25:不法越境滞在者検挙案件

やや薄暗い、都内某警察署の取調室。

無骨な机の上に立てられた照明が寂しさを醸し出す。

今、ここで取り調べが行われている。


「あのですね…こういった法が定められている理由を考えたことはありますか?」

呆れた様子でこう問いかけているのは、境界警察局員のメリス・ガーランドである。

「………ないです。」

メリスに問われ、しょげながら返答しているのは耳の長い女性…エルフの女性だ。服装は都内でならコスプレと言われても仕方ないであろう民族衣装に革鎧姿。押収されているのだが先程までは弓矢に短剣も装備していた。

「はぁ〜…知らなかったというのは百歩譲ってまだわかりますけど、それでもあなた……。」

ポータルを開けての一時帰還を挟みつつ、半年も長期不法滞在。

しかも公園内の林で弓や短剣を振り回して公園内の鳩や雀を狩って食べる…

それに目的は、そちらにとっての異世界である我々地球世界の偵察、場合によっては情報を得るために住民を拉致することも考えていた…

「流石にこれ、看過するわけにはいきませんよ?」

メリスはギッとエルフ女性を睨みつける。

「えっとその……。」

さらにしょげてしまうエルフ女性。

「まぁ幸いなのは、誰も拉致していないことと傷害が未遂で終わったことですね。」

ため息交じりに言うメリス。続けてこう話す。

「…全く、ただ誰かに話しかけるだけですぐに我々境界警察局や境界協力連盟のことを知ることが出来たでしょうし、そこからすぐに手続きを経て正式に滞在許可が下りて支援も受けられたでしょうに……そうすれば…。」

言った後、メリスは机の端においていたお盆をエルフ女性の前に出し、上に乗っている丼の蓋を取った。中から一気に湯気が立ち上り、カツ丼が姿を表す。

「こ〜〜んな、美味しいものだって食べれてたんですよ?」

ニヤニヤしながら言い放つメリス。

エルフ女性は、よだれをダラッダラに流しながら丼を凝視している。

「……食べたいですか?」

メリスが問いかけるとブンブンと勢いよく首を縦に振って肯定するエルフ女性。

「……今後はちゃんと手続きを踏んで正式に滞在することを約束しますね?」

次の問いに再度ブンブンと勢いよく首を縦に振って同意するエルフ女性。

「……言質取りましたからね?」

メリスは苦笑しながら丼からカツを一切れつまみ上げ、エルフ女性の口に放り込んだ。

「ハフッ!!」

メリスの摘んだカツの一切れを美味そうに食べながらニコニコしているエルフ女性を見てメリスは思う。

「(エルフというのは排他的とよく言われていますが…この方の出身世界のエルフも他種族と関わろうとせず、しかして他種族や他世界を警戒していたんでしょうね。それでいてエルフの側から話しかけるのはプライドが許さない的な…やれやれですね全く…。)」


その後エルフ女性は境界警察局日本支部に移送された後に手続きを経て仮設住居へ、その後は彼女次第となるのだが。それはまた別の話である。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





境界警察局で対応する異世界系案件の一つである、異世界からの渡界者及び渡界物対応案件。個人レベル集団レベル問わず、異世界側から地球側に対し誰かが、何かがポータルを開いてやって来るというのが渡界者、あるいは渡界物(とかいぶつ)である。

通報があれば直ちに対応するが、それ以外でも警察の巡回で発見された場合にも境界警察局に連絡が行くようになっている。他にも渡界者当人からの連絡が来る場合もある。

それらの目を掻い潜って、あるいは偶然にも警戒網にかからずという形で、未だに境界警察局の目に留まっていない渡界者や渡界物も存在する。異世界からの正式な移住者は必ず諸手続きを経ているため境界警察局にも情報が来ているので、情報がない渡界者はすなわち、不法滞在者ということになる。

