20:非番

境界警察局員寮の、雄二とメリスの部屋。

ベッドからメリスが起き上がる。いつも通り全裸。

「……う〜ん……。」

メリスは寝ぼけ眼で自分の隣を見やるが、そこにいつもいるはずの男は今日はいない。

先日の事件解決の際、窮地に陥ったために雄二はパワードスーツに搭載されている緊急用システム『オーバーバースト』を発動し事態を収拾したのだ。これは装着者の身体能力や魔力を急激に増幅する効果があるが、無理な超強化を施すために反動で肉体が大ダメージを受けてしまうのだ。そのせいで雄二はオーバーバースト使用後に倒れてしまい、一時入院となってしまったのだ。

そのため今雄二は病院にいるので、当然メリスの隣にはいない。

誰もいない枕元を見つめ、メリスは寂しい目つきになった。


メリスは寝間着を着て、朝食を作り食べていた。

メニューはクリーム山盛りのパンケーキ。砂糖マシマシのまさにメリス好みの朝食だ。

「……おいしい……。」

メリスはそれを黙々と食べていた。普段の雄二が同席しているときであれば満面の笑顔でパクパク食べているところだが、独りぼっちで自室で食べる朝食は、甘みをマシマシにしたはずなのにどこか物足りなさを感じるメリスであった。

「むー……。雄二がいないと味気ない。」

メリスは一人でブツブツ言いながら、残ったパンケーキを平らげていく。

やがて朝食を食べ終えたメリスは洗面所に向かい歯磨きをして髪を整え、出かける準備をした。

「さて、お見舞いにいかないと。」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「雄二〜、来ましたよ〜♪」

雄二のいる病室のドアを開けるメリス。

「おぅ。」

病室のベッド上で小さめの鉄アレイを持っていた雄二が返事する。

「流石雄二、もうそこまで復調したんですね。」

メリスは嬉しそうに雄二の元へ駆け寄る。

「おぅ。もう動いても大丈夫だ。」

「良かったぁ!じゃあ早速、その鍛えられた肉体に…。」

メリスは手をワキワキさせて雄二に近づくが、そんなメリスを雄二は片手で制した。

「待て待て待て。そこで止まれ。俺はまだ退院できないんだっつーの。もうしばらく治療に専念せにゃならねぇんだよ、わかるな?」

「あぅあ……。」

メリスはガックリと項垂れた。

「早く治して退院してくださいね……。」

「わかってるよ。あと2日もあれば十分だ、心配すんな。」

メリスの頭をポンポンと軽く叩く雄二。しかしそんな雄二の手をメリスはガシッと掴み、上目遣いで涙目で訴えるように訴えた。

「……寂しかったんだから……早く良くなってくださいね……。」

「わ、わかったわかったから……!」


その時、病室のドアがノックされた。

慌ててメリスは雄二から手を離し、雄二が返事をした。

「どうぞ〜。」

そうしてドアが開き、小学生の男女が入ってきた。

「伯父さ〜ん!」

そう言ってベッドに寄ってきた子供二人。この子達は雄二の妹夫婦の子供達なので雄二は伯父というわけだ。

子供は雄二によく懐いている。

「おっ、お前ら来たのか。」

「うん!お見舞いにきたよ〜!」

屈託の無い笑顔でそう言う子供達の頭を撫でながら雄二は笑った。

「そうかそうか、ありがとな!」

雄二と子供二人が仲良く戯れているのを見て、メリスも優しい笑みで見つめるのであった。


そして後から子供達の母親である雄二の妹、美春が入ってきた。

「お邪魔しまーす。」

「おぅ、美春。来てくれたのか。」

「お久しぶりです、美春さん。」

雄二とメリスは美春に挨拶した。

「お久しぶり、メリスさん!相変わらず兄さんとは?」

「えぇ、仲良くしてますよ〜♪」

雄二のいるベッドの側までやってきて美春は挨拶し、そんなメリスの言葉に安心したような表情をした。

「そっか〜良かった!ありがとうね!」

美春は笑いながらメリスの背中をポンポン叩いた。


「で、職務だから仕方ないとはいえ…兄さんもあんまりムチャはしないでくださいね。」

見舞い品のりんごを皮剥きしながら美春が兄である雄二に愚痴る。

「あぁ、わかってる。」

雄二は面倒くさそうに返事をした。そんな様子を見てメリスは苦笑いした。

「ははは……。」

メリスと美春は久しぶりの再会を喜び合い、しばらくの間二人で積もる話に花を咲かせていた。

そんな二人を見ながら雄二は思うのだった。

(しかし……こうして見るとホントよく馴染んだもんだなぁ……。)

