15:異世界転生者帰還案件
これまで様々な異世界転移案件を解決してきた境界警察局。
しかし、そんな境界警察局でも『基本的に対応外』となる案件が存在する。
それが、『異世界転生』案件である。
転移や召喚は、現在生きている人物が何らかの形で異世界へ連れ去られる事態であるため直ちに境界警察局が介入する。
だが、転生の場合は違う。
元の世界で死亡した人物の魂が、別の異世界で別存在として生まれ変わる。それはすなわち、死亡によって「元の世界の管轄から正式に離脱した」となるためである。そもそも地球側からすれば普通に死亡したというだけであり、転生先世界のことを知る術は当然ながらほぼ無い。
それこそ、転生者が地球側に帰還でもしない限り。
通報を受けて高機動車両で駆けつけた、雄二、メリス、エルメナの3人。
通報者は若い男性で、会社から帰宅中に河川敷で転移の魔法を目撃したのだ。
通報者の元へ雄二とメリスが駆けつける。
「通報者ですね?境界警察局のメリス・ガーランドです。」
「同じく境界警察局の烏山雄二です。転移の瞬間を目撃したとのことですが…?」
「あぁ、お待ちしてました…。」
通報者の男性は2人を出迎える。そして、側にいた人物を2人に紹介する。
「こちらが、さっき転移魔法で現れた方々です。」
そこにいたのは2人の少年少女。外観年齢はどちらも高校生くらいと思われ、どちらも金色の髪。少年は立派な金属製の鎧をまとっており、少女は上等な革鎧で身を固めた冒険者スタイル。少女の方はやや戸惑いを隠しきれていないが、少年の方は何か確信を得たかのようなスッキリした表情である。
メリスは少年少女に尋ねる。
「すみません、私は境界警察局のメリス・ガーランドといいます。あなた達はどのようにしてこの場所に現れたのですか?場合によっては保護と身体検査を……」
その瞬間、少年が目を輝かせた。
「あぁ、…やっと、帰ってこれたんですね!!」
そんな少年を慈愛の眼差しで見つめる少女。そしてその声に雄二とメリス、通報者は目が点になる。
「…え?帰ってこれた?」
「どういうことでしょうか?」
通報者は目をぱちくりさせる。
「え……?えっと、転移魔法だから、その……」
メリスも少年と少女をジッと眺める。
「……あなた方は異世界から転移してきたのではないのですか?」
そんなメリスに少年は目をキラキラさせて近づく。
「えっと、メリスさん?ここは地球で合ってますよね?あの、過去に何が流行ってたかとか、そういうのってわかりますか!?あと……えっと……」
少年の矢継ぎ早の質問にメリスは引き気味になる。
「……え?あ、あれ?」
そんな少年を少女が慌てて止める。
「こら、落ち着きなさい!まずは自己紹介からでしょう!」
「あ、そ、そうだね!すみません、取り乱して……」
少年少女は軽く会釈をする。そして少女が自己紹介を始める。
「私は『ルジナ王国』の第二王女、ミレイ・M・ルジナと申します。こちらが、侍従騎士のルークスです。」
メリスは手を顎に当てて考え込む。今発言された地名に聞き覚えがなかったからだ。
「……ルジナ王国?それに第二王女殿下?……すみませんが、そのような地名は存じ上げず……」
そんなメリスをよそに、ミレイは騎士ルークスを前に押し出す。
「ほらルークス!早く名乗りなさいな!この瞬間を楽しみにしてたのでしょう?」
「わ、わかってますよ姫…!!」
押し出された騎士ルークスは姿勢を正した。
「改めまして、私はルジナ王国騎士ルークス・B・サイアーズ。そして……前世は日本人、北村大輔(きたむらだいすけ)でした。」
メリスと雄二は目を見開いた。
「前世!?」
「ということは、元日本人の転生者ですか!?」
驚いたのは通報者も同じだ。そんなメリスと雄二にミレイが補足する。
「え、ええ。その「ニホン」から私達の暮らす世界に転生してきたらしいです。私もこれまでは半信半疑でしたが…。」
……実は、異世界に転生した人物が『前世の記憶を思い出した』という事態は非常に珍しいケースである。というのも、『これまで地球で生きてきた記憶』は転生時にほぼ失われるため、あくまで転生後は「その世界の住人の一人」として生涯を終えることになるのが普通である。だが今回のルークスのように、日本に関する記憶を持ったまま転移してきたということは「稀にだが存在する」のだ。
メリスはルークスに尋ねる。
「失礼ですが、日本という地域と、日本人としての記憶をお持ちなんですよね?」
