18:過去録・異世界魔王保護観察記録
俺の名は烏山雄二。長年この境界警察局日本支部でエージェントとして働いている。
俺がここを目指したきっかけは子供の頃だ。中学生の頃、授業中に異世界に召喚されてしまったことだ。妙なギフト(スキル)まで押し付けられて勇者として祭り上げられる寸前で当時の境界警察局員が助けてくれたんだ。その後はギフテッド支援センターで訓練を受けているうちに日本支部に勧誘され、俺は境界警察局員になった。
幸いガタイは良かったし、訓練のおかげで喧嘩にも強くなったしな。当初は他のやつとバディを組んで活動していたが、その中であの事故が発生したんだ。別件で追い詰めた犯人が『旅券』で異世界に逃げようとした結果毒ガスが吹き荒れる異世界に繋がってしまい、犯人含む多くの局員が殉職してしまった事故だ。
その事故で当時のバディも殉職、俺も瀕死になってしまったが当時在籍していたアンデッドの局員達によって無事に閉門され事態は収束したんだ。それ以降だったな…俺がパワードスーツを装着することになったのは。同時に人員補充という形で後方支援担当に配属されてきたのがエル…エルメナ・エンジードというわけだ。スーツもあいつが開発したしな。
それ以降は俺がスーツを装着して現場へ突入、エルは後方でオペレートや装備のメンテなどを担当して…という形で案件に対応していった。時には異世界に取り残されることもあったが、エルのポータルレンズで何とか帰還出来てたよ。
その頃からだな。これまでの俺は昔の召喚当時に押し付けられてたギフトを使う機会がなくて持て余していたんだ。そのギフトというのが『実質無尽蔵の生命エネルギー』だ。何と言うか…上限そのものは普通の成人男性の生命エネルギーと大差ないんだが、消費しても即座に回復する、といえばわかるかな。それで実質無尽蔵に生命エネルギーを使える…んだが、俺はその活用法には恵まれなかった。別に魔法が使えるとかそう言うわけでもなかったからな。それで持て余してしまってたんだが、エルが開発したスーツ、特にシールドシステムやアームキャノンのエネルギーとして利用出来るようにしてくれたんだ。おかげでようやく能力を使いこなせるようになったってわけさ。まぁそれでも消費エネルギーよりも供給エネルギーの方が多かったからまだまだ持て余してたが。
ん?エルと会ったのが先ならエルとは番(つがい)にならなかったのかって?おいおい年の差考えてくれよ。当時の俺は三十路後半、エルは二十歳になったばっかだぞ。俺から見ればガキにしか見えねぇよ。だからそう言う対象には見れなかったね。
そうしていつも通りに職務に励んでいた、ある日だった。
俺が住んでいた局員寮の自室にポータルが開いたんだ。それも境界警察局公式のポータルじゃないやつがな。俺も非番で自室にいたときだったから即座に構えたさ。自室だから銃しかなかったがな。
そしてその真っ暗なポータルから、大量の茨が入り込んできた。それと一緒に…銀髪の女が、まるでポータルから吐き出されるかのように現れたんだ。自身から生やした大量の茨と共に、な。
これが今の俺のバディ、『メリス・ガーランド』との最初の出会いだ。
俺は即座に銃口を向けてホールドアップを警告したさ。全裸の女の全身から茨が生えているその姿はどう見てもまともじゃなかったからな。だが彼女は顔を上げてこう言ったんだ。
「私を終わらせてくれますか…?」
ってな。
その時気づいたんだが、彼女は絶望に打ちひしがれていたんだ。顔に生気がなくてな……目には光を宿していなかったし、顔には涙の跡がくっきり残っていたよ。俺が警告しても彼女はうつむいたまま……とてもじゃないが話なんて出来る状態じゃなかった。だから俺は彼女にこう聞いたんだ。
「まずは服を着ろ。」
ってな。それでとりあえず投げたシャツを彼女は戸惑いながらも何とか着てくれた。あとはダイニングテーブルを挟んで向かい合った。まぁいつもの職務、事情聴取だな。
「まず、あんたの名前は?俺は烏山雄二。境界警察局日本支部所属のエージェントで、ここはその局員寮の自室だ。」
だが彼女は俯いたまま応えようとしない。ほぼほぼ引っ込めたとはいえまだ茨も数本出たままだったしな。
「なぁ、答えてくれないか?このままじゃ話が進まない。」
俺はそう言うが……彼女は何も答えず、俯いたままだった。
そんな時間が続いて数分後、ようやく彼女が重い口を開いたんだ。
「私は……メリス・ガーランド……です。」
ようやく名乗ってくれたよ。俺は話を進めるべくまたも聞いた。
「そうか、メリスか……あんた、どうしてこの地球に渡界してきたんだ?それにその茨…ただの人間ってわけでもないだろう?」
そこで途切れ途切れになりながらも聞いた話は、本当にぶっ飛んでいたよ。
まずそこで彼女、メリスがリッチであることも聞き出した。そして…元の世界じゃ、『魔王』として君臨してたんだそうだ。と言っても配下を持って人間達に敵対する典型的魔王ってやつなんかじゃない。あくまでリッチとして暴れまわった結果周囲から『魔王』の称号をつけられてしまった、と言うタイプらしい。
そしてメリスは…元いた異世界において、『世界滅亡を完全に達成してしまった』そうだ。これは後になって境界警察局でポータルを開いて介入調査したことで裏も取れているんだが、元いた異世界は全ての大地が完全に荒廃し、人類はおろか全生命体が絶滅していたんだ。それをやったのがメリス一人だと言うんだからな…。
メリスが、世界を滅亡させた理由はただ一つ。
『世界が、憎かったから』
だそうだ。
……頭が痛かったぜ、全く。こんな内容で噓をつくメリットなんかないのは分かってるし、状況証拠も揃っていたからな。それで俺はさらに質問を続けたさ。
「なぜその世界を滅ぼすに至ったかは今は聞かないでおくとして……あんたは元の世界に未練はないのか?こちらの世界に骨を埋めるつもりか?」
……メリスはその質問にも答えなかった。うつむいて、何も語ろうとはしなかったんだ。俺はもうお手上げだったよ。何か聞くたびに顔をうつむかせていくんだ。それでもめげずに話しかけたさ。そしてようやく返ってきた言葉がこれだ。
「……ないの」
「ん?今なんて言った?」
「もう…あんな世界に帰りたくなんて…無い…。」
そう言って泣き出しちまった。今まで溜め込んでいたんだろう……堰を切ったように。俺は頭を抱えたさ。こんな、精神的に不安定なやつを野放しになんか出来ないからな……。
そして俺は境界警察局員。だからこう切り出した。
「なぁ、メリス。俺は境界警察局員で、あんたは今異世界からやってきた渡界者だ。つまり俺はあんたを境界警察局に連れていかなければならない。」
「……。」
涙でずぶ濡れの顔のメリスがこちらを見た。俺は続ける。
「だが、この地球で悪意ある行動をする動機がないなら前世界における行いは基本的に問わないし、生活のアテがないなら俺が後見人になって当座の生活の面倒見る位はしてやれる。それは約束する。」
俺はさらに続ける。
「だから聞かせてくれ、メリス。あんたはなぜこの世界に渡ってきた?何をするために来たんだ?」
俺は根気強く彼女に声をかけたさ。正直自分でも柄じゃないことをしているって思ったよ。それでも境界警察局員の責務として放置できるわけもないし……あの絶望に染まった彼女の顔が頭から離れなくてな……放っておくなんて出来なかった。
いや、したくなかった。
しばらく待っても彼女は答えようとしなかったが……俺はまた同じように話しかけるしかなかったよ。
「なぁ、あんたはなぜこの世界にやってきたんだ?」
そうして何度目かの問いに、メリスはようやく反応を示したんだ。
ゆっくりと、椅子から立ち上がって俺の眼の前に回り込んできたんだ。そして俺にしなだれ掛かるように抱きついたんだ。
「なっ!?」
突然の事に驚きを隠せなかったよ。そして耳元で彼女が啜り泣きながらこう囁いたんだ。
「寂しかった……ずっと……寂しかった……!」
今度は俺が呆然とする番だった。それとともに彼女の寂しさや不安、絶望感などが押し寄せてきたんだ。……そんな感覚だったよ。