昔、メリスとバディを組んで共に暮らすことをメッセージで妹や弟に報告した時は「あの兄が!?しかもアンデッドを!?」と正気を疑われたものだった。だが今となってはご覧の通りである。甥っ子姪っ子もすっかりメリスに懐いている。

そんな甥っ子姪っ子達を見て、雄二は改めて思うのだった。

(この光景を守るためにも、俺はまだまだ頑張らなければな。)



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そういえば、エルやギルディアスは何してるか聞いてるか?」

雄二はメリスに問うた。エルとはチームメイトのメカニックことエルメナ・エンジード、ギルディアスは新人の機光竜ギルディアスのことだ。

「あ、オレニュースで見たよ!!あの大怪我したドラゴンでしょ!?」

甥っ子の健太(けんた)が反応した。次いで姪っ子の灯里(あかり)も反応する。

「ドラゴンさん、痛そうだった…もう大丈夫なのかな?」

そんな子供達に、メリスが答える。

「大丈夫ですよ灯里ちゃん、あのドラゴンさんはもうすっかり元気になって、今は私と同じく雄二伯父さんの部下になったんですよ〜。」

「えっ!?そうなの!?」

「そうなんだ〜、よかった〜!」

メリスの答えを聞いて子供達は安心すると共に驚いた。

そしてスマホでギルディアスの写真を見せながらメリスは雄二に報告する。

「エルやギルディアスにもメッセしましたけど、何やら整備ドックで色々忙しいと言ってましたね。」

「忙しい?非番なのに??」

雄二が疑問に思う。メリスも相槌を打つ。

「そうなんですよ…何を企んでいるやら…。」

そんな話をしている間に、メリスの左袖を灯里が引っ張る。

「ねぇねぇ、あたしドラゴンさん見てみたいな〜。」

「あ、オレもドラゴン見たい!!」

健太も反応した。

「ちょっとあなた達、ワガママ言うもんじゃありません!」

母親である美春が嗜めるが…。

「「ヤダヤダヤダ〜!ドラゴン(さん)見たい見たい〜!!」」

子供達二人はゴネだしてしまう。

それを見て雄二とメリスも苦笑いした。

「仕方ないですね〜、じゃあ私が見学に連れていってあげましょうか?」

メリスがまず折れた。

「ちょ、メリスさん!?」

美春が驚くが、メリスは構わず電話をかけ始める。

「あーもしもしエルですか〜?実はかくかくしかじか…あ、見る分にはよし?私同伴必須?はいはいいいですよ〜。じゃ後ほど。」

そして電話を切ったメリスが子供達に向き直る。

「許可が降りましたよ。私から離れないのを約束できるなら、連れてってあげますがいかがです?」

「やったー!!」

「するする!わーいわーい!」

大喜びする子供達を見て美春がホッとし、雄二も安心したように笑った。そして電話を終えたメリスに礼を伝えるのだった。

「すまんなメリス、よろしく頼む。」

「いえいえ〜♪遠慮なんてせずいつでも頼ってください♪」

そんなやりとりをしながら、この後の予定が決まったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




数十分後。

境界警察局日本支部内のギルディアス用義肢整備ドックに、メリス、美春、健太、灯里の4人が訪れた。メリスは局員なので問題ないが美春達3人は入場許可証を首から下げている。

