肢装具士がギルディアスの治療のために部屋中を奔走している。だがそんな中でも雄二とメリスの足音は聴こえているらしく、ギルディアスが顔を上げた。その顔は既に機械化が進められており、失われた右目は新たに埋め込まれたカメラが早速稼働を開始していた。
『貴殿らか…忙しかろうにすまないな。』
既に人工臓器の手術も進められているらしく、ギルディアス当人の声帯から発せられる声に機械で補填された音声も重なった、二重音声となった声を発して雄二たちを出迎える。
その対応の速さから、容態はかなり良い様子であることが窺える。
「いえ、大丈夫です。お加減はいかがですか?」
メリスは気遣わしげに応対する。
『あぁ……この世界の医療技術の素晴らしさもそうだが、我のために多くの種族たちが手を取り合って成し遂げようとしてくれているのを目の当たりにした…そこが一番の驚きだ。』
ギルディアスは上を見上げて語った。
現在の医療における義体技術。各部位を補填する義肢や内蔵を補填する人工臓器などが、地球の医療技術と異世界の魔法医療を組み合わせることによって劇的に進歩。現在は人間だけでなく様々な種族や動物、そしてギルディアスのような巨大生物に対しても義体技術による治療が行えるまでになったのだ。流石に「魂が宿る根本」である脳髄は義体化できない部位のままであるが。
その義体技術は、理論や設計を地球人が構築し、ドワーフ族が義体本体を製作。そしてエルフ族が魔法で義体と患者との神経を繋ぎ合わせる手術を執り行うのだ。
勿論、手術中に不具合を起こさないよう慎重かつ正確に行わなければならないため、魔科学技術による魔力信号解析とデータリンクによって、医療スタッフへのリアルタイムでの指示と作業の最適化が行われている。
『半身を失ったことに絶望していたが……今はもうそんな絶望も感じない。我もこれからまた一からやり直せると思うと、とても心が軽くなった。』
「そうですか!それはよかったです!」
ギルディアスのその言葉を聞き、メリスが心から喜んだ。
雄二もメリスの後ろで優しい笑顔になっている。
『とはいえ、まだまだ違和感は拭い切れぬ。これから「りはびり」という修行をせねばならぬとバルディオス殿から聞いておるが…。』
ギルディアスは少し不安げに言う。
「安心してください、我々も全力でサポートしますので。」
雄二が力強くそう答える。
『ありがとう、貴殿らには感謝しかない。』
ギルディアスはそう言って二人を見つめた。
機械の右目と生身の左目が、そこに宿る確かな魂を感じられるほどの熱い眼差しであった。
「それでは、我々はこれにて。」
「またお伺いしますね。」
雄二とメリスは席を立ち礼をする。
『うむ、またな。』
退室していく二人をギルディアスは仮接続された機械義肢の右腕を振って見送るのであった。
雄二とメリスが次に訪れたのは境界連盟機構横田駐屯地。
任務帰りのバルディオス大尉と落ち合うためだ。
『おぉ、待っておったぞご両人。』
バルディオス専用に拵えられた巨大な義肢整備ドック。そこに座って整備を受けながらバルディオスは雄二たちを出迎える。
「その呼び方やめてくださいよ…。」
『何故じゃ?お主等そういう仲であろう?』
「茶化さないでください。」
からかうバルディオス。諌めようとする雄二とメリス。
「…それで、ザリウスはどうなりました?」
雄二が切り出した。
『うむ、彼奴は封魔措置を施した上で元の世界へ強制送還となったわい。それで彼奴の元いた世界は儂らで特定しポータルを開いたんじゃが…。』
そこでバルディオスは頭を左手でポリポリ掻いた。
『どうも、彼奴が言うておった「間引くのが役目」とか言うのは彼奴が勝手に言うておった妄言だったそうでのぉ。なまじ実力があったせいで竜の巣の他の竜達も震え上がってしまっていたらしくてな…。』
「えぇ〜……あれただの妄言だったんですか?」
バルディオスの話を聞いてメリスは呆れ返る。
『あぁ、故に儂が彼奴を送り返した直後、儂の目の前で他の竜達に袋叩きにされて瀕死にまで追い込まれておったわい。』
「うわぁ……。」
容赦の欠片もない。メリスはそう思った。
『それで、彼奴は今も強制送還先で幽閉されておるようじゃ。まぁ、もう二度と悪さは出来ないであろうから心配はいらん。』
そう言ってバルディオスは豪快に笑った。
「ちょっと大尉!あんまり激しく動かないでくださいよ整備中なんですから!!」
『おぉぉ、すまんすまん。』
胴体部の整備をしていた整備士がバルディオスに釘を刺した。
「とりあえず、これで一件落着ですね。」
雄二がそう言うと、バルディオスは頷いた。
『うむ。まぁお主等には近日中にサプライズがあるんじゃがな♪』
バルディオスはイタズラっ子のようにニヤリと笑った。
「え、なんですかそれ??」
『重要気密じゃよ♪』
訝しむメリス。しかしバルディオスはここで口を閉ざしてしまうのであった。
境界警察局日本支部の人事担当部署に送られた、境界連盟機構からの紹介状。
そこにはバルディオス大尉のサインとともに、治療完了後に境界警察局員として『機光竜ギルディアスを推薦する』という内容が記載されていたのであった。
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