第27話 作戦会議②
「つまらない僕の話は置いておいて、今は優先すべき話をしよう!」
ツァウを連れ戻すための話し合いが続く。
イルジィは椅子に腰かけながら一口紅茶をすすると、再び話始めた。
「剣士君の意識は今、夢の中にあるよね。では剣士君の体のコントロールは今どうなっていると思う?」
「そういえばそうだな。まさか、戦場で横たわっているわけじゃないよな」
「もちろん! 剣士君の体は今、ターピーアが操作してくれているよ!」
「あいつが!? それは……大丈夫なのか?」
「ターピーアは優秀だよ! 現に剣士君の体を操作してツァウちゃんのもとから逃げて隠れることに成功しているからね!」
自信満々に胸を張るイルジィを見て、俺は納得がいかずに首を傾げる。
見ているだけで眠気を誘う間の抜けた顔をしたターピーアだ。
優秀なのだと言われてもすぐには信じられない。
「あいつは人の体を動かすことまでできるのか?」
「そうだよ! 正確には出来るようになった、というのが正しいかな。ターピーアは進化したんだよ!」
「進化した? いつの間に」
魔物が進化するためにはそれに見合う経験を積む必要がある。
ターピーアは王都からここへ来るまでの間、夢の中から俺を支えてくれていた。
外に出る暇なんてなかったはずだが。
「ターピーアは剣士君が活動している間、常に君と戦闘状態にあったよね。大物喰いを発動させ、ステータスが爆上がりした君との戦闘は、夢の中とは言えターピーアに膨大な経験値を与えていたんだよ。だから、進化したんだ! 姿を見てみるかい? おいでターピーア!」
『ターーーープ!!』
俺が回答をする前に、イルジィはターピーアの名を呼ぶ。
呼びかけに応えて出てきたのは黒い体毛と長い鼻を持つ眠たげな目の魔物だ。
それは俺の知る姿のままのターピーアだった。
「こいつ、進化したんじゃないのか?」
「こいつじゃ無くて“ターピーア”ね! よく見てみてよ。頭の部分に白い毛が生えているだろ?」
『ターーーーープ!!』
イルジィに言われて目を凝らす。
確かに頭の部分の毛に白くなっている部分がある……ような気もする。
「変化は、これだけか?」
「十分な変化だろ! ……はあ。剣士君がここまで鈍感だとは驚いたよ。女性の髪の変化に気づけないようじゃ男性失格だよ!」
「女性って、こいつメスだったのか!」
「当たり前じゃないか! こんなに可愛いんだ。女の子に決まっているだろ!」
「いや、分かんねえよ!」
異様なテンションのイルジィに思わず突っ込みを入れてしまう。
「そんなことよりもだ! どうしてターピーアが俺の体を動かすことができるのか説明してくれるんじゃないのか?」
横道に逸れた話を戻すべく、俺はイルジィを睨む。
イルジィのペースに飲まれていたら話は進まない。
「ああ、そうだったね。うっかりしていたよ。ターピーアは進化したことでいくつかスキルを手に入れた。その内の一つが『夢支配』。睡眠中の他人の体を操作できるスキルだ!」
「うげっ!? 相変わらず見た目に似合わない凶悪なスキルだな!」
思った以上に恐ろしいスキルの効果を聞き、思わず声を上げてしまう。
眠っている相手の夢に入り込み、体を支配する。
ただの魔物が持っていていいスキルじゃないだろ!
「もちろん制約も多いけれどね。本来であれば直接触れなければ他人の夢に入り込むことはできないし、戦闘中に相手が眠ってくれるわけもないからそこもどうにかしないといけない」
「だとしても強力なスキルだ」
「そうだね。ターピーアも僕たちのために頑張ってくれているんだよ!」
『タープー!』
タイミングよく鳴き声をあげたターピーアは、イルジィへと鼻先をこすりつけている。
魔物は知能もその進化段階に比例し強化される。
最上位の魔物となれば人間の言葉すら理解し、話すことも可能だ。
一度進化したとはいえまだ下級の魔物であるはずのターピーアにも俺たちの言葉が分かるのだろうか。
俺が視線を向けるとターピーアは甘えた声を出し、首を傾げる。
「さあ、いよいよ本題だ。僕がどうしてあの場を離れる決断を剣士君に促したのか。理由は三つあると言ったよね?」
「ああ。俺にはどうも腑に落ちないんだ。ツァウは確かに無事なようだが、それは結果論だ。どうしてイルジィはあの場で撤退を勧めたんだ?」
「戦闘から逃げ出してもツァウちゃんが無事であると確信を持っていたからだよ。これが理由の一つ目さ」
イルジィは右手を突き出すと、人差し指を立てる。
今もツァウの映像は部屋の真ん中に浮かび、変わらず流れ続けている。
映像の中でツァウは未だ周囲へ視線を送り、警戒を続けていた。
ツァウが無事であると確信できる理由。
あの場でそんなものが本当にあったのだろうか。
「なぜ、確信が持てたんだ?」
ここで考えても仕方がない。
俺は素直に質問を投げかける。
「さっき説明したよね。僕の『感覚共有』は僕から一定の範囲内の相手にも作用させられるんだ。今回の場合は剣士君の中にいる僕の意識体からの距離を参照しているんだけどね。このスキルを使えば相手の許可がなくともその時相手が強く思っていることであれば考えを読むことができるんだ」
「なるほど。それでツァウの思考を読んだのか?」
「ああ。だけど読んだのはそれだけじゃない。フルーホの思考もだよ」
イルジィの口から出たフルーホの名前に、俺の体が強張る。
あいつの思考を読むなんて、考えただけでもおぞましい。
「フルーホの思考……ろくな物じゃないんだろ」
「……悪意の塊と言って過言でない、覗くだけで気分が悪くなる最低な思考だよ」