「はい。自分が『北村大輔』だったことも、地球のことも覚えてます。」
メリスはミレイの方に向きを変えた。
「姫殿下はこのことを……?」
「えぇ、当人から詳しく聞いております。今回こうして同行したのも真偽の程を確かめるためでしたが…。」
ミレイはルークスに目をやる。
「まさか本当だったとは……ねぇルークス?」
「は、はい!こんな嘘はつきませんよ!ていうか、ここ地球で合っ……あいた!」
慌てたルークスは舌を噛んでしまう。それを見た雄二は眉をひそめる。
「しかし、この場で事実確認を済ませるわけにもいかん。すまないが、支部までご同行頂いても?」
そう言って雄二はルークスに手を差し出す。
「えぇ、よろしくお願いします!」
ルークスはそれに答え、握手を交わした。
「それではこちらへどうぞ。」
メリスは彼らを高機動車両へ案内するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
境界警察局日本支部に到着後、ルークスとミレイはまず身体検査を受けることとなった。当初ミレイが恥ずかしがるもメリスなど女性局員が対応することで何とか完了出来た。
「私、いろいろ見られてしまいましたわ…。」
「ま、まぁ必要なことでしたし…。」
メリスが何とかミレイを宥めながら、雄二やルークスが待つ小会議室に入る。
「さて、それでは改めて…。」
メリスとミレイが席についた後、雄二が切り出す。
「今回あなた方が地球世界の日本にやってきた理由、それは転生者であるルークス・B・サイアーズさんの日本への帰還のため、ですね?」
「はい、間違いありません。」
ルークスは笑顔で答える。
「それで、お目付け役として付いてきたのが主でもあるミレイ・M・ルジナ殿下というわけですね。」
メリスがミレイに確認を取る。ミレイも答えた。
「えぇ、元々ルークスは我が国に優秀な騎士を輩出してきた名門サイアーズ家の出でして。さらに『ニホンジン』としての記憶も引き継いで生まれたとのことで、今回のニホンへの帰還に際し私がそのサポートに回ったのです。」
「なるほど…。」
雄二は頷いた。
「そして、お二人は転生先世界から転移魔法でこちらへやって来たと伺いました。転移魔法には魔力を相当使用すると思いますが、それで合っていますね?」
雄二の質問に二人が答える。
「はい。その認識で間違いないです。」
「転移の魔法は元世界側で儀式魔法を展開してもらいました。行き先の選定にはルークスの中の『北村大輔としての記憶』を利用させてもらいました。」
「ほう、『前世の自分の記憶』を?」
メリスはそれを聞いてミレイからルークスに視線を移す。
「それはまた珍しいですね……。ルークスさん?」
「はい、なんでしょう……?」
名前を呼ばれたルークスは少し緊張した表情でメリスを見る。そんな様子のルークスにメリスは微笑みながら尋ねた。
「あなたは、ご自分の前世での『死因』を覚えていますか?」
雄二はルークスの様子を伺う。突然の質問ではあったが、メリスの表情は真剣で、決して軽い気持ちで聞いたものではないことが伺えた。だからこそ雄二も口を挟まなかったのである。
そしてルークスは自分の死因を思い出す。
「えぇ、覚えています…はっきりと……鮮明に……。」
北村大輔。彼が地球で命を落としたのはずっと昔。
そう、第二次世界大戦の最中。彼は徴兵によって海軍に配属され、戦闘機に乗って戦地へと赴いたのだ。
本音を言えば戦争自体には疑念を抱いており、戦いたくなどなかった。だが日に日に追い詰められてゆく戦局の中、日本本土に残された家族を守るためにはそうもいかなかったのだ。
結果として、出撃を前にして、彼は家族へ告げたのだ。
「必ず戻ってくる。」と。
しかし、彼にはわかっていた。戦闘機で飛び立ってしまえば、自分が生きて家族の元へ戻れる可能性は非常に低いということを。
だからせめて、戦争が終わり、平和な暮らしが出来た時には家族と共に再び過ごしたいと願っていたのだ。
そんな願いを込めての言葉だった。
しかし、それが叶うことは無かった。
戦闘機に搭乗した彼は、すぐに敵機の攻撃に襲われた。
機体は大破し、彼は海に放り出されたのだ。
そして日本へ帰ることも出来ず、無念の中彼は意識を手放したのだった。
そして、気がつけば赤子として異世界に生まれ変わっていた。
それが騎士の名門サイアーズ家の次男として、だった。
