17:新人戦闘研修及び歓迎会

境界警察局日本支部人事担当部署に届いた、境界連盟機構からの紹介状。

これにより、境界警察局に新人として『機光竜ギルディアス』が配属されることになった。

全長15mものドラゴンであるギルディアスが境界警察局員としてやって来るという事で各部署はてんやわんやだ。

特に、烏山雄二、メリス・ガーランド、エルメナ・エンジードの3人が直属の上司となることが通達されたため、3人はこれからのために奔走することとなった。

まずメカニックであるエルメナが主導となって支部内にギルディアス専用の義肢整備ドックを突貫工事で作り、メリスが新人研修地となる出張先の選定及び交渉、2人を纏め上げる立場である雄二は各部署や行政への対応と書類整理だ。

「やれやれ、バルディオス大尉からの推薦って言ってもいきなりだったな…。」

書類作成のためPCのキーボードを叩き続ける雄二が愚痴る。

「そうは言いますけど、あのとき多くの人達に私達がギルディアスさんの対応しているところを見られてましたし、当人も私達へ恩返ししたいと言ってたそうですしね。」

出張先検索で同じくPCを操作するメリスが雄二を気遣う。

なおエルメナはドック工事に向かっているため部署の席にはいない。

「それでもだなぁ……いきなりドラゴンの面倒見ることになるなんて思ってなかったぞ。」

雄二は若干げっそりした表情となる。

だがすぐに眉間を揉んで切り替える。

「まぁ、これで対応できる案件の範囲も広がるだろうし、悪いことばかりでもないか。」

そう言って雄二は気を取り直しPCに向き直る。

「ですね。あとはエルが暴走してビックリドッキリな何かをギルディアスさんの義肢に組み込んだりしないよう目を光らせないとですね…。」

「やめろ、考えたくない…。」

メリスが零した呟きを聞いて雄二はまた頭を抱えるのであった。


「ところで、出張先ダンジョンは決まったか?」

雄二がメリスに聞く。

「えぇ、かな〜り遠方になっちゃいますけど決まりました…。」

そう言ってメリスは雄二のPCにリンクを転送した。


現在、世界各地に『ダンジョン』と呼ばれる巨大洞穴が出現している。

この現象が最初に確認されたのは境界協力連盟が締結されて間もない頃、栃木県那須郡に存在する『殺生石』が割れた下に発生した洞穴であった。中からは大量の怪異、つまるところモンスターが湧き出し観光客を襲い出したため地元警察や自衛隊によって一時封鎖となり、近隣住民も避難する事態にまで発展。その後自衛隊の突入によってモンスターは鎮圧され、最奥に鎮座していた『白面金毛九尾の狐』との交渉が成り、事態は収束。その中で判明したのが、「異世界間交流によって異界の魔力エネルギーが大量に地球に流れ込み、その魔力が濃密に淀んだ地点にダンジョンが発生するようになった」という事実、「異界の魔力は地球上の重要文化財級の場所や自然遺産、パワースポットなどに集まりやすく、それに伴ってその場所をダンジョン化する」という事実である。

現在、発生したダンジョンはモンスターの発生状況や魔力濃度、ダンジョン主との交渉可否等によって危険度ランク付けされ、危険度の低いダンジョンは一般企業や探索ギルドに立ち入りが許可される等する一方で高難易度・高危険度のダンジョンは隔離された上で各国の軍や境界連盟機構による管理下に置かれている。


今回メリスがアポイントを取れたダンジョン。その公式サイトを見て雄二は目を見開いた。

「…『恐山大獄門』か。」

「えぇ、ちょうど他の会社やギルドの入山予定が空いてたそうなので。閉山期間でもありますし。」

メリスは頷いた。

日本三大霊場と名高い、青森県下北半島に位置する『恐山』。

古来から霊的に特異な場所とされ、それ故に異界からの魔力が特に集まりやすい地点であった。それによって恐山の敷地内に超巨大な洞穴が口を開けた。その巨大な入口からとって『恐山大獄門』と命名され、現在は恐山菩提寺の僧やイタコ達によって管理されている。