そう言った不法滞在は地球側の住人にとっては何かしら軋轢に繋がることが多い。中には法秩序や常識が圧倒的に異なる世界から来た存在も少なくないからだ。

そう言ったトラブルを防ぐために警察も巡回を強めており、それに協力する形でちょくちょく境界警察局員も私服巡回を行っている。



私服である白のワンピースドレスに紫のボレロ姿のメリス。

そして共に歩いているのはチームメイトのエルメナ・エンジード。デニムのミニスカートにタートルネックのセーターを着ている。そしてトレードマークの白衣を上から羽織り、メガネも忘れていない。

境界警察局員であるこの女性二人は今、東京都福生市内の私服巡回を行っているところだ。

「…いつも思いますけど、私服でもそれ、脱がないんですね。」

やや呆れ顔のメリスが、エルメナの着ている白衣を見ながら愚痴る。

「これこそがワタシ、これこそMy trademark!…OK?」

メガネをギラつかせながら胸を張って言い放つエルメナ。それによってセーターのラインで強調されたエルメナの豊満な胸が更に主張する。

しかしながらメリスは慣れているのかどこ吹く風といった表情で「はいはい」と軽く受け流していた。



その後ろからは、もう2人のチームメイトが離れて付いて来ていた。

一人は烏山雄二。私服である黒のライダースジャケットにデニムパンツ。

もう一人はドラゴンのギルディアス。人化魔法で人間に変身した姿で、雄二と同じくデニムパンツにグレーのパーカー姿。変身した姿は160cm程しかないため185cmの雄二と並ぶと身長差が大きい。

