第25話 防戦


「『火龍息吹ファイアードラゴンブレス』!」


 圧倒的な範囲を覆う炎の濁流が目の前に迫る。

 ツァウが放ったのは炎系統の最上位にあたる魔法だ。

 大物喰いで上がったステータスであっても燃焼までは防げない。

 この攻撃を受ければ俺は致命傷を負うだろう。


 判断の時間は一瞬だ。

 俺は全力でその場を飛びのく。

 山の傾斜を転がるように移動し、俺の頭上を炎が過ぎ去る。

 炎が通った後の地面からは煙が上っている。


「あ、危ねえ」


「『氷下根撃ルードルート』!!」


 次なる魔法の詠唱が聞こえる。

 ツァウを起点に周囲の地面が凍りついていく。

 足元まで迫った氷から先の尖った氷の柱がいくつも伸び、俺を突き刺そうと狙ってくる。


「くっ!?」


 俺がその場を離れると、地面の氷が追随して伸びてくる。

 俺は体勢を崩しながらも地面に剣を叩きつけた。


 攻撃を受けた地面は盛大に割れ、氷の進行を食い止める。


「ツァウ! 待ってくれ! 俺は攻撃をしない! 話しをしよう!」


「どうしてあなたはこんなひどいことをするの! 私や彼から記憶を奪って。あなたの目的は何なのよ!」


「何の話だ! だから、俺はやっていないと――」


「もういい! 答える気がないのなら、力尽くよ!」


 ツァウは杖を天に向けて掲げる。

 ツァウの体内から魔力が溢れ出し杖の先へと集まっていく。


 何なんだ、このツァウの強硬な態度は。

 ツァウに語りかけているはずなのにまるで聞こえていないかのような反応が返ってくる。


「『連矢風射ウインドシュート』」


 ツァウの攻撃は止まらない。

 杖の先へと集まった魔力は渦巻く風へと姿を変え、その規模を拡大していく。

 竜巻と呼べるほどに成長した風は、ツァウが杖を振り下ろすのに合わせ弾け、無数の風の矢となってこちらへと迫りくる。


 避けきれない!

 俺は先程地面を叩いた際に空けた穴へと身を滑り込ませる。

 体を丸め急所を守ると、背中へ鋭い痛みが走る。


「ツァウ! 誤解なんだ! 俺に時間をくれ! 一度話がしたいんだ!」


 俺は飛び起き攻撃が止んだ隙を突き穴から這い出すと、ツァウヘ駆け寄りながら呼びかける。

 傷口を確認している暇はない。

 俺は痛みを堪え思考を巡らせる。

 

 ツァウを攻撃するわけにはいかない。

 この事態を解決するにはツァウを説得して、誤解を解くしか無いのだ。


 ツァウの隣に佇むフルーホは、嘲笑を浮かべたまま戦闘を見つめていた。

 くそ、なんでツァウはフルーホの味方をしているんだ!


「俺はハイリゲス! お前と同じパーティに所属し、世界を回った仲間だ! 俺はお前を助けに来たんだ!」


 俺はあらん限りの思いを込めて叫びを上げる。

 それを受けたツァウの鋭い視線は、緩まない。


「『暴縛土蛸クラーケンアームズ』!!」


 ツァウが杖の先を地面に付ける。

 ツァウの中から流れ出した魔力が杖の先から地面へと吸い込まれていく。


 前方の地面が隆起する。

 咄嗟にその場を飛び退くと、地面から巨大な触手が生える。

 土で出来たその触手は生物であるかのような柔軟さで曲がり、その先端を俺へと向けるとそのまま突っ込んでくる。


 それだけじゃない。

 右にも、左にも地面から土の触手が顔をのぞかせる。


 囲まれてはまずい。

 俺は迎撃を選択し、向かってきた触手に剣を合わせ斬りつける。


 硬質な衝突音がして、触手を弾き飛ばすがそれだけだ。

 その柔軟性ゆえに、切り裂くに至らず触手に傷は見られない。


 頑強さと柔軟さを併せ持った触手。

 一度捕まれば力任せに振りほどくのは難しいだろう。


 現れた触手は全部で八本。

 その全てが一斉に俺へと殺到する。


「うおらあ!」


 すべての触手を迎撃するのは不可能だ。

 俺は触手の一本に狙いを定め、突撃する。

 剣を向けるのはその根本、地面との接地点だ。


 俺は手にする魔法大剣ゾンニヒへと魔力を込める。

 俺の魔力に反応し、赤く染まったゾンニヒの剣身で目の前の触手を斬りつけた。

 まるで吸い込まれるように剣は触手を切り裂き、両断する。


「らあ!」


 触手が倒れ、包囲網に隙間ができる。

 足へと絡みつこうと近づいてきた触手を剣で払い、できた隙間に飛び込む。

 追撃してくる触手を躱し包囲から脱出する。



「剣士君。そろそろタイムリミットだ」


 唐突にイルジィの声が、頭の中へと直接呼びかけてくる。


 タイムリミット?

 何の話だ。


「君と僕の夢を繋いでいる僕の力が限界なんだ。ここは一旦退いてほしい。夢の再構築の時間が必要なんだ」


 イルジィの声から切実さを感じ取る。

 イルジィが俺との夢を繋ぎ支えていてくれるお陰で、俺は意識を覚醒させた状態でターピーアとの戦闘状態を継続できている。

 敵がいない状態で俺が大物喰いによるステータス強化を発揮できているのもこのサポートのおかげだ。


「今は敵にフルーホがいる。大物喰いは問題なく発動できている。夢が一度途切れたとして、退く必要はないだろ!」


「やはり君は今冷静じゃないみたいだね。フルーホはこの場を離れたよ」


「なっ!?」


 俺は慌てて視線を周囲に飛ばす。

 イルジィの言う通り、ツァウの隣にいたはずのフルーホの姿がいつの間にか居なくなっていた。


「あいつ、いったいどこへ――」


 俺がフルーホの行方に気を取られているうちに、土の触手が俺の手を絡め取ろうと伸びてきていた。

 俺は慌てて意識を戦闘へと戻し、大きく飛び退く。

 四方から次々と襲い来る触手の波状攻撃を、剣を合わせて弾き返す。


「くっ!?」


 死角から伸びてきた触手が俺の手首を絡め取る。

 動きが止まったところへ腕へと伸びた触手により関節を固められる。

 ステータスに任せて腕を引くが、関節を取られていては力が発揮できない。

 完全に足が止まった俺へと触手が殺到する。



「ちっ。赤光しゃっこう!!」


 ゾンニヒに溜めた全ての魔力を解き放つ。

 俺を拘束していた触手を爆発の熱が焼き払い、爆風が俺へと迫る触手の動きを阻む。


 俺は開放された腕を引き抜き後退する。

 奥義まで使用してしまった。

 もう、後が無い。


「剣士君。ここは退くべきだよ」

 

「ツァウをこのままにできるか! フルーホがいないのなら、今こそがツァウの誤解を解くチャンスじゃないか!」


 ツァウを一人残してここを去れば、フルーホに何をされるか分からない。

 ツァウを残して逃げるなんて、ありえないんだ!


 ツァウがフルーホに何を吹き込まれたのか知らないが、俺たちは仲間だ!

 言葉を尽くせば必ず分かってくれるはず!

 だから、俺が――


「ごめんね、剣士君」


 憂いを帯びたイルジィの言葉が聞こえたかと思うと、突如強烈な眠気に襲われる。




「イルジィ? 待ってくれ。俺が、ツァウ、を……」

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