08:異世界側王族亡命事件(後)

ある日、決死の転移魔法によって意図せず地球へと渡界してきた、異世界『クレース王国』王女リンネ・クレースとその従者ミリィ。


異世界側王族がこの日本に亡命してきたことによって、日本国とクレース王国間で『境界間及び国家間の緊急事態』宣言が出され、境界連盟機構横田駐屯地所属第18即応部隊と境界警察局担当官等によるクレース王国治安回復のための作戦が開始された。








クレース王国王都の某裏路地に、境界警察局が担当するサブゲートが開いた。今回は境界連盟機構指揮下による緊急対応のため開門前の警告も一切なしだ。


「さて、まずは突入成功だな。」


周囲を警戒しながら王都に足を踏み入れた雄二。


続けてメリスも王都の土を踏みしめる。


「…妙にピリピリした空気ですね?」


周囲を見渡すメリスの目付きが鋭くなる。


王都にはあまり似つかわしくない、殺気立った空気が充満していた。


「雄二、どうです?」


「………レーダーで見える限り、路地を出たところに人間多数。だが動きが統率されている。一般市民じゃない。」


パワードスーツのヘルメットバイザーを確認しながら雄二が答える。


「…クレース王国軍でしょうか?」


メリスが問うが、雄二は首を横に振る。


「鎧のエンブレムが、リンネから聞いていたエンブレムと違う。別の国の軍かもしれん。」






「お前たち!そこで何をしている!!」






路地の向こうにいた別の国の兵士の一人が、路地裏に隠れていた雄二とメリスに気づき、警告をしてきた。


「「!!」」


雄二とメリスが兵士に向き合う。


「お前たち、もしかして逃げ遅れた冒険者か?ならばこちらだ、急げ!」


兵士は雄二達に対し、なんと手招きをしたのだ。よく見れば剣も鞘に収めており抜いていない。敵意はない、ということだ。


「…ひとまず同行しよう。情報が聞き出せるかもしれん。」


雄二はアームキャノンにロックを掛け、兵士に従って歩き出した。メリスもそれに続く。


「わかりました。」




兵士の案内でやってきたのは、王都外壁の外であった。


しかもそこには、仮設テントがいくつも並ぶ臨時拠点が広がっていた。テントにはクレース王国ではない、別の国のエンブレムが刻まれている。そして其々のテントで、今まさに逃げてきたであろうクレース王国民と思われる一般市民が別国兵士らから炊き出しを受けていた。


