28:野生型不死者アウトブレイク事件

境界警察局へ通報があったのは、その危機的状況に陥ってから既にかなりの時間が経過した後であった。

通報元は某県内陸部、山間の街であり、通報者も途中で何かに襲われたのか電話口から消えてしまい、そのまま通報が途切れてしまった。

すぐにエルメナによって逆探知が行われ、通報地点の座標を特定。

雄二、メリス、エルメナの3人は直ぐ様ギルディアスの背に乗り、現場へと急行した。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





街の上空に到達した雄二達。

既に街の至る所で火の手が上がっており、煙で視界が悪くなっている。

「一体何があったと言うんだ…?」

街の様子を上空から見た雄二が戦慄する。

同時にメリスが寒気を感じたように呻く。

「……!?村から邪気が立ち上ってる…!?」

「何?」

メリスの言葉を聞いて雄二はパワードスーツヘルメットの下で顔をしかめる。

『雄二、メリスよ…これはかなり凄惨な事態であるぞ…!!』

雄二達を背に乗せて飛んでいる機光竜ギルディアス。彼が街を見下ろした光景を雄二達に伝える。



『街の者達…かなりの数がゾンビと化しておるぞ…!!』



「ゾンビだと……!?」

雄二は改めて街並みを見下ろすと、数多くの人の死体が動き回っているのが確認できた。

それを見たメリスが泣きそうな表情で叫ぶ。

「なんて酷い……!!」

街の光景に憤慨するメリス。自らもリッチという不死者であるメリスは尚更この光景に心を痛める。

「あ〜…こりゃ私達だけで解決は無理ですねぇ…境界連盟機構に応援要請しときますね〜。」

状況を見て即座に判断したエルメナは軍事組織である境界連盟機構へ応援を要請。

「よし、では連盟機構が合流できるようにするための臨時拠点を確保するぞ。ギルディアス、街役所を目指してくれ!」

『心得た!』

エルメナの判断を見て雄二も即断。ギルディアスは雄二の指示に従って街役所を目指した。


ギルディアスが街役所に着陸すると、即座に雄二達は行動に出た。

「俺とメリスで役所内のゾンビを片付ける。エルは俺から指示あるまでギルディアスの背からは降りるなよ!ギルディアスはこの駐車場エリア内や侵入しようとしてくるゾンビを一掃しろ!ブレスも解禁だ!」

「了解!」

「了解で〜す!」

『心得た!』

パワードスーツ姿でアームキャノンを構えながらギルディアスの背から降りた雄二は即座に指示を出す。

メリスは雄二と共に茨の蔓を腕から生やしながら降り立ち、

エルメナはギルディアスの背に乗ったまま各種機器で周囲の分析や連盟機構との通信、

ギルディアスはエルメナを背に乗せたまま戦闘態勢を取る。

そして役所の入り口付近には既に大量のゾンビが集まっている。

『まずは我が露払いをしよう。』

そう言ってギルディアスは大きく口を開き、ライトニング・ブレスを構える。

『ゴアアアアアアアアアアアア!!!』

咆哮とともに眩い雷光ことライトニング・ブレスを放つギルディアス。尋常でない高威力の雷光が集まっていたゾンビ達を悉く焼き尽くす。

「よし、助かったぞギルディアス!」

『今だ!行くのだ!』

ギルディアスが大声で雄二達を鼓舞する。

「おぅ、任せろ!」

「この場はお願いします!」

雄二とメリスは役所内へと突入していった。



役所内は既に地獄絵図となっていた。

ロビー内は無数のゾンビ達で溢れており、つい先程まで生きていたであろう者達も貪り食われて無惨な姿となっていた。

「はっ!!」

メリスは即座に茨の蔓を横に一閃。範囲内のゾンビ達の首を刎ねてゆく。

雄二もそれに続き、アームキャノンを構える。そしてアイスビームを連射、ゾンビ達を次々凍り付かせてゆく。

いつものプラズマビームではなくアイスビームで攻撃しているのは、確実に動きを止めるためと、後で身元を調べられるよう遺体を残させるためだ。超高温のプラズマビームでは遺体が焼き尽くされてしまうからだ。