ろくに言葉も発せ無い赤子の段階で前世の記憶をはっきり覚えたままだった彼だが、流石に赤子の段階からしっかりと教育を受けたおかげで特に問題なく新たな人生を歩み続けた。そんな中でルジナ王家との繋がりから王女ミレイと出会い、彼女に実力を買われて侍従騎士となった。
王女ミレイは王族では珍しく奔放で好奇心旺盛であり、大輔改めルークスと共に様々な場所を旅し見聞を広げていったのだ。
そんな中で、ルジナ王家で秘匿されていたという『大規模儀式魔法』、その一つである『転移魔法』の事を知ったルークス。その事を知った瞬間、ルークスはあの約束が頭の中を駆け巡った。
前世の家族と結んだ、「必ず戻ってくる」という約束を。
その瞬間、彼は決断した。
(必ず、必ず今度こそ帰らねば!)と。
そのために主であるミレイやルジナ王家に全身全霊で頼み込み、それを認めてもらうために強大な魔獣を討ち取ったり、戦争が起こるならばと率先して前線に立って戦った。
そうして功績を認められたルークスは国王主導のもと大規模儀式魔法の発動を許可され、宮廷魔道士隊により起動された転移魔法によってついに地球に辿り着いた、というわけだ。
「まさか本当に元の世界に戻れるなんて、夢みたいだ……。」
ルークスは天を仰いだ。それを見たミレイは優しい顔で声をかける。
「本当に願いを叶えたのですね…良い目になりました。」
そんなミレイとルークスの様子に、メリスと雄二は頬を緩ませる。
(ほぅほぅ、これはまた…。)
(このお二方、騎士と姫という以上に心を通わせてますね…。)
そう考えた後、表情を戻して雄二が切り出す。
「貴重なお話、ありがとうございます。さて、お話を聞く限りルークスさんの前世である北村大輔さんは戦時中の方であるということですが…現在は昭和から平成を経て令和の時代。少なくとも80年近くは時間が経過しています。」
その事実を聞いてルークスは驚く。
「そ、そんなに経っていたんですか!?た、確かに建物が随分と変わり果ててましたが…。」
そこからしばらくの間、ルークスが知り得なかった地球の歴史を雄二とメリスでかいつまんで説明することとなった。日本の敗戦、そこからの復興、大規模境界事変、そこからの境界協力連盟の結成、境界警察局及び境界連盟機構の設立…。
雄二の説明にミレイもルークスも目を丸くしていた。
「……なるほど、そんな事になっていたのか……。」
「信じられませんが……確かに説明されれば合点はいきますわ……。」
雄二の説明を聞き終えた二人は感慨深げだった。
「さて、それでは本題に入ります。」
雄二は手元の書類に目を落とす。
「まずルークスさん、あなたにはまずこの支部内で『魂鑑定』という特別検査を受けて頂きます。その結果を持って転生者認定証を発行し、それから日本で前世時代のご家族の所在を捜索します。実際にお会いできるかどうかは状況次第となりますが、よろしいですね?」
雄二の説明に、ルークスは力強く頷いた。
次はメリスが説明する。
「そしてミレイ殿下、貴女様にはこれから元の世界のルジナ王国にいつでも帰還できるようにするために門(ポータル)の設置にご協力頂きます。その後はルジナ王国と日本国外務省、そして境界協力連盟との間で外交チャンネルを構築することになりますが、よろしいですね?」
その説明に、ミレイは王女としての風格に満ちた真剣な表情で頷いた。
「わかりました。お父様には私からご説明致しますわ。」
「ありがとうございます。この間の日本国内での生活は我々境界警察局がサポート致します。よろしくお願いします。」
メリスが一礼し、ミレイに握手を求めた。ミレイも握手で応えたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
境界警察局日本支部内、特別検査室。
中央に座るルークスの周囲を、複数人の局員が囲んでいる。局員は数名がエルフ、数名がヴァンパイアやリッチといった『インテリジェンス・アンデッド』だ。彼らが儀式魔法を行い、ルークスの体を調べている。これが『魂鑑定』だ。記憶を読み取ることは出来ないが、対象の魂そのものを見極める事によって出身世界を鑑定したりすることが出来るのだ。今回のルークスの場合、魂の形は本来ならミレイと同じルジナ王国人の魂の形と一致するが、転生者としての記憶が色濃く残る場合は地球人の魂の形が発現している可能性が高いのだ。実際転生と口だけで説明するのは簡単だが、証明するのは難しい。そのため、この検査により転生者であることの証明を行うのだ。
しばらく待たされた後、ルークスは検査を無事に完了した。