「…どういうことですか?これ…。」


メリスの目が点になった。


「…俺にもわからん。」


ヘルメットの下で雄二も鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになっていた。


「……メリス、テントで話を聞いてみよう。」


「はい。」


雄二とメリスは、兵士に誘導されるままテントのひとつに通された。


そのテントは避難民名簿の登録所になっていたようで、先に避難していたであろう王国民が記帳担当の別国兵士に名乗り、記帳を受けていた。


気がつけば雄二とメリスの順番になったようで、兵士が雄二達に聞く。


「よし、次の者、名前は?」


そこで雄二は手で待ったをかけた。


「すまない、俺と彼女は王国民ではない。特別権限により異世界から派遣された、境界警察局の者だ。」


メリスも境界警察局手帳を出して続く。


「よろしければ、上の階級の方にお話を伺いたいのですが。」


その二人の行動を見て兵士達は目が点になった。並んでいた王国民もどよめき出す。


「きょ、きょうかいけいさつきょく?」


「たしかに妙な格好とは思っていたが…。」


「ひとまず列から出てくれ。次の王国民の記帳を行う。」


そう言って兵士の一人が雄二とメリスを列から出す。


「あぁ、すまない。邪魔をするつもりはなかったからな。」


「ありがとうございます。」


二人は兵士に丁寧に礼を述べる。




その後兵士が別のテントに伝令に行き、すぐに戻ってきた。


「目通りが許可された。ついて来い。」




やや装飾が豪華な別のテントに案内された雄二とメリス。


「無礼の無いようにな。」


そう兵士に言われながらテント内へ案内された。


そこには、長机で地図を囲んで話し合う上級騎士らがいた。そしてその中に一人、中学生かと思うほどの異常に若い少年が立派な鎧姿で会議に参加していた。


「そうか、未だ見つかってはおらぬか…。」


その少年は表情が暗い。目に隈も出来ている。


「申し訳御座いません殿下…未だ難民名簿にも出てこられないようで…」


配下と思しき上級騎士も彼の身を心配しているようだ。


そこに、雄二達を連れてきた兵士が進言した。


「失礼します!例の二人組みを連れて参りました!」


その声に少年が反応する。


「おぉ、来たか。ご苦労であった、下がるが良い。」


「はっ!」


少年は兵士を労い、下がらせた。


そして他の上級騎士らと共に雄二達に向き合う。


「さて、伝令で簡単なことは聞いておる。そなたらが、その…」


「特別権限により異世界から参りました、境界警察局の烏山雄二と申します。姓が烏山、名が雄二です。」


「同じく境界警察局のメリス・ガーランドと申します。」


少年に話しかけられ、雄二とメリスは名乗りを上げる。


「異世界からの来訪者、だと…!?」


「そんな話を信じられるのか…?」


騎士たちは困惑するも、礼儀正しく名乗った二人に対し、少年も名乗った。


「ユージ・カラスヤマにメリス・ガーランドだな。余はドレイク帝国第一皇子、カイゼル・ドレイクである。」


「「!?」」


少年……皇子の名乗りを聞いて、雄二とメリスは驚きを隠せない。


「皇子殿下…失礼しました!!」


雄二とメリスは最敬礼で返す。


「よい、今はそれどころではないのだしな。」


皇子カイゼルは雄二達を宥める。


そしてそのままカイゼルは雄二達に問うた。


「そなたら、異世界から参ったと言っていたが…何故このクレース王国にやってきたのだ?この国とどういう関係だ?」


そう問うカイゼルの目は疲れが滲み出ている。


雄二はこう答えた。


「……誠に失礼ながら、『境界間及び国家間の緊急事態』により、迂闊に話すわけには参りません。まずは、クレース王国とは別国である貴国、ドレイク帝国の皆様方がここで何をされていらっしゃるかを話せる範囲で構いませんのでお話いただければ、と。」


「貴様!殿下に対し無礼であるぞ!」


側にいた上級騎士が剣を抜こうとするが、それをカイゼルが止める。


「控えよ!今は余が話しているのだ!」


「!?…申し訳御座いません。」


上級騎士は剣から手を離す。


「さて、普通なら話すわけには、と言いたいところではあるが…正直、藁にも縋る思いであるのは間違いない。皆の者も周知であるだろうしな。」


そう言って皇子カイゼルは雄二とメリスに問うた。


「そなたら、王都内でクレース王族の娘を見なかったか?銀髪で、名を『リンネ・クレース』と言うのだが…。」


「「えっ!?」」


カイゼルの口から出た名、それを聞いて雄二とメリスは驚く。








元々クレース王国と隣国ドレイク帝国は非常に友好的な関係を築いていた。


帝国は防衛技術の提供、王国側は魔法技術の提供、それ以外にもそれぞれの特産品貿易等で良好な関係だった。また王族間や貴族間で政略結婚も推奨されより強固な関係を築いていた。


そんな中で、当時8才だった帝国第一皇子カイゼルは同じく当時5才だった王国王女リンネと初顔合わせをすることになった。


リンネは当時カイゼルを見て「かっこいい皇子様」とやや好意的であった程度なのだが、カイゼルから見てリンネは、あまりにも美しすぎた。一目惚れであったのだ。


そこから二人は文通などを経て関係を親密にしていった。その中でカイゼルはリンネから兄イクスに関する悩みも聞いていた。イクスの浮名、時折視線が怪しいなど。そんなリンネをカイゼルは心配し、イクスを訝しんでいた。


そんな矢先の出来事だったのだ。王国王子イクスが乱心したのは。


王都で暴動が起きたと、王国騎士からの伝書鳩で知らせが届いたドレイク帝国皇室。元々クレース王国とドレイク帝国は友好国であるから、王国内での暴動鎮圧に加勢したい旨と、同時にイクスの真意を問いたいとドレイク帝国の皇帝であるカイゼルの父が申し出た。


