第24話 敵対

「なんだよ、これは」


 霊峰ヴィンケルへ到着した俺が目にしたのは予想外の光景だった。


 地面に転がるのは数えることも馬鹿らしくなる数の魔物の死体の山だ。

 魔物はどれも不死系に属するもので、死体には炎で焼かれた跡や、凍結した箇所が散見される。

 それは紛れもなく魔法を受けた痕跡であった。


「これを全て、ツァウがやったのか」


「これは……まずいね」


 幻影の姿で俺の隣に立ったイルジィが呟く。

 魔物が待ち受けているというのは予想していた通りだが、この事態は想定していなかった。

 これだけの数の魔物をツァウが倒したのだとしたら、いったいどれだけの回数の魔法を使ったのか。


 ツァウの受けた『不明の呪い』は、魔法を使うたびにツァウから記憶を奪う。

 生い立ち、現在の生活、将来の展望。

 ツァウという自我を形成する大切な記憶を奪い去るのだ。


 俺は懐に入れた、ツァウの落としていった赤い表紙の手帳に触れる。



「イルジィ。ツァウの居場所は分かるか?」


「ああ。ちょっと待ってて」


 ツァウの幻影が何もない空間へ手を伸ばすと、手を伸ばした先の空間が歪む。

 空間の歪みから手を引き抜くと、そこには黄色い宝玉が握られていた。

 この黄色い宝玉はイルジィが用意したツァウの魔力に反応するマジックアイテムらしい。

 彼女がどこにいてもその魔力を感知し、現在位置や健康状態を教えてくれるのだという。


「反応は山の頂上付近を指しているね。生体反応は、凄く弱まっているみたいだ」


「くそっ、時間がない」


 ツァウは無尽蔵に思えるほどの膨大な魔力を体内に有する最強の魔法使いだ。

 しかし、王都ではゴーレム種最強の魔物であるシュタットゴーレムを相手にし、最上位の魔法を連発している。

 ここでも魔法を使い続け戦っているのだとしたら、いくらツァウでも魔力は保たないだろう。


 それに、ツァウには『不明の呪い』が掛けられている。

 魔法を使うたびに使える魔法の数も減っていくのだ。

 ツァウの使える魔法の総数は知らないが、無限なわけじゃない。

 魔力か、使える魔法がなくなったとき、ツァウには魔物に対抗する手段は無くなる。

 そうなればツァウの身は――


 俺の思考を遮るように爆発音が唐突に響いた。

 音の出所を探り山を仰ぎ見れば、麓からでも視認できる巨大な火柱が山の頂上付近から上がっている。


「あれは!」


 すぐさま地を蹴り、山頂への道なき道へ踏み込んだ。

 呪いに浸食され紫に変色した地面。

 進むほどに禍々しい瘴気を孕んだ靄が辺りを覆い、視界が狭まっていく。


「今のはツァウの魔法か!」


「ああ。それもあれだけの威力だ。使われたのは最上位の魔法だろうね」


 一流の魔法使いであるツァウであれば下級魔法であっても必殺の威力を備える。

 そんなツァウが最上位魔法を使わなければならない事態が起きたのだ。

 それほどの強敵であるのか、それともすでに他に使える魔法が無くなっているのか。


 いずれにしろ、ツァウが危ない。


「くっ」


 山道を走っていると、突如激しい頭痛と吐き気が襲う。

 呪いが放つ瘴気の影響か、山を駆けあがったことでの急激な環境変化による影響か。

 ……どちらにしろ足を止めるわけにはいかない。


「剣士君。大丈夫かい?」


「俺は、問題ない」

 

 顔に冷や汗が伝う。

 眩暈がするが、必死に先を見据え走り続ける。




 先ほど火柱が上がり地点に到達する。

 そこでは地に大きな窪みができており、そこから今も煙が立ち上っていた。


「ツァウ!」


 濃い瘴気が視界を遮る先に俺はツァウの姿を見つけた。

 ツァウの周りにはスケルトンや、ゾンビなど不死系の魔物の大群が群がっている。

 そんな魔物の大群を相手に、ツァウの魔法で生み出したのだろう炎の虎が周囲を薙ぎ払い応戦している。


 俺は愛用する大剣ゾンニヒに魔力を注ぎ込んだ。

 剣身が赤く染まり高熱を放つ。


「はああああああああ!」


 声を上げ、俺に背を向けるゾンビへと斬りかかる。

 剣に触れると、ゾンビは激しく燃え上がった。


 俺の存在に気づいた魔物が襲い掛かってくる。

 腕を振り上げ襲い来るスケルトンへ剣の切っ先を突き刺す。

 更に剣を振るえば、剣が触れた魔物は大した抵抗もなく倒れていく。


 数は多いが一体一体は大した戦闘力を持たないようだ。

 俺は剣を振るい、魔物の群れを薙ぎ払う。


「ツァウ!」


 魔物の群れを超えた先に見つけたツァウの名を再び呼ぶ。

 俺の存在に気づいたツァウがこちらに視線を向けるが、その目はまるで魔物に向けるかのように鋭い。


「あなたがハイリゲスね?」


「俺のこと、覚えているのか!?」

 

 魔物を退けながらも近づいていけば、ツァウから返ってきた反応は俺の予想とは異なるものだった。


 ツァウが俺を覚えている?