後から考えればさもありなん、だ。彼女は元からの魔王じゃなく後付で魔王扱いされた一人の女性、それでいて絶望と憎しみから世界を自らの手で滅ぼしてしまい、残された荒涼の大地でずっと『一人ぼっち』だったんだ。常人なら数日で発狂していて当然の環境下で、おそらく気の遠くなるような長い時間をたった一人で彷徨い続けたんだ。そしてついに限界が来た…のだろう。
しばらくそうしていると彼女は俺から顔を離し、涙を流しながらこう言ったんだ。
「私を……終わらせて……ください……!」
そんな必死の懇願に対して俺は何も言えなかったよ。返答なんか待ってもらちがあかないと判断したんだな。彼女は力ずくで俺を引きずり倒そうとしたりはしなかったから命までは取らないと思ったのかもな……俺は。
彼女はそんな俺に対して泣きながらも必死に訴えた。
「私は、ずっと寂しかった……!私の世界にはもう、誰もいない……なら!もう終わりにしたいの!!ひとりぼっちは嫌!!」
メリスはさらに続ける。
「私はもう、人間じゃなくなってしまったの……不死者なの…屍なのよ!……でも、『魔王』なんて存在じゃない……ただ一人の女でしかないのよ!!ずっとひとりぼっちで……誰からも名前を呼んでもらえなくて……!」
泣きながら叫ぶ彼女に対し、俺はそれでも何も言えなかった。だからしばらく経ち、彼女は涙を拭いて再び席に着いたよ。そして……彼女はこう言ったんだ。
「お願いです。私を……終わらせてください……!」
そう言ってもう一度涙をこぼすメリス。
だが、俺はここで彼女の手を取り、こう言い放ったんだ。
「ふざけるな。」
「……ふぇ?」
彼女は涙に濡れた顔で、不思議そうな表情で俺を見た。きっと予想外の答えだったんだろう。
だが、俺はそんな彼女の目を見ながら言ったんだ。
「ふざけるのも大概にしろ、メリス。そんな……絶望しか知らないってツラで…諦めてんじゃねぇよ!!」
年甲斐もなく、怒鳴っちまったなぁ…。あの時はもう、必死でよ……。
そして俺はさらに続けたんだ。
「そんな顔してるくせに……簡単に『終わらせて』なんて、言うんじゃねぇよ!!」
そう言うと俺はメリスの手を取って無理矢理引っ張り立たせた。メリスは戸惑いつつも抵抗はしなかったな……今なら分かるが相当限界だったんだろうなぁ……当時の俺には分からなかったけどよ。
そんな彼女に対して俺は言ったさ。
「この世界はあんたが滅ぼしたような絶望だらけの世界じゃねぇ!そりゃ全く絶望がないだなんて言えねぇが、それ以上にたくさんの『幸福』が満ちている世界なんだ!俺は、あんたがこれからこの世界で色んな『幸福』を味わう権利があると思ってる!!」
正直、このときの俺はキレてたかもな。何と言うか、許せなかったんだよな…幸せを知らないまま死なせるなんて、絶対にお断りだってな…。
「幸せを知らないまま死ぬなんざ俺が絶対許さねぇ!死にたいなら、全力で生きて、幸せになって、それから幸福の笑顔でくたばりやがれ!!」
するとメリスはぽかーんとした顔で俺の話を聞いていたよ。……今思えば随分とまぁ、勢い任せの出任せだな……恥ずかしい。だがここまで言って止めないってのは俺自身の中で確定事項だったんだ。だから続けた。
「あんたが言ったんだろ、『寂しかった』って!結局それが答えじゃねぇか!本当に死にてぇならテメェで勝手にやりやがれ!それが出来ねぇからここに来たんだろうが!?たとえ偶然でも俺のところに来たんなら俺はそんなふざけた真似は許さねぇ!全力で生かし尽くしてやる!!」
つい大声でまくし立てちまったが……そこまで言って、俺はようやく自分が相当頭に血が上っていたことを理解したよ。そして俺が言った事をゆっくり咀嚼でもするように聞いていたメリスは、最後に俺を見ながらこう言ったんだ。
「じゃあ、私は……どうすればいいの?」
ここまでを一気に喋った後、俺は一呼吸置いてからもう一度彼女に言ったさ。
「……とりあえず今日は休め。もうだいぶ遅いしな。話は明日にしよう、な。」