そこで皇子であるカイゼルが名乗り出た。愛する婚約者リンネを助けるために向かいたいと。父である皇帝と皇子カイゼルの話し合いは夜通し続いたが、最終的に友好国としての体裁も保つためという名目で『巻き込まれているクレース王国民を一人でも多く救助せよ』という任務を与えられることで出撃が許可された。これで堂々とリンネを救うことが出来る。


そうして現在に至る、というわけである。








「リンネ!本当に、リンネなのか……!!」


『はい、その通りでございますカイゼル様…!!』


マギ・コールによるビデオ通話。境界を隔てた遠隔通信で映像越しにリンネとカイゼルはようやく再会を果たしたのだ。


「まさか、そなたが転移魔法で世界を飛び越えていたとはな……本当に、無事で良かった……!!」


『私もでございますカイゼル様…もうお会いできないままこの世を去ることになるかと思っておりました…。』


感極まった二人が涙ながらに再会を喜ぶ。


雄二とメリスも、その様子を見てようやく一安心。


そして暫し語り合った後、涙を拭った皇子カイゼルが雄二とメリスに礼を述べた。


「異界より参られし、境界警察局の者達よ!王女リンネの命を救ってくれたこと、誠に大儀であった!」


その皇子の礼に、雄二とメリスも最敬礼で答える。


「「ありがとうございます。」」




「さて、これで憂いの一つは消えた。ここからはそなたの兄イクスのことだ。」


『兄様、ですね…。』


気持ちを切り替えてカイゼルはこの場の皆に向き合う。


「今王城内はどうなっているのか、王子イクスは何をしているのか、だな。」


机の上の地図に視線を落として睨み顔になるカイゼル。


そこにメリスが進言した。


「皇子殿下、現在我々と同時に作戦行動中の境界連盟機構の第18即応部隊偵察班が王城内に潜入しております。このマギ・コールを利用して即時通信も可能ですがいかがなさいますか?」


「何と!?既に王城に!?」


上級騎士が驚きの声を上げる。カイゼルは意外と冷静に答えた。


「世界を飛び越えてやって来れる者達だ。いきなり王城内に飛び込めても不思議はないのだろう。」


「はい、彼らも王城地下通路内に門(ポータル)を開いて潜入しております。映像通信も可能です。」


そのメリスの報告にカイゼルは即答した。


「なるほど、ならば直ちに繋いでくれ。」








マギ・コールにより、境界連盟機構横田駐屯地と日本国外務省、そしてドレイク帝国との間で臨時ホットラインが構築され、第18即応部隊とドレイク帝国軍が共闘体制をとることとなった。


これにより、王城内で偵察中の第18即応部隊偵察班のリアルタイム配信がドレイク帝国軍臨時拠点であるカイゼル皇子のいるテントに中継されることとなる。


それは、今まで不明であった王城で起こっている事態を公の場で明らかにすることを意味していた。


勿論雄二とメリスもカイゼルと対面しながらリアルタイムで偵察班の映像をチェックしていた。


映像内では、地下通路から王城廊下に出た部隊員が銃を構えながら城内を進んでいる。


廊下は、血塗れであった。


『…これはひどい…。』


映像内の兵士が言葉を漏らす。映像を見ている全員も思わず顔をしかめてしまう。


廊下には人の死体が所狭しと散らばっているのだ。


『准尉、こっちにも死体が……。』


『あぁ、全部、王城勤務の人達みたいだな……。』


カメラが死体にズームする。確かに使用人や兵士など服装もバラバラで、中には貴族のものも混ざっていた。


その死体を見て、地球側で映像を見ていたリンネは思わず気分を悪くしてしまう。


『あぁ……』


『リンネ様、ご無理はなさらないでください!』


従者ミリィがリンネを下がらせる。


「済まぬな従者よ、リンネを頼む。」


『かしこまりました、皇子殿下。』


カイゼルがミリィをねぎらう。そして映像に再び目を向けた。


「…何を考えておるのだ、イクスよ…。」


カイゼルにとって、見覚えのある宰相らの遺体も多数転がっているのが確認できてしまった。




続いて映像は王妃の居室へと移動する。リンネとミリィの証言によればここで王子イクスが暴走し王妃を惨殺した、とのことであったが…。


そこにあったのは、惨殺死体だらけになった王妃の部屋だった。


王妃の従者と思われる女達の死体が周辺にバラバラに散らばっており、王妃本人は剣でバラバラにされた後に火炎魔法で念入りに焼かれたのか、元が人だったとすら判別できない炭の欠片のような状態となっていた。


