06:非番

境界警察局日本支部に努めているいつもの3人。


普段はパワードスーツで戦うベテラン日本人、烏山雄二。


体内から茨を伸ばし戦う元異世界人、メリス・ガーランド。


幾多のメカで後方支援するアメリカ人、エルメナ・エンジード。




職務上なかなか休暇を取れない3人だが、それでも休みはきっちり取る3人である。




日もすっかり昇った頃、珍しく遅く起きた雄二。


「…っあ”ぁ”〜〜〜…」


上半身を起こし、あくびをしながら両腕を上に伸ばす。そして軽く眉間を押さえる。


「ぬぅ…昨晩は久しぶりに飲みすぎたか…。」


そうつぶやき、水でも飲むかとベッドから立ち上がろうとしたが、一度視線を左下に向ける。


そこには、未だベッドですやすや眠る、メリス・ガーランドの姿があった。


それも、裸で。


「…ん〜……むにゃむにゃ……」


その姿を見て、雄二はやれやれとため息を付いた。


「……アンデッドなのに夜に寝て朝に起きて…随分生き生きとした姿になったもんだな。」






豆乳コーンフロストが2つ、テーブルに並ぶ。


「朝ごはんがしょぼすぎま〜す。」


寝間着を着直したメリスが頬を膨らませてぶーたれる。


「文句言うなら食うんじゃねぇよ。」


雄二はメリスの頭に軽いチョップを落とす。


「あいた!いいじゃないですかこれくらい!」


「お前一応俺より年上のはずだろ?ガキみたいな膨れっ面するな。それにまだ二日酔いで頭痛ぇんだよ…。」


そう言いながら雄二は豆乳コーンフロストを口に運ぶ。


「それなら私に言ってくれれば…。」


「お前に任せたらクリーム山盛りのスイーツまみれになるだろうが!」


雄二は頭を抱えながら吠えた。


「胸焼け起こしてる雄二もかわいらしかったですよ♫」


「やめてくれ本当に…!」




「それはそうと……今日どうします?」


メリスは話題を変えるべく尋ねる。


「そうだな……とりあえず午前中はゆっくりするか。」


「え〜!?せっかくのお休みなのに勿体無いじゃありませんか!」


「うるせぇよ。俺は二日酔いだと言ったろ…。」


「む〜…。」


また子供のように膨れっ面になるメリス。


「相変わらずプライベートじゃ子供っぽくなるよなぁお前は…。」


「職務中は真面目にキリッとやってますからね〜。」


フフンと笑うメリス。続けてメリスは椅子から立ち上がった。


「それじゃあ雄二は休んでてください。私は私でお出かけしてきます♪」


そう言いながら寝間着と下着をポイポイ脱いでクローゼットに向かうメリス。


「……あぁ、わかった。」


その姿を眺めながら雄二は返事をするのだった。






----------


その頃、雄二とメリスが住む境界警察局寮の建つ東京都福生市の、ベースサイドストリート。


休日ということもあり、多くの人で賑わっているこの場所にて、1人の女性が歩いていた。


女性の名は、エルメナ・エンジード。


職務中はメカニックとして後方支援を担当するアメリカ人だが、今はオフモードなのかラフな格好をしている。


エルメナはベースサイドストリートを眺めながら歩いていた。


「この辺も、すっかり様変わりしちゃいましたよねぇ〜。」


そう漏らすのも不思議はない。


そもそも境界警察局は国際的に活動する組織である。状況によっては諸外国と迅速かつ柔軟に連携を取らねばならない事態が発生することもある。特に事態の規模によっては境界連盟機構に応援を要請する場合があるため、そういった軍事的事態に対応できるようにするためということで境界警察局日本支部は東京都福生市に構えられているのだ。同じ理由で境界連盟機構駐屯地も米軍横田基地内に新設されている。


そしてこれにより異世界間交流の中心地とも言える場所となった東京都福生市は、正規交流を行うこととなった様々な異世界から多くの人種、種族が移住してきていることで様々な種族の者達が店を構えるようになってどんどん賑わってゆくようになったのだ。