そう言ってひとまずベッドに寝かせたよ。んで俺はリビングに寝袋敷いて寝ようとしたら……メリスに「一緒にいて」って言われてな……もうぶっちゃけ眠かったが、あいつが『寂しい』って気持ちのままだったなら傍にいてやりたいって思いが強かった。だから一緒に寝たよ。
これが、出会って初日だったというわけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日俺はメリスを境界警察局日本支部に連れて行った。
通報が遅いということで俺は始末書書くハメになっちまったが、それは別にどうでもよかったな。メリスは色々とここでも事情聴取と検査をすることになってな。そこで改めて彼女がリッチという知性型アンデッドであるという事、彼女は能力として『体内に茨を寄生させ操っている』ということがわかった。更に彼女の魔力エネルギーをサンプルとして採取、それで元の世界へのポータルを開いて調査を行うことも決まった。
その際の聴取でメリスがどうやって元いた世界を滅ぼしたのかがわかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
元々は貴族の令嬢として生を受けた…んだが、その貴族ってのは腐っていたらしい。幼少期から過酷な特訓を強いられ、親以外の使用人達からはいじめや虐待などを受けたそうだ。メリスは両親や使用人達の目を盗んで、唯一心を開いてくれていた弟シェードと静かに遊ぶことで何とか心の平穏を保ち続けたらしい。シェードは病弱だったが、それでもメリスと仲良くしてくれて、時にはシェードが社交パーティからケーキやフルーツなどをくすねてはこっそり姉メリスに与えてくれたんだそうだ。
これが彼女にとっての数少ない幸福な時間だったんだろうな……。
だが、そんな生活も長くは続かなかった。
一応貴族令嬢であるメリス…政略結婚の駒としての価値はあったのだろう。ある日彼女は両親の決めた許嫁のもとに無理矢理連れていかれたんだそうだ。
そこにはシェードの姿がなかったらしいが、メリスはあえてそのことを聞こうとはしなかったそうだ。きっと家で幸せに暮らしている、それを願って……な。
しかし、そんな期待は容易く打ち砕かれた。彼女が政略結婚の相手だと思わされていた男は、メリスを自室に連れ込んで強引に彼女を襲ったんだそうだ。それもかなりの頻度で。
この辺はあえて詳しくは聞かないようにした。俺も想像したくないしな。
しかも立て続けに、病弱だった弟シェードが床に伏してしまったという連絡が来た。シェードにも政略結婚の相手として他家の令嬢を迎えたそうなんだが、これがまたメリスの存在そのものを全否定して掛かるようなドギツい性格の女だったそうでな。姉を否定する嫁や両親についにシェードも食って掛かったそうだが病弱ゆえ敵うはずもなく、精神的苦痛を受け病状が急激に悪化してしまったんだそうだ。そうして結局…ということらしい。メリスの嫁ぎ先も勝手は許さんと見舞いも認めず、手紙すら処分されてしまったそうだ。結局最後にも立ち会えないまま弟と今生の別れとなってしまった。
しかもシェードの葬儀後すぐに両親と弟嫁がメリスの下へわざわざやってきて、こう言いながら襲いかかってきたそうだ。
『お前がシェードをたぶらかしたんだ!だからシェードは死んだんだ!!お前のせいだ!!お前さえ生まれなければすべてうまく行ったんだ!!死んで詫びろこの魔女めえええ!!』
と、そんなことを言いながらメリスをボロ雑巾にしたあとに胸を刺し貫いて殺したらしい。結局、シェードとメリスの二人のささやかな幸せは誰にも認めてもらうことすらなく潰えてしまったんだ……。
遺体は領地にあった『茨の森』に投棄されてしまった。
だが、そこでメリスは初めて『恨みの炎』が灯った。自分のようにシェードの幸せを奪ったこの世界が、許せない……と。
彼女は死んだはずの体が動くことに気づき、本能的に『周囲の茨を食らって吸収していった』んだそうだ。それが今メリスが使っている茨の力の根源だな。
