04:蕎麦屋門扉違法連結事件

境界警察局日本支部の受け持つ案件は主に日本国内で発生した異世界関連案件。


特に有名なのが、突如一般人が異世界に召喚という形で攫われてしまい、境界警察局が通報を受けて駆け付け救助及び対応を行う「召喚案件」である。




しかし、異世界系案件は何も異世界側だけが原因というわけでもない。


時に、地球側が原因となって異世界案件が発生してしまうという事例も存在するのである。










部署で待機中のいつものメンツ。


まず、スーツではなく制服姿で装備を点検する、ベテラン局員の烏山雄二(からすやまゆうじ)。


特に戦闘で使用するアームキャノンに、門(ポータル)を開ける専用装備である『D(ディメンショナル)バンカー』は入念にチェックしている。


次に、目的の異世界を特定するための大きなリング型ツールである『ポータルレンズ』を整備している、メカニックのエルメナ・エンジード。


ポータルレンズは地球側の科学技術と異世界の魔法技術を合わせた『魔科学』の集大成の一つともいわれる重要なツールなので、組み込んでいる術式などのチェックは欠かせない。


最後に、報告書をまとめているのが、異世界出身で日本に帰化したリッチ、メリス・ガーランド。


ただ、異世界案件というのはとにかく報告内容が多すぎるのである。よってリッチであるメリスでも普通に精神が疲弊するものである。専ら精神回復剤は好物である甘味。ということでメリスはイチゴシェイクを啜りながらPCのキーボードをたたき続けている。


