02:県警案件・OL行方不明事件(前)
古ぼけた屋敷の地下、何かの祭壇だったと思しき跡地。
時間がたって長いのかあちこち埃が積もり、調度品等もボロボロである。
そんな場所で、空間にヒビ割れが生じ、やがて空間が砕け散って『門』が開いた。
「…警告は無意味だったようですね…既にもぬけの殻のようです。」
藍色のドレス風警官服に身を包んだ境界警察局日本支部局員、メリス・ガーランドが残念な表情をしながら異世界に降り立った。
続いて、藍色のパワードスーツに身を包んだ同局員、烏山雄二も降り立つ。ガシャンという大きな足音が祭壇跡地に響き渡った。
「これはまた長期出張コースだろうな。」
雄二もややうんざりしながら愚痴る。
それを聞いてメリスもため息をついた。
「あ~ぁ、あそこのスイーツ店、限定フレーバー発売期間なのに…」
「こっちも予定してたツーリングがパァだ。こうなればとっとと解決せねばな。」
事の始まりは数時間前、某県警からの要請から始まった。
別件で捜索願が出ていた行方不明者案件について、捜査を進めていた結果異世界召喚の痕跡が確認されたのだ。
その行方不明者は会社員の女性で、残業を終えて帰宅途中、駅を出て以降の足取りがつかめなくなっていたのだ。各所の監視カメラを調べても途中からぷっつりと姿が確認出来なくなっており、手がかりもなく捜査は難航していた。
しかし、帰宅ルートと思しき道周辺をくまなく調べたところ、道路表示に紛れる形でほんのわずかに『魔法陣の一部』と思しき痕跡を発見したのだ。さらに詳しく調べたことによってそれが異世界召喚に関わるものであることが判明した。
この時点で県警の捜査が及ばない範囲となったため、境界警察局に応援要請がかかったのだ。
そうして今回派遣された局員がこの二人、というかいつものチームだったというわけである。
もちろん、後方担当であるメカニック、エルメナ・エンジードもしっかりついている。
『こっからはマギ・コールでしか通信できませんからね~。スマホはここに戻らないとですからね~。』
「わかってますよ、いつものことですからね。」
メリスが答えた。
祭壇跡地を調べてみたものの、既に手がかりらしいものはなかった。
そのため、メリスと雄二はすぐに階段を上って屋敷の方に出た。
雄二が前に立って、アームキャノンを構え周囲を警戒する。
メリスも右手を振りかぶれるように構えて続く。
「どうです雄二、敵影は?」
「目視ではなし、しかしレーダーに感はある。」
スーツのヘルメットバイザーに映るレーダーから、4体ほどの生物反応を確認した雄二。
二人が地下から出てきたこの場所は恐らく屋敷のメインホール、生物反応はホール周囲の柱の陰からだ。
雄二は柱の陰に向かってまずは声で警告する。
「隠れているのはわかっているぞ。こちらに戦闘の意志はない。」
メリスも続く。
「よろしければ、私たちとお話しませんか?いろいろと聞きたいことが…」
しかし、メリスの声を遮るように、柱の陰から生物達が姿を現した。
ギャギャギャ、と下品な声を上げる、人間の子供くらいの大きさの生物。ボロボロの皮鎧や刃こぼれした小剣に棍棒などで武装した緑肌の人型生物…俗にいう、
「ゴブリン、ですか…雄二、どうです?」
「……ダメだな。分析したが、こいつらは野生型(ワイルド)だ。知性型(インテリジェンス)じゃない。」
「そうですか、残念です。」
雄二の分析を聞いてメリスもガッカリする。
一口にゴブリンと言っても、世界が違えばゴブリンも大きく違う生態となる。
ある世界のゴブリンは非常に知性が高く、現地の人間達や境界警察局の者達とも友好的に接し手を取り合ってともに発展してゆくことが出来る種族であり、そういった文明的接触が可能なタイプの事を『知性型』、インテリジェンスと定義されている。
逆にある世界のゴブリンは文明的知性を持たず、ただただ種の保存と繁殖のために人間などの知性的種族を積極的に襲い暴虐の限りを尽くす。そういった凶暴な、いわゆる「魔物」と称されるものに対しては『野生種』、ワイルドと定義されている。
そして、インテリジェンスを攻撃してしまうのは重大な問題となるが、ワイルドは安全確保のため撃破もやむなしと定義されているのだ。
「ギャギャギャギャ~~~~!!!」
ゴブリンたちが雄二とメリスに向かって飛び掛かり始める。
「仕方ないな。」
雄二はアームキャノンを構え、的確にゴブリンをビームで撃った。
放たれた電磁エネルギー弾はゴブリン4体を正確にとらえ、痺れさせ動けなくさせる。
「ギャギャ…!?」
しかしゴブリンたちはまだ諦めず、痺れた体で再び立ち上がろうとする。