「また随分遠くになったな…殺生石の九尾洞とかのが近いんじゃないのか?」

「そっちは入洞上限いっちゃっててアポ取れませんでした…他も規制中だったりで。」

メリスも明らかにテンションが下がる。

「仕方ない……行くか……。」

「ですね。」

そう行って2人は揃ってため息をついた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





境界警察局日本支部屋上にあるヘリポートを改装した着陸地点。

ギルディアスの着任日当日。上層部と共に雄二とメリス、エルメナの3人が集合していた。

「竜の回復力に最新医療…もう退院したと聞いたときは驚きましたね。」

空を見上げながらメリスが呟く。

「まぁ、義肢は元々あったバルディオス大尉のものをリサイズしただけで済んだからな。それもあって調整やリハビリも早く終わったらしい。」

雄二がメリスのつぶやきに答える。

「私としてはこれからメンテやらアプデやらでいじくれるのが楽しみですよぉ〜デュフフフフ…♪」

エルメナが不気味な笑みを浮かべている。

「ほどほどにしておけよ?また面倒なものを仕込まれても困るからな。」

雄二の注意にエルメナはしゅんとした表情となり、メリスに頭を撫でられ慰められる。

やがて。

「お、来ました来ました!」

メリスが気づいた。


金色の鱗を持つ左半身に、立派な銀色の機械義肢に置き換わった右半身、そして銀色の骨に魔法の光で出来た翼膜を持つ巨大な翼を羽ばたかせてやって来た、『光竜』改め『機光竜』ギルディアスの勇姿が近づいてきたのだ。