今、この男衆2人はギルディアスの認識阻害魔法を利用して隠れながら、後方からメリスとエルメナの私服巡回を補佐しているのだ。


『今のところ、特になにもないな。』

認識阻害を展開中のギルディアスが軽く愚痴る。

「まぁ、本当はこんな感じで俺達の出番がないのが一番なんだがな。」

認識阻害の範囲内にいる雄二がギルディアスの愚痴にに答える。

『まぁ、その通りだな。』

ギルディアスはそう返し、雄二と共にメリスとエルメナの後を隠れながら追い続けた。



やがてメリスとエルメナは福生市内のベースサイドストリートにある、ガレージショップにやってきた。そう、エルメナが贔屓にしているドワーフの親方が経営する店である。

「こんちゃ〜♪」

エルメナが軽いノリで店内に入り、後からメリスが続く。

「ど、どうも〜…。」

メリスも挨拶。すると奥から親方が姿を表す。

「おぉ、メリス嬢ちゃんも来たのか。何の用だい?」

気怠そうな声で返事をする親方に、メリスは申し訳無さそうに言った。

「シェードのメンテを…お願いします…。」


『シェード』、かつてのメリスの弟の名であり、今は彼女の愛用する拳銃、コルト・デルタエリート・アダマンタイトビルドに刻まれた銘でもある。


「やっぱ俺の予想通りだな。ガワはしっかり磨いててキレイだと言うのに、あんま使い込んでねぇからオイルが固まりかけてやがる…。」

『シェード』を分解し部品を点検する親方が苦言を呈す。

「すみません親方…やっぱり私この子に出来る限り殺しはしてほしくないって思っちゃって…。」

申し訳無さそうに詫びるメリス。親方は呆れ顔でため息を吐きながら答えた。

「自分でその銘にしたってのに、使ってくれねぇんじゃ本末転倒じゃねぇかい…銃が泣くぜ?」

「……はい、すみません…。」

項垂れるメリスに親方は「ったく」と言いながらヤレヤレと言った表情を見せた後、改めて言った。

「まぁ確かに、誰かを傷つける必要がないに越したことはねぇしな。」

「親方……ありがとうございます!!」

嬉しそうに礼を言うメリス。

「……もしかして、そのためのメンテナンスかい?」

作業が一段落し道具類を片付けながら問う親方に、メリスはハッキリと返答する。

「はい!!この子と一緒に悪漢や害獣を退治したいという気持ちもありますけど……何よりもこの子に人殺しなんてさせたくないんです!」

メリスの思いを聞き届けた親方はフッと笑った。

「嬢ちゃんの弟ってのは、本当に優しいやつだったんだろうなぁ。」

そう言われたメリスは、儚げな笑顔になる。

「……えぇ、自慢の弟なんです。」


その後ろで色々物色していたエルメナが後で親方に頭を鷲掴みにされてお説教を食らっていたのだが、それは今はどうでもいいだろう。


「お〜いててててて…やってくれましたねぇ親方めぇ〜…。」

ガレージショップを出たあと、鷲掴みにされた頭を擦りながらエルメナがブーたれていた。

「そりゃ勝手に奥の倉庫を物色しようとしたら怒るのも無理ないでしょ…。」

隣を歩くメリスがフォローを入れる。

それでもまだブツクサ文句を言い続けていたエルメナだったのだが。


「さて、今度はどこかの店にでも入ってみましょうか。」

メリスが提案。エルメナもそれに乗っかる。

「そうですねぇ〜、私服巡回と言っても歩き回るだけじゃ不自然ですし、意外とどっかの店で該当者を見つけたりってことも多いですしねぇ。」

そうして一路、駅前の飲食店を検索。ある一店舗に目をつけた。

「カフェ&バー、『レッドサンシャイン』ですか…個人経営みたいですけど評価高いみたいですね。」

「んじゃ決定ですねぇ!」

そう言って意気揚々と二人は歩き出した。

離れた距離から認識阻害で隠れている雄二とギルディアスも後を追う。



小さな雑居ビルの一テナントとして開店している小さなカフェ&バー

『レッドサンシャイン』に入ったメリスとエルメナ。やや薄暗い店内がお洒落な間接照明で彩られており、浜辺の波の音の効果音や落ち着く曲調のオーシャンビューミュージックが流されている。小さな店内はその雰囲気づくりもあってかお客さんも静かに楽しんでいる。話し声があっても小さめだ。

カウンターはモダン造りとなっており、席もテーブルとカウンター席があった。

「素敵……。」

メリスはエルメナと共にテーブル席に着きながら思わずといった様子で感想を漏らす。店内を改めて見回した後メニューが書かれたスタンドに目をやる二人。

「雄二とのデートコースにするつもりですね?」

茶化すように呟くエルメナ。その呟きにメリスは自身を持って答えた。

「当然です♪」


一方雄二とギルディアスは入店はせず、店舗入口前の階段踊り場で認識阻害を続けながら待機していた。

『我も入ってみたいのだがなぁ…。』

店内から仄かに酒の匂いを嗅ぎつけていたギルディアスが愚痴るが、雄二は一蹴。

「任務中、かつ認識阻害で警戒中じゃ流石に駄目に決まってるだろうが。」

『ぐぬぬ…。』


そんな二人をさておいて、メリスとエルメナは料理を注文する。

「では私はこのホットコーヒーとワッフルで。」

「じゃあ私はスパイシータコライスでお願いしま〜す!」

かしこまりましたと返事しカウンター奥へ引っ込んでいく店員。

メリスがホットコーヒーとワッフル。エルメナがスパイシータコライスである。因みにこの店のメニューはどれも美味しいとネットで評判らしい。

「さて、期待値高まってますけどどんなのが出るか楽しみですね♪」

スイーツ大好き超甘党のメリスはメニューで見たワッフルの写真に期待をふくらませる。

「よくもまぁそんだけ甘いものばっかりいけますねぇメリスは…私は私で楽しみますけどね〜。」

スパイス大好き超辛党であるエルメナも期待をふくらませる。


そうしている中で、メリスの耳元で雄二からの無線が小さく鳴る。

『こちら雄二、メリス聞こえるか?』

「こちらメリス、どうしました?」

店に迷惑をかけないよう小声で耳に仕込んだ無線に応答するメリス。

『今、店に妙な格好のエルフ女性が入店しようとしている。挙動もやや不審だ…警戒してくれ。』

「了解、コチラからも入口は見えますので警戒しますね。」


無線を切った後、メリスとエルメナは出来るだけさり気ない雰囲気を出しながら入口を警戒。やがて雄二の言う通り、エルフの女性が店に入ってきた。

「いらっしゃいませ~、1名様ですか?」

店員が即座に対応、それに対しエルフ女性はしどろもどろになりながらも答える。

「ふわっ?!え、えっと、あのその、えーっと…は、はい一人です…。」

「ではお好きな席へどうぞ〜。」

そのまま店員に促され、別のテーブル席に腰掛けたエルフ女性。

その女性をメリスとエルメナは注視する。

「何か、変な格好ですねあの人…。」

メリスがそう漏らすのも無理はない。件のエルフ女性の格好だが、どう見ても男物であろうジーンズにブカブカのパーカー姿、今は脱いでいるが入店時にはモスグリーンのニット帽も被っていた。

顔立ちはエルフ特有の美しさや整い方だが、その格好と仕草は典型的な陰キャ女子だ。

「…なんというか、とりあえず周囲に合わせて変装しました感がありますね…。」

心なしか引いてしまっているメリス。

その横でエルメナはメガネ…の中に仕込んでいるスキャニングシステムを起動してエルフ女性を分析し始める。

「ふ〜〜〜〜〜む…………特に身体的に怪しい点は見当たりませんねぇ、ちゃんと非武装ですし魔道具っぽいものも見当たりませんし…。」

エルメナが見ている間も、件のエルフ女性はソワソワしながら周囲を警戒するように見渡していた………が、やがてその眼差しが警戒から感嘆に変わっていった。どうやら店内の雰囲気づくりを改めて確認し、その良さに気づいたようだ。

「…もしかして、まだ渡界して間もない方、ですかね?」

「ですねぇ〜、初めて街歩きした頃のメリスとおんなじ目ですよアレ。」

「え、私あんな顔してましたっけ??」

様子を見ていたメリスとエルメナ。エルメナはあぁ懐かしやといった感じでほっこりした目になり、メリスはエルメナの意見を聞いて目が点になっていた。


そうこうしていると、メリスとエルメナのテーブル席に料理が運ばれてきた。

「おまたせしました、ホットコーヒーとワッフル、それとスパイシータコライスになります。」

「あぁ、どうもです〜。」

エルメナが返答し、料理を受け取る。

「とりあえず食べますか。」

「ですね。」

「「では、いただきます。」」

メリスとエルメナは共に挨拶し、料理を食べ始める。その間も横目で件のエルフ女性への警戒は怠らない。

「ん〜、これ美味しいですね〜。クリーム結構こだわってますね〜。」

「ふむふむ、スパイス効いてますけど痛い系の辛さじゃないですねぇ。後引く辛さでスプーンが進みますねぇ♪」

お互い料理に舌鼓をうつ。

そんなメリス達をよそに、件のエルフ女性のもとにも料理が運ばれてきた。注文したのはサーモンマリネサラダのようだ。

「それではごゆっくりどうぞ。」

そう言って店員は下がっていった。その直後にエルフ女性はなにやら驚愕の表情になっていた。

「ふえぇ!?ほ、本当に生魚が出てきた…これを、今から食べるのかぁ…!!」

そう言いながら恐怖に震えているエルフ女性。

その様子を見て、メリスとエルメナは揃って目が点になる。

「……なんか、あの人かわいいですね。」

「え〜……そうですかぁ……?」

思わず漏らしたメリスに、エルメナはややジト目になりながら答えた。

やがて覚悟を決めたのかエルフ女性が生魚を食べ始めたが、途端に固まる。どうやら生魚のあまりの新鮮さに驚愕を感じているらしい。

「えぇと……大丈夫ですかねあれ?」

そんな様子を見かねたメリスが心配になるが、それをよそにエルフ女性が突如として慟哭し始めたのだ!


