第13話 活路

「呪いをどうにかできるって、本当なのか?」


 イルジィの口から出た言葉に俺は驚き、彼女に詰め寄る。

 しかし、いくら近づこうとしてもイルジィとの距離はつまらない。


 ここは夢の中で、俺の体は自由に動くというのに、まるで目の前に見えない壁があるかのようだ。


「夢が混ざらないように境界を隔てているんだ。残念ながらお触りはできないよ! ごめんね!」


 体を抱くように腕を交差させるイルジィ。

 その人をいらだたせるリアクションにカチンと来るが、我慢だ。


「ふざけている場合かよ! 呪いをどうにかできるって本当なのか!」


「僕は嘘を言わない。あくまで可能性の話ではあるけれど、本当だよ!」


 イルジィは人差し指を立てると、クルクルと宙で回しだす。

 その態度にはイラっと来るものがあるが、俺の感情よりも話を優先すべきだろう。


「君は言っただろ。最上位種の魔物にフルーホが復活したと言われたと。実は僕も呪いを通して感じていたんだよ、フルーホに似た気配が現れたのをね」


「じゃあ、まさか」


「ああ。フルーホは復活しているよ」


 そんな、まさか。

 俺はイルジィの顔を見るが、その顔は真剣そのものだ。

 冗談では、ないのか?


「フルーホは確かに俺が殺したんだ。死者が蘇るなんてありえない」


「死者が蘇るなんてありえない。その通りだね。だったら、こう考えるしかない。フルーホは死んでいなかったんじゃないかな」


「はあ? 俺が倒したフルーホが偽物だったとでも言うつもりか?」


「それはないよ。フルーホの死体はあの時に僕もしっかりと確認をしているからね。あの死体は本物のフルーホのものだったよ。だけど、それでもフルーホが生き延びる方法は思いつくよ!」


「死んでも、生き延びる方法?」


 記憶を探るが聞いたことが無い。


「『不滅の呪い』という呪いがある。自身が殺されたとき、事前に契約を結んだ肉体に魂を移し替えることができる呪いだ。自在に呪いを掛けるフルーホなら自分に呪いを掛けることも容易だろうね。ただ、その呪いの発動には条件があって、自分と相性がいい肉体である必要がある。相手からの同意も必要なんだ。これを使ったのだとしたら奴が生きていてもおかしくはないよね」


「そんな馬鹿な。奴は不死身ってことか?」


「いいや。肉体を乗り移る際、魂は劣化するんだ。二度は使えないよ」


 俺はイルジィの言葉に安堵を覚える。

 無限に復活するのだとしたら倒しようがない。


 だが、フルーホという強大な存在が生きている公算が高まった。

 それだけでも最大級の脅威だった。


「でも、僕らにとっては悪いことばかりというわけでもないよ。復活したフルーホを倒せば僕らに掛けられた呪いが解けるかもしれない」


「どういうことだ?」


「本来呪いは術者が死ねば無効になる。術者の死後に発動する呪いが厄介なのは、術者が既に死んでいるため、解呪方法がないからだ」


「そうか、フルーホが復活したなら」


「そう! フルーホが蘇ったならそれを倒せば呪いを解くことができるかもしれない!」


 ようやくイルジィの言葉が俺の中で理解につながる。

 呪いが、解けるかもしれない。

 その言葉に、俺は目の前が開けるのを感じる。


 それは俺だけじゃない。

 ツァウやイルジィ、呪いに苦しめられる俺たちにとって希望だ。


「呪いは術者を倒せば解ける。つまり、フルーホを倒せば俺たちの呪いが解けるんだな!」


「確証はない。だけどその公算は高いと思うよ!」


 力強く頷いたイルジィは何も無い中空へと手を伸ばす。

 すると空間に先の見通せない暗い穴が開き、中から地図を取り出す。


「僕に掛けられた呪いを辿れば術者であるフルーホの位置もわかるはずだよ!」


「お、おお!」


 今まで苦しめられてきた呪いから開放される。

 現実味を帯びてきた話に、俺は喜びを隠しきれない。


「浮かれるのは早いよ! この通り、僕は動けないからね。以前のようには討伐に関われない」


「あ、ああ。そうだな」


 そして俺も呪いで自由には動けない。

 フルーホの討伐は困難を極めるだろう。

 


「フルーホがいるのは『霊峰ヴィンケル』。君も当然、知っているよね?」


「ああ。俺たちがフルーホを倒した地だ」


 霊峰ヴィンケル。

 王都北西に位置する不浄の山。

 かつてフルーホが住処としていたそこは、フルーホが振りまく呪いの侵食を長年受けた影響で植物の根付かない不毛の地と成り果てている。

 人は『不浄の山』と呼び、周囲一体への立ち入りを禁止している。


「あの山に行くなら呪いの対策は必須だよ。本当は僕が討伐に参加できれば呪いに対抗できるんだけど。今はこの有り様だ。君に付いていくことはできない」


「それは……厳しいな」


 呪いの専門家である彼女はフルーホ討伐の鍵だった。

 その力を借りられないとしたらフルーホを倒すどころか、フルーホのいる山へ立ち入ることすら難しいだろう。


「そうなると装備でどうにかするしかないな」


「そうだね。フルーホの呪いを防ごうと思えば伝説クラスの装備が必要になるよ。でも、呪いの対策ができる装備にはもう目星を付けているんだ」


 イルジィの目が怪しく光る。


「剣士君。君にはダンジョンを攻略してほしいんだ!」

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