第10話 魔法使いツァウ


「人がせっかく助けてあげたのにその言い方は無いんじゃない!? もう少し、感謝とねぎらいの言葉があってしかるべきだと思うけど!? それに言い方が馴れ馴れし過ぎるのよ! 私はあんたの友達か何かの訳!?」


 怒涛の勢いでまくしたてられる懐かしいやり取り。

 俺とユンガが凍り漬けにされたことに少し文句を言ったらこれだ。

 一つ言えば百返ってくる。

 これがツァウの通常運転だ。


「助けてくれたことには感謝しているよ。ありがとう、ツァウ」


「だから言い方が馴れ馴れしいのよ!」


 ツァウは怒鳴りながらも地面で横たわる俺の隣に膝をつく。

 ツァウが手をかざすと俺とユンガの周りだけ氷が溶けていく。


 続いて華の氷像と化す悪党たちに向き直ると、ツァウはぞんざいに手を振るう。

 すると、悪党たちの顔から上だけ氷が溶かす。

 顔が解放されたことで途端に咳き込みだす悪党たち。

 凍傷の可能性はあるが、ひとまず窒息の心配ななさそうだ。


「さあ、これで全て良し! 流石、私ね! ほんといい仕事するわ! かわいいは正義! 正義は必ず勝つのよ!」


 ツァウは無駄にポーズを決めると、杖を一振り。

 悪党たちは氷漬けのまま道の端に転がされていく。


「こいつらの後片付けは他の兵士に任せればいいわよね! 最近、なぜかこういう物騒な輩が増えて大変なのよ。この前は近くの村で魔物の大規模な襲撃騒ぎもあったというし。世も末ね。さあ、あんたたち、怪我してるみたいだし治療に行くわよ! 立てる?」


「いやあ、助かった。ありがとう、ツァウ」


「さっきからいい加減にしなさいよ!? 馴れ馴れしい男ね……あんた、もしかして私の知り合いだったりする?」


 おい、マジかよ。

 真剣な口調で俺の素性を尋ねるツァウ。

 仮にも二年間、同じパーティで過ごした仲間の顔を忘れるか?

 元から魔法以外に興味はないって性格だったが、これには流石に傷つくぞ。


「おいおい。まさか俺のこと忘れてるのか?」


 俺の問いかけにツァウは額に指をあて悩まし気に眉間を寄せる。


「ダメだ、分かんないや」


「ハイリゲスだよ! 元パーティメンバーの顔を忘れるなよ!」


「……ああ! ええっと、剣士の! 顔が老けたから分からなかったわよ」


「めちゃくちゃ酷い言い草だな!?」


 老け顔だっていうのは俺自身気にしてるんだからな!

 思い出し方も、なんか初めて俺の事を知ったんじゃないかってぐらいの感じだし。

 俺は心で泣きながらため息をつく。


 いろいろ言いたいこともあるが、あまり時間を掛けていられない。

 まずはユンガの治療が先決だ。


「……すまない。俺は動けない。連れも意識が無いみたいだ」


「仕方ないわね! だったら私が運んであげる! スピード出すから舌を噛まないようにね! 今日はもう、始末書を書くのはごめんだわ!」


 ふわりと温かい物に包まれるように体が持ち上がる。

 これもツァウの魔法とも呼べない魔力行使による現象だろう。

 

 ツァウの体と共に俺たちはゆっくりと宙へ浮かび上がると、前方へ加速する。

 景色は矢のように後方へ過ぎ去っていくが、不思議と風は感じない。

 そんな益体もないことを考えている間に目の前には先ほど訪れた教会が。


「急患のお届けよ!」


 入り口の扉が勝手に開き、俺たちは教会へ招かれるように中へと入る。

 

「あら、ツァウちゃん。また何かやらかしたの?」


「違うって! 悪い奴に襲われている所を助けたの! 治療してあげて」


「あら。あなた達は先ほどの」


 俺たちを迎えてくれたのは、先に賢者の居場所を聞いた神官の女性だった。

 

「はは。すぐに戻ってきてしまって、申し訳ない」


「大変! 二人とも怪我しているわ。すぐに治療しますから。ツァウちゃんはこの方たちを奥のベッドに寝かせてあげて!」


「任せて!」


 教会の奥、木製の質素な扉がひとりでに開き、俺たちは奥へ。

 ここは生活スペースなのだろう。

 教会の表と違い、装飾は無く最低限の家具が置かれているだけだ。

 ただし、しっかりと掃除されており清潔な印象を受ける。

 俺とユンガは並べて置かれたベッドへとそれぞれ寝かされる。


 待つことしばらく。

 先ほどの神官が、水の張った桶と治療道具の入った箱を持ってやってきた。


「じゃあ、私はこれで失礼するわね! もう悪党に襲われるんじゃないわよ!」


 神官が来たのを見届け、ツァウは教会を離れようとした。


「おい、話があるんだ。待ってくれ」


「ごめんね、ハイリゲス。私、今勤務中で街の見回りの途中なんだ! 今日の仕事が終わったら来てあげるから、おとなしく待ってなさいね!」


 俺が制止するもツァウはそれだけ言い残し、慌ただしく教会を去っていく。

 ツァウにフルーホが復活したかもしれないと警戒するよう伝えたかったし、彼女の口から賢者の話を聞ければと思ったが、行ってしまったものは仕方がない。

 相変わらずの拙速さであった。




「あなた、ツァウちゃんの知り合いなのかしら?」


 俺とツァウの会話を聞いて疑問に思ったのだろう。

 神官からの問い掛けに「はい」と俺は頷く。


「俺とツァウは元同じパーティなんです」


「ということは、あなたが剣聖ハイリゲスさん!? ずいぶん聞いていた印象と違うけれど」


「はは。これにはいろいろ事情がありまして」


 呪いを受け大幅に弱体化したこの体をどう説明すればいいか。

 なんと答えていいか分からず、俺は愛想笑いを返す。

 その間、神官さんは手際よくユンガの足からナイフを抜き、布で止血。

 血圧の急激な低下を防ぐ強化魔法と回復魔法を同時にかけていく。

 高度な技術を必要とする二重詠唱だ。

 この神官さん、魔法に精通しているらしい。


「うっ」


 ユンガは一瞬苦痛に顔をゆがめるが、しばらくすると穏やかな表情へ戻る。


「これでひとまず命に関わることは無いはずです」


 俺は神官の言葉にホッと胸をなでおろす。

 俺のためにユンガは傷ついた。

 これで何かあれば、俺は自分を許せないかもしれない。


「よかった。ありがとうございます」


「困った方を助けるのは当然のことですよ。ハイリゲスさんは顔の凍傷がひどいですね。氷の魔法ということは、もしかしてツァウちゃんの魔法に巻き込まれました?」


「いや、ははは。実はそうなんです」


 ここで嘘をいうわけにも行かないだろう。

 悩んで口にした俺の言葉に神官は顔を曇らせた。


「あの子、正義感の強い良い子なんだけど、たまに感情が先走ってしまうから」


「ははは。パーティの時からあんな感じでしたから、慣れっこですよ」


「ええ。でも最近は度が過ぎているように見えるんです」


 俺は笑顔を返すが神官の顔は晴れない。

 そこには何か気がかりがある様子だった。


「ハイリゲスさん。良かったらあの子のこと、気にかけてあげてください」


「えっ? ああ、もちろんです」


 神官の含みを持った言い方に俺は疑問を覚えるが。


「痛あああ!」


 頬に走る激痛。


「ちょっと染みるから我慢してくださいね」


「先に言ってくださいよ!」


 神官が湿らせた布を傷に当て拭き取る。

 俺は治療の間、悶絶を繰り返すのだった。




☆☆☆


「おまたせ! ハイリゲス、起きてる?」


 今日は教会で泊めてもらえることになり、治療を受けたベッドで横になっているとツァウが扉からひょこりと顔を覗かせる。


「お前のお陰で頬が痛くて眠れないよ。ありがとな!」


「フフフ。正義のツァウちゃんに掛かれば、あんな悪党イチコロだよ! ……って、もしかして私、皮肉言われてる!?」


「いや、冗談だよ。今日は助かった。本当にありがとう」


 ツァウが現場に駆けつけてくれなかったら今頃はどうなっていたことか。

 体が動かないため、首だけツァウの方へ向き直る。


「当然のことをしたまでよ! それに私とハイリゲスの仲でしょ! なんたって、元パーティメンバーだったんだから」