「…今日は今のところ平穏ですねぇ~…」


エルメナがぼそりと呟く。


「あ、それフラグになるんじゃないですか?」


メリスがジト目で呟きに苦言を呈す。


「なに、通報が来たところですぐ終わらせればいいだけだろう。」


ヘルメットを磨きながら雄二もぼやいた。


「そういってすぐ終わる案件なんて稀じゃないですか~…。」


雄二のボヤキに文句を言いながらキーボードをたたき続けるメリス。




そして、メリスの苦言通りとなってしまったのであった。




『市内飲食店より通報!担当局員は至急現場へ出動!なおポータルレンズ及びDバンカーは不要!』




「…ほら来ちゃった。」


「あははは…まぁ今回は私はいりませんよね~ポータルレンズ不要って言ってるしぃ~…」


「後方支援を休めという意味じゃないだろ。そら出動するぞ!」










今回3人が出動した現場。


それは管轄区域内にある小さな飲食店。座敷で主にそばやうどんなどを提供する、いわゆる『日本の昔ながらの蕎麦屋』である。


通報時に送られてきた大まかな内容によると、


「ある日突然、正面入り口が見たことのない異世界に繋がってしまった」


とのこと。地球側から正面入り口を開けようとすると開かず、裏口から地球側との行き来は可能との事。


そして重要な点として、


「繋がった先は異世界の街中であり、既に異世界側の人間にも店舗の存在がバレてしまっている」


ということだ。


既に現地人が複数来店しており、飲食の提供を求められたそうだが通貨が当然ながら違うためレート問題等で店側が困っているらしい。


そうして店主が通報したというわけだ。


境界警察局専用の大型車両で駆け付けた3人は、通報内容通り裏口から店に入った。


「境界警察局のメリス・ガーランドです。」


「あぁ、お待ちしてました…!」


若い女性店員が3人を出迎える。


「早速事情をお聞きしたいのですが……」


「はい、こちらになります。」


3人は女性店員の後に続き、店内の奥へと進んでいった。




裏口から入り、厨房を通過して、畳張りの座敷と靴が置かれた廊下で構成された客室区画に出る。


既に来店している異世界人…座敷に貴族らしい風体の男が2名、それと使用人が数名廊下に立っている。


老齢の男性店主とその息子と思しき男性店員が、座敷にて貴族らしい男2名と話している。


メリス達3人はそんな現場に近づき、まずは使用人に止められる。


「どちら様ですか?今主様方はお取込み中で御座いまして…」


「境界警察局の者です。現在発生している事態の収拾のためにこの店の店主から通報を受けてまいりました。通して頂けますか?」


メリスが境界警察局手帳を見せながら使用人に説明する。


使用人達は少し話し合った後、「確認してまいります」と言って座敷に一時上がった。


そしてすぐに戻り、改めてメリス達を座敷に通した。


「どうぞ。」




メリスとエルメナが座敷に上がり、雄二は廊下にて待機する。


「通報を受けてまいりました、境界警察局のメリス・ガーランドです。」


「同じく境界警察局のエルメナ・エンジードです。」


自己紹介をしながら座敷に座る2人のエージェント。


次に店主達が名乗る。


「ご足労頂いてすみません、私が店長の堤宏明(つつみひろあき)と申します。」


「む、息子の堤正人(つつみまさと)です。」


そして異世界人貴族2名が名乗った。


「そちらでは女性が高官を務めるのかね?…まぁよかろう、我が名はテイラー・ウィリアムス。王国に仕えしウィリアムス家現当主ヘンリー・ウィリアムスの次男である!」


「兄上…あぁ、私は三男のロドニー・ウィリアムスです。」




「早速ですが、通報の内容について詳しく伺いたいと思います。」


「う、うむ、その前にだな……」


「はい、何でしょうか?」


話を進めようとするメリスを遮り、次男坊テイラーは言い放った。


「ここは食事を供する店なのだろう?ならばまずは我らにこの店自慢の一皿を供してからでも話は遅くないであろう?」


「あぁ、すみません…実は兄上、先程から香ってくるこの店の香りに誘われてしまいまして…。」


少し尊大そうな物言いのテイラーを弟ロドニーがフォローする。


「えぇ、確かに良い匂いですね……。」


思わずメリスも同意する。


しかしそれをエルメナが遮った。


「はいはい!そういうのはちょっと待ってくださいね~!」


そう言ってエルメナは身に着けているメガネの縁、そこにある小さなボタンをカチカチと押し出した。


実はエルメナのメガネには雄二のパワードスーツのヘルメットバイザーと同じ、対象をスキャンして様々なデータを分析する機能をモリモリに搭載しているのだ。


「な、何かね!急に我らを覗き込んで!!」


急にいろんなものが映りこんだメガネでじっと見つめられて少し焦るテイラー。


それにも構わずエルメナはメガネで分析を続けたが、やがてニッコリ笑って言った。


「はい、分析結果は問題なし!”こちら側”の食品の摂取は大丈夫ですねぇ~♪」


「そ、そうなのか?」


「はいはい~。こちらの世界の食べ物を食べた事がない、または食べ慣れていない場合、アレルギー反応や感染症などが起こらないよう事前に分析する必要があるんですよぉ~。なので、こちら側での食事に不安がある場合は…」


「いや!それなら不安などあろうはずがない!!」


エルメナの説明を今度はテイラーが遮った。


「この店内に広がるかぐわしき料理の香り、それがこの店の料理の美味さを如実に語っているではないか!それに、貴殿らのような美しい女性たちと食を共にできるのだ!!ならばどこに不安を抱くというのだろうか!!」


「はっは、兄上はすっかり舞い上がっておられるようだ。」


「ふ、ふん、このようなことで動揺するほど我は狭量ではないわ!」


「さすがです兄上。」


貴族らしい尊大な物言いで、メリス達やこの店を褒めちぎるテイラーであった。




「何か…面白い方ですねぇ。」


「というか流れで私達までお蕎麦食べることになってません…?」




結局、使用人含む全員でこの店の蕎麦を食べることとなった。


店長と店員である堤親子には「ゆっくりで構いませんので」と添えつつ厨房に戻ってもらい、調理待ちの間にテイラーとロドニーに、この世界の事、境界警察局の事、そして今回そちらの世界に意図せず門が開いて繋がってしまった事、などを説明した。


その流れで、テイラー達側でここ最近不審な現象等が無かったかを聞き込みするも…。


「………ほんっと~~~~~~~~~~~~うに、何も無かったんですね?」


「当然だ。使用人達も知らぬと言うておる。我々もついさっき初めてこの店の門を見たのだしな。」


「う~ん困りましたねぇ~…。」




一度座敷を立ち、店の正面入り口を開けてみる。


……通報内容通り、入口の向こうは見慣れた道路ではなく、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。