そうしてルークスに、正式に「転生者認定証」が発行された。
「ルークスさん、お疲れ様でした。」
メリスが労う。ミレイもルークスに駆け寄り手を握った。
「ルークス、お疲れ様。これでこの世界で活動できるのですね。」
「あぁ、ありがとうミレイ……それにメリスさんも。」
「いえいえ、職務ですから。」
メリスは微笑みながら応える。対して雄二はルークスの目の前で手を差し出しながら告げた。
「ルークスさん、改めてよろしくお願いします。」
ルークスは力強く雄二の手をとった。
「はい!よろしくお願いします!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後。
前世時代の家族捜索は境界警察局から警視庁へと移管され、戦没者リストを経由してすぐに特定された。現在、北村大輔の妻だった幸子(さちこ)は山梨県内にある老人ホームで余生を静かに過ごしているということが判明。子供達も巣立ち、孫やひ孫にも恵まれているそうだ。
老人ホームに雄二が問い合わせ、訪問日を設定してもらった。
そうして本日、ルークスは家族との再会の日を迎える。
「ここに、幸子が…。」
ルークスは、眼の前に立つ老人ホームを見上げる。
同行してきたミレイ、そしてメリスと雄二も見上げる。
「それでは幸子さんの元へ向かいます…よろしいですね?」
再度、メリスが確認する。
ルークスは静かに頷いた。
「……はい。お願いします。」
老人ホーム内に入る4人。
境界警察局の制服姿の二人に異世界人の二人という、普段ならなかなか来ないような風体の4人が入館してきたことによってロビーにいた職員達や入居者達はざわめき出す。
そんな彼らの様子を気にすることなく、メリスは受け付けに確認する。
「すみません、境界警察局の者です。この施設に入居されております北村幸子さんにお話を伺いたいのですが……。」
「あ、はい。少々お待ち下さい。」
受け付けはすぐに連絡を入れてくれた。
数分して、エレベータで職員とともに幸子がロビーに現れた。
幸子は車椅子に乗っており、表情はどこか穏やかだった。
幸子を見たルークスは、それまで動揺など全く見せなかったのが嘘のようにその場に立ち尽くした。そんなルークスを見て、幸子も何かを感じたようだった。
「……どちら様?」
幸子はルークスを見て首を傾げる。それもそのはず、ルークスは異世界人として生まれ変わったのだ。かつての北村大輔の姿ではない。
だがそんなことにも構わず、ルークスは涙を流しながら応えた。
「幸子……ただいま。」
その言葉に、幸子は目に涙を溜めて応えた。
「……あなた……あなたなのね……?」
「あぁ……そうだ。俺だ。大輔だ……!生まれ変わっちまったけど…帰ってきたぞ!」
ルークスは車椅子に座る幸子に駆け寄った。
そうして幸子が伸ばした手を握り、その手を額に当てた。
「ずっと……ずっと会いたかった……この日が来ることを夢にまで見ていた……!」
幸子は涙を流しながら頷く。
そんな二人の再会をミレイとメリス、雄二は優しい表情で見ていた。
ロビーでこんな光景を見せることになったのだ。当然ながら他の入居者達による質問攻めにあうことになった。
結局、職員立ち会いのもとロビーで簡単な説明を行うことに。ルークスがかつて戦没した幸子の夫こと大輔が異世界で転生した存在であるという事を告げる。
ただ、幸子や周りの住人からすればそれはとても信じがたい出来事であった。なにしろファンタジー系小説の世界観の中ならともかく、幸子の世代はそのような話は現実味がなく、到底信じられるものではなかったからだ。
しかしそれでも、ルークスは己が体験してきたことを包み隠さず話す。魔法や異世界での旅、ミレイとの出会い、そして今地球へと帰還できたこと……。
全ての説明を聞き終えた幸子は、静かに涙を流しながら頷いた。
「そっか……そっかぁ……。異世界かぁ……不思議なこともあるものねぇ……。」
幸子の言葉に、その場にいた全員が頷くのだった。
その後、幸子はルークスやミレイと共にロビーでしばらく過ごした。
やがて、幸子はルークスに告げた。
「ねぇあなた…お願いがあるんだけど……。」
「…何だい?幸子。」
ここで幸子は一拍置いてから口を開いた。
「これからは、その子のために生きてあげて…。」
幸子はルークスの側にいるミレイを見て言った。
「え、私?」
そんなミレイに、幸子は微笑みながら答える。
「ええ、その子はあなたの事が好きだから……きっとあなたと一緒にいたいと願ってると思うの。それに……。」