「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」

子供である健太と灯里は大興奮だ。それもそのはず、今目の前に全長15mにもなる巨体のドラゴンことギルディアスがドックの席に佇んでいるのだから。

『おぉ、よく来たな童達よ。話は聞いているぞ。』

ギルディアスがすぐに気づき、首を向けて挨拶する。

「すげー!!本物だ!!」

「でっかーい!!!」

健太と灯里が興奮している。そして美春もニコニコしながら挨拶する。

「この度は見学許可をありがとうございます…兄さんの部下になられたとのことで…。」

『うむ、その通りだ。ということはそなたが雄二の妹、そしてこの童達が甥御の健太に姪御の灯里だな?』

ギルディアスが美春達に問う。

「はい、オレがけんたです!」

「はい、あたしがあかりです!」

元気いっぱいに自己紹介する健太と灯里。

二人を微笑ましく思いながら美春も自己紹介する。

「私が美春です。兄がお世話になっています……。」

『そうか、よろしく頼むぞ。』

挨拶し終えた美春達にギルディアス。

そこでメリスが一つ、気付いた。

「そういえば、エルはどこですか?それに随分人が多いようですが…?」

そうメリスがギルディアスに問う。その疑問通り、ギルディアスの前には多くの人達が集まり何やら難しそうな話をしていたからだ。

白衣を着た日本人の技術者と思しき男性が数名、同じく白衣を着たエルフの医者が数名、作業用ツナギ姿のドワーフの職人が数名という面子だ。

そしてその面子の中に、エルメナ・エンジードもいた。

「むううぅぅぅぅぅぅぅ……!」

この大勢が皆首を揃えてうんうん唸りながら図面を睨んだり話し合ったりしている。

「…何してるんですかこれ?」

メリスが問う。それにはギルディアスが答えた。


『実はな、かつて我が使うことの出来た「人化魔法」の再構築をプロジェクトとして進めてくれている者達なのだ。』


「え、人化魔法!?」

その発言にメリスが驚く。それを横で聞いた子供達も興味を示した。

「え、何それ!?」

「ドラゴンさん、人間に変身できるの!?」

その子供達の声にギルディアスが答える。

『うむ、前の世界に住んでいた頃に我は人化魔法で人に化けて人間達の街に訪れては遊んでいた事があってな。だが…。』

ここでギルディアスは義体となった右腕に視線を向け、カシャカシャと動かす。

『傷つき倒れ、この機械化をして以降は人化魔法が使えなくなってしまったのだ。』

「え、そうなの!?」

「そんなぁ……。」

健太と灯里が残念そうな顔をする。だがそこでギルディアスは続けた。

『案ずるでない、原因は分かっておるからな。』

「その原因とは、やはり機械義肢の装着ですか?」

メリスが質問。ギルディアスは答える。

『うむ、その通りだ。純粋な肉体である左半身は我が感覚として人化の過程を覚えているのだが、機械化した右半身や翼は我の人化魔法に対応していないのだ。故に人化魔法を発動してもエラーが起きてしまって発動しないのだ。』

「そっかぁ……。」

「そうだったんだね〜……。」

健太と灯里が納得していると、美春が手を挙げる。

「あのぉ、つまりその対応化が出来れば人化魔法も使えるようになるんですね?」

『そう言うことだ。我のこの欠損部位を機械化した義体を我が肉体同様に人間型に変身出来るように変換する新しい術式を組んで、それを我が人化魔法の術式に組み込めば良いのだ。』

美春の発言にギルディアスが答えた。それを聞いてメリスや子供達も納得する。

「なるほど、対応化させればいいというわけですね。」

「じゃあそれができれば人間に変身できるんだね!」

『うむ、だがなぁ…。』

ここでギルディアスが困ったように頭を掻く。


『その対応化の術式というのがな…部品の一点一点、ネジ一本に至るまで全て対応化させねばならんのだ…。』


ギルディアス曰く。

変身魔法で対象の姿を完全に変化させるというのを魔法で行うのは本来非常に複雑で精密な術式を組まねばならない。特に肉体と機械が同時に存在する義体化対象の場合、肉体は一つの存在として変換出来るが機械部位はネジ一本から全てバラバラの別対象として変換を行わねばならず、もし変換された変身後の形が合わない形になってしまえば機械部位が自壊してしまうし、それが肉体との接合部位であれば尚更…ということだ。

当然、ギルディアスの義体部位の部品点数は非常に多く、それら全てに対応化術式を組まねばならない。

「それは……凄まじく大変な作業ですね……。」

メリスは気が遠のくような感覚を感じた。

『うむ、かなり大掛かりな施術になるであろう。そして非常に高度な技術が要求される。故にこうして多くの者達にまた協力してもらっているというわけだ。』

「……なるほどね〜。」

健太が感心しながらエルメナ達プロジェクトチームを見た。

こうしてギルディアスが説明している間もエルメナや集まったチームメイト達が喧々囂々と話し合い続けている。

エルメナや日本人技術者達が提案をするとまずエルフの医者達が「神経接合がズレてしまう」と意見を上げ、そこを調整すれば今度はドワーフの職人達から「部品が噛み合わなくなってしまう」と提言。そこを合わせようとすれば今度はエルメナが「私が設計したこの術式ではこれが限界」と反論し、医者達がまた異なる術式で意見を出す……という状況だ。