「その大切な仲間を忘れていたのは何処のどいつだよ」


「ごめん、ちゃんと確認……じゃなくて思い出したから! いじめないでよ!」


 肩を上下させ怒りを表すツァウ。

 微笑ましいものを見て、俺の表情が緩む。


「でも、ツァウはなんで王都にいるんだ? お前は冒険者を続けていたはずだろ」


「……辞めたのよ、冒険者は。今は国の兵士として働いているわ」


「はぁ!? お前が国勤めとか、似合わなさすぎるだろ。頭でも打ったのか!?」


 自由に生きる。

 パーティメンバーとして世界を回る中でツァウは口癖のようにそう言っていた。

 そんな彼女が国に使える兵士になるとは。

 俺は意外過ぎる彼女の発言に眼を剥く。


「失礼すぎるわよ!? 私を何だと思っているのよ」


 怒鳴り声を上げたツァウ。

 しかし次の瞬間には声のトーンを落とし、浮かない顔に変わる。


「ハイリゲスも知っているでしょ? 私に掛けられたフルーホの呪い」


「ああ。『不明の呪い』だったな」


 災禍龍フルーホ。

 奴が俺たちパーティメンバーそれぞれに与えた最悪の呪い。


 俺には戦うほどに弱くなる『不殺の呪い』。

 賢者イルジィには行動の結果が最悪の結果を招く『不遇の呪い』。


 そして、魔法使いツァウ。

 彼女には魔法を使うたびに知識が失われていく『不明の呪い』が掛けられた。


「私だって最初はずっと冒険を続けたかったわ。私は窮屈な環境が大の苦手だから。外の世界でいつまでも自由に生きたかったの。だけど、できなかった。呪いのせいで一度使った魔法はその知識を奪われ二度と使うことができない。日々、私の中から大切なものが奪われていく感覚に耐えられなかった」


 魔法を使えば使うほど弱くなる。

 足掻けば足掻くほど、底へと落とされていく。

 それは俺の『不殺の呪い』に通ずる、呪いの悪意だった。

 

「私は自由に外の世界を生きたいの! でも、魔法は自由に使えない。自棄になって魔法を使えば、私の中から大切なものが漏れ出していく。それが何より怖かった」


 ツァウは目に涙を溜めていた。

 俺はなんと声を掛けていいか分からずに押し黙ることしかできない。


「自由に生きられないのだとしたら、せめて正しく生きていたい。それが今の私の願いよ。今日は緊急事態だったから仕方なく魔法を使ったけど、幸い王都に出る悪党ぐらいだったら魔力をぶつけるだけで制圧できるもの。だから私は国の兵士として、正義の魔法使いとして人々の役に立つの!」


「正義の魔法使いか。カッコいいじゃないか!」


「馬鹿にしてるのかしら!? あんたに言われなくったって私は十分カッコいいし、カワイイんだから! カワイイは正義! 正義は必ず勝つのよ!」


 ツァウは大げさな身振りでそう宣言する。

 事情を聞いた今、それは自分に言い聞かせるための演技にも見えてしまう。



 

「もう! 私の話はいいのよ! それで、ハイリゲス。用事ってなによ?」


「ああ。そうだったな。実は俺が王都に来たのは賢者を訪ねてのことなんだ」



 ツァウの近況は気にかかるが、そろそろ本題を切り出した方がいいだろう。

 俺はボーゲンで起きた出来事の顛末や、災禍龍フルーホが復活し俺達の命を狙っているかもしれないことをツァウに聞かせる。


 俺が事情を説明する間、懐から取り出した赤い背表紙の本にツァウはメモを取っている様子だった。


「奴は俺だけじゃなくてお前や賢者を狙って来るかもしれないんだ。それに賢者には呪いの解呪について相談したい。ツァウは賢者の居場所を知らないか?」


 俺の問いかけにツァウは顔を上げる。


「事情は分かったわ。なら、私が連れて行ってあげる」


「へっ?」


 ツァウの言葉の意味を理解する前に、彼女の掛け声に合わせ俺の体が宙に浮く。


「連れて行くって、どこへ?」


「もちろんイルジィのところよ。説明するより会ってもらったほうが早いから」


 動かない体では抵抗もできない。

 俺の体には気づけばツァウの魔力で作られた糸が巻きついていた。

 魔力の糸に引っ張られ教会を飛び出すと、俺は夜の空へと再び飛び立った。

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