あの美しく気品ある王妃の部屋は、見るも無残な地獄絵図と化していた。


「何ということだ……イクス、貴様は母君まで手にかけたのか……!」


思わずカイゼルが呟く。そして雄二とメリスも動揺した。


「ここまでの念の入れよう…これは酷すぎる…。」


「……くっ…!」


ここで、通信で繋がっていた第18即応部隊隊長のドリス・アン・ビルソン大佐から部隊に指令が入る。


『リンネ王女殿下の意思である。偵察班は王妃殿下のご遺体及び遺留品の回収を急げ。…判別できる分で構わん。』


『…イエス・マム。』


大佐の指令で偵察班は死体袋を取り出し、王妃と思われる炭化した遺体と遺留品を回収していった。




結局、王城内に生存者は一切確認できなかった。


やがて偵察班が謁見の間の扉に辿り着く。


『こちら偵察班、謁見の間に到達。』


『こちらHQ、了解。これよりメインゲートから制圧班を突入させる。それまで待機せよ。』


『こちら偵察班、了解。』




ここまで映像を見ていた、ドレイク帝国軍及び境界警察局。


皇子カイゼルは立ち上がり、雄二とメリス、そして通信の向こう側にいるビルソン大佐に言い放った。


「異界より参られし者達よ、この謁見の間まで我が軍勢を転移させることは可能か?少数で構わぬ。」


その言葉に、通信先のビルソン大佐が答えた。


『現在、境界警察局で開門したサブゲートが市街地内に開いています。そこから我々側の世界である地球を経由してメインゲートから城内への突入は可能であります。』


それを聞いてカイゼルは即決断した。


「よし!ならばすぐにでも!!」


「お待ち下さい殿下!!そのようなお疲れの状態ではいけませぬ!」


上級騎士が皇子カイゼルの逸る気持ちをたしなめる。


「殿下はもう何日もお休みになられておられないのですぞ!そのような状態では剣の腕も鈍りますぞ!」


「し、しかしだな…!!」


『カイゼル様!!』


カイゼルに更に待ったをかけたのが、地球にいる王女リンネであった。


『私はもう、大切な人達にいなくなって欲しくはないのです…。どうか、ここにいてください…お願いです…!!』


そう言って涙目になるリンネ。愛する人にこう来られてはカイゼルも折れざるを得ない。


「わかった…心配させてしまってすまなかった、リンネ。」


『ありがとうございます…。』


そしてカイゼルは自分を止めた一人である上級騎士に向き直る。


「では、我が腹心であり剣の師でもある、上級騎士オリヴァー・ベルン卿よ!手勢の者達を連れて異界の者達とともに王城内へ突入し、事態の収集に当たれ!」


指名を受けた上級騎士オリヴァー・ベルンは皇子カイゼルの命に敬礼し答えた。


「かしこまりました、カイゼル・ドレイク皇子殿下!」


続けてカイゼルは雄二とメリスにも命じた。


「そして境界警察局の者達よ!ベルン卿と手勢の者達を王城へ通じる異界への門へ案内してほしい!」


その命に、雄二とメリスは敬礼し答えた。


「了解いたしました、皇子殿下!」


「ご協力、ありがとうございます!」






謁見の間の扉の前に、メインゲートを通って部隊が合流した。


第18即応部隊本隊、


境界警察局の雄二とメリス、


そしてドレイク帝国上級騎士オリヴァー・ベルン卿とその手勢の帝国兵達。


また、第18即応部隊の蟲人種(インセクティアン)であるマンフレート・ベッカー准尉と、パワードスーツを装着している雄二がカメラを持っており常に地球側の境界連盟機構と境界警察局に中継されている。さらには一時貸与という形でオリヴァー・ベルン卿にもミニカメラが貸与されており、彼の視点は帝国軍臨時拠点のカイゼルのもとに中継されている。


「殿下、見えておりますでしょうか?」


『よく見えるぞベルン卿!そちの働き、期待しておるぞ!』


「もったいなきお言葉!!」




ベッカー准尉と雄二が、扉に手をかける。


「では、突入します!」


一気に扉を開け、全員が謁見の間に突入した。






「やっと来たのか、待ちくたびれたぞ脇役共。」


血塗れの玉座にふてぶてしく座る、血塗れの王子イクス。


その足元に、血塗れとなって事切れたクレース国王がイクスに足蹴にされて横たわっていた。


『お父様!!!』


通信越しにその光景を見てしまったリンネが叫んだ。もちろんその声はイクスに届く。


「あぁ?今愚昧の声が聞こえたような??」


王族の気品などまるで感じない下品な言葉遣いでリンネの姿を探すイクス。


「あなたの妹リンネ・クレース王女殿下ならこの場にはいませんよ。通信で遠方から見てますがね。」


メリスがイクスに言う。


「んだよそりゃ、この場にはいねぇのかよクソが…つうかてめぇ誰だよ?」


「私は境界警察局、異界の者です。」


「あぁ?イクスを知らねぇのか?下等生物が。」


メリスがイクスに答えるが、イクスは更に醜く下品な物言いで返す。


メリスも少々頭にきた。


そこに、カイゼルの名代として来たオリヴァー・ベルン卿が剣を抜き言い放つ。


「クレース王国王子、いや、逆賊イクス!貴様、クレース王国王子でありながら実の父たる国王陛下を手に掛けたな!?」


「はぁ?だからどうした?」


さも当然のように、イクスはそう言い放つ。ベルン卿は更に言い放つ。


「貴様の浮名と醜聞は王国民も我々帝国民も知るところ!その貴様が一国の国王を手に掛けるとは、最早言い逃れ出来ぬぞ!」


「んだよそれがどうしたってんだよ!邪魔なゴミクズはさっさと掃除しねぇとだろ?そうだろ?」


…もはや会話が成立する相手ではない。


それでも通信先にいるリンネが兄イクスに必死に問いかける。


『兄様…あなたはどうしてこんなことを…あんなに幸せだった王国の何が不満だったというのですか?』


一緒に通信先にいるカイゼルもイクスに問うた。


『王子イクス…いずれ義兄上になるであろう人…なぜこのような凶行に走ったのです?それに、宰相も使用人も兵士も国民すら…そんな事をしては、クレース王国が…』








「滅んじまえばいいんだよこんなクソ国も!クソ世界も!何もかも、何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかもおおおおおおおおお!!!!!!!」










最早正気ではない。完全に錯乱し、そして開き直った『化け物』の凶行であった。


「俺が王になればいいんだろ!?それが間違ってるってのかよ!なら俺以外全員皆殺しでいいんだよ!俺だけ居ればいい、俺さえあればいいんだ、それでいいんだから!」


そう言いながらイクスは血に塗れた剣を振り上げた。


「この世界はなぁ!俺が主人公なんだよ!!主人公に歯向かうテメェ等はなあ!!全員敵なんだよ!!敵は倒して!俺がハッピーエンドで終わり!!それでいいじゃねぇか!!」


そして、剣の切っ先をベルン卿に向ける。


「これは『主人公』の俺が仕組んだ正しい『物語』なんだ!!この世界の王として!あらゆる人間を支配して見下してやるぜ!!」








「リンネ・クレース王女殿下。ここから先は映像を切ることを強く推奨します。」








メリスの腕から瞬時に伸ばされた茨の蔓、その1本がイクスの剣を絡め取り、もう1本が剣を握っていた右手を手首から斬り飛ばした。






「貴様ああああああああああ!!!この『主人公』である俺の腕をよくもおおおおおおおおおおおお!!!」


残った左手を構え、魔法を発動する。無数の炎の矢が現れ、一同へ向けて放たれた。




しかし、その魔法は届かなかった。数発は雄二のプラズマビームで迎撃され、さらに数発は即応部隊の射撃で迎撃され、残った数発も帝国軍の魔道士による結界魔法で防がれた。




「クソが…何なんだよ…俺がこの世界の主人公のはずだろ!?何で…何でお前らの方が輝いてんだよ…!!」


斬り飛ばされた右腕を押さえながらイクスは呻いた。


その呻きに、メリスが言う。


「人は誰しも、『自分という物語の主人公』です。それは言い換えれば、『誰しもが主人公であり、真の主人公は誰一人としていない』とも言えるのです。」


茨をくねらせながらメリスは鋭い目つきでイクスを睨む。


そこにオリヴァー・ベルン卿も続いた。


「そしてイクス、そなたには多くのご家族がおられた。皆、そなたをずっと心配していたのですぞ。そのことはリンネ王女殿下からの手紙でカイゼル皇子殿下含む我々帝国も知っておりましたぞ。」


言いながら、ベルン卿は剣を構える。


「そんな、そなたを導こうとしてくれた家族を、そなたは…いや貴様は、自らの手で斬って捨てたのだ!あまつさえ、世界すら敵と見なし焼き払おうとした!もはや、貴様のやっていたことは国の統治でも民の為にでも何でもない!ただの『悲劇』でしかない!!」


それを聞いたイクスの表情が、より醜く歪んだ。


「俺こそが主人公なんだよおおお!!お前ら全員俺の引き立て役だろがあ!!お前らはただ主人公である俺にひれ伏していればいいんだよお!!俺が全部持っていってやるからよお!!」


喚き散らしながらイクスは左手を構え、炎の玉をメリスとベルン卿に向けて発射する。


しかし、それも雄二のプラズマビームが相殺した。


爆裂する熱風で一時的に双方の視界が塞がれる。


あまりの熱さにイクスは左腕で顔を守る。




その熱風の隙間から、境界連盟機構准尉、蟲人種のマンフレート・ベッカーが勢いよく飛び込んできた。


元が蟷螂であることを物語る強靭な腕が、イクスの体をガッチリと挟み込み、万力のように締め上げる。


「があああああああああああああああ!!!!!!」


絶叫するイクス。それに対し、ベッカー准尉はニヤリと笑う。


「あまり人のことは言えねぇけどよ……『物語の脇役』ってのは、テメェのことだぜ?」


そのままベッカー准尉はイクスの体を持ち上げた。イクスの体がバキバキと軋む音が響き渡る。


「ぐああああああ!!放せえええええ!!」


イクスの叫びを無視し、ベッカー准尉はイクスを床に叩きつける。


叩きつけられたイクスはそのまま玉座の前の階段を転げ落ち、メリスとベルン卿の前に倒れた。


「げほっ……ごっ……」


顔面を強く打ち、イクスの視界がチカチカと点滅している。


そんな彼に、メリスは再び茨の蔓を伸ばす。


そして茨をイクスの脳天に次々と突き刺していった。


「があああああああああああああああ!!!!!!」


激痛に悶えるイクス。必死に左手で魔法を放とうとするも集中できないため当然発動しない。


そしてメリスは突き刺した茨からイクスの記憶、思いを読み取った。


…そうしてメリスは感じ取ってしまった。




クレース王国王子として生を受けたイクスは、『生まれた瞬間から、魂の形そのものが、魔物のソレであった』ということを。




「………本当に、本当に『この世界の主人公でありたかった』だけだったのですね……誰のことも信じられず、周囲の全てが本当に『敵としか思えなかった』のですね…家族ですらも…。」


そう呟いて、メリスは茨をイクスの頭から引き抜いた。


そしてイクスは痛みに塗れた体を引きずりながら逃げ出そうとする。


だがそれを見逃すはずはない。


「終わりです、逆賊イクス…兵士達よ!逆賊イクスを拘束せよ!」


「はっ!」


オリヴァー・ベルン卿の命令により帝国軍兵士達がイクスを捕縛した。


「放せ!放せよ!!くそ、死ねええ!!」


兵士の拘束を振り解こうとするも、もう力などイクスには残っていなかった。




メリスと雄二、ベッカー准尉、ベルン卿が玉座前に倒れ伏している国王のもとに駆け寄った。


映像を再び繋ぎ、メリスと雄二のダブルチェックを国王に対し行った。


…そうして、クレース国王の崩御を改めて確認したのである。


「…申し訳ありません、リンネさん……。」


「突入が遅すぎました…。」


メリスと雄二が、リンネに通信で謝罪した。


『いえ、お二人のせいではありません……皆様、ご無事で何よりでした。お父様は残念なことになってしまいましたが、最期まで私のことを守っての事と理解しております……せめて、お母様とともに安らかに眠られるのを祈ります……。』