メリスも氷結されたゾンビにトドメを刺しながら奥へ進んでゆく。

「す、凄い数……!」

「それでも何とかなるな……!!」

そうは言いつつも油断なく茨の蔓とアイスビームで道を切り開いてゆく二人。

やがてロビー内のゾンビは全滅。

「やれやれ、ひどい有り様だ…。」

雄二は歯噛みしながら死体だらけのロビーを眺める。

そして、メリスは食い殺された遺体のうちの一人の側に歩み寄る。

「雄二、この方の記憶を見てみます。いいですか?」

「…わかった。」

メリスの言葉に雄二は頷く。

「それでは………すみません、この事件解決のために、あなたの脳を探らせて頂きます。どうかご容赦下さい…。」

メリスは遺体に対し祈りを捧げた後、右手からゆっくり茨を伸ばす。そして茨を遺体の脳に複数本突き刺し、脳内を探り始める。

「……何かわかるか?」

「ちょっと待って下さい。今集中してますから……。」

メリスは脳内を探る事に集中し、周囲の音など聞こえていない状態である。

だがそんな事お構いなしに、閉まっていた別フロアの扉がガンガン叩かれる。その扉の向こうから聞こえるのは死者の呻き声だけだ。

「ちぃっ!!」

雄二は舌打ちしながらアームキャノンを構え、チャージしたアイスビームを扉に撃ち込み凍結させる。これで少しは時間が稼げるだろうが…。

「メリス、まだか!?」

「あともう少し……!」

メリスに呼びかける雄二だが、彼女は集中するあまり気付いていない。

「クソッ!!」

雄二はやむを得ず、一気に殲滅するためプラズマビームをチャージしようとするが…。


「後は任せろ。総員、撃てぇ!!」


雄二達の背後から、聞き覚えのある女性の声が響く。

と同時に、アサルトライフルの一斉射撃が凍った扉に向けて放たれ、扉向こうにいたゾンビ達を一掃していった。

「……お早いお着きで…ありがとうございます、ビルソン大佐。」

「あぁ、待たせたな烏山捜査官。」

雄二が振り向いた先にいたのは、応援要請をしていた境界連盟機構の部隊、横田駐屯地所属第18即応部隊。そしてその隊長である、ドリス・アン・ビルソン大佐であった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ビルソン大佐率いる第18即応部隊と合流した雄二達は、ビルソン大佐に事情を説明した。

「ふむ、現状判明しているのは野生型ゾンビによるアウトブレイクが発生しているということのみか…。」

話を聞いたビルソン大佐は顎に手を当てて唸る。

「えぇ、我々もたった今拠点化目的で街役所に降り立ったばかりですので、現状はまだ何も…。」

雄二も同じく顔を下げる。

「雄二!」

その時、遺体の脳を茨で探っていたメリスが戻ってきた。

「メリス、なにか分かったのか!?」

「えぇ。どうやらこの事件、人為的な要素も入っているようです。」

「……どういう事だ!?」

メリスの言葉に驚きを隠せない雄二。他の全員も同様に驚いている。

「この街で起こった事件は人為的……というより何者かによって引き起こされたものらしいのです。その者の目的はハッキリしませんが……。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


メリスが数名の遺体から見て取れた記憶の光景。


普段通り、役所で働いていた職員達や様々な要件でやってきた来庁者達。

その日、正面ロータリーにトラックで乗り付けてきた来庁者がいた。そしてそのトラックから降りて男数名がロビーに入ってくる。彼等はやけにフラフラしていた。

その様子を怪訝に思う職員達。

すると突然、男達は周囲で見ているだけだった職員や来庁者達を次々と襲い始めたのだ。ゾンビ映画さながらの光景が現実のものになってしまった時、ロビーにいた人々は悲鳴を上げながら逃げ惑った。しかし大勢が一斉に逃げると押し合いへし合いの状態となり、あっという間に多くの犠牲者が出た。