幸子はルークスとミレイに交互に目をやり、最後に再びルークスに目を向けた。
「あなたは生まれ変わった。今のあなたはルークスさんであって、『もう』大輔さんじゃない。あなたは……女の子を泣かせるような男じゃないでしょ?」
幸子がそう言うと、ルークスは静かに頷いた。
「そう……だな。ありがとう、幸子。」
そう言うとルークスは、ミレイを真っ直ぐに見た。
「ミレイ。」
「何かしら、ルークス?」
ミレイの問いに、ルークスは傅いて答えた。
「こんな俺でよければ……これからもお側に仕えさせてくれませんか……?」
その問いに、ミレイは微笑みで返した。
「勿論ですわ。あなたと一緒に、私はどこまでも行きますわ。」
それを聞いてルークスは穏やかな笑顔を見せた。
瞬間、ルークスは自分の内から何かが抜け出ていくような感覚を覚えた。同時に肩がスッと軽くなったような気がした。
思わず幸子の方を振り向くルークス。
きっと他の皆には見えてないのだろうが、ルークスにはぼんやりと見えた気がした。
幸子の傍らに立つ、かつての自分自身…北村大輔の姿が。
その幻の大輔は、ルークスに向けて敬礼した。
まるで…
『お前はもう俺じゃねぇんだ、お前はお前の道を突き進めば良い…さようならだ。』
と、言ったかのように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから数日。
「本当にお世話になりました。」
ミレイの協力の元、境界警察局のポータルレンズとDバンカーによって開門されたルジナ王国行きの門(ポータル)の前でルークスはメリス達に深々と頭を下げ礼を述べた。
「こちらこそ…あなた方はこれからのほうが大変かと思いますが、どうかお元気で。」
メリスもその礼に答える。
「ルークス!参りますわよ!!」
後ろからミレイの声が木霊する。
「はい、ただいま!」
ルークスはすぐに返答し、ミレイの元へと駆けていった。
その後姿に、メリスは再び問うた。
「あの…改めてお伺いしますが、あなたの名は何ですか?」
その問いに、彼はこう答えた。
「俺は、ルークス・B・サイアーズ!ルジナ王国第二王女ミレイ・M・ルジナに使える侍従騎士です!」
前世という単語、そして北村大輔の名は、もう出てこなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
報告書をまとめている雄二とメリス。
ルジナ王国はあれから王女ミレイと日本国外務省との交渉で正式に国交が樹立されることになり、現在は詳細の摺り合わせで協議が行われているという。
「……転生者の帰還、ですか…。」
キーボードを叩きながらメリスがため息をつく。
雄二がその様子を見てメリスに声をかけた。
「…何か、思うところでもあったか?」
「……えぇ、思ったのです。転生者の帰還は……今まで我々境界警察局がしてきた仕事の中でも、最も特殊で難しい案件なのではないかと。」
「確かにそうだろうな。何せ『異世界に生まれ変わった地球人としての自分』という記憶があるんだ。すぐに元の記憶と生まれ変わってからの記憶が混ざり合って混乱が起きるだろう。」
雄二の言葉を聞いたメリスは静かに頷く。
「それに、私…。」
そう言ってメリスは少し俯いた。
それを見て雄二も難しい表情になった。
メリスはこれまでの事件で、「魔物の生まれ変わり」に2度遭遇している。そのどちらも現世での「人間としての生」を受け入れられずに魔物として暴走していた。その事を思い出してしまったのだろう。
そんなメリスに、雄二は優しく声をかけた。
「メリス……。」
「……何です?」
顔を上げたメリスに、雄二は言った。
「お前は立派になった。その力で多くの境界被害者達を救ってみせた。それは、俺が……俺達が保証する。」
それを聞いたメリスは、少しだけ悲しそうな表情を見せたが、すぐに毅然とした表情に戻った。
「……ありがとうございます、雄二。」
「あぁ。」
雄二はメリスの礼に穏やかな目で答えた。
そこへ、空気を壊すように通報アラートが鳴り響いた。
『都内繁華街より通報!担当局員は至急現場へ出動せよ!』
「…どうやらゆっくり考える暇もなさそうだ!」
そう言って雄二は装備を整え始める。
「えぇ、今はできることから、ですね!」
メリスも装備を整え、駆け出した。
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