そうして、『リッチ』として甦ったメリスは真っ先に実家へと向かい、本懐を遂げた。『両親と弟嫁、そして自分を虐げてきた使用人達の大虐殺』だ。当然だが自身を散々慰み者にした夫やその家族も虐殺。その後に弟の墓に参って、こう祈ったそうだ。
『ごめんね、お姉ちゃんは貴方のもとには逝けない…不甲斐ないお姉ちゃんで、ごめんね…。』
その後は廃墟となった実家を薔薇で覆い尽くし居城にしたんだが、貴族家が2つも滅ぼされれば当然討伐隊が組織される。それも返り討ちにしていくうちにいつしか『魔王』と称されるようになってしまい、『勇者』と名乗る者達も襲ってくるようになった。しかもその勇者というのも志願者はむしろ少なく、貴族家や王家から強要され無理やり戦わされていたものの方が多かったらしい。そんな強制勇者からも「お前さえいなければ戦わなくて済んだのに」と恨み節を言われたそうだ。それでメリスは結論に至ってしまったんだ。
『こんな世界、もう嫌だ。』
メリスは倒して散々食らった敵達の魔力を最大限利用して、「大地の龍脈を全て喰らい尽くす」作戦に出たそうだ。龍脈…すなわち大地の恵みの力を全て枯渇させてしまえばそこに住まう全ての命は恵みを受けられず飢えて倒れ死してゆく…言ってしまえば大規模な兵糧攻めをしたわけだ。おかげで人類は飢えから奪い合い、そして戦乱へとなだれ込んで行き、大半が戦死や餓死によって倒れた。生き延びた極小数の有力者達も、既に領地から一切の作物が取れなくなり動物はおろか魔物まで掃滅されてしまった状況下に絶望しか抱けなくなり、次々と餓死や自決により倒れていった。
そうしていつしか…全ての命が殺し尽くされ、ついに世界にメリスは完全に独りぼっちとなってしまった。これがメリスの行った「世界滅亡」だった。ちなみに吸収した龍脈の力は全て炎に変換して燃やし尽くしてしまったそうだからもう残ってないそうだ。
そんな出来事が、彼女の体感でおよそ200年くらいは前に起こしたというからまた驚きだった。
…つまり体感だけでも200年は独りぼっちで何も無い世界を彷徨い続けていたということだ。そりゃ限界が来るのも仕方ない。それで発狂に任せて魔法を使っていたらまさかの俺の部屋に来てしまった…というわけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
以上の話を聴取で聞いたわけだが、それが本当か調査する必要があったのでメリスの魔力を利用してポータルレンズによる異世界特定が行われ、無事にポータルを開くことが出来たんだが…話通り、荒涼とした、枯れ果てた大地しかない世界が広がっていたよ。しかも酸素濃度まで異常に低くなっていたから迂闊に立ち入ることすら出来ない。メリスの話は証明されたというわけだ。
境界協力連盟において、元世界での行いは基本的に元世界側の司法に委ねるというのが原則となっているが、肝心の元世界の司法どころか元世界自体が完全滅亡しているのではどうこうすることも出来ない。結局のところ書面上では亡命者として受け入れ保護観察下に置く以外に対処方法はなかった。
そこで俺が後見人になることで地球への帰化手続きが行われ、同時にメリスはギフテッド支援センターに移送、俺が指導教員としてこの世界のことや今のメリスの力を正しく使う方法などを教育することになった。
その移送途中、俺はメリスから聞いた話の中で気になることがあってな。一度コンビニに寄ってケーキを買ったんだ。で、メリスに食わせたんだ。
メリスは戸惑いながらもケーキを食ってくれたよ。かつて弟シェードがパーティからケーキやフルーツをくすねてメリスに与えていた…それを思い出したようでな。
「あぁ…こんな私でも……ケーキは美味しいと感じられるんですね…!」
また涙を流しながらケーキを食べていったよ。……多分これが、今のメリスのスイーツ好きに繋がったんだろうな。ちょっとしくじったかもしれん…。