そしてメリスが見た記憶の持ち主である人物にもゾンビが襲いかかり、首筋に思い切り噛みついてきた。そして押し倒される直前…。


血走った目をした一人の男が、大きな本を開いてブツブツ何かを呟きながらその場を立ち去ろうとしているのが視界に映ったのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……なるほど、だいたいわかった。」

ビルソン大佐は顎に手を当てながら唸る。

「その本を持った男というのが今回の首謀者であり、今回のアウトブレイクの元凶……という事ですよね……。」

メリスも自らの推察を述べていく。するとそこに通信が入る。

『隊長、こちらベッカー。臨時拠点周辺のゾンビ掃討完了。遺体を検分した結果、体内及び口元から魔力型の瘴気を確認。逆に未知のウイルスや細菌類は確認出来ず。』

「こちらビルソン、了解だ。良くやってくれた。引き続き臨時拠点周囲の警戒に当たれ。」

『こちらベッカー、了解!』

ビルソン大佐は部下への指示の後、改めて雄二達に向き直る。

「さて、今の通信を聞いていたな、烏山捜査官、ガーランド捜査官。」

大佐の発言に雄二とメリスは返答。

「えぇ、勿論。」

「はい、把握しています。」

大佐は二人の返答に頷くと、現状の説明に入る。

「恐らく君達が見た記憶の男が今回の元凶のようだ。魔力型の瘴気が検出されているのを鑑みるに、奴は魔人族、あるいはそれに類する力を何らかの形で入手したであろう事は間違いないようだ。」

「えぇ、それは私も同意見です。」

メリスは大佐に同意する。

「とはいえ現在やつがどこに潜伏しているかが不明の状態…。」

ビルソン大佐は少し考えた後、雄二達に指示を出す。

「よし、直ちに我々第18部隊で拠点確保と街道封鎖を行う。諸君ら境界警察局の者達は下手人の捜索を行ってほしい。拠点にはバルディオス大尉を常駐させるから、諸君らはギルディアスの背に乗って市街地を飛び回りながら捜索するといいだろう。」

「了解しました。」

「それではこの場はよろしくお願いします!」

雄二とメリスは敬礼して答え、屋外で待機中のギルディアスのもとへと走っていった。

その姿を見届けたビルソン大佐は、すぐに通信で全体に指令を出す。

「ビルソンより全隊へ!これより我々第18部隊は拠点防衛及び全街道封鎖を行う!バルディオス大尉は拠点に着地し陣地確保を徹底せよ!行動開始!!」

『『『了解!!』』』

『うむ、心得たぞい。』




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『ではここは儂に任せるが良い。用心するのじゃぞギル坊。』

『えぇ、この場はよろしくお願いします、バルディオス老。』

境界警察局所属のドラゴンであるギルディアスと、境界連盟機構所属の軍竜であるドラゴンのバルディオス。互いが右腕の義手で握手を交わした後、ギルディアスは翼を広げ、雄二とメリスとエルメナを乗せて空へと舞い上がっていった。




「メリス、犠牲者の記憶からトラックの逃亡先は見れたか?」

ギルディアスの背の上、雄二がメリスに問いかける。そう、件の犯人のトラックは街役所前にはいなかったのだ。残骸すらも。

「残念ですがそこまでは…。」

そう言ってメリスは俯いてしまう。そう、記憶からは逃亡先は見れなかったのだ。

「見れなかったならそれは仕方ない。時間はかかるが虱潰しに上空から調べるしか無いな。」

雄二は即断。その声に従うようにエルメナがコンソールを操作する。

「この街の地図情報は普通に検索で出ますしねぇ。ギルディアス〜、同期は出来てますね?」

『無論だ。地図は全て頭に入っている。』

ギルディアスはエルメナの問いに自らの右顔面をコツコツ突付きながら答えた。

『では街を虱潰しに飛んでゆくぞ。しっかり目を凝らしてくれ。』

「あぁ、任せろ!」


上空を飛び回るギルディアス。市街地を虱潰しに見て回るが、見渡せるのはどこもかしこも歩き回る死者達の姿や壊れた車に燃え盛る建物ばかり。該当する車両は見当たらない。

「メリス、あの車両は?」

「いえ、あれも違いますね。」

記憶を読み取れたメリスだけが車両の特徴を知っているのだが、そのメリスが未だ見つけられていない。やはり既に街から出てしまっているのか…と嫌な予感を覚え始めたときであった。