そのやり取りを見て、今度はカイゼルが話しかけた。


『リンネよ、そなたの悲しみはそなただけには背負わせはせぬ。その想い、余にも一緒に背負わせてはくれないか。』


『カイゼル様…ありがとうございます……。』












それから、数日が経過した。










クレース王国は、逆賊イクスによって全官僚が殺害され、もはや国としての運営が絶望的という状況に陥らされてしまっていた。


そのうえ、救援に駆けつけ王国民を助け出したドレイク帝国軍が非常に好意的に受け入れられたこともあって、この瞬間を持ってクレース王国はドレイク帝国領として併合され、『ドレイク帝国領クレースティア』として新たに出発することとなった。


今回救出された旧王国民は、帝国皇子カイゼルの演説によって知ることとなった王女リンネの生存を喜び、国王と王妃の崩御を深く悲しんだ。そして全ての元凶である逆賊イクスへの怒りを爆発させるが、その逆賊イクス本人がベルン卿に引き摺られて処刑台に連れてこられたことで興奮が最高潮に。イクスは旧王国民に対し性懲りも無く喚き散らすも、その哀れな姿に怒りを通り越して呆れる者達が続出。そしてベルン卿の手で、斬首刑に処されたのであった。


その光景を、メリス、雄二、ベッカー他、イクスを捕えた戦士達は複雑な心境で眺めていたという。


ドレイク帝国領クレースティア領主代行にはカイゼル皇子からの命によりオリヴァー・ベルン卿が就任することとなり、帝国首都からも優秀な人材を派遣するようカイゼル皇子が手配。クレースティアは治安が回復し、着実に復興への道を歩み始めた。


こうして安全が確保されたため、ドレイク帝国と日本国での手続きを経て、ようやくリンネとミリィが元の世界へと帰還することとなった。






ドレイク帝国領クレースティア、中央広場。新たに建てられた大きな墓標には旧クレース王国国王と王妃の名が刻まれており、旧王国民から献花された花で彩られている。


ここに改めて門(ポータル)が設置され、ドレイク帝国官僚や使用人等によって式典の準備が整えられていた。


帝国民として正式に受け入れられた旧王国民が式典のために集まり、帝国側出席者としてベルン卿や多くの帝国官僚に帝国皇帝、そして皇子カイゼル。


そして門を通りやってきた地球側出席者。境界警察局の雄二とメリス、境界連盟機構のビルソン大佐にベッカー准尉、日本国外務省の政田隆二郎に総理大臣、そして亡命していたリンネ・クレースとミリィ。


帝国皇帝と日本国総理大臣がそれぞれ一礼し合う。


「この度はご足労頂き、ありがとうございます。」


「こちらこそ、我が息子の伴侶を救って頂き、感謝の言葉もない。」


その直後、待ち切れなかった皇子カイゼルが王女リンネのもとへ駆け寄っていった。


「リンネ!!」


「カイゼル様!!」


お互いに強く抱きしめ合い、再会を喜びあう。その瞬間に周囲から大歓声が上がった。各国出席者たちも思わず拍手。


「良かったですね、リンネさん……。」


地球側で療養中にリンネと親しくなっていたビルソン大佐は呟きつつ、目尻に少し涙が浮かんでいた。ミリィも同じく涙が滲んでいた。






リンネはカイゼルと手を繋ぎながら、両親が眠る墓標の前に立った。合わせて出席者も全員墓標の前に並ぶ。


「お父様、お母様、ただ今帰りました…。私は無事です。そして……皆様のおかげで……またこうして再会することができました……。」


リンネは両親に語りかけた。それを聞いたカイゼルや参列者も穏やかな表情を浮かべる。


「お父様、お母様、心配しないでくださいませ…これからは皆様と、カイゼル様とともに歩んで参ります。どうか、これからも見守っていてください…。」


そう言って、リンネは目を閉じ黙祷する。


それに合わせて帝国側出席者等が帝国式の敬礼をし、地球側出席者等も敬礼する。


暫しの黙祷の後、カイゼルが口を開いた。


「リンネよ、其方がどのような道を選ぼうとも、余は最後まで其方の傍にいるぞ。」


「カイゼル様……。」


それを聞いたリンネは目に涙を浮かべながら微笑んだ。








こうして、『境界間及び国家間の緊急事態』は完全解除。


新たに日本国と異世界ドレイク帝国との国交が樹立され、この事件は解決となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る