そうして数ヶ月、ギフテッド支援センターで俺の指導の元地球での一般常識などを教育していったんだ。その中で、不死者であるメリスは力を使うためのエネルギーとして他者の生命力や魔力を吸収する必要があることがわかった。他のスタッフ達は一瞬どうするべきか迷いかけたようだが…そう、ここには俺がいる。ずっと持て余し続けていた「実質無尽蔵の生命エネルギー」というギフトを押し付けられた、この俺がな。
最初は他のスタッフの中から志願者を募って検証してもらったんだが、そいつは手の接触による吸収だけでものの数分で倒れて昏睡してしまった。それくらい、メリスの生命力吸収量は膨大だったんだ…。それで俺がやってみたら、ビンゴだった。メリスは満足できる量を俺から吸収でき、対して俺は問題なし。ということで俺はメリスの魔力タンク状態にもなったといいうわけだ。そうしている間に俺の生命エネルギーでメリスの体も段々と変質していったようでな…それで夜の眷属であるはずのメリスが普通の人間同様に日中活動できるようになったんだよな。それに合わせてメリスの性格も段々と明るいものへと変わっていった。
弟シェードのいた世界では暗くひっそり過ごすことしか出来なかったからな……。
それから、今の関係に至るまでも色々あったんだがな。一旦それは置いておこう。で、そのおかげで俺とメリスは「血縁はないとはいえもう他人ではない」とお互いが思うほどには親しくなったというわけだ。その流れでメリスが境界警察局に志願したのはまぁ、当然の流れだったというわけだ。
実際境界被害者達の中には、メリスと似たような境遇で苦しんでいる者やメリスが見てきた強制勇者みたいな者達も多くいる。そう言うところに思うところがあったんだろうな。ある日俺にこう言ったんだ。
「雄二…私にも、あなたの仕事を手伝わせてください!」
俺は当初、無理しなくてもと返したんだがメリスは本気だった。
きっと、滅ぼしてしまった自分の元世界に対する贖罪の意味もあるんだろうなとは思った。だがその後にこう言われてしまってな…。
「雄二は私に手を差し伸べてくれた!ケーキも食べさせてくれた!様々なことを教えてくれた!私に生きろと言ってくれた!幸せになれと言ってくれた!そんな雄二に、私は恩返しがしたい!そして、私のように苦しんでいる人たちにも、私が受けたような幸せを伝えたいんです!」
そう言われてしまって俺は断れなかった。だから俺はこう返したんだ。
「ならメリス……今日からお前が俺のバディだ。よろしくな。」
その後問題なく採用試験をパスしてメリスは境界警察局員となったわけだ。以降、長い事バディとしていろんな境界事件に対応してきているし、エルもメリスの力を応用した更に高性能のパワードスーツを開発してくれたりな。あぁ、今使ってるパワードスーツがそれだ。
まぁ、そんな感じで長い事暮らしてきてるせいか…今更結婚とか言われてもなんか違う気がしてな…。とりあえず保留状態ってところだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は義肢整備ドックに座って専用ストローで酒を啜る機光竜ギルディアスに、以上の話をしていた。俺はギルディアス歓迎会後のベンチで酒をちびちび飲んでいて、座っている俺の膝を膝枕にしてメリスがすやすや眠っている。メリスがこうして宴会で酒を飲むのは久々だったからな。
俺は話し終えると、ふーっとため息をつきながら再度酒を煽る。
『雄二にとってメリスとは…枠組みを超えた関係であるということか。』
ギルディアスがそう呟いた。俺の話を聞いていた他の局員達もうんうんと頷いている。
「まぁ、そうだな……そんなもんだと思ってくれればいいさ。」
『しかし勿体無いな……こんなに器量も気立てもいい女子に巡り合ったというのに、まだ番(つがい)になるつもりはないというのか?』
ギルディアスがそう言うと他局員達が口々に頷き、ドっと笑う。俺は苦笑しながらメリスの頭を優しく撫でてやった。本当に長い付き合いになったもんだ……思わず俺も口元が緩むよ。
「まぁ、もうちょっと先だな……もっと色んな世界を見て回ってからでも遅くはないだろ?」
