第11話 “棺桶”の中で
ツァウに連れられ夜の王都を飛ぶこと数分。
たどり着いたのは王都からほど近い、鬱蒼とした森の中だった。
森の中は明かりもなく、月明かりも木々に遮られほとんど地面に届かない。
「こんなところに本当に賢者がいるのか?」
「いるわよ……あれが、イルジィの家」
暗い森の中、ツァウは前方を指さす。
そこにあったのは木々の生い茂る森の中には似つかわしくない建造物。
くすんだ鉄のような黒い金属で出来た大きな箱だった。
箱は縦に長く平たい。
側面に一箇所周囲と色が違う場所がある。
そこが扉になっていて、箱の中にはそこから出入りできそうだ。
「本当にこれが家なのか? これじゃあまるで……」
「イルジィはこれを、『棺桶』と呼んでいるわ」
「何があったんだ、イルジィに」
「そうね……まずは自分の目で確かめてみなさいよ」
自分の目で確かめてと言われても、この体じゃ。
俺が文句を言おうとすると、突如体の重さが消える。
まるで重力が消えたように俺は自分の足で立っていた。
「おお。なんだこれ」
「これで歩けるでしょ? あなたの体を魔力の糸で支えているわ。魔力消費が激しいからあまり長いことは支えてあげられないけど。イルジィに会うだけなら事足りるわ」
「体が軽い。確かにこれなら歩ける。ツァウ、ありがとうな」
「いいからさっさと行きなさい。魔力消費が激しいって聞こえなかった?」
ツァウに急かされ、俺は恐る恐る動くようになった体で俺は箱に近づく。
暗い森の中というのを差し引いても近くで見るその物体は不気味だった。
側面の一か所だけ色の違う壁を押すと、扉が現れそのまま中へと開いた。
「イルジィ、入るぞ」
俺は声をかけ、中へと入る。
中は薄暗く、壁に掛けられたランプの明かりが照らすだけだ。
家具らしい家具もなく、部屋は奥へと続いている。
窓もなく本当にただの箱のようだ。
こんなところで賢者は生活しているというのか?
とても人間が住むのに適しているとは思えないが。
俺は薄気味悪さを感じながら、壁伝いに奥へ。
「なっ!?」
建物の最奥。
入り口からの視線を遮るように設置された壁の裏側を覗き込むと。
そこに居た人物の姿に俺は絶句する。
女性は異様な格好をしていた。
女性は縦に置かれた棺桶の中に入っており蓋は開かれている。
棺桶のいたるところからは拘束具が伸び、女性の手足を固定している。
棺桶の中で眠るように身動きをしない女性は目も口も布で覆われている。
監禁されているようにしか思えないその恰好。
けれども纏う修道着は皺一つない。
「イルジィ? これはいったい」
俺はその女性 ―― 賢者イルジィに声を掛けようと更に一歩を踏み出す。
「ガハッ!?」
突如馬車に引かれたような衝撃が全身を襲い、俺は後方に吹き飛ばされる。
そのまま建物の外まで飛ばされた俺は地面に体を叩きつけられる。
地面を転がった先で待っていたのは、つまらなそうにそっぽを向くツァウで。
「なんで……なんで、イルジィがあんな目に遭っているんだ!」
俺は感じる怒りのままにツァウへ食ってかかる。
中に居た女性は間違いなく俺の知るイルジィだった。
なぜ彼女があんな姿で拘束されている。
「なんで、お前はあいつを助けない!?」
「うるさいわね。イルジィは拘束されているわけじゃないの」
「はあ? どういうことだよ」
「イルジィは自分で自分を拘束して、あんな風に引きこもっているのよ」
「そんなわけがないだろ! どうして体を縛りつけて引きこもるやつがいるんだ!」
反射的に怒鳴った俺の言葉にツァウはバツが悪そうに俯きながら答える。
「あなたも知っているでしょ? イルジィに掛けられた呪い」
また、呪いなのか。
俺から戦う強さを奪い、ツァウからは魔法を、自由を奪い。
その上、イルジィにはいったい何をしたというんだ。
「彼女に掛けられたのは『不遇の呪い』。あらゆる行動が不幸を招くようになる、不運を宿命づけられる呪いよ」
「いったいイルジィに、何があったんだ?」