『…むっ!?』

ギルディアスが何かに気づいた。

「どうした?」

雄二が問うと、ギルディアスは街の外に繋がる街道を指しながら答えた。

『このゾンビ達の動き、妙だぞ。向こうを見てみろ。』


ギルディアスが指し示した方向に見えたのは、街道上にある街の境目となるポイント。既に境界連盟機構第18即応部隊が封鎖を行っており、その検問にもゾンビが多数襲来してきていたのだが…。

「…ゾンビ達が検問に突撃しようとしてない…だと?」

雄二は疑問に顔を歪ませる。

そう、ゾンビ達は検問に迫ってきてはいたのだが、検問直前のある一定のラインからは決して進もうとしていないのだ。その前でアサルトライフルを構えている部隊もその様子を不思議がっている。

「これって…?」

メリスも疑問を口にする。

「これもしかして…首謀者の指示で街から出さないようにしてませんかねぇ?」

エルメナが下の様子を見て思いついたことを言う。

その意見にギルディアスも賛同する。

『あり得るな。そもそもこのゾンビ達は死霊術由来の瘴気型ゾンビ。なれば術者の支配下にあっても不思議はなかろう。』

「ということはまだ首謀者は街の中にいる可能性が高いか…。しかし何が目的だ?」

雄二は思考を巡らせる。街の中でゾンビを溢れさせた首謀者は間違いなく無差別殺人が狙いのはずだ。だがそのゾンビを街の外には出そうとしていない。感染拡大が狙いではないとすれば、この『街そのもの』が攻撃対象と言う事か…?

『いずれにしてもここで考え込んでいても埒が開かぬ。もう少し市街地を飛び回り続けようぞ。』

ギルディアスの言葉に「それもそうだな」と雄二は同意し、改めて市街地全域を隈無く探し回る事にしたのだった。



やがて。

『…む!?』

ギルディアスが何かに気づく。同時にメリスも寒気を感じた。

「これは、まさか!?」

「どうした!?」

雄二が問いかけると、メリスとギルディアスは答える。

「この街全体の、瘴気濃度が上がってきてます…それに伴って、魔力濃度も…!!」

『マズいな…この街全体が、ダンジョン化を初めておるぞ!!』

「何!?」

ギルディアスの言葉に雄二は戦慄する。

ダンジョン化……それは即ち、さらなる魔物と瘴気の発生を意味するのだ。

現在の地球における一般常識でもある、『魔力が濃密に淀んだ場所にダンジョンが形成される』という現象。それが今、眼前で起きようとしていたのだ。

大量に増殖したゾンビ、そのゾンビが持つ瘴気に引き寄せられる形で大気中の魔力が引き寄せられ淀んでゆく。そうすることによって街そのものが性質を変えてゆく。元々の住民だったゾンビとは別に、ダンジョン現象として新たなるゾンビやそれ以外の怪物も無から発生し始める。

そうしてこの街はやがて外界から隔絶され、ダンジョンという『一個体の巨大な生体システム』へと変わっていくのだ。

「このままでは臨時拠点が逆に危険になる!エル、すぐにビルソン大佐に繋いで事態を知らせろ!メリスとギルディアスは魔力探知に集中しろ!恐らく首謀者の居場所でダンジョン・コアが形成されてるはずだ!」

雄二はすぐにチームメイト達に指示を出す。

「了解!」

『心得た!』

「アイアイサー!こちら境界警察局のエルメナ、ビルソン大佐〜応答して下さ〜い!」

メリスとギルディアスは探知に集中し、エルメナはビルソン大佐と通信を繋いだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……了解した。我々もこの臨時拠点を放棄する。そちらはそのまま調査を続けてくれ。」

