第29話 決戦前夜

 イルジィの設定したの二日間が経過した。

 ツァウの猛攻をしのぎ、逃げ続けた俺の体はヘトヘトだ。

 そんな折、イルジィに呼び出された俺は夢の中へと入り込む。


 夢に入ると目の前には木製の椅子に腰かけくつろぐイルジィが待ち構えていた。

 その傍にはターピーアが控えている。


「ずいぶんと様相が変わったな」


「ここに居る間、僕は暇だからね。模様替えをさせてもらったよ」


 以前は飾り気のないシンプルな洋室だった夢の中だが、しばらく見ないうちにずいぶんとその様相が変わっていた。

 四方の木製の壁には写実的な絵画が等間隔に設置され、壁際には本がぎっしりと詰まったたくさんの本棚が並んでいる。

 中央にはイルジィが使う格調高い木製のテーブルと椅子が設置されており、テーブルの上には茶器が並んでいる。

 紅茶のかぐわしい香りが漂ってくる。


「剣士君、お疲れ様! お茶をどうぞ」


 イルジィは対面の開いた席を手のひらで示し着席を促すが、俺はそれを断る。

 休むのは全てが片付いてからだ。


「俺を呼び出したってことは、ツァウ救出の為の準備が整ったってことだよな」


「むう。つれないねえ……ああ。ちょうど今、ツァウちゃん救出作戦に必要なピースが揃ったところだよ。それを持ってきてくれたをこの場に呼ぼうじゃないか!」


 イルジィの掛け声と共に、空間の一部がゆがみ、人の影が現れる。

 影は徐々に形を変え、遂には俺の見知った人物の姿となる。


「師匠! 会いたかったです――」


 現れた人物は俺の姿を認めると一直線に駆け寄ってきて、夢の境界に激突する。


「痛っ!?」


「大丈夫かよ、ユンガ」


 現れた人物は王都に残してきた弟子であるユンガだった。

 俺がこの二日間、ツァウ相手に時間を稼いでいたのは、ユンガが入手に挑んでいた『あるアイテム』の到着を待っていたからだ。


 俺は頭を抑えうずくまるユンガの痴態に苦笑いをもらす。


「師匠! なんですか、これ! 見えない壁があるみたいです!」


「夢の境界らしいぞ。俺とイルジィの夢が混じらないように境界を設けているそうだ。行き来できるのはスキルを持つターピーアだけだ」


『タープ!』


 その長い鼻をぶりあげるターピーアはどこか誇らしげだ。

 そして、そのターピーアの鼻には見慣れない古びた兜が握られていた。


「もしかしてこれが?」


「そうです! 『盲目の兜』です!」


 ターピーアは夢の境界に縛られない。

 トコトコとこちらに近寄ってくると俺に兜を手渡した。


「これをお前が取ってきてくれたんだよな」


 俺の問いかけに「もちろんですよ!」とユンガは大きく何度も首肯する。


「大変だったんですからね! 目を覚ましたら何故か王都は壊滅状態になっているし、師匠は僕を置いてどこかに行ってしまうし!」


「あはは。それは、悪かったな」


 あの時はフードの男達との戦闘でユンガが意識を失っていて、旅立つ前に事情を説明している時間はなかったからな。


「イルジィさんからダンジョンの攻略を命じられたときには、もう、何がなんだかで! 夢でも見ているのかと思いましたよ!」


「まあ、実際に夢の中で伝達したんだけどね」


 ユンガへと軽くツッコミを入れるイルジィの言葉に、俺は疑問を覚える。


「あれ? イルジィは前に夢を通じて連絡できるのは特定の人物だけみたいに言ってなかったか? どうしてユンガに連絡が取れたんだ?」


「それはターピーアの力だよ。ターピーアが進化して力が強化されたおかげでターピーアが入り込んだ夢の中なら僕と夢を繋げられるんだ。ターピーアには近くの人の夢を伝ってユンガ君の夢にまで入り込んでもらったんだよ」


「ターピーア……強くなりすぎだろ」


『タープー』


 可愛らしい声で鳴いているターピーアだが、そのやったこと事態は笑えない。

 いくら王都が壊滅状態にあるとはいえ魔物が単身で中に乗り込み、特定の人物の元までたどり着いたのだ。

 味方だからいいもののその力を活かせば厳重に警備される要人の下へとたどり着き、寝首をかく事も可能だ。


 こいつ、どれだけ強くなるんだよ。

 無邪気に兜を持った鼻を揺するターピーアに俺は戦慄を覚える。


「まあ、今はその話は置いておくか。それで、これがユンガの手に入れてくれた『盲目の兜』だな」


 俺は気を取り直し、ターピーアが持つ古びた兜を受け取る。


 『盲目の兜』。

 装備者のスキルの発動や取得を封じるという、一見デメリットにしか見えない特殊効果を持つこの兜は、新たに呪いを受けるのを完全に防ぐことができる対フルーホ戦における重要アイテムだ。


 本来ならツァウがダンジョンを攻略し、入手する予定だったが王都へのゴーレムの襲撃、それに次ぐツァウの連れ去りによりダンジョン攻略の時間がなくなり入手を諦めたアイテムだった。


 しかし、ツァウにしばらくは命の危険がないことが分かったため、俺達が時間を稼ぐ間にユンガに獲得へと動いてもらっていたのだ。


「それにしてもユンガはよく一人でダンジョンを攻略できたな!」


「それは、僕一人の力じゃありません。王都の兵士さん達が協力してくれたんですよ!」


「王都の人たちが? だが、今王都は大変な状態だろ。俺達のことを手伝ってくれる余裕なんてないはずじゃ……」


「その理由は簡単っすよ! 王都の人は、王都を救ってくれた師匠に感謝しているんですよ!」


 俺の疑問にユンガは胸を張って誇らしげに答える。


「転移魔法陣の使用を許可してもらうときに師匠は目的を王都側に伝えていましたよね! 僕がダンジョンに向かう許可を得ようと、王都の兵士さんに相談したら何人も同行を申し出てくれたんですよ! 兵士さんの協力がなければダンジョンの攻略に後数日かかっていたかもしれません」


「そうだったのか。それは王都の兵士達には迷惑をかけたな」


 俺の言葉にユンガは大きく頭を横に振る。


「迷惑だなんてとんでもない! 兵士さん達はこんなことしか協力できず申し訳ないと、悔やんでいたぐらいですよ! 師匠はそれだけ感謝される大それたことを成し遂げたんですから、お礼の気持ちを受け取らないのは失礼です!」


「そ、そうか」


 ユンガの迫力に気圧されてしまう。

 俺のやったことが人々の為になっている。

 ユンガの言葉に俺は自身の胸に温かいものが流れるのを感じる。


 『盲目の兜』、これがツァウ救出の、そしてフルーホ攻略のキーアイテムとなるのだ。

 これだけ皆からの声援を受けては失敗するわけには行かないよな。



「これで必ずツァウさんを連れ戻してくださいね!」


「もちろんだ。ありがとうな、ユンガ!」


 俺はユンガ達から受け取った声援を胸に、迫る決戦へ向け決意を固める。

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