特に、エルフの元冒険者達が始めたスイーツショップや酒場、ドワーフらが経営する車や家電の修理工場に建築会社などが成功を収めている。


さて、エルメナはあるガレージショップに立ち寄る。


そこは、エルメナの顔馴染でもあるドワーフの男が店主を務める店でもある。


「どうも〜♪」


慣れた足取りで店に入るエルメナ。


「らっしゃい…おぉエルか。待ってたぜ。」


手に持っていたハンダゴテを置いて返事する店主のドワーフ。


彼は、かつて異世界で細工品屋を営んでいたドワーフの男である。


「ふふん、私が約束を破るわけないでしょう?……で、今日はどんな感じですぅ?」


「あぁ、バッチリだ。」


店主はニヤッと笑ってカウンターの下から何かを取り出した。


それは、最新式のマギコンピュータの基板一式であった。


「おぉ〜!!しかも純正品じゃないですかぁ〜!!」


「こいつを仕入れるのは骨だったぜ?」


「さっすが親方〜♪」


ドワーフの親方にエルメナが力強いサムズアップを返した。


「で、前払いは済んじゃぁいるが、例のやつ忘れてねぇよな?」


そう言って親方は手でクイッとジェスチャーをする。グラスを持つかのように。


「フッヒッヒッヒ…ブツならこちらですよぉ〜♪」


エルメナはメガネを光らせながらバッグから酒瓶を取り出す。


「ヒャァーハッハ!お前さんは最高の客だよ!」


2人は笑い合いながら互いの肩を叩き合った。


「では、こちらも早速持って帰って組み付けましょうか!」


「おうよ!また頼むぜ〜!」








----------


「んんんんんん……」


メリスは席に座りながら大きく伸びをした。


現在時刻は昼過ぎ。


メリスはベーカリーカフェ「ラ・フランス」にいた。


「……そういえばここのパンケーキ、まだ食べてなかったんですよね〜。」


そうつぶやきながらメニュー表を開くメリス。


そこには、人気No.1とデカデカと書かれたパンケーキの写真が載っていた。


「へぇ……ベリーソースたっぷりですって……これは美味しそうですね。」


メリスはウェイトレスを呼び止め注文を伝える。


「すいませ〜ん。このスペシャルフルーツミックスパンケーキをお願いしま〜す。」


「お〜チャレンジャーですね!かしこまりました〜!」




数分後、オーダーしたパンケーキがメリスの前に置かれた。


「おぉ〜、これはまたすごいボリューム♪」


その見た目はまるでタワーだ。


巨大な皿の上に、これでもかと積み上げられた枚数の分厚いホットケーキ。その上にこれまた大量のベリーソースがかけられている。さらに頂上には生クリームがこれまた山のように盛られていて、そんな生クリームの中に無数のフルーツが埋められている。