そう言って通信を切るビルソン大佐。

そして焦燥にかられながらも思案し、決断。部隊に通信を繋ぐ。

「ビルソンより全隊へ。これより我々第18部隊は臨時拠点を放棄し、直ちにこの街を脱出する。街道封鎖中の隊はそのまま封鎖を続行、市街地展開中の隊は速やかに撤退し本隊と合流、私とともに脱出だ。行動開始!!」

「「「了解!!」」」

ビルソン大佐の指示にその場にいた隊の兵士らや通信先の兵士らが一斉に返答し、行動を開始する。

その後、バルディオスがビルソンにこう言った。

『…決断したのだな。』

その言葉にビルソンは答える。

「……これまでの報告でも生存者発見の報は一切なかった。そしてこの街のダンジョン化。もはや猶予は無い。そうだろう?」

『うむ、その通りだな。』

「すぐに行動せねばこのダンジョン化した街を突破する事すら出来なくなるやもしれん。」

そう、既にこの街は外部とは隔絶しつつあったのだ。明らかにこの短時間の間に異常と言える早さで状況は悪化していたのである。そしてそれはもはや悠長にしている場合ではないという証左でもあったのだ。

そんなビルソンの思いを感じ取り、バルディオスも短く答えるしかなかった。

『……そうだな。急ごうぞい!』




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「瘴気の流れ…この先です!」

メリスが指し示した方向。そこにあったのは、住宅区の中で存在感を放つ、古めかしくも立派な日本屋敷だった。

「あの屋敷で瘴気が淀んでいます!」

メリスは屋敷を指し示し叫んだ。

「お〜お〜、確かにヤバそうになってますねぇ。魔力濃度も既にかなり濃密になってます!!」

エルメナも分析しながら答える。

「エル、ビルソン大佐にあの屋敷の住所を伝えろ!ギルディアスはエルとともに屋敷上空で待機、俺とメリスで突入する!」

「了解で〜す!」

『心得た!』

エルメナとギルディアスは了解し、行動開始。

雄二とメリスはギルディアスの背から飛び降り、屋敷の中庭に降り立った。



着地した雄二とメリス。それぞれアームキャノンと茨の蔓を構えるが、中庭には誰もいない。ゾンビやダンジョン由来の魔物の姿もない。

「静かだな……。」

警戒する雄二。確かに嫌な感じはしているのだが、あまりにも動きがないのも逆に不気味なのだ。

「突入しますか?」

メリスが構えながら問う。

「少し待て。」

雄二はメリスを制し、ヘルメットバイザーで屋敷を分析する。

「………居間のあたりを調べようとしたらスキャンエラーが出た。恐らく瘴気や魔力は居間の中で淀んでいて、そこに首謀者もいる可能性がある。」

「わかりました。」

雄二の分析結果を聞いてメリスは返答。

そして、雄二がプラズマビームをフルチャージしたアームキャノンを、メリスが複数の茨の蔓を束ねて形成した槍を構える。

「突入!!」

雄二がそう言って、二人は屋敷の中へと突入した。



居間の扉を蹴破って居間に突入した雄二とメリス。

その視線の先に広がっていたのは、悍ましい光景であった。

「っな……!?」

「おいおいおいおい……!?」

二人は思わず驚愕する。それもそのはず…。

部屋中の壁や床や天井にびっしり描かれた魔法陣や術式。大量に積まれた魔導書と思しき分厚い本。それら全てがどす黒く濁った瘴気を発しており、非常に不気味で邪悪な様相を醸し出している。

そして部屋の中央に巨大などす黒い結晶が形成されてきており、その前に痩せこけた男が一人、椅子に座っていた。

男は両手をダラリと下ろし、まるで人形のような虚ろな目でじっとこちらを見据えている。

「境界警察局だ!」

雄二が叫ぶと、その男は視線を僅かに上げ、無機質な声で答えた。

「……遅かったな………。」

男はニヤリと笑いながらそう答え、その後すぐにガクンと項垂れた。

そしてそのまま動かなくなってしまった。

「なっ、ちょっと!?」

メリスが呼び止めようとするが時すでに遅し、男は事切れてしまったのだ。

「くそっ…!」

雄二が毒づく。これで逮捕はもう出来ない。

メリスは一瞬、この男がアンデッド化する可能性が…とも思ったが、すぐにそれは否定された。部屋内で淀み続けている瘴気や魔力が、うまい具合に男を避けるように仕向けられていたからだ。

いわば男は、ただ死んだだけ。

「この男です、この男が犠牲者の記憶から見て取れた、首謀者の男です。」

メリスはもう答えることのない男の遺体を指し示して言い放つ。

「そうか…真相を闇に葬ろうとした感じか。」

雄二はアームキャノンを下ろし、男を見やる。

「だが、真相を地獄に持ち去らせはしないぞ…メリス!」

「えぇ、わかってます!」

雄二の言葉に、メリスは意気揚々と茨を生やしながら歩み寄る。

「あなたの脳、探らせてもらいますよ!」

その遺体の脳に、無数の茨を突き刺してゆくメリス。

そして死したばかりの脳内を探り始めるのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




男はこの街でも有名な大地主の長男として生を受けた。

厳格な父親の元、幼き頃から様々な英才教育を施された彼は、全てにおいて優秀な成績を残してきた。その一方で、当の本人は一切の娯楽を許されず、周囲の同年代の者達との付き合いも一切許されず、何も楽しみがない中で育ってきたのだ。全ては大地主である父のために。跡取りたる長男として恥ずかしくないだけの成績を残すためだけに……。

そうして優秀に過ごし続けていくうちに周囲も男に対し過剰なまでの期待を寄せるようになり、その重圧はただでさえ余裕がなかった男の精神をさらに蝕んでいった。それでも男が成績を落とすことは許されなかった。周囲の期待が、願いがそれを許さなかったのだ。

故に男はさらに負荷をかけられるという悪循環に陥っていたのだ。


だがある日、男はあるモノを手にする。

それは、この街での異世界間交流をもっと推進するために様々な資料を購入し研究しよう、という体で様々な異世界産のアイテムを男の家が購入していた中にあった『魔導書』であった。

そこに書かれていたのはいわゆる『死霊術(ネクロマンシー)』であり、瘴気を用いて人をゾンビ化させ操る術が記載されえていた。

なおこの時代、公立学校でも普通に魔法に関する授業が行われるようになっているため既に知見があった男はこの魔導書に触れたことにより、その心を『闇』に染めていくことになる。


自分に重圧をかけ続け、一切の息抜きを許さなかった父や家族。

同じく期待という名の重圧をかけ続け、自らに手を差し伸べようとしなかった街の人達。

すなわち、男にとってはこの『街そのもの』が、深い深い憎しみの対象であったのだ。

それで男は、優秀さを隠れ蓑に、『街を殺す』ために計画を練り始める。

そして全ては実行に移されたのだ。


家族をゾンビ化させ、街の要所となる施設や商店街で瘴気を発生させて住民のゾンビ化を招き、そして習得してた魔法やネットライブカメラなどで街全体を監視することで全ての住民の死を確認した男は始まりの場所である自身の屋敷に戻り、達成感に満たされたままに自らに魔法で致命の呪いを施し自決したのだった。

ずっと『街』に押し潰され続けた男の人生は、『街を殺す』という夢を人生の終着点として定め、今それを成し遂げたことで終わりを迎えたのだった。


ただ一つ、『街のダンジョン化』を全く想定しないまま。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





男の脳を探り終えたメリスは茨を引き抜き、雄二の元へと戻る。

「確認しました、首謀者です。」

メリスの言葉に無言で頷く雄二。そしてしばらく沈黙した後……口を開いたのはメリスだった。

「私怨に駆られて始めた凶行ではありますが……街の人々を多数ゾンビ化させ、更に多数を殺し、街そのものを滅ぼそうとした……悲しすぎます……!」

悔しそうに歯を食いしばるメリス。かつて自身も元いた世界を滅ぼした存在であるが故に、男に対し複雑な考えを抱いてしまう。

「メリス。」

そんなメリスの心情を察した雄二は、そっと寄り添うように歩み寄り、肩に手を置く。

「辛いだろうが、こいつに対して俺達がしてやれることは何も無い。俺達がすべきは事態を収束することだ。そうだろう?」

雄二がそう諭すと、メリスはゆっくりと頷き口を開く。

「……そうですね……。」

一言だけ言い、メリスは男の遺体の上に形成されつつある黒い結晶体に視線を向ける。

この黒い結晶体こそが、今まさに完成しようとしている『ダンジョン・コア』だ。

「このままアンデッド系ダンジョンとして街が変わりきってしまえば、彼が命じていた『街の外へのゾンビ流出阻止』も効力を失い、やがて街の外へ大量のゾンビが流出する事態となるでしょう。」