美春や健太達から見ても非常に難解で時間の掛かる作業であるということが見て取れた。

さらにギルディアスが補足する。

『しかも対応術式が完成した後、我の本来の変身魔法にそれを組み込む作業があるからな…そのために我も今、自身で使っていた変身魔法を術式として文面に起こさねばならないのだ…。』

そこでギルディアスは項垂れてしまう。

「え、どうしたのドラゴンさん?」

灯里が心配そうに見る。その声にギルディアスが情けなさそうに答える。

『いやその…今まで我は魔法と言うのは『感覚で』覚えて行使してきたのでな…今更文面に起こせと言われてもな…。』

「あぁ、そういうことですか…。」

メリスが納得する。美春も横でうんうんと頷いた。

健太と灯里はいまいちよく分かってなさそうだったので、メリスが補足説明する。

「健太くんに灯里ちゃん、さっきのギルディアスの説明をわかりやすくするとですね…そうですね…『普段何気なく遊んでるテレビゲームも、実はめちゃくちゃ複雑な文字列で作られてて、それを今になって全部文面でノートに書かなきゃいけない』という状態ですね。」

「うえええ!?そんなのオレ無理だよ!?」

健太が驚く。だが納得はしたようだ。

「まぁそうですよね…でもそうしないと人間に変身出来ないんですよ。だから今頑張ってるわけですね。」

メリスはそう言って説明を締めくくった。

「そうなんだ…大変だなぁ…。」

灯里が感想を言う。そんな声にギルディアスは優しく語りかける。

『だが我は諦めぬぞ。そうして再び人間に変身できるようになれば、そなた等とともに街で食事をしたり並んで旅をしたりと、楽しみを分かち合えるようになるのだからな。』

その言葉に、灯里と健太が反応した。

「ドラゴンさん、それって…。」

「オレたちと遊んでくれるってこと?」

その問いを、ギルディアスが肯定する。

『うむ、そのとおりだ。そなた等さえ良ければだが……どうだ?』

「うん!私遊びたい!」

「オレも!」

二人はすぐに了承した。そんな子供達の楽しそうな声を聞きながら、メリスが微笑む。

「フフっ……よかったですね、二人とも。」

美春も微笑みながら頷いた。

「ええ、本当に……。さあ二人とも、あまりお邪魔してはいけないわ。メリスさん、エルメナさんもお仕事なさってるでしょうし、そろそろ私達は帰りましょうか。」

美春の意見にメリスも賛同する。

「そうですね。それじゃあ健太くんに灯里ちゃん、ギルディアス達はこれから忙しくなりますしそろそろ帰りましょうね。」

「うん!」

「はーい!」

健太と灯里は素直に従う。

「ドラゴンさん、オレ達帰るね!」

『うむ、気をつけてな。また来るがよい。』

「うん!」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




そうして、4人はギルディアス達に見送られながら境界警察局日本支部を後にしたのだった。

「あ〜面白かった〜!」

「変身できるようになったドラゴンさんと遊ぶ約束もしたしね〜!」

美春が運転する車での帰り道、健太と灯里は今日の視察を振り返りながら楽しげにおしゃべりしている。

メリスと美春はそんな二人を見て、また微笑む。

「二人とも楽しそうですね。」

「ええ、連れてきてよかったわ。」

そう話しながら4人は車で帰り道をひた走った。


メリスの暮らす境界警察局員寮の前で車が停まり、ここでメリスが車から降りた。

「それでは今日はこれで。また会いましょうね♪」

そう言ってメリスは右手から2本の茨を生やし、先端に真っ赤な薔薇の花を咲かせる。その2輪の花を切り離し、健太と灯里に渡した。

「おぉ〜!」

「わ〜、ありがとうお姉ちゃん!!」

2人は嬉しそうに花びらを見つめる。

「フフ、どういたしまして♪今日は見学を楽しんでくれてありがとう。また来てね?」

メリスはそう言って二人に別れを告げる。

「うん!またね!」

「ばいば〜い!」

健太と灯里は元気に挨拶した。メリスも挨拶を返す。

「はい、さようなら。」

メリスが手を振って別れを告げた後、美春が車を発進させた。健太と灯里を乗せた美春の車は家路へと走り去っていくのだった……。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『そうか、あいつらは楽しんでくれたか。』