ヘリポートに着陸し、風を巻き起こしながらギルディアスが地面へと降り立つ。

『久しいな、雄二、メリス。そして初にお目にかかるぞ、エルメナ。』

機械音声の混じった2重音声となった声で、機光竜ギルディアスは3人に挨拶した。

「えぇ、お久しぶりです。こうして声で話せるようになって嬉しいですよ。」

「これからよろしく頼むぞ。」

「フヒヒ、これからよろしくですよ〜♪」

三者三様に挨拶を返す。

「ところで、退院早々申し訳ありませんが、これから研修のために出張先へ向かうのですが大丈夫でしょうか?」

メリスが切り出す。

『無論だ。行き先は……『恐山大獄門』だな?』

ギルディアスが答える。

「私が予めメール送ってましたしね〜。」

エルメナがメガネをクイッと動かして説明した。

「なら話が早いな。早速向かうとしよう。」

そう言って雄二はメリスとエルメナを連れてヘリに乗り込もうとするが、それをギルディアスが止める。

『待て。』

「ん?」

雄二が振り向くと、ギルディアスは続ける。

『場所ならもう把握している。我の背に乗って行った方が早く着くぞ。』

「え、大丈夫なんですか?一応あなたまだ退院したばかり…。」

ギルディアスの話を聞いてメリスが心配の声を掛ける。が、ギルディアスは義肢をガチャリと鳴らして答えた。

『心配は不要だ。』

「そ、そうなんですか?」

『リハビリもそうだが、この体での新しい飛び方も習得したのだ。この国の航空法も学んだし、それに……我が飛んだ後のメンテナンスをすれば感覚もつかめるのではないか?』

そう言ってギルディアスはエルメナの方を見やる。それに対しエルメナは満面の笑みで答えた。

「その通りでございますですよ〜♪お任せくださいな♪」

『決まりだな。』

ギルディアスはそう言って翼を大きくはためかせる。その風圧が雄二達を吹きつけた。

『では我の背に乗れ、早速向かうとしよう。』

「…わかった。」

雄二はギルディアスの言葉に従い、背に乗り込んだ。既に背には3人分の鞍…というか座席のようなものがせり出されており、座りやすい構造になっていた。

「…完全に私達を乗せるの前提の構造にしちゃったんですか?」

背中の座席を見てメリスの目が点になった。

『これから共に戦うのだ。これくらいの配慮は当然だろう?………と、バルディオス老から聞いたのだ。』

「大尉の入れ知恵か。」

やや呆れる雄二。そして3人が座席に乗り込むと、3人を囲うように結界魔法が展開された。

『これで風圧も問題なしだ。この程度の魔力なら余裕だぞ。』

余裕を見せるギルディアス。そしてギルディアスは自身の頭に組み込まれた通信機器を起動、管制塔に通信を送る。

『B.P.D Japan Branch Heliport,Request takeoff permission.(境界警察局日本支部ヘリポートより、離陸許可求む)』

流暢な英語で離陸許可を申請するギルディアス。すぐに管制塔から応答が返ってくる。

『B.P.D Japan Heliport Authority, accepted.(境界警察局日本支部管制塔、離陸許可を受諾)』

『Understood, take off.(了解、離陸する)』

通信を終えたギルディアスが、光の翼膜を展開した機械仕掛けの翼を大きく羽ばたかせ、ヘリポートから空高く舞い上がった。

「おおぉぉ…!!」

「わあぁぁ…!!」

雄二とメリスが思わず感嘆の声を上げる。

「おぉ、特に風圧やGを感じないということはこの結界魔法が各種の影響を遮断しているのですねぇ!これは確かに乗ってった方が快適ですねぇ!!」

興奮しながらも的確に分析するエルメナ。どうやらかなり興味を惹かれた様子である。

『フハハハハ!生まれ変わった我の全力、特と味わうが良い!!』

「いや、この景色だけで充分堪能できてるからな?」

「ですね。」

上機嫌なギルディアスに雄二がツッコミを入れ、メリスは苦笑まじりに賛同する。

その直後、3人の座る座席のさらに後ろ…ギルディアスの背部後方の義肢部分が突然ガバッと上方向に開いた。そこから出てきたのは、1基の大きなジェットブースター。

「ん!?」

「へ!?」

「おぉ!?」

雄二たちがそれを見て目が点になる中、したり顔のギルディアスはブースターの点火を始める。

『距離があろうとも、これで目的地までひとっ飛びだ。しっかり掴まっておれよ!!』

「ちょ、待っ……!」

「きゃぁぁぁぁああ!?」

「わぁぁぁぁぁああああ!?」

雄二とメリスが声を上げたのとほぼ同時に、ギルディアスは一気に加速して空を翔けて行った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