『ふむ……そう言うのであれば、我々もそれを見守らせてもらうとしよう。』
そう言ってギルディアスが笑った。他局員達もガハハと豪快に笑っている。メリスのことを言われたのはちょっと恥ずかしい気もしたが、まぁ悪い気はしないな……ってな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タクシーで局員寮へ戻った俺とメリス。エルメナはそのまま義肢整備ドックに素泊まり。ギルディアスも改正航空法により飲酒状態では飛行できないのでそのまま義肢整備ドックで就寝した。
「やれやれ…。」
俺はメリスを背中に背負って自室の寝室に入り、メリスをベッドに寝かせた。
そしていつもの手順に入る。俺のギフトを利用してメリスへ生命エネルギーを供給しながら就寝するのだが、これは肌の密着面積が広ければ広いほど効率がいいことが支援センター時代に判明している。まぁつまりはその…お察しの通りだ。俺とメリスが一緒に寝るときはだいたいこれだ。
「……雄二……?」
「起きたかメリス……起こしちまったな。」
メリスは寝ぼけ眼のまま俺を見ている。俺は少し苦笑を浮かべながらベッド脇に腰掛けていた。
「いえ……私もその、楽しかったですから……。」
「そうかい……ありがとうよ。」
俺が礼を言うと、メリスは起き上がって両手を俺に伸ばす。
「…何だそれは?」
一応俺は感づいているが、あえて問う。
メリスは頬を膨らませながら答えた。
「わかってるくせに…久しぶりに、あの時みたいにしてくださいよ〜。」
あの時…この日課を初めてやった時のように…脱がせってことか。もしや俺とギルディアスの話を寝たフリして聞いてたな?
「……ったく。」
俺は苦笑しながらメリスの服を脱がせていった。全部脱がせたら次は俺も脱ぎ、全裸になるとベッドの上に上がり、メリスに覆い被さって肌の密着面積を限界まで広げてから生命エネルギーを供給する。
……ここからはもう語るつもりはないからな?察してくれ。
朝。俺は隣で眠っているメリスの髪を撫でた。幸せそうな顔で寝息を立てている。こうして見ていると本当に穏やかな奴だな……出会ったばかりの頃とは大違いだ。あの頃は本当にひどい顔だった。今のメリスは本当に幸せそうだ……。
と、そこへスマホが振動してメッセージが届く。隣で寝ているメリスを起こさないよう、俺はそっとスマホを確認する。エルメナからだ。
『イメトレ用テストマシン届きましたよ〜。』
添付されていた写真には白のレーシングラインが引かれたイエローカラーのレーシングカーが写っている。
「おぉ、こりゃまた良いマシンだな…。」
俺は、実は異世界召喚被害を受ける前、つまり中学生の頃はレーサーになるのが夢だった。父がアマチュアレーサーをしていた影響が大きい。その後の流れで境界警察局員になったもののやはりレーサーの夢は捨てきれなかった。だがある潜入任務でレーサーとして潜入するというのがあり、そこに大喜びで志願したのが懐かしい。以来、境界警察局代表という形でレーサーとして活躍することも出来、それをメリスもマネジメント方面で応援してくれている。
「グランプリはまだ先だが…乗らないと感が鈍るしなぁ。」
俺はメリスに布団をかけ直し、こっそりベッドから出てリビングで着替え、洗面台に向かい……。
「あ、おはようございます雄二……昨日は嬉しかったですよ〜♪」
「……おぅ。」
歯磨きをしていたところメリスに見つかった。
素肌にタオルを巻いただけの姿…今からシャワーでも浴びるんだろう。
「エルからメッセ来てましたね、これからサーキットですね?」
「あぁ、昼頃にテストマシンの準備が整うらしいからな。」
俺は歯を磨きつつメリスに返事する。
「なら、私も一緒に行きますから待っててくださいね〜♪」
そう言ってメリスは浴室へ入っていった。
さて、まだまだあいつにはいろんな『幸せ』を味わわせてやる。それが俺の、今の生きがいだ。
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