普段表情を変えないイルジィが顔を歪ませる。
いったいどれほどの悪意が奴の中に渦巻いているのだろうか。
イルジィは気を取り直すように顔を小さく振り、言葉を続ける。
「フルーホはあの時こう考えていたんだ。記憶を失ったツァウちゃんに、剣士君を敵だと思わせ戦わせる。ツァウちゃんに仲間を殺させようとしていたんだ」
「なんだよそれ! ……そうか。だからツァウは俺を攻撃してきたんだな」
「フルーホはただ僕たちを殺そうとするんではなく、最悪の形で復讐を遂げようとしているようだね」
魔法を使えば記憶を失うツァウを騙して、仲間を攻撃するように仕向ける。
仮に俺が殺されていれば、フルーホにとっては最高の展開になるだろう。
……胸糞の悪い最悪な結末だ。
そんな結末を迎えるわけにはいかないよな。
「これで分かっただろう? フルーホがツァウちゃんを殺さない理由が」
「微塵も分かりたくはないがな。あいつはツァウを誘導して俺を殺そうとしている。つまり、その目的を果たすまではツァウを生かしておくつもりだ……そういうことだろ?」
「そうなんだ。フルーホの目的、それがあの場からの逃亡を選択した一つ目の理由だよ!」
俺がツァウを救出しようと戦うことこそがフルーホの術中だったということだ。
イルジィはフルーホの悪意の強さを感じ取り、ツァウの無事を確信したのだ。
だから、イルジィは逃げる選択を取ったのだ。
「だが、どうすればいい? 逃げたところで何か対抗策はあるのか」
この事態を打開するにはツァウを説得して、俺が敵だという誤解を解くしかない。
しかし、ツァウは俺が知る限り最強の魔法使いであり手加減をして止められるような相手ではない。
相打ち覚悟でツァウに戦いを挑み、ツァウを止めることに成功したとしても、俺も無傷では済まないだろう。
そこをフルーホに狙われれば、ツァウともども万事休すだ。
ならば、先にフルーホを倒すか?
「フルーホはツァウちゃんの近くを離れないだろうね。先にフルーホを狙うということはツァウちゃんに背中を向けることになる。フルーホは現状、ツァウちゃんに君を殺させるつもりなんだ。つまりこちらから手を出さない限り向こうは戦闘に関わってこない。わざわざ二対一の状況にするのは愚策だよ」
俺の思考を読んだのだろう。
イルジィが先回りして俺の疑問に答える。
「なら、ツァウを説得するしか無いか」
「残念ながらそれは不可能だね」
イルジィは目を瞑り首を横にふる。
難しいじゃなくて、不可能?
俺はイルジィの言い回しに引っ掛かりを覚える。
「難しいというのは分かっている。だが、やって見る前に不可能と断じるのは違うだろう」
「理由もなく言っているわけじゃないよ。僕が不可能というのには理由があるんだ。僕はツァウちゃんのステータスを見たのさ。彼女には新たに二つ、呪いがかけられていた」
「呪いが?」
呪いという言葉に反射的に反応してしまう。
イルジィは「ああ」と静かに頷き、話を続ける。
「一つは『封印の呪い【逃】』。逃走しようという意思を封じる呪いだ。この呪いのせいでツァウちゃんはあの場から逃げ出す選択肢を取れなくなっている。そして、もう一つ。『封印の呪い【聴】』。これは術者にとって都合の悪い情報が聞こえなくなる呪いだ。つまり、ツァウちゃんにはフルーホにとって都合が悪い情報が届かない。僕らがどれだけ声を掛けても、ツァウちゃんには聞こえないんだ」
「何だよ、その呪いは!」
それじゃあ、説得は不可能じゃないか!
戦闘中、確かに違和感はあった。
ツァウに声を掛けてもまるで聞こえていないかのような反応が返ってきていた。
あれは呪いによる影響だったのか。
「呪いをどうにかしない限り、ツァウちゃんに僕らの声は届かない」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
思わず声を荒らげてしまう。
ツァウを無視してフルーホを倒すことも、ツァウを説得して攻撃をやめさせることもできない。
これじゃあ、戦ってツァウを沈黙させるしか方法が思いつかない。
しかし、その方法すらフルーホに潰されるだろう。
これじゃあ、八方塞がりじゃないか。
「剣士君。僕が逃げを選択した理由は三つあると言ったよね」
イルジィはゆっくり立ち上がると俺の下まで歩み寄る。
その顔からはまだ笑みは失われていなかった。
「一つ目はツァウちゃんが無事であると確信していたから。二つ目はあのまま戦っても僕達に勝ち目がなかったからだ」
イルジィは右手を前に出すと人差し指、中指と順に立てていく。
そして薬指がゆっくりと立てられる。
「三つ目の理由。それは僕たちが勝利するためだよ」
勝利をするため。
そう宣言したイルジィの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
俺達にとっての勝利。それは……
「ツァウを助け出す手段があるのか!?」
「僕は嘘はつかない。ツァウちゃんを助け出す手段は存在するよ」
イルジィは胸を張って断言する。
絶望的な状況からツァウを助け出す手段。
それが本当なら、俺はなんだってしてやる!
「いったい、俺はどうすればいい!?」
俺は縋る気持ちでイルジィへと問いかける。
「僕たちがやることは一つだよ。とにかく時間を稼ぐんだ!」
「時間を、稼ぐ?」
「とにかく逃げて、逃げて、逃げまくるんだよ!」
イルジィの言葉の意図が分からず、俺は首を傾げるのだった。
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