第三章 不明の呪い
第23話 正義の魔法使い
鬱蒼とした暗い山道を駆け抜ける。
すぐ背後からは死の気配が迫ってきていた。
骨同士が擦れる耳障りな音を立て、機敏に距離を詰めてくるスケルトンが。
周囲に腐臭をまき散らし、朽ちた肉体を引きずりながら近づいてくるゾンビが。
半透明の体で宙を漂い出現と消失を繰り返し、いつの間にか背後に忍び寄るレイスが。
地を覆いつくす恐ろしい数の
「『
詠唱を終え、大蛇の形を模した炎を生み出す。
不死系の魔物は火に弱い。
炎の蛇は私の周りで暴れまわり次々と魔物を飲み込んでいく。
「もう! いったいこいつらは何なのよ」
私は思わず弱音をこぼす。
スケルトンが新たに地面から這い出す。
ゾンビが群れを成して押し寄せる。
レイスが何もない空間から姿を現す。
倒しても倒しても切りが無い。
一向に終わりが見えない。
こうして戦闘を続けていったいどれほどの時間が経ったのか。
不死系の魔物は足が遅い。
最適解は魔物たちの相手をせずにこの場から逃走することだ。
……だけど、それができない。
―――――
ツァウバー=フリエレン
レベル:92
HP :520/871
MP :2936/7260
筋力 :769
耐久力:611
敏捷力:802
魔力 :8981
スキル
『
特殊
『不明の呪い』『封印の呪い【逃】』
―――――
通常の移動は可能だが、この場から逃げ出そうとしても足がすくんで動けなくなってしまうのだ。
きっと、この『封印の呪い【逃】』が悪さをしているんじゃないだろうか。
魔法で生み出した生物に乗っても同じだ。
逃走の命令を出そうとしても、言葉が出なくなる。
逃走の意思が封じられてしまうのだ。
『……』
「くっ! 『
背後に魔物の気配が唐突に出現した。
私は咄嗟に詠唱を完了させ、炎の兎を生成。
振り向いて視界に捉えたレイスへ、兎をけしかける。
兎の蹴りが炸裂し、攻撃を受けたレイスは空気に溶けるように霧散する。
「はあ、はあ、はあ」
魔力の使いすぎで頭痛がする。
倒しても倒しても湧き上がってくる敵に戦意が折れていく。
「私はツァウ。正義の魔法使い」
その言葉だけが今の私を支えていた。
何かを成さずにここで倒れるわけにはいかないと、そう心が訴えるのだ。
それは大切な誰かと交わした思い出の言葉、のはずだ。
だけどその人の名前も顔も思い出せない。
それだけじゃない。
何故私はここにいるのか。
どうして魔物相手に戦える力を持つのか。
私はいったい誰なのか……すべてが曖昧だ。
「私はツァウ。正義の魔法使い……それ以外は分からない」
自分の存在意義すら不確かな今、私はいったい何のために戦っているのか。
「誰か教えてよ……誰か助けてよ!」
周りから聞こえるのはゾンビの不気味なうめき声ばかり。
私の叫びに応える声は、聞こえない。
☆☆☆
豪華な装飾に彩られた大きな部屋の中央には青く輝く魔法陣が描かれている。
この魔法陣は王都と各地を結ぶ転移魔法を起動させるための魔法陣だ。
俺が上に載ると魔法陣は淡く光を発する。
「ハイリゲス殿。ご武運をお祈りします」
王都の兵士団を束ねる団長が俺の見送りに来てくれていた。
俺は頭を下げ、感謝の意を示す。
長距離の転移には膨大な魔力を消費する。
転移魔法陣の使用は本来であれば王族など限られた人物しか認められないが、今回は団長に事情を説明し、特別に使用の許可を得ることができたのだ。
これは王都襲撃でゴーレムを打倒し、王都を救った褒美という扱いらしい。
ゴーレムが王都を襲撃した理由が俺に関わるものである以上、お礼を言われるのは複雑な心境だがツァウの下に向かうには転移魔法陣を利用させてもらうのが一番の近道である。
今回は団長の好意に甘えることにしたのだ。
魔法陣の放つ光が強まり、次の瞬間には視界が切り替わる。
転移先は霊峰ヴィンケルから最も近い街にある領主の館だ。
俺は家人に礼を言い、館を出る。
玄関を出ると、そこからは霊峰ヴィンケルの全景が見えていた。
禍々しい紫色をした山だ。
かつては人々から信仰の対象として霊峰と崇められ、フルーホが住みついたことで呪いに浸食され『死の山』と恐れられるようになった。
ここから『大物喰い』を使い全力で走れば、ヴィンケルまでは10分と掛からず到着できるはずだ。
「待ってろよ、ツァウ」
強制的に連れ去られたツァウの身を案じ、ヴィンケルを睨む。
俺は、俺の夢の中に待機する賢者イルジィと、彼女の用意してくれた魔物ターピーアへと意識を向ける。
「ターピーア、頼むぞ」
『タープ!』
【個体『ターピーア』との戦闘状態を確認 敵対者とのレベル差分のステータスが上昇します】
脳内を駆け巡るステータス上昇による高揚感。
湧き上がる衝動に任せ、俺は走り出す。
流れる景色の中、俺の視界の隅にイルジィの幻影が現れる。
「おそらくヴィンケルにはフルーホの配下の魔物が待ち受けているんじゃないかな。もしかしたら、フルーホ本人が居るのかもしれない。今から全力を出してしまっては肝心な時に戦えなくなるよ」
「そんなことは承知の上だ。ここで力を出し渋ってツァウを救えないんじゃ意味がない」
「……そうだね。つまらないことを言ったよ。ごめんね」
イルジィは俺を心配してくれている様子だが、大丈夫。
俺は冷静だ。
計画、準備は大切だ。
しかし、それが行動を遅らせる理由にはならない。
俺は懐へ手を忍ばせる。
指先に触れる硬い感触。
それはツァウが残していった赤い手帳のものだ。
記憶を失い敵地に連れ去られたツァウ。
手遅れになる前にツァウのもとへたどり着く!
俺は遠くにそびえるヴィンケル目掛け駆け出した。
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