「ちぃ…!」
「雄二、エネルギーは有限なんですから、ここからは私に任せてください。」
メリスが右手を胸元に構えて前に立つ。
「わかった、あんまり遊ぶなよ?」
「それは彼ら次第ですねぇ。」
「さぁ、不運なゴブリンさん…踊りましょう?」
メリスが構えた右手の袖の中から、数本の『茨の蔓』が伸びる。
やがて鞭のように長く長く伸びた茨が、ウネウネとしなりながらゴブリンたちに襲い掛かる。
ゴブリンたちは驚きながらも武器で抵抗するが、それも虚しく茨の鞭に体を引き裂かれてゆく。飛び散る鮮血がまるで薔薇の花びらの如く。
メリスは茨の蔓を操りながら、少しガッカリした表情を浮かべる。
「手応えありませんね…これじゃあんまり躍らせられないですね。」
「だったら早く終わらせてやれ…。」
「はいはい。」
雄二の文句に、メリスが答えた。
「残念ですが、フィナーレです♪」
メリスが右手を横に薙ぎ、茨の鞭を一閃させる。
その一撃で、ゴブリン4体の首が斬り飛ばされた。
「相変わらず思うが、ソレ、痛くないのか?」
斬り落としたゴブリンの首のうちの一つ、その脳天に複数本の茨の蔓を突き刺して探るメリスを見て、雄二は問う。
実はメリスの力である茨の蔓は、『メリスの体内から腕の皮膚を突き破って生えている』のだ。しっかり出血もしているのでその様はとても痛々しい。
「当然痛いですよ、当たり前じゃないですか。でも慣れましたし。」
さも当然と言わんばかりにメリスが答える。
「そ、そうか…」
やがてゴブリンの頭を探っていたメリスが、その茨の蔓を引き抜いた。
「残念ですが、このゴブリンは本当に無関係のようですね。特に目当てになりそうな記憶は見つかりませんでした。」
「そうか…」
そして屋敷の正門を開け、外へ出た二人。外は鬱蒼と茂る森の中で、空は雲一つない青空。
「さて、ここからどうしましょうか?」
メリスが雄二に問う。
「ワイルドゴブリンがあんな武装をしてたんだ。どこかに知性型種族の街か何かがあるはずだ。」
雄二は答えた。あのワイルドゴブリンが装備していた武装は明らかに人の手で作られた物ばかりだったのを既に分析していたのだ。
「と言う事は、まずは街を探してそこから聞き込みですね。」
「そういうことだ。」
出発前に、専用通信機『マギ・コール』で元の地球にいるエルメナに報告する。
『おおむね把握しましたよ~。じゃあこっちは野生型生物対策したうえで待ってますからね~。』
「あぁ、頼む。」
「ゲートシステム安定化したら呼んでくださいね~。」
コールを終えて歩き出そうとした瞬間だった。
「見られてますね。」
「見られてるな。」
周囲の木陰に、複数人の気配。さっきのゴブリンとは別ものの気配だ。
雄二は再び警告する。
「こちらに戦う意思はない。話が通じるのであれば対話に応じてほしいのだが?」
「…あんたら、邪教徒の関係者じゃないのか?」
その声と共に、木陰から4人の人間が姿を現した。
見た限り、男の剣士、男の斥候、男の魔法使い、女僧侶の計4名。
皆が皆、しっかりとした装備で身を固めている。
「邪教徒とやらは俺たちは知らないが…ここはその関連施設か何かだったのか?」
雄二がリーダーと思しき剣士の男に質問する。男は答えた。
「その口ぶりじゃ何も知らなそうだな…俺たちは冒険者ギルドからの依頼で、このあたりで活動していると噂されている邪教徒たちを追っていたんだ。」
「ちょっとリーダー…!?」
仲間たちがどよめき立つが、リーダーの剣士は手で皆を制す。
「大丈夫だろう、こいつらはおそらく敵ではない。それに、もしこいつらが邪教の一味なら、こんなにも堂々と姿を現すはずがない。」
「ご明察感謝します。」
メリスが頭を下げて礼を言う。
「俺の名前はアルフォード。見ての通り、剣を扱う戦士をしている。お前たちの名前は?何のためにこの地へ来た?」
リーダーの剣士が名を名乗った。
「私は境界警察局のメリス・ガーランドと申します。」
「同じく境界警察局の烏山雄二だ。姓が烏山、名が雄二だ。俺達は行方不明者捜索の任務のために"異世界からやってきた"。」
メリスと雄二がそれに答えた。同時にメリスは境界警察局手帳を取り出して開き、顔写真付きの階級章を見せる。どうせ理解はされないだろうというのはわかり切ってはいるが、見せることで何か特別なものを感じさせることは出来るのでいつも見せているのだ。
「きょ、きょうかいけいさつきょく…?」
当然ながら、4人の戦士達は困惑するのであった。
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