わずか2時間で東京都福生市の境界警察局日本支部から青森県むつ市の恐山へと到達した3人と1頭。

『さぁ、到着だ。』

恐山菩提寺山門前に、ギルディアスはゆっくりと降り立った。

「おぉ、こりゃあ確かに速い。現着も速やかになるな。」

清々しい顔でギルディアスから降りた雄二が恐山の風景を眺める。

『ほぉ、意外と余裕そうだな雄二。』

「これでも一応レーサーとしてグランプリ出場権も持ってるからな。」

気さくに話し合う雄二とギルディアス。

エルメナも同様に興奮しっぱなしだ。

「流石はギルディアスですね〜!マシンじゃ出せないような超高速で、なおかつ結界魔法で快適性も維持とは…さぁ、まずはメンテからですよ〜!」

…反面、メリスは完全にグロッキー状態だ。

「あぁ……酔いましたぁ……。」

「そりゃあ結界があったとはいえあれだけ強烈なGを受けたらなぁ。」

そう言って雄二はメリスの背中をさすって介抱する。

「うぅ……ありがとうございますぅ……」

『それはすまなんだ。』

謝るギルディアス。

「とりあえず雄二はメリスを休憩所で休ませてください。その間に私がギルディアスのメンテしてますよ〜。」

エルメナが二人に指示を出した。

「あぁ、頼む。メリス、行くぞ。」

「うぇ……はい……」

雄二はメリスを担ぎ上げ、恐山菩提寺の休憩所へ向かっていった。

「……さて、メリスのことは雄二に任せましたし。」

そう言ってエルメナはギルディアスの方を振り向く。

『な、なんだ?』

警戒するギルディアスにエルメナはずいっと近寄り、ニヤッと笑った。

「メンテナンスですよ、メンテナンス♪」

メガネをギラリと光らせ、両手に工具を構えてニヤニヤ笑うエルメナ。

『う、うむ…頼んだぞ?』

何か薄ら寒いものを感じながらも、ギルディアスは身を任せるのであった。



「大丈夫か?」

自販機で水を買ってきた雄二がメリスに水を渡しながら言う。

メリスは受け取った水を数口飲むと、ふぅ……と一息つく。

「なんとか……まだ少しグラグラしますが。」

「まぁ、あれだけのGがかかっていたからな。無理もないさ。」

そう言って雄二も一息つく。

「雄二はレースでいつもあんな感じなんですよね…スゴイです。」

そう言ってメリスは雄二を眺める。

それに少し照れる雄二。

「慣れだよ。どんな状況でも怯まず冷静に対処しなきゃいけないしな。」

「流石はプロのレーサー、と言ったところですか?」

「まぁな。それに……」

雄二はここでニヤリと笑う。

「スピードに乗っている時が、俺は楽しいからな。」

メリスが目をぱちくりさせる。

「あはは、やっぱり雄二はどこまでも雄二ですね。」

そう言って笑い出した。

「褒めてんのかそれ?」

「えぇ、褒めてますよ?そういうところ、私は好きですよ?」

「そ、そうか。」

そう言われた雄二がメリスから顔を背けてポリポリと頭を搔く。

「……でも、その時が楽しいのはわかります。私もレースをしている雄二を見ている時はそんな気持ちですから。」

「そう言われると照れるな……。」

雄二は苦笑混じりに頭を掻いた。



『あの二人、なぜ番(つがい)にならぬ?』

右目として機能しているアイカメラを休憩所の方に向けながらギルディアスがボヤく。

「そりゃこっちが聞きたいですよ。」

メガネの下でジト目になりながらエルメナもボヤいた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





翌日。

恐山菩提寺の宿坊で一晩明かした3人と、宿坊前広場で眠ったギルディアス。

「調子はどうだ?」

パワードスーツを装着しフル装備となった雄二がギルディアスに問う。

『問題ない。むしろ病院の整備士よりも的確に整備してもらえて調子が良いくらいだ。』

ギルディアスはそう言って右腕をカシャカシャ動かす。

「そ、そうか。」

雄二は少しホッとした。

「私だってTPOくらいわきまえますよ〜。」

エルメナがギルディアスのそばで口をとがらせる。

それを聞いて雄二は苦笑する。

「そ、そうか、すまなかったな。」

「わかればよいのです〜。さて、整備も終わったので行きましょうか〜!」

『うむ!』

意気揚々とエルメナとギルディアスは歩き出した。

「やれやれ…。」

「まぁまぁ、良かったじゃないですか雄二。」

呆れる雄二をメリスが宥めた。


全長15mのギルディアスすら、すっぽり飲みこんでしまいそうなほどの巨大な洞穴。濃密な硫黄臭の漂う「地獄谷」と称される岩場に開いたダンジョン。それが、『恐山大獄門』である。内部の全容は未だ解明に至っていないのが現状だが、浅い階層はほぼ把握されている。ダンジョン特有の現象として各階層は物理法則を無視した広大な空間になっており、しかも「血の池地獄」や「焦熱地獄」などのいわゆる「地獄」が再現された空間が広がっている。湧き出すモンスターは主に怨霊や餓鬼といったアンデッド系やデーモン系が多く、階層主として牛頭馬頭などの大型の鬼が出現するため、開山期間中は冒険者の腕試し場として人気が高い。また、ダンジョン内には観光地化された『賽の河原』などのエリアも存在するが、そのエリア内でもちょくちょく赤子の霊や子供の霊が出現し脅かしてくるため肝試しに用いられることも多い。そんなダンジョンだ。


「さ〜て、私はここでモニタリングやオペレートに専念しますね〜。」

恐山大獄門入口前に各種マギコンピュータを設置したエルメナがキーボードを叩きながら言った。

「あぁ、頼んだぞエル。」

アームキャノンを構えながら雄二が答える。

「それでは行きましょう!」

右腕を振りかぶれるよう構えるメリスが号令をかけた。

『グオオオオオォッ!!』

ギルディアスが機械音声混じりの咆哮を上げ、雄二とメリスと共に歩き出した。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆




観光地にもなっている、第1階層の『賽の河原』。

不気味な寒さと共に静かに流れる三途の川、河辺の石を積み上げて作られた小さな石の塔がいくつも岸に並んでいる。時折霊魂と思しき青白い火の玉が現れては消える。

そんな川辺を、2人と1頭が歩いている。

『流石に入口階層だからか、危険な気配はなにもないか。』

三途の川を眺めながらギルディアスが呟く。

「さて、このダンジョンでやるべきことはわかってるな?」

先頭を歩く雄二がギルディアスに問う。

『そなた等との連携戦闘訓練、それと大型対象の非殺傷での無力化訓練、であろう?』

事も無げに答えるギルディアス。

「あぁ、その通りだ。」

雄二は短くそう答えた。そして、改めて確認するように言葉を続ける。

「……無理はするなよ?あくまで目的は訓練だからな?」

『わかっておるさ。そなた等こそ気を張りすぎるでないぞ?』

雄二の言葉にギルディアスが応えた。

そんなこんなで石の積んだ小さな塔が沢山並ぶ場所を通り抜けると、まるで手招きするかのような長い階段が見えてきた。その先は霧に覆われて先が見えない。

この先の第2階層以降から、ダンジョン装置として発生する存在であるモンスターが出現するエリアである。

「よし、行くぞ。」

冷静な声でアームキャノンを構えながら雄二が階段を降り始める。

「了解。」

落ち着いた声でメリスも答え、降りてゆく。

『うむ。』

ギルディアスもついて行く。


第2階層、血の池地獄。

1階層で流れていた水ではなく、真っ赤な血が大河となって流れている階層。濃密な鉄錆の匂いが鼻を突く。

「さて、ここからですよね…。」

メリスが血の池地獄の光景を見ながら呟く。

そう、ここからがモンスターが攻撃してくる危険エリアである。

早速血の池から、生き物が這い上がってくるような音が響く。

そしてそれらは雄二たちの目の前にその姿を現した。

それは、異様な姿をしたモンスターの群れだった。

血の池に相応しい赤黒い肌の巨大なガマガエルに、ボロボロの具足で身を固めた落ち武者の屍、白装束の女の亡霊などだ。

「まぁ場所が場所ですし、アンデッド系は多いですよね。」

メリスが冷静に分析する。

『系統は同じだが、様相は初めて見るタイプであるな…。』

ギルディアスが呟く。それもそのはず、異世界魔力によって発生したダンジョンではあるが、発生するモンスターはその殆どが地球の神話や妖怪伝説などから形作られているものが多いのだ。時折異世界由来のモンスターが生まれる場合もあるものの、大半はダンジョンの場所にちなんだものになる。日本のダンジョンであれば日本妖怪や日本神話にちなんだ物が発生するというわけだ。

「まぁ、敵である事には変わりありません。」

そう言ってメリスは腕から茨を生やし身構えた。雄二とギルディアスも臨戦態勢をとる。

『どれ、まずは我が…。』

ギルディアスがまずは深く息を吸い込み、そして威嚇の咆哮を上げる。

『ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

流石はドラゴンと言ったところか、周囲の地面が揺れるような声の咆哮を上げるギルディアス。これにより大蝦蟇や女亡霊は硬直し動きが止まった。

『……ふむ、やはりゾンビは止まらぬか。』

屍武者はギルディアスの咆哮を物ともせず、というか全く聞こえていないかのようにゆっくりと確実に向かってくる。

雄二やメリスも別段驚きはせず、むしろ想定の範囲内といった表情を浮かべている。

「では次は私が。」

メリスがそう言って両腕から生やした茨を長く伸ばし、鞭のようにしならせ屍武者たちの首や脳天を打ち据えてゆく。脳を破壊された屍武者は脱力し倒れ伏す。

「俺にも少しはやらせてほしいな。」

そう発言し雄二はアームキャノンを構え、プラズマビームを発射。メリスが打ち漏らした屍武者を仕留めた。

「お見事です、雄二。」

メリスが微笑みながら言った。

そうしている間にギルディアスの咆哮で硬直していた大蝦蟇や女亡霊達が復帰し始める。

『おっと、悠長に眺めている場合ではなかったな。』

ギルディアスがすぐに察知し、今度は口を大きく開く。口内にはまばゆい雷が迸っている。

『我がブレス、とくと味わうがいい!』

ギルディアスが吐いた『ライトニング・ブレス』。大出力の雷が迸りながら大蝦等のモンスターを襲った。凄まじい放電の音と断末魔のような悲鳴を上げながら消し炭になってゆくモンスター達。その様を見ながら雄二とメリスは語る。

「やはりドラゴンは凄まじいな。」

「ですよねぇ。私も戦慄してますよ…。」

そんな感想を抱きつつ、モンスターは次々と全滅していったのだった……。


血の池地獄のエリアを踏破し、第3階層行きの階段前まで来た2人と1頭。その階段前に、巨大な鬼の姿の石像が立っていた。

『…ゴーレム、だな?』

ギルディアスが右目のカメラで分析し呟く。

「あぁ、ゴーレムだな。」

雄二も同意した。だが、よくいるゴーレムとはタイプが違うようだ。本来生物が持つはずのない魔力の流れがこのゴーレムからは感じられるのだ。

『雄二よ、あの石像……もしやオーガではないか?』

「何?オーガ?」

その単語に思わず聞き返す雄二。メリスはその言葉から想像する。

「この場合、オーガの日本固有種…『鬼』でしょうね。」

「だろうな。」

雄二も同意する。そして、ここで雄二がギルディアスに向き直る。

「よし、こいつならちょうどいいだろう…ギルディアス、奴を非殺傷で抑え込んでみせろ。訓練メニューだ。」

『うむ、了解だ。』

雄二の指示に従い、ギルディアスが前へと出る。雄二とメリスは後方に下がる。


『そこな鬼よ、大人しく我らを通すが良い。逆らえば引っ捕らえるぞ?』

石像…に擬態している鬼に向かってギルディアスが問いかけた。

鬼は即座に擬態を解いて本来の姿になり、ギルディアスに対し金砕棒を構える。

「生者に通る資格無し、立ち去れ!」

金砕棒を振り上げ迫る鬼。ギルディアスは尻尾を地面に叩きつけて自らを支える姿勢にした後、両翼を大きく広げる。

『まずは頭を冷やして冷静になるがいい…ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

咆哮とともにギルディアスは両翼を力強く羽ばたかせ、突風を巻き起こす。嵐の如き暴風が鬼を吹き飛ばさんと襲いかかる。

「ぬおおおおおおおお!!!」

しかし鬼は金砕棒を地面に突き立てて踏みとどまってみせた。

凄まじい圧力だったが、鬼は耐えられた。

「やるな。」

「すごい……。」

雄二とメリスは思わず感嘆の声を漏らす。だが鬼はすぐに気を取り直して金砕棒を構える。

「我の金砕棒の餌食になりたいようだな!!」

そう言ってギルディアスに襲いかかる鬼。だがギルディアスは次を用意していた。

『まだ熱いままと見える。ならばこれで冷やそうか。』

今度は口を開き、ブレスを構えるギルディアス。だが先程雑魚に放ったライトニング・ブレスではない。口から漏れ出ていたのは雪の結晶であった。

『これぞ、機械化で得た新たなる力だ!!』

ギルディアスから放たれた、もう一つのブレス。超低温の猛吹雪「ブリザード・ブレス」がギルディアスの口から放たれた。

「ぐあっ!?」

直撃を受けた鬼は思わず苦悶の声を上げた。動きが鈍る。そこを逃すギルディアスではなかった。

『そこだっ!!』

鬼が凍えて動きが止まった瞬間を狙い、ギルディアスは羽ばたいて大ジャンプし鬼の背後を取る。

そして尻尾を鬼の足元に叩きつけ、足払いする。

「ぬおっ!?」

思わず地面に転んでしまう鬼。そしてギルディアスが上からのしかかり、金砕棒を持っていた右腕を捻り上げる。

『捕まえたぞ!!』

「ぬうぅ!?」

鬼はもがくものの、凍えた状態から復帰して動きが鈍ったため思うように動けない。鬼の膂力も相当だがドラゴンであるギルディアスほどでもない。あっという間に鬼は捕縛されてしまった。

『雄二よ、これで良いか?』

ギルディアスが問うと雄二が答える。

「上出来だ、さすがだな……こんな感じで俺達境界警察局は検挙対象を確保するのが主目的だ。」

雄二の説明にメリスが更に補足する。

「境界警察局がダンジョン内での戦闘訓練を行うのも、討伐ではなくあくまで拘束を目的としたものなんです。今回はそのために……とは言っても簡単に捕まえられてしまいましたが……。」

『まぁ我は特殊例だろうからな。』

「確かにそうだな……。」

苦笑いする雄二。すると、ギルディアスに捕まっていた鬼がメリスを見て声を上げる。

「亡者の女…何故生者と共におるのだ!?」

その慟哭にメリスは目をしかめる。

「たしかに私はリッチ…すなわち亡者です。でもまだ『そちら側』に逝くわけにはいかないんです。」

悲しげな目をしながらも毅然とした口調で鬼にメリスは応えた。

「亡者が何を言うか!!」

押さえられた状態でも怒りを顕にする鬼。そこに雄二が追い打ちをかける。

「悪いがダンジョンモンスターであるお前の話に付き合う気はない。ギルディアス、気絶させてくれ。」

『了解だ。』

雄二からの指示でギルディアスは鬼を押さえている右腕の義手から電流を流す。

「あががががが!?」

電撃を直に食らった鬼は、一瞬で気絶して脱力した。

「よし、今日はここまでだな。帰還するぞ!」

雄二が号令をかける。

「了解です!」

『了解だ。』

メリスとギルディアスが答える。

「こちら雄二、これより帰還する。エスケープゲートを開いてくれ。」

雄二はヘルメット搭載のマギ・コールで外にいるエルメナにコールする。

『こちらエルメナ、了解ですよ〜!』

エルメナからの応答から数秒後、雄二たちの目の前に空間の裂け目のような物が現れた。これがエスケープゲートである。これで地上に戻れるのである。

「さて、帰るか……。」

「はいです!」

『うむ!』

こうして雄二達のダンジョン訓練初日は、無事に終了したのだった……。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆





恐山大獄門での研修も1週間が過ぎた。

その間ギルディアスは優秀な成績を残し、予定よりも早く研修を終えることとなった。雄二達の側もドラゴンの世話の経験を積むこととなり、無事に全工程を完了した。

「よし、報告も完了した。これより支部へ帰還するぞ。」

雄二の指示に従い、全ての荷物をまとめた一同。

そして雄二とメリスとエルメナの3人がギルディアスの背に跨る。

「それでは、本官等はこれにて失礼します。ご協力ありがとうございました!」

雄二達は恐山菩提寺の僧達に敬礼する。僧達も礼をする。

「お疲れさまでした。どうかご武運を。」

そして、ギルディアスは両翼を羽ばたかせ、3人を乗せて空へと舞い上がった。

『よし、ではしっかり掴まっておれよ!』

あの日と同じく、背中からジェットブースターを出し点火するギルディアス。

「メリス、大丈夫か?」

雄二が心配するが、メリスは気丈に答える。

「これから慣れないといけませんし、大丈夫ですよ。」

「そうか…。」

そんな雄二達を乗せて、ギルディアスはジェットブースターで東京都福生市の境界警察局日本支部へとかっ飛んで行った。



到着後の支部内、ギルディアス用に建てられた広大な義肢整備ドック。

今宵、所属局員らとギルディアスで歓迎会が催されていた。

人工臓器による補填のおかげで普通に飲食も可能になっているギルディアスのために、大量の料理が用意された。料理は支部の食堂に勤務しているおばちゃん達によるもの。

『では、皆の者よ!我のためにわざわざ馳走を用意してくれたことに礼を言う!さっそくいただくとしよう!』

ギルディアスが高らかに感謝を述べると、集まった局員達は拍手をした。

「乾杯!!」

そして宴会が始まった。雄二達ももちろん参加している。

「…おい、まさかこの宴会料理って…!?」

雄二は供されている宴会料理の一つであるローストビーフをかじった瞬間に気づいた。

「そうさね、今回は特別に経費で高級牛肉だよ!」

「え、大丈夫なんですかそれ!?」

食堂のおばちゃん等の話にメリスも驚く。そして、高級牛肉の味を初めて知ったギルディアスが思わず驚きの咆哮を上げる。

『ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

「「「な、何だぁ!?」」」

周囲の局員達が思わず怯む。だが心配は無用である。

『何だこれはあああああ!!この世界は斯様に美味な肉が存在するというのかあああああ!!!』

そう叫ぶギルディアスの目はキラキラしており、完全に虜となっている。どうやらお気に召したようだ。

「さすがは高級牛肉……美味そうに食べるなぁ……。」

雄二は苦笑いしつつ切り分けられたローストビーフを口に放り込んで咀嚼する。思わずニヤけるのを抑えることができなかった……。




宴も酣。

義肢整備ドック内ですっかり出来上がった局員達がぐでんぐでんになって寝てしまっている。食堂のおばちゃん等は文句の一つもなく周囲を片付けてくれている。

『雄二よ…ここは良い世界だな…。』

ローストビーフをたらふく食べてご満悦のギルディアスが雄二に語りかける。

「あぁ、良い世界さ…こんな世界を守るために、俺達はこれからも戦い続けるのさ…。」

久々に酒を飲んで顔が赤い雄二が答えた。

そこにメリスが眠そうに目をこすりながら近づく。

「ふぁあ……飲み過ぎちゃいましたぁ……。」

メリスもお酒を飲んだようで、少しふらついている。雄二はそんなメリスを抱き留めた。そして片手で器用に膝枕をする体勢になる。

「大丈夫か?」

心配そうに聞く雄二に、酔っ払った表情のメリスはニッコリ微笑んで応える。

「はい……もうちょっとこうしていて下さいぃ……。」

そんな甘えるような声を出すものだからたまらない。おまけに酔った事で上気したメリスの頬が赤く、艶やかな唇からも吐息が漏れる。その妖艶な姿に雄二は息を呑んだ。

(いかん……酔ってるせいか色っぽいぞ……)

思わずメリスを見つめてしまう雄二に、ギルディアスがストレートに問うた。

『前々から思っていたが、何故お前たちは番(つがい)にならぬのだ?』

「ブフッ!?」

突然の質問に思わず吹き出してしまう雄二。そんな反応にはお構いなしにギルディアスは続ける。

『生者とか亡者など関係なかろう?愛し合っておるのだろう?』

(まぁ……ここまで世話になってるし、話しても良いか……)

そう考えた雄二は話すことにした。

「まず俺とメリスが初めて会った時の事から話さなきゃいけないんだがな……。」

そして雄二が過去を話し始めたのだった……。



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