「えっと……ナイフとフォークは……。」


メリスがキョロキョロしていると、横から声をかけられた。


「あ、あの〜…もしかして境界警察局の人ですか?」


声に反応してメリスが振り向くと、そこにいたのは中学生の少女が2人。


その制服に、メリスは見覚えがあった。


「あら、もしかしてあなた達…?」


「はい、以前クラスメイトが召喚されたときに来てくれましたよね!?」


「あ〜あの時の!!」


この受け答えでメリスは思い出した。彼女らは以前、男子生徒が授業中に異世界召喚され、通報で駆けつけた中学校の生徒だったのだ。


「あのときはありがとうございました!」


「いえいえ、私達は職務を全うしただけですので。」


改めてお礼を伝える生徒たちにメリスは当然といった表情で返した。


そして生徒たちはメリスの前に鎮座する巨大なパンケーキに注目する。


「あの、もしかしてそれ一人で…?」


「はい♪」


「す、すご〜い……!」


生徒たちはキラキラした目でメリスを見つめる。


「よかったら一緒にいかがです?」


「いいんですか!?」


「もちろん♪」


「やった〜♪」


こうして、メリスと女子中学生たちのティータイムが始まった。


---


「んん〜美味しいです〜♪」


パンケーキを頬張りながら喜ぶメリス。


「こんなに大きいのに全然しつこくなくて、いくらでも食べられちゃいますよ〜♪」


「盛り付けもすっごい『映え』でしたよね〜!」


巨大パンケーキを囲んで盛り上がる3人。


「それにしても、メリスさんすっごい勢いですよね…。」


「あっという間にパンケーキが吸い込まれてく…。」


生徒たちはメリスの食べっぷりに驚いていた。


「うふふ〜♪甘いものは別腹なのですよ〜♪」


そう言いながらも食べる手は緩めないメリスであった。










----------


結局ゆっくり過ごすのに飽きて、個人でレンタルしているガレージに来ていた雄二。


このガレージは職務とは関係ない、あくまで雄二のプライベート用途のガレージであり、そこに彼は趣味のツーリングで跨る愛車のバイク…厳密には前輪2輪に後輪1輪のいわゆる『リバーストライク』を保管している。