「呪いは、彼女にもたらされた不幸は彼女から最愛の人を奪ったの」
ツァウは「これは人づてに聞いた話なんだけどね」と前置きすると、赤い背表紙の本を懐から取り出し開きながら語りだした。
☆☆☆
イルジィが王都に来たのは、私たちがフルーホを倒した三年前のことよ。
そのころから彼女は自分の呪いが他者を傷つけるのを恐れていたの。
彼女は普段から自宅にこもり、極力人とは関わらないようにしていたわ。
そんな彼女を支えていたのは彼女の夫よ。
私は知らなかったけど、フルーホ討伐の旅に出る前にイルジィは彼と婚約をしていたみたいよ。
それで、王都に戻ってきてから二人は結婚をした。
家を出られないイルジィに代わり、夫は彼女の世話を甲斐甲斐しくしていたわ。
衣食住の世話はもちろんのこと、イルジィが呪いを解呪しようと続ける研究を、金銭に、労力に、精神面に、あらゆる面から献身的にサポートをしていたの。
イルジィは呪いを受けながらも、それに抗うために行動し続けたわ。
夫の支えもあり、不自由ながらも幸せな生活を送っていたの。
でも。それもある日、ひっくり返る。
『不遇の呪い』。
それは呪いを持つ者を不運にする最悪の呪いよ。
あらゆる行動が失敗や、それよりも酷い惨事を起こすの。
周りに不幸をもたらす可能性のある『不遇の呪い』の詳細は、国により国民には伏せられていたんだけど、それがどこかから漏れてしまった。
それを聞いた王都の民の一部がイルジィの排除に乗り出してしまった。
イルジィの家は襲撃を受けたの。
そして、イルジィを庇った夫は命が危ぶまれるほどの怪我をしてしまう。
目の前で倒れる夫の姿に動揺したイルジィは夫に回復魔法を行使したの。
その結果が呪いのせいなのか、動揺によるものかは分からない。
けれど、回復魔法は暴発し、夫は爆死。
イルジィも顔に大きな火傷痕を負ってしまった。
イルジィは裁判に掛けられたわ。
夫を死なせてしまった件は事故として処理され罪には問われなかった。
だけど、イルジィは自身の事を許さなかった。
彼女は森の中に機能性もくそもない今の家を作り、それを『棺桶』と称して一人で閉じこもってしまった。
以来最低限の食料と、後は呪いを消す方法を探すため本や実験材料を届けさせるだけよ。
ずっと人に関わらず、家から出ずに暮らしているの。
☆☆☆
「イルジィに、そんなことが」
「さっきあなたが吹き飛ばされたのも、人を遠ざけるために張った結界のせいね。自身の姿を見た者を外へ弾き飛ばす結界よ」
あまりにも重すぎるイルジィの受けた呪いの代償に、俺は言葉を失う。
自分の善意の行動が他者へ不幸として襲い掛かる。
正しく善性を持つイルジィにとってそれがどれほどの苦痛であったことか。
彼女の今の状態は余りにも酷いが、受けた苦しみを思うとどう接したらいいのか。
「私もイルジィが引き籠っている姿を見るのは辛いわ。だけど、今の彼女に私たちがしてあげられることはないのよ」
「話を聞くこともできないのか」
「彼女が目覚めるのは一日に一度ね。食事や本に目を通すためだけよ。チャンスがあるとしたら正午、彼女が目覚めたときでしょうね」
「……そうか。分かった。怒鳴ってすまなかったな」
「別に気にしていないわ。今日はもう遅いし、私が教会まで送って行ってあげるわ。神官さんに頼んで泊めてもらいなさい」
「……ああ」
俺はイルジィの眠る建物を振り返る。
外部との接触を絶ち、呪いを一人きりで抱え込んだ彼女の負う悲痛の大きさは、いったいどれほどのものなのだろうか。
イルジィを、そして俺やツァウを救うためにもやはり呪いを消すしかないだろう。
そのためにもまずはその手段を探るためイルジィと話をしなければならない。
俺は暗くなる気持ちを無理やり奮い立たせ、明日へ希望を繋ぐ。
「じゃあ、行くわよ」
俺はツァウに連れられ再び夜の空に飛び立つ。
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