第9話 バッドエンカウント

 王都に来てから五時間が経過した。

 俺たちはユンガに背負われ王都中の教会や賢者の知人の住居を巡る。

 しかし、いくら尋ねたところで賢者の情報はまったく得られないでいた。


「ふう。流石に疲れましたよ」


 俺を広間のベンチに降ろし、ユンガが伸びをする。

 空を見ればすでに日が傾き始めていた。

 道行く人々は仕事終わりの男性が増え、昼間とは違った活気が出てくる。

 

「丸一日ありがとな。俺を運んでくれて」


「いえ! 師匠の為なら苦じゃないですよ!」


「はは、そういってくれると嬉しいよ。今日の捜索はここまでにして宿を取るか」


 比較的治安の良い王都と言えど夜は暗く、犯罪に巻き込まれる可能性もある。

 それに、今の俺は戦えない状態だ。


 ユンガはBランクの冒険者であり、そこらの悪党には負けない実力を持つ。

 だが、足手まといの俺がいる現状ではまともに戦えない可能性が高い。


 今日は捜索を諦め、早めに宿を取るべきだろう。


「俺が普段使っている宿がある。そこでいいか?」


「もちろんですよ! 師匠おすすめの宿、楽しみです!」


 ユンガは楽しそうに顔をほころばせる。

 慕ってくれるユンガに甘えている現状に思うところはあるが、今は素直に嬉しい。


「そこの路地を入って少し奥に行ったところだ。また運んでもらってもいいか?」


「はい! もちろんですよ!」


 ユンガに背負われ移動を開始する。

 王通りから一本入った暗がりの道。



「おおっと! お二人さん。止まれよ」


 そこにはフードで顔を隠した集団の男達が待ち受けていた。

 人数は八人。見えないところでまだ仲間が隠れているかもしれない。

 手にはそれぞれがナイフを持っており、明らかな敵意が見て取れる。


「騒がず、ついてきてもらおうか?」


 男の一人がナイフを掲げたまま近寄ってくる。




「師匠」


「ああ。頼む」


 ユンガの上体が動いたかと思うと、悪党のナイフが消え、宙を舞う。

 今の弱体化した俺では見えない動きで、ユンガは剣を振り抜いていた。


 後から悪党は自身の手の甲から鮮血が舞うのを見て腰を抜かす。


「実力の差が分かったなら引いてください! 今なら見逃します!」


 抜いた剣をそのまま正面に向け威圧するユンガは、まさしく一流冒険者の風格を纏っている。

 八対一で数的優位が相手にあっても、向こうも怪我はしたくないはずだ。

 こうして実力を見せれば引いてくれるはず。


「お前ら、囲め」


 しかし、相手の動きは違った。

 俺たちの予想を裏切りこちらを包囲しにかかる。


 ユンガはすぐに振り返り逃走を試みるが、すでに退路は新たに現れた三人の悪党に固められていた。


 これで十一対一。

 しかもユンガは俺というお荷物まで抱えている。

 これは流石にまずいかもしれない。


「師匠。少し待っていてください」


 ユンガは俺を地面に優しく下ろすと剣を構え直す。


「今度は僕が師匠を守りますから」


 ユンガの背中に、俺は自分の役立たずな状態に歯噛みをする。

 必死で『大物喰い』を発動させようとするが、体に力が入らない。

 相手が人間だからか。


 そうこうするうちに、ナイフを弾かれた敵が立ち上がる。

 悪党たちは包囲をジリジリと狭めてくる。


「りゃ!」


 辺りの暗がりを白光が切り裂く。

 眩い光に目が潰れるが、しばらくすると視界が戻ってくる。

 未だ掠れた景色の中、一つの影が高速で右へ、左へと移動する。


「固まれ! 攻撃が来たらとにかくナイフを突け!」


 悪党の怒号。

 今の光はユンガが光玉を使ったためだろう。

 混乱の中にある悪党たちの合間を縫い、ユンガが駆ける。


「はぁ!」


 漸く戻った視界の中、ユンガが振るった剣が悪党を一人、正面から切り伏せる。

 ユンガ。強くなったと思っていたがこれほどとは。

 すでに地面には四人の男が倒れていた。


「師匠! 逃げます!」


 後方にはユンガが切り開いた退路。

 ユンガは俺を片手で抱え上げると走り出す。


「待て。俺をおいてけ」


「嫌ですよ! 師匠の頼みでも、それは聞けません」


 人一人を抱えて集団から逃げ切れるわけがない。

 悪党は未だ七人が健在で、すでに後ろから追ってきている。


 ユンガだけでも助けたいが、俺にはユンガを振りほどく力すらない。


「絶対に僕が、師匠を助けます!」


 力強いユンガの声に、涙腺がゆるむ。

 俺は心まで弱くなってしまったのだろうか。

 俺はユンガの成長を感じ取り、自身の情けなさも相まって涙をこぼす。



「っ!?」


 ユンガの息が乱れる。

 走る速度が急に落ち、崩れるように倒れこむ。


「大丈夫か!?」


「うっ、うう」


 見ればユンガのふくらはぎには背後からナイフが刺さり、血が噴き出していた。


「もう逃げられないな」


 悪党たちが追いついてくる。

 奴らの投げたナイフがユンガの下腿に当たったのだ。


 大通りまで出ればあるいは。

 しかし、路地を抜けるにはまだ100メートル程の距離がある。

 ここで叫んだところで、助けが来るよりも早く俺たちは殺されるだろう。


 こんなところで、俺たちは死ぬのか?

 しかし、逆転の一手は思いつかない。

 くそ。万事休すか。





「『氷像結華ブルーダリア』」



 目の前で舞う青い煌めき。

 体感温度が一気に下がり、白い息が口から漏れる。


 何が起きた?

 首を動かすと、そこには満開の華を模した氷像が。

 そこには先ほどまで悪党たちが居たはずで。


 この魔法には見覚えがあった。



「危ないところだったわね!」


 スタッと、軽やかな足取りで地面へと舞い降りたのは一人の女性。

 目を引く赤く長い髪は風も無いのにたなびいていて。

 縁の広い漆黒の帽子をかぶり、巨大な宝石が先端についた長大な杖を手にしている。

 

「お前は、ツァウ」


「あら。私の名前もずいぶんと有名になったものね! そう。私は正義の魔法使い、ツァウちゃんよ!」


 名乗りをあげた彼女の態度はどこまでも自身に満ち溢れ、大げさで。

 彼女こそ、俺がかつて所属したパーティ『ネーベン』、その三人目の仲間である最強の魔法使い。


「さあ、悪党ども! 私が来たからには……って、あれ? もしかしてやりすぎちゃった?」


 辺り一面の銀世界。

 ツァウの放った魔法は悪党たちを凍らせ、美しい華の氷像が出来上がっている。

 更に氷は周囲の建物を凍てつかせ、その影響は地面に横たわる俺やユンガも例外なく受けていた。

 救いはユンガが既に気を失っており、これ以上痛みを受けなかったことだろうか。


「……ツァウ、相変わらずやりすぎだ。顔が地面に張り付いた。何とかしてくれ」


 横たわっていた俺は顔が地面に張り付き、しゃべるたびに激痛が走る。



 俺は思いがけない形で、かつての仲間ツァウとの対面を果たしたのだった。

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