 呪いの影響は思ったほどでは無かったのか?


 だが、おかしい。

 ツァウは連れ去られる前、既に俺の記憶を失っていたはずだ。


 俺が思考するうちにも周囲に変化が起こる。

 俺たちへ襲い掛かっていた魔物が動きを止めたのだ。

 変化は止まらない。


「なんだこれ。魔物が灰になっていく……」


 目の前で魔物達の肉体が一斉に崩壊していく。

 崩壊した肉体は灰へと変わり、後にはすでに倒れていた魔物の死体が残るばかりだ。


 いったい、何が起こったんだ。

 まさかツァウの魔法がやったのか?

 しかし、ツァウに詠唱を口にした様子は見えず、俺と同じように周囲の変化に驚いている。


 それにこれは魔法というよりも、別の現象のように思える。

 俺は最近、これと似た現象を目撃していた。

 ゴーレムが核を壊されたとき体が崩壊する様子。

 それと似ているのではないか。



「見たかい、ツァウ! 魔物が消えた! 彼らが魔物を操る黒幕だよ!」


 トーンの高い男の声が聞こえ、その出所を探す。

 魔物に紛れ気づかなかったが、ツァウの隣には金髪金眼の眉目秀麗な男が立っていた。

 男は魔法使いが着用する紫色のローブを身に纏っており、その細く長い腕を伸ばして俺たちを指さしている。


「俺が黒幕!? 違う! 俺はツァウを助けに来ただけだ!」


「嘘を吐け! 君が現れた途端に魔物が消えたんだ。君が魔物を操っていたと考えるのが自然だろう」


 男は神経質そうに声を荒らげると俺を睨み、強い口調で俺の怪しさを主張した。

 俺は弁明するが、ツァウも鋭い視線をこちらに向け杖を構えてくる。

 そこには明確な敵対の意思が感じられた。


 くそ。ややこしい状況になった。

 ツァウは、いったいなぜ俺が敵だと誤解しているんだ?

 仲間割れをしている場合じゃないのに。

 俺は自己弁護の言葉を必死で探す。


「本当に違うんだ。この事態を仕組んだのは俺じゃない。フルーホという邪竜だ!」


 ツァウは記憶を失っている。

 ここでの俺の返答次第では、ツァウとの戦闘に発展するかもしれない。

 

 魔物が消えた理由は分からないが、俺が怪しいという男の主張はもっともだ。

 ……そもそも、この男は何者だ?

 この霊峰に踏み込んでいる以上、かなりの実力者という事になるが。

 俺たち同様、フルーホに命を狙われるものだろうか。


 俺は誤解を解くべく、ゆっくりとツァウの元へと近づく。





【個体『災禍龍フルーホ』との戦闘状態を確認 敵対者とのレベル差分のステータスが上昇します】





 スキル発動の感覚に体を硬直させる。

 視界の先で金髪の男が不気味な笑みを浮かべる。

 俺の向かう先にはツァウを除いてこの男しかいない。

 まさか、この男がフルーホだというのか?

 男の笑みが何故かドラゴンの姿と重なって見える。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 気づけば体が動いていた。

 俺は躊躇なく剣を振り上げ、フルーホへと跳躍する。


 やはり復活していた!

 こいつが! 俺たちを!

 フルーホへの怒りが思考を染め上げる。


「させない! 『舶刀風斬カトラスカッター』」


 感じた殺気を受け、俺は反射的に剣で体を守る。

 風切り音が聞こえたと思った瞬間、剣に強い衝撃を受け背後に吹き飛ばされる。


 今度は、なんだ!

 俺は地面に手を付き、姿勢を戻す。


「やはり、これはあなたの仕業だったわけね! 許さないわ! ハイリゲス!」


「やっ、違う!」


 ツァウはフルーホを背中に庇うように杖を構え、俺と対峙していた。

 さっき吹き飛ばされたのはツァウの魔法だったのか。


 ……だが、なぜだ。


「ツァウ! 俺は君の敵じゃない! 君の後ろに居る男! そいつが君に呪いを与えたフルーホなんだ!」


「何を言ってるの! そんな軽い言葉で騙される訳が無いじゃない! 彼は私を助けてくれた恩人よ! それをいきなり斬りかかって来て、敵じゃないなんて笑わせないで!」


「だからそれは……」


「もういいわ。あなたがその気ならこっちも実力行使よ!」


 ツァウの纏う魔力が跳ね上がる。

 発生した熱で空気が急速に膨張していくのを感じる。

 これは、まずい!




「『火龍息吹ファイアードラゴンブレス』!」


 圧倒的熱量の炎が周囲を焼き払い、俺へと迫る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る