メリスは雄二にそう伝え、頷きあう二人。


雄二はプラズマビームをフルチャージしたアームキャノンを、

メリスは懐から抜いた愛銃『シェード』を、

出来上がりかけていたダンジョン・コアに向けた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆






ビルソン大佐を背に乗せたバルディオスが、エルメナを背に乗せて待機中のギルディアスと合流した。

「待たせたな。」

「待ってましたよ大佐〜!」

エルメナが手を振って答える。

『おぉ〜、報告通り瘴気と魔力が濃密な場所じゃのぉ。ここが下手人の屋敷か。』

『我もそう見ております。今雄二とメリスが突入しております。』

ギルディアスとバルディオスが眼下に見える屋敷を見て話し合う。


次の瞬間、眩い光の柱が屋敷から迸った。

「むっ!?」

『な、何じゃ!?』

ビルソン大佐とバルディオスが警戒する。

しかし、エルメナとギルディアスは直後にやってきた通信により事を察する。

『こちら雄二、屋敷内に突入したが被疑者死亡を確認。記憶情報をメリスが確保した。そして形成途中のダンジョン・コアの破壊を完了した。回収を頼む。』

「こちらエルメナ、了解ですよ〜すぐ向かいま〜す!」

雄二からの通信を受けたエルメナは笑顔で応答し、ギルディアスに指示を行う。

「というわけでギルディアス〜、雄二とメリスを回収しますよ〜!」

『心得た!』

ギルディアスは直ぐ様降下し、ある程度降りたところで右胸からワイヤーランチャーを発射、2本のワイヤーを下へと降ろした。

すぐにワイヤーを掴まれる感触を確認したギルディアスがそのワイヤーを巻き取り引き上げる。そこにはワイヤーを掴んで上がってきた雄二とメリスの姿があった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




やがて、ほとんどダンジョン化していた街はコアを破壊されたことによって連鎖崩壊を起こし始めた。

ダンジョンモンスターとして無から発生していた魔物は再び無へと帰ってゆき、ダンジョンの一部として繋がっていた街住民のゾンビも肉体が崩れ塵となり消滅。建造物や樹木などの植物も塵となって崩れ消えていった。

「街が…消えてゆく……。」

街の外に急遽敷設された境界連盟機構第18即応部隊の臨時拠点に降り立った境界警察局の4人と、最後に街を脱出することとなった第18即応部隊隊長のビルソン大佐とバルディオス。

街が塵となり消えてゆくさまをメリスは悲しげな表情で見つめていた。

やがて街は完全に消滅し、後には不毛の大地だけが残された。もはや、そこに街が存在したなどとは思うことすら出来ないであろう。

「これで、ひとまず感染拡大は完全に防ぐことが出来たが…。」

ビルソン大佐は消えた街の跡地を見て悲しげな目になる。

「これが、たった一人の手で引き起こされたんですよね…。」

メリスも街の跡地を見て、呟くように言った。



異世界から魔法を含む様々な技術や知識が地球に流入し、同時に地球側の様々な技術や知識が異世界へと流れる。

それはすなわち、1個人がこれほどの大惨事を引き起こすことが出来てしまう可能性すらあるということでもある。

こう言った事態を起こさせないためにも、境界警察局や境界連盟機構は日夜闘い続けている。

しかし、彼らとて完全ではない。どうしてもこういった事態が起こってしまうこともあるのだ。

メリスは拳を握り締め、怒りとも悲しみとも言えぬ感情にうちひしがれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る