「おいしい〜〜〜〜〜〜い!!生魚がこんなに美味しいだなんてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


メリスとエルメナが再び目が点になる。そして心の中では

((やっぱりかわいい人だ……))

と一致したらしい。そのエルフ女性はしばらく泣き腫らしてから生魚を味わい、幸せそうな顔で食べていた。その後は黙々と料理を食べているが、その表情は幸福の極地とでも言うべき満面の笑顔だ。

きっと今、彼女の脳内には様々な食レポと共に幻想的な光景が広がっていることであろう。

「……なんだか、こっちまで幸せな気分になってきますね。」

そんなエルフ女性の様子を見ていたメリスが呟くと、エルメナが同調する。

「ですねぇ〜……ん?」

ふと、何かに気づいたのかエルメナの目が鋭くなる。どうやら彼女のメガネのスキャニングシステムに何かが引っかかったようだ。それもあまりよくないパターンでの何かであるらしい。

「どうかしましたか?」

メリスが問いかけ、エルメナが答える。

「今の対象の感情に呼応する形で周囲の魔力反応を観測できたんですけど…登録済みのどの異世界のパターンにも一致しませんでした。」

真剣な目つきで説明するエルメナ。

それを聞いたメリスも真剣な表情になる。

「ということは、あの人が『未登録の異世界人』ということですか?」

「ですね、間違いないかと。」

「はぁ〜……ってことはつまり、『不法越境滞在者』ってことですよね……。」

「……えぇ。」

エルメナが頷きながら肯定。その瞬間からあのエルフ女性は監視対象となった。

とはいえ、まだ店内で特に何か犯罪を犯したわけではない。というか店内で騒ぎにするわけにも行かない。

その後、メリス達がまだ食べ終わらないうちにエルフ女性は会計を済ませようとしていた。どこで調達したのか万札を1枚出してお釣りを受け取っている。

メリスはすぐに雄二に無線を繋ぐ。


「こちらメリス、例のエルフ女性は不法滞在者の可能性が高まりました。今会計して出ようとしてますので追跡お願いします!」

『こちら雄二、了解だ。お前達は今どうしてる?』

「こちらメリス、すいませんがまだ食べ終わってないんです…急いで食べるのも怪しまれますし…。」

『……こちら雄二、了解だ。休憩のつもりでゆっくりしてろ。』

「こちらメリス、すみません…。」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




どこか軽やかな足取りで店を出ていったエルフ女性。雄二とギルディアスはその後ろから追跡していた。認識阻害のおかげかまだバレていない。

「さて、どこに帰るのか…。」

『このまま行けばバレずに追えるはずだが…。』

警戒を続けている雄二とギルディアス。雄二はホールドアップのためにいつでも銃を抜けるようにしており、ギルディアスは右半身の機械義肢の仕込み武装をいつでも展開できるようにしている。

「俺は今は普通の銃しか無い。ギルディアスはどうだ?」

『我のブレスは殺傷力が高いしな…捕縛目的なら右胴からのワイヤーランチャーだな。』


そうしている間にエルフ女性は、大通りの高架下に辿り着いた。

そこでエルフ女性は、高架下の壁に何かを貼り付け、詠唱を始める。

「むっ!?」

雄二が警戒を強める。そして直後、壁に揺らぎが起き、そして人間大の大きさのポータルが開いたのだ。ポータルの向こうには鬱蒼と茂る森林が見える。

「さ〜てと、今日も里のみんなに自慢話が出来るわ♪」

ポータルを開けたエルフ女性はにこやかな笑顔でポータルを通ろうとする。


「動くな!境界警察局だ!!」

認識阻害を解除した雄二とギルディアスがエルフ女性に駆け寄り、雄二が銃でホールドアップを警告する。

「ひぇっ?!」

事態を察したエルフ女性が硬直する。そこへ雄二が呼びかけを続けた。

「申し訳ありませんがあなたには不法越境容疑がかかっています。それにそのポータルは無免許で開けていますね?お話を伺わせていただきますよ?」

銃を向けたままゆっくり歩み寄る雄二。後ろでギルディアスも警戒を続ける。

「え、えっと……私なにかやっちゃったんですか?」

エルフ女性は困惑顔になって縮こまっている。

その様子を見て雄二とギルディアスは毒気を抜かれる。

『……何だか哀れに見えてきたな。』

「………とりあえず、そのポータルは一旦閉じてもらって…支部までご同行願えますか?」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




エルフ女性の名は、ロゼッタ=レーヴェンス。

元いた世界では有名な魔道士として名を馳せているらしい。その魔導研究の中で何と異世界へ繋がるポータルを開く魔法を独自に開発。試しに開いてみた結果この日本国へと繋がったらしい。

そして好奇心からこの日本国内を歩き回り、やがて飲食店を巡るのを楽しみにするようになったとのこと。支払いに必要な日本円は元いた世界の金貨などをモグリの古物商に買い取ってもらって確保したそうな。


「あ、あはははは……すみませんでした。」

境界警察局日本支部内の取調室で一通り話を聞いた雄二達。その後ロゼッタはこう言って謝罪した。

「では、この日本国内に不法滞在していた主目的は単純に、グルメ巡りをするためであると?」

「はい、そういうことです。」

雄二の問いかけに、ロゼッタは頭をかいて舌をペロッと出しながら肯定した。俗に言う「テヘペロ」である。

『ふむ…つまり、この世界に対し何らかの害をもたらす意図は一切ない、と言う事でよいのか?』

ギルディアスも問いかける。

「そんなそんなそんなそんな、害だなんて滅相もない!!」

ロゼッタはそれを強く否定し、続ける。

「この世界にはたくさんの美味しいもので溢れているじゃないですか!私はただ美味しいものを食べるのが好きなだけなんです!お金だってちゃんと稼いでました!!ただ、それだけなんです!」

目を潤ませて一生懸命弁明するロゼッタ。

その様子にやや気圧される雄二だが、ここで指摘をいれる。

「確かにそういった友好的理由ならむしろ我々としても歓迎したいところです。ですが、今は境界協力連盟が成立し、異世界関連は厳しく管理される世の中です。ちゃんと申請し正規に滞在許可を得てくれれば我々としても何も文句はありませんし、申請自体もそんな難しいことではないんですよ。」

「うぅ……ごめんなさい。」

反省の意を示し、俯くロゼッタ。

「あ、別に怒ってるわけではないんですよ?」

慌てて雄二がフォローを入れる。その様子にロゼッタは顔を上げて問いかける。

「あの……その申請ってどうやったらいいですか?私今まで何もしてこなかったので全然わからなくて……。」

「……あぁ、たしかにそこからでしたね…。」

思わず雄二も納得してしまうのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ただいま戻りました〜。」

優雅にカフェ&バーで食事を終えたメリスとエルメナが支部に帰還、先に部署に戻っていた雄二とギルディアスの2人と合流した。

「おぅ、お疲れさん。」

報告書をまとめている雄二が返事をする。

「あれ、もう対応終わってたんですか?」

エルメナが雄二の様子を見て問いかける。

「まぁな。」

雄二はそう返事をして、ロゼッタの件を話す。

「……という訳だ。今回はとても平和的な解決だったよ。」

雄二の説明を聞いて、メリスとエルメナはやや呆れ顔になりながらも同時に呟くのであった。


「「やっぱりかわいい人でしたね。」」





その後正式に滞在許可を取得したロゼッタが、全国を渡り歩いたグルメ手記を日本と故郷の里で出版することになるのだが、それはまた別のお話である。

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