第12話 賢者イルジィ=オーン
「じゃあね! また明日迎えに来てあげるわ」
「ああ。ツァウ、ありがとうな」
教会の中まで送ってくれたツァウは、俺をベッドに乗せると片手をあげ立ち去る。
隣のベッドを見ればユンガは小さく寝息を立てていた。
まだあれから目を覚ましていないのだろう。
俺は今日起きた出来事を思い返しながら静かに目を閉じる。
俺と同様、ツァウやイルジィも呪いに苦しめられていた。
特にイルジィの最愛の人を亡くした十字架は俺の苦悩よりもずっと重いだろう。
本来なら話を聞くこともはばかられる状況だが、イルジィの為にも呪いは何とかしなければならない。
彼女一人でできなくても俺が手伝えることもあるかもしれないんだ。
イルジィに何を話すか、そもそもどうやって彼女に会うのか。
今は何も決まってはいない。
だが、やらなければならないのだ。
決意を固める俺の意思とは裏腹に体は正直で、だんだんと瞼は重くなっていく。
この動かない体で旅を終え、悪党に狙われたのだ。
疲れていないはずがない。
俺の意識はゆっくりと、数分もしないうちに夢の中へと落ちていく。
☆☆☆
「やあ、剣士くん! 待っていたよ!」
やけに活舌のいい声で起こされる。
眼を開ければそこには修道着を着た、柔和な表情の女性の姿があった。
この人は……ああ、思い出した。
「イルジィは確かにこんな姿だったな」
ということはここは夢の中か。
周りに注意を向ければそこには暗闇が広がるばかり。
空間に見えるのはイルジィと、俺の体だけだ。
「そう、ここは夢の中だよ! そしてこの空間は君と僕の二人きりだ! やったね!」
「妙な言い方をするな!」
俺はかつての冒険を思い出す。
イルジィは柔和でおとなしそうな見た目とは裏腹に、冗談を好み、人とよく会話し、常に笑顔を絶やさない。
パーティのムードメーカーだった。
だから、建物に閉じこもるイルジィを見て俺は衝撃を受けたのだ。
「お前が引きこもりになるとは驚いたぜ」
「ハハハ。あれは僕だって苦渋の決断だったんだよ? 誰が引きこもりなんて好んでなるものか、ってね!」
快活な話し方、大げさな振る舞い。
それは俺の知るイルジィそのもので。
だから、俺は目の前のイルジィに違和感を覚える。
「……お前、イルジィか?」
「もちろんそうだよ! あれ? もしかして剣士君も魔法使いちゃんみたいにボクのこと忘れちゃった?」
「いや、違うだろ! ここは俺の夢の中、なんだろ? なのになんで本物のイルジィがいるんだよ!」
会話から感じ取った違和感。
俺の知らない情報までを知っているかのようなイルジィの言動。
夢にしてははっきりとしすぎている思考と感覚。
気づけばこの空間は違和感ばかりだった。
「ハハ。気づいちゃったかい! 反応が面白いからもうちょっとだけ揶揄っていたいけど、バレたなら仕方ないね」
いたずらを見つけられた子供のように、クスクスと小さく笑うイルジィ。
ということは、目の前にいるのは……
「僕はイルジィ、その精神体といったところかな? 今は剣士君が見ている夢の中にお邪魔させてもらっているんだ」
「おいおい。お前、そんなこともできたのかよ」
他人の精神に干渉する魔法はいくつか存在する。
だが、自我を持ったまま他人の精神に侵入するなんてどんなばかげた魔法なんだ?
「これだって苦肉の策なんだよ! 僕に掛かった『不遇の呪い』は意思を持ってした行動の結果を全て悪いものに書き換えてしまう。だから僕は “ 考えることを止めた ” んだ!」
俺はイルジィが何を言おうとしているのか分からず首を傾げる。
この自分の理解を優先する話口調はやはり、昔のイルジィそのままだった。
「ええっと? 相変わらず小難しい説明を並べてくれるな」
「ああ、ごめんね! 置いて行っちゃって。僕は夢の中、つまり“ 無意識 ”に逃げることにしたんだよ。ここならどれだけ行動しても呪いの影響は受けないからね。君と話すことだってこの通り! 呪いのペナルティは受けないんだ! ただし、この魔法には色々制約があって、その最たる部分が僕と魂の波長が合う人間に対してしか使えないことなんだ。この魔法が成功したのは君で二人目だよ! 僕と君は運命で結ばれているみたいだよ! やったね!」
「いやいや、もっと分からん」
俺は傾げていた頭を更に傾げる。
イルジィは夢の中で、ここは俺の夢の中で……つまりどういう事だ?
「自分と他人の夢を繋げる。それがこの魔法の正体だよ」
どや顔で説明するイルジィ。
俺は理解を諦めた。
「とにかくお前がイルジィ本人なんだな」
俺の問いかけにイルジィは変わらず笑顔を返してくる。
「そう思ってくれていいよ!」
「なら、その。何と言ったらいいか。元気そうだな?」
掛ける言葉を迷うが、結局無難な言葉を選んでしまう。
ツァウから聞いたイルジィに起きた悲劇。
それに対し、イルジィの態度は飄々としていて俺は拍子抜けしてしまう。
「僕のことを気遣ってくれているのかい? ならその気遣いは無用というものだよ。あれから三年も経ったんだ。流石にもう心の整理は付いているよ」
そう言い切るイルジィ。
彼女の口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。
しかし、その口調に硬さを感じるのは俺の穿った見方だろうか。
「お前がそう言う以上、大丈夫なんだろう。けど、何かあるなら相談に乗るからな」
「ハハ。剣士君は優しいね!」
「……からかうな」
イルジィに会話の主導権を渡していたらいつまでも話が進まない。
俺は本題に入るべく思考を切り替える。
「俺が王都に来たのは呪いをどうにかするためなんだ」
☆☆☆
「なるほど。事情は完全に理解したよ!」
俺が王都に来るまでの経緯を話し終えると、イルジィは得心が行ったように大きく頷く。
「不思議だったんだよ。剣士君がどうして僕の下を訪れたのか」
「俺が訪ねたのを気づいていたのか?」
「耳や目を塞いでいても君のことは気配で分かるよ。だからこうして遠路はるばる、夢の中まで会いに来たんだから!」
「……その発言はさすがに気持ち悪いぞ」
発言だけ聞けば完全に俺のことをつきまとっている人間だ。
「ハハ。こんな美人を捕まえて気持ち悪いとは、剣士君も冗談が上手いね!」
「別に冗談じゃないんだが」
「それで呪いの話しに戻るんだけど」
「人の話を聞いちゃいねえ!」
ああ、頭が痛くなってきた。
心配していたのにこの仕打ちだ。
さすがに心が追いつかない。
俺の叫びが届いたのか、イルジィの表情に真剣さが宿る。
「君のその呪い、もしかしたらどうにかできるかもしれないよ?」
イルジィの口から出たのは、俺が待ち望んでいた言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます