第26話 作戦会議①

 俺の意識が覚醒したのは、見渡す限りの暗闇の中だった。

 空間に光は一切なく、目の前にあるはずの自分の掌すら見ることは叶わない。


「剣士君。目は覚めたかい?」


 俺が現状を把握しようと自身の記憶を探っていると頭上から優しい声色で、声が降ってくる。

 これは、イルジィの声だ。


 それを認識すると同時に意識を失う直前の記憶が蘇る。

 俺に敵意を向けるツァウの鋭い視線。

 そうだ。俺は、ツァウを助けようと……


「イルジィ! なんのつもりだ! ふざけている場合じゃないんだぞ!」 


 自身の置かれた状況に思い至り、気づけば自分の中で怒りが膨れ上がっていた。

 怒りに任せ、どこに居るともわからないイルジィを怒鳴りつける。


 ようやくツァウを発見したんだ。

 それなのに、どうしてあの場から逃げる必要があったんだ。


 そもそもここはどこだ?

 まさか、戦闘中だというのに、夢の中に連れてこられたのか!?


「剣士君。冷静になりなよ」


「ここは夢の中か? 外にはツァウがいるんだ! フルーホに命を狙われているんだ! 早く俺をここから出してくれ!」


 逃げる選択を勧めたイルジィに対し抱いた嫌悪感を言葉にしてぶちまける。

 ツァウは俺たちの大切な仲間だ。

 見捨てて逃げ出すなんてあってはならない。

 俺がツァウを絶対に助けるんだ。


「もう一度言うよ? 剣士君。冷静になるんだ。それじゃあ、ツァウちゃんは救えないよ」


「救えない? 見捨てて逃げることが正解だとでもいうつもりか!?」


「違うよ。もちろんツァウちゃんを見捨てはしない。僕だってツァウちゃんを助けたいんだ。これはツァウちゃんを助けるために必要な手順なんだよ」


「また訳の分からないことを! 言葉遊びをしている場合じゃないんだ! 今、外はどうなっているんだよ!」


 迂遠な言い回しを続けるイルジィに苛立ちが募る。

 今にもツァウがフルーホに攻撃を受けているのではないか。

 最悪の光景を想像し、俺の頭は熱を帯びていく。


「困ったね。このままじゃ話を進められないな……剣士君に落ち着いてもらうためには要望通り、まずは現実世界がどうなっているか、一度直接見てもらった方が早いかな?」


 暗闇の中に突如光が灯る。

 そこには周囲に複数の魔法を展開し、辺りを警戒するツァウの姿が映されていた。


「ツァウ!」


 俺は目の前のツァウへと駆け寄るが、伸ばした手は彼女の姿をすり抜け空を切る。


「僕の視覚情報を投影しているだけだから、当然触れないし、声も届かないよ」


「そんなのは、分かっている!」


「でもこれで少しは落ち着いたんじゃないかな。このまま戦っていても事態は好転しないんだ。それに、少なくともツァウちゃんの無事は確認できたよね?」


「……」


 冷水を浴びせられたかのように思考が急速に冷えていく。

 映像の中のツァウは疲労こそあるものの、すぐに危険のあるような状態ではなかった。

 外の光景を客観的視点で見たことで、自分の愚かさに気づく。


 フルーホの行方に、ツァウの安全。

 対処すべき問題は山積みだが、イルジィの言う通りだ。

 このままツァウと敵対した状態ではツァウを助けることはできない。


 だが、どうすればいい。

 戦えば戦うほどツァウから記憶は失われ、事態は悪化するのだ。


「落ち着いたかな? これで話し合いができそうだね! まあ、座りなよ」


 火照り続ける体を落ち着かせるため深呼吸をしていると、パッと辺りに光が満ちる。

 周囲は温かな雰囲気の洋室で、分厚い本が詰め込まれた大きな本棚が並んでいた。

 どうやらここは書庫を模している空間のようだ。


 目の前の空間が歪み、空間の歪みの中からイルジィが姿を現す。

 イルジィは細かな意匠の凝らされた木製の椅子に腰掛けており、分厚い本を広げていた。

 隣に現れたイルジィの座っているのと同じ造形の椅子を俺に勧める。


 流石に腰を落ち着けて話す気にはなれない。

 俺は着座を断ると、立ったまま話を切り出す。


「時間がない。俺はどうすればいい。イルジィはどうしてあの場から逃げ出そうとしたんだ」


「質問は一つずつにしてくれよ。君がどうするべきかも考えてあるし、あそこから逃げ出した理由も答えるからさ」


 イルジィは本を閉じると片目をつむり、頬杖を付く。

 落ち着けという意味なのだろうが、そんなことは無理だ。


「まずは君がなぜ夢の中にいるのか、今がどういう状況なのか情報共有しておくね」


「あ、ああ」


 そう言われれば、そうだ。

 俺はイルジィに指摘された抱いて当たり前の疑問をようやく抱く。

 周囲に光が灯ったことで俺は俺の体が見えるようになったが、ここは夢の中だ。

 俺の意識が夢の中にいるということは、今俺の現実の体はどうなっている?

 俺の意識がある以上、無事であることは疑いないのだが。


「『感覚共有』魔法と言ってね。自分の感じていることを相手にそのまま体感させられる魔法があるんだ。相手の感覚を自分が感じることもできる。今、剣士君に見せているツァウちゃんを映した僕の視覚情報もそうだし、僕と剣士君の夢を繋いでいるのもこの魔法だよ」


「聞いたことはある。だが、その魔法がどうしたんだ?」


「君が意識を失ったのは僕の魔法のせいだよ。僕は一日の殆どの時間を寝て過ごしているんだけどね。それを可能にするために、魔法薬や睡眠魔法を複数併用しているんだ。常人がその効果を受ければ眠気に襲われ瞬時に寝てしまうような物を複数ね」


 感覚を共有できる魔法と、イルジィの感じている強烈な眠気。

 そうか。

 俺は自分が眠らされた方法に思い至る。


「イルジィが感じている眠気を『感覚共有』で体感させられたから俺は眠ってしまったんだな」


「御名答だよ!」


 真剣な話題の中でもイルジィは明るく声を弾ませる。


 意識を失う前の、あの感覚。

 あれはイルジィが感じていた眠気だったのか。

 だが、だとしたら……


「そんなに強力な効果を複数受けて体に影響は無いのか?」


「短時間であれば問題ないよ。ただ眠くなるだけの効果だからね。剣士君の体に害は無いさ」


「お前の体の話だよ! 一日中眠っているなんてどんな方法だろうと思っていたが、体に悪いんじゃないのか?」


 とぼけたイルジィの返答に、俺は彼女へ詰め寄る。


「心配はいらないよ。これは僕が決めたことだからね! たとえ、それで僕がどうなろうとその結果は甘んじて受け入れるつもりだよ!」


「そんなこと……」


 イルジィの声色は語る内容の重さと異なり、相変わらず明るいままだ。

 俺はそこに決意の色を感じ取り、何も言えなくなってしまう。


 イルジィは呪いから逃げるために夢の中で、意識だけで行動する方法を編み出したのだという。

 だが、イルジィも呪いから逃れられたわけではなかった。

 行動の自由と引き換えにイルジィの体は今も蝕まれていっている。


 やはり、イルジィも戦っているのだ。

 俺は続くイルジィの言葉を聞くべく居住まいをただす。

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