店の前には既にかなりの人だかりが出来ていたのだが、これはテイラーの使用人達がうまく抑え込んでくれていた。


「…これって…?」


「民衆らが何やら噂をしておったのでな。我らで話をつける故しばし待たれよと命じておいたのだ。」


「引き留めてくれてたんですね…ご協力ありがとうございます。」


素直にメリスが礼を述べた。


「これくらい、貴族として当然のことだ。」




「おい、メリス。」




背後から、雄二がメリスを呼んだ。


「はい?どうかしましたか、雄二。」


「あれを見ろ。」


「アレ?」


雄二に促されて、メリスは入り口近くの店の角…その上方に見えるモノに視線を移す。


そこにあったのは…小さな神棚、であった。


それも、全体が朱塗りとなった「稲荷神棚」と呼ばれるタイプである。


「先ほど店長に話を聞いたんだが、以前から熱心にお参りをしていたらしい。」


「お稲荷様に、ですか。」


「あぁ。」


メリスもその朱塗りの稲荷神棚に注目する。


するとその様子に気づいたテイラーもやってきた。


「貴殿ら、何を見ておるのだ?」


「あぁテイラーさん、そちらの宗教観的にどう思うかわかりませんが、このお店のそこに…。」


メリスが神棚についてテイラーに説明する。


「なるほど、異国の神を祀る祭壇の一種、ということか。なんとも鮮やかな赤色ではないか。」


「えぇ…(よかった、大丈夫そうです)。」


内心ホッとするメリス。そして雄二が続ける。


「そしてここ最近の話になるらしいが、ある日お供えとして油揚げを奉納したら、目の前で急に消えるということがあったらしい。」


「…え?目の前で?」


メリスは軽く驚く。


「あぁ、目を離した隙にとかいうレベルの話じゃなく、店長の目の前でパッと消えたらしい。」


「………まさか……!!」


雄二の話を聞いて、メリスは嫌な予感を感じた。




「ちょっと離れててくださいね~。」


店長達やテイラー一行を神棚から少し下がらせる境界警察局の3人。


次にエルメナがメガネで周囲を分析する。


やがて…


「あ~、多分あの辺ですねぇ~、魔力反応がやや濃いですよぉ~。」


エルメナがある一点を指差す。それは神棚の近くの座席の隅っこ、であった。


「は~い、それでは…!」


そう言ってメリスは右手から茨の蔓を生やし始める。


「な……!?メリス、貴殿は一体……!?」


蔓を伸ばす姿にテイラーが驚きの声を上げる。


「驚かせてすみません、こういう能力持ち、と言う事で。」


テイラーに軽く謝罪しつつ蔓を伸ばし続けるメリス。


そして、伸ばした茨の蔓をエルメナが指差した場所へと一気に走らせた。


そして次の瞬間……




「ほああああああああああ!!!離せ!!離すのじゃああああああああああああああ!!!」




おかっぱ頭に獣耳、黄色い尻尾を生やした、小さな巫女服の少女が茨の蔓に絡め捕られていたのだった。




「さぁ、捕まえましたよ!!」


「ひぃっ!!なんじゃ貴様ら!!」


メリスは茨の蔓で絡め捕った少女を、店長等やテイラー一行の前の座席に座らせた。


「な、何もないところから突然幼子が表れて捕まった……?」


テイラー一行は目の前で起きた光景にまだ驚きを隠せない。


それは店長らも同様だったが、店長である堤 宏明と女将である妻の堤麻衣(つつみまい)は直感ですぐにわかった。


「……もしかして、うちの神棚のお稲荷様……?」


宏明は少女に問うた。その問いに少女は座席の上に立ち上がってふんぞり返りながら答えた。……茨で縛られたまま、だが。


「その通り!我こそは由緒正しき稲荷神社が祭神、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)なり!」