「えぇ、特に邪魔をすることもありませんでした。お行儀良い子達でしたよ。」

スマホ通話でメリスは雄二に今日のことを報告していた。

『それなら何よりだ。』

「それと、ギルディアスが人化魔法を復活させるためにエルや義体化スタッフ等を集めてプロジェクトチーム組んでましたよ。」

『人化魔法!?あいつそんな事出来たのか。』

電話口の向こうで雄二が驚く。

「えぇ、以前の健常時はそれで人里に降りていたそうですよ。でも…。」

『義体化が影響して出来なくなった、というわけか。』

「えぇ、それで義体化部位を対応化させるために総動員でかかってましたよ。なんでも、ネジ一本から全部対応化術式を組まなきゃダメだそうで…。」

『気が遠くなりそうだな…。』

電話越しでも雄二の呆れ顔が目に浮かぶような口調だった。

「ええ、さすがに気が遠くなる作業だと思います…まぁだからといって、私達にはどうすることも出来ませんけど。」

『そりゃな。』

メリスと雄二は暫く黙ってしまった。が、雄二が気を取り直すように続ける。

『だが、ギルディアスが人化魔法を復活させることができれば対応可能になる案件がまたぐっと増えることにもなるだろうし、俺達は期待して待つだけだな。』

「えぇ、それが一番ですね。」

二人は今後の展望を想像し、笑い合うのだった……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



寮の自室で夕食を用意するメリス。メニューは近所のコンビニで買ってきた甘い菓子パン、それもかなりの数だ。普段なら雄二にこっぴどく叱られるであろう不健康なメニューだが、肝心の雄二はまだ入院中で不在なのでここぞとばかりに大人買いしたのだ。

「フフフ、たまにはいいですよね〜♪」

そう言って、まずはメロンパンにかぶりつくメリス。

そのままどんどん他のパンにもかぶりついていくメリスであった。

…しかしやはり、朝食のときと同じものを感じていた。

「……やっぱり味気ない…。」

雄二がいないことに対する、寂しさがまたぶり返していたのだ。


自身のデスクに座るメリス。そこで彼女は愛銃であるコルト・デルタエリート・アダマンタイトビルド『シェード』を取り出し、分解整備を始める。

「……シェード……。」

銃のスライドに刻印された銘『シェード』を眺めながらメリスは物思いにふける。この銘は、メリスの弟の名から取られている。

もう200年以上も前の話、メリスがまだ人間だった頃、唯一心を開いてくれたのが弟シェードのみであった。

彼は体が弱く頻繁に熱を出して寝込んでしまう子であったが、いつも虐待にさらされていたメリスを気遣い、時には逃げるのを手伝ってくれたりもした。貴族としての社交パーティからケーキなどをくすねてはメリスに与えてくれた。そんな、あの悪逆非道な実家のDNAから生まれたとはとても思えないほどに心優しい、自慢の弟であった。

だが、自分が強制的に嫁ぎ先に送られる際に離れ離れにされてしまい、そのまま会えず仕舞いとなってしまったのだ。シェード本人はずっと姉メリスのことを思いながら病に倒れ息を引き取ったという。

メリスはその後リッチになり、絶望のままに当時いた世界を完全に滅ぼした。その後孤独に苛まれたメリスがもがいた結果地球に辿り着き、雄二と巡り会った。それから多くの人達に助けられ、今こうして大変ながらも幸せな日々を謳歌しているのだ。

そんな中で境界警察局員としての装備として銃を持つことになり、その時に弟の名である『シェード』を銘として刻み込んだのだ。

そしてそれからずっと、シェードはずっとメリスの愛銃として共にあり続けてくれた。

「ねぇ、シェード…お姉ちゃん、今とっても幸せなの…。シェードはどう?私と一緒で幸せ?」

メリスはシェードを優しく撫でながらそう語り掛ける。勿論銃であるシェードが答えるわけもないが、それでも自分の弟には話をしたいのだ。そしてシェードもまた、それをわかっているかのように感じた。

「……そうだよね、ありがとう。」

そう言って、メリスは再び整備を続けるのだった……。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




後日、退院して職務に復帰した雄二とメリスの元に、エルメナからメッセージが送られた。

『ギルディアスの人化魔法再構成完了』

という内容であった。

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