しばらく職務で乗れていなかったので、状態維持のためにエンジンを吹かしたり車体を磨いたりしていた雄二。


今だけは相棒のメリスも、メカニックのエルメナもいない。


この静かな時間が、雄二にとって癒やしの一時である。




そんな気分に水を差すかのように、雄二のスマホが鳴った。と言っても職務連絡ではなく、プライベートのメッセージアプリの通知だ。


「…メリスか。」


通知に表示された名前を見た雄二。


直後に表示されたメッセージを見て、雄二は胸焼けを感じた。


「相変わらずだな、全く……。」


そこに写っていたのは、女子中学生2人と共に巨大パンケーキを囲むメリスの姿。そして、


『満喫してますよ〜♪♪』


という文。


それに対し雄二は、今まさに磨いているトライクの写真を添付しながらこう返した。


『それは何よりだ。』


それだけ打ち込んで送信すると、すぐに返信が来た。


『さすが私の旦那様ですね!』


「誰がだ、バカめ。」


即座にそう返しながら、雄二はクスッと笑みを浮かべていた。








---


「んん〜!今日も楽しみましたね〜!」


帰り道、大きく伸びをしながら歩くメリス。


その横では、やや胸焼けを起こしかけている中学生の少女たちが2人。


「やばい、食べすぎた…。」


「体重計乗りたくない…。」


「……大丈夫です!明日から頑張ればいいんですよ!」


「「そういう問題じゃないんですよ〜!」」


そんなことを話していると、またもやメリスのスマホが鳴る。


「また先輩からですか〜?」


「今度はなんだろ……?」


メリスが通知を確認すると、雄二からであった。


『そのままそこで待ってろ。』


とだけ。


「何でしょう?」


メリスは首を傾げる。


「「さぁ?」」


生徒たちも首を傾げた。


「まぁ待ち合わせみたいですし、私はこのまま待ちましょうか。」


メリスはそう言って、付近のベンチに腰を下ろした。


「じゃあ私達はこれで〜!」


「今日はありがとうございました!職務がんばって下さいね!」


そう言って女子中学生2人は駅へと向かっていった。


「はい、あなた達も勉強がんばって下さいね〜♪」


メリスは手を振って女子中学生達を見送った。






十数分後、雄二がメリスのもとにやってきた。


雄二はライダースジャケットにインカム付きのフルフェイスヘルメットを被った姿で愛車のトライクに乗ってやってきたのだ。


メリスと雄二は視線を合わせ、お互いフッと笑う。


その後雄二がリヤボックスからもう一つのヘルメットを出してメリスに差し出した。


「どうだ?」


そのヘルメットをメリスは快く受け取った。


「はい。」


メリスは受け取ったヘルメットを被り、トライクの後部シートに乗り込んだ。


そして雄二がエンジンを吹かし、二人を乗せたトライクは走り出した。






雄二の運転するトライクはそのスピードで福生からあっという間に青梅を抜け、奥多摩湖に到達した。そこからはややスピードを落としつつ湖畔の道を走り抜けてゆく。


「キレイな景色ですね。」


流れ行く湖畔の景色を見ながらメリスは呟く。


この声もヘルメットのインカムでしっかり拾われているので雄二も返事をする。


「ここに来るのも久しぶりだな。」


「でもなんでまた急にここに?」


唐突だったので素直に思った疑問を投げかけるメリス。


「別に…なんとなく思い立っただけさ。」


雄二の答えは短いものだった。


「そうですか。」


「あぁ。」




やがてトライクは小河内ダム近くで停車した。


もう日は沈みかけていて夕陽がダム湖に反射している。


二人はトライクから降り、ヘルメットを脱いだ。


「来たかったんですか?ここに。」


上体反らしで体をほぐしている雄二にメリスが聞いた。


「元々予定してた場所だったしな。どうせ行くならと思ってな。」


そう言って雄二はダムを眺める。メリスも隣に立って景色を眺める。


そのまましばらく、無言で景色をただただ眺め続ける二人であった。


……やがてメリスが口を開いた。


「景色を眺めるのがホント好きですよね雄二は。」


「そうだな。」


「職務で異世界に向かったときも、時々景色を眺めてたりしてますもんね。」


「……流石にバレてたか。」


照れ隠しで頬を掻く雄二。


「そりゃ分かりますよ。それに…」


メリスは少し間を置いて続けた。


「私だって、この景色や他の異世界の景色を綺麗と思ってますから。」


そう言ってメリスは雄二に笑顔を向ける。しかし、その目には若干の悲しみが浮かんでいた。


その目を見て雄二は思い出す。彼女には、もう『帰るべき世界が存在しない』ということを。


雄二はそんな表情を浮かべるメリスを見て、本当になんの気なく、メリスの頭を撫でた。


「わっちょ、何するんですかもう…!」


突然のことに驚くメリスだったが、不思議と嫌ではなかった。


「悪い、つい手が勝手に。」


雄二はそう言いながらも手を引っ込めない。


「全く……。」


メリスはそう言ったものの、やはりされるがままであった。


そしてしばらくの間、雄二の手はメリスの頭から離れなかった。








----------




すっかり暗くなった夜中、ようやく帰ってきた雄二とメリス。


ちょうど帰り着いたところで二人のスマホにエルメナからメッセージが入った。


どちらも内容は同じで…


『純正品サイコー!!』


という文面とともに彼女の自室の写真(パソコンやサーバーだらけ)が送られている。


「相変わらずですね…。」


「まぁそのおかげで俺等も助けられてるしな。」


画面を見ながらお互いに困り顔になる雄二とメリスであった。




境界警察局寮の自室に戻ってきた二人。明日からまた職務なので制服や装備をチェックする。


「またしばらく忙しい日々だな。」


「でも、今も助けを求めている人達がいるかもですし、私はやりがい感じてますよ。」


「まぁな。」


「それに……雄二と一緒に仕事出来るのも嬉しいですし♪」


「……そうかよ。」


いつものやり取りである。


「さて雄二、明日に備えて…♪」


「…あぁ、わかってる。」






ベッド。


お互いに裸になって布団の中に潜り込む。


雄二はメリスに抱きつかれる形になっており、肌で触れ合うことによってアンデッドであるメリスの冷たい体温が伝わってくる。


「…あったかい……。」


そう言いながらメリスは雄二に顔を寄せる。


雄二はそんなメリスの顔と、彼女の胸元を覗き込む。


穏やかな表情で眠るメリス、その胸元の谷間あたりに小さな薔薇の蕾(つぼみ)が植わっている。この薔薇の蕾が彼女の操る無数の茨の蔓の大元となっているのだ。


そして裸で抱き合っているのにもちゃんと意味がある。こうして抱きつくことでメリスは雄二からほんの少しずつ生命力を吸収しているのだ。そうすることによって彼女はアンデッドであるにも関わらず人間同様に昼に活動し夜に眠ることが出来るようになっている。


一度、『恥ずかしくないのか?』とメリスに問うたことがある。


それに対しメリスはこう答えている。




『雄二だからですよ?…私にとって雄二は、父親代わりでもあり恋人のような人でもある…そんな人なんです。』




「…明日からまたよろしくな。」


そう言って雄二はメリスの髪を優しく撫でた。


メリスは嬉しそうな笑みを浮かべ、静かに眠りについた。










翌日、部署に集まった3人。


「これより職務を開始する!」


「了解!」


「了解で〜す!」


一時の休息を終えたエージェントたちは、再び事件へと立ち向かってゆく。


一人でも多くの、境界事件被害者達を助け出すために。

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