「やっぱりか……。」


「な……何者なのだ、この娘は?」


「え~っとですね……。」


困惑しているテイラーに、メリスと雄二が簡単に説明をした。


「そちら側の世界の神の一柱、か。」


「ま、まぁな……。」


「あぁ名乗ってますけど、実際のこの子はそのお稲荷さんの使い魔、みたいな感じなんですよね。」


「ほう……。」


メリスの説明に感嘆するテイラー。


「さて、こちらの世界と向こうの世界を繋げたのはあなた、ですね?」


メリスが少女こと宇迦之御魂神に問う。


「いかにも。」


「理由は何でしょうか?」


「そんなもの、恩返しのために決まっておろう。」


宇迦之御魂神はムッとした顔で答えた。


予想外の動機にメリス達は面食らう。


「…恩返し、とは?」




「この店はのぉ、代々我等を祀り称え続けてきてくれたのじゃ。それに、それにのぉ、当代や次代の作る油揚げやいなり寿司のまた美味いこと美味いこと…♪」


思い出して恍惚に浸りながら宇迦之御魂神は答えた。


…忘れてはならないので重ねて言うが、この神、いまだ茨の蔓で雁字搦めのままである。




「じゃがのぉ、ここ最近この店の客足が遠のいておったではないか。まぁ我もテレビでニュースとか見とったから情勢とか仕方ない部分は理解しとるんじゃがのぉ…」


「てれび?にゅうす?」


テイラーとロドニーが首をかしげる。


「あぁいえ、そこは気にしない方向でお願いします。」


メリスが2人に説明する前に、宇迦之御魂神が話を続ける。


「我が認める!この店の味は天下一品じゃ!だのに客足が来ぬままでは称賛も得られぬではないか!そんなの…我は見ていられぬのじゃぁ!!」


説明しているうちに宇迦之御魂神はだんだん涙目になっていた。


「だから……だから我はな……この店の味を新鮮に思ってくれそうな場所に門を繋げることで……新たな称賛を得られるようにしてやろうと……思ったんじゃあああ!!」


とうとう大泣きし始めてしまった宇迦之御魂神。


その様を見てメリスはすっかり毒気を抜かれてしまった。


「あぁもう…そんなに泣かれてしまっては叱る気も失せてしまうじゃないですか…。」


そう言ってメリスは宇迦之御魂神に絡めていた茨の蔓を全て解き引っ込めた。


「うぅ……ぐすん……すまなんだ……許してくれぇ~……。」


「全く……神ともあろう方がこんな子供のような真似をして……いいんですかね……?」


「…………。」


メリスは呆れながらも、つい先ほどまで泣いていた宇迦之御魂神の頭を撫でた。


そして、そこに店長の宏明と女将の麻衣、息子の正人が宇迦之御魂神に寄り添った。


「お稲荷様、こんなにもうちの店の事を思ってくれて…ありがとうな…!」


「今回の事も、私達のことを思っての事だったんですね…!」


「大丈夫です。俺達は怒ってなんかいませんから…!」


3人は優しく声をかける。


「……本当に、よいのか……?」


「勿論ですよ!」


「……でも、今度からはちゃんと許可を取ってくださいよ?」


「……わかった……約束するのじゃ……。」










メリス、雄二、エルメナ、堤一家、店員達、そして宇迦之御魂神。


その全員が改めて、テイラー達一行に向き直った。そしてメリスが口を開く。


「え~…この度は、我々地球世界側の不手際により、違法な異世界間連結を行いそちら側世界へ不要な混乱を招いてしまい…」


「「「「「「誠に、申し訳御座いませんでした!!」」」」」のじゃ!!」


一斉に声を揃えて謝罪し、頭を下げたのであった。


「……。」


メリス達の一連のやり取りに、テイラーは唖然としていた。


「……あの、テイラーさん……?」


メリスは恐る恐るテイラーに声をかけた。


「……あ、いや……まさかこのように素晴らしく礼儀正しい者達だとは思わず、少し驚いただけだ。」


「……それなら、よかったのですが……。」


「だがそうなると、この繋がった門はこれからどうなるのだ?」


テイラーは疑問を投げかけた。


「はい、それはですね……!」


メリスはテイラーに説明を始めた。


「……ふむ、なるほどな。つまり、これから我々側の世界とそちら側の『境界協力連盟』との交渉次第で門を維持し交流を行うか、あるいは閉門し交流を断つかが選択できるというわけだな?」


「えぇ、そうなります。特に今回は原因がこちら側ですので、交流するか否かの選択権はそちら側が持つと見て間違いないでしょう。」


メリスは更に補足した。




「ならばその判断は、この店の自慢の一皿を食してから決めようではないか!というかいい加減腹が減って死にそうだ!!」


テイラーは大きく声を張り上げた。










こうして、最終的にメリス達3人とテイラー一行、そして宇迦之御魂神で堤一家の自慢の一皿こと「天ぷらそば」を頂くことになった。宇迦之御魂神は大きなお揚げが載ったきつねそばも食べてたが。


「なんというか…食べ慣れてるがゆえに落ち着く味だな…」


「エビ天のプリップリさが絶妙ですねぇ~。」


雄二とエルメナは落ち着いて食べていたが、テイラー一行にメリス、そして宇迦之御魂神は大はしゃぎだった。


「こ、このスープ!?今まで食べたことのない深い味わい!!美味すぎる!!一体どんなブイヨンを使っているのだ!?見当もつかん!?それにそんなスープと相性抜群のこのヌードル!!これがソバというものか!!!」


「兄上!このシュリンプフリッターも素晴らしいですよ!!異世界側とはいえ内陸なのにこんなに新鮮で…!!」


「わかります!わかりますよお二方!!私も初めて日本に来た頃はそうやっていちいち驚いてましたから…!」


「そうじゃろうそうじゃろう!!やっぱりこの店の蕎麦は天下一品じゃ!んなぁーっはっはっはっはっはっ!!!!」










その後、テイラーとロドニーからの知らせを受けたウィリアムス家と王国要人が店に来店し、それに合わせて日本国外務省職員と境界協力連盟職員も来店。


数度に渡る会合の結果、この店を起点に正式に異世界間交流を開始することが決定。合わせて外務省及び王国側から予算を投じられて店は大々的に改装することとなるのであった。


異世界側、地球側双方のお客さんが来店出来る様に…。

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