第3話 覚悟
町に迫る大波。
スライムにより構成された大波が到達すれば、町のどこへ避難しても無駄だ。
全てが押し流されてしまう。
ギルドから出た俺たちはその暴力的な光景に足を止め固まる。
「ちっ。寄ってたかってこんな小さな町を襲って何になる」
「こんなの、どうしろっていうんだよ!」
冒険者の漏らした困惑に、別の冒険者がいらだちを吐き出す。
「魔法だ! スライムの弱点は火だ。波の根元の一点にありったけを浴びせろ!」
いち早く混乱から立ち直ったギルド長は皆に指示を飛ばす。
魔法を使える冒険者がギルド長の周りに集まる。
「いくぞ! 『ファイア』!」
『『『ファイア』』』
火球が群れを成し、大きな一塊の炎となりスライムの波に襲い掛かる。
「なんでだよ。勢いが衰えねえ!」
それは誰の漏らした困惑か。
波は確かに小さくなった。だが、それだけだ。
一部が崩れたことで波の高度は下がるが、それでも建物の高さを優に超えている。
このままでは町の全てが無に帰すだろう。
俺たちの背後には波から逃げ、走る村人たちがいる。
その中には遠くへ逃げることも難しい子供や、老人も含まれる。
「諦めるな! もう一度だ!」
ギルド長の叫びで、再び冒険者達が魔法を放つ。
炸裂した魔法は波の一部を削るが、それでもやはり大きなダメージは無いようだった。
「やべえ。どうしようもねえぞ、これ!」
「もう一度だ! ここで引けば町は終わりだ! とにかく撃ちまくれ!」
「でも、いくらなんでもこの数じゃ……」
ギルド長が激を飛ばすが、冒険者たちの中に動揺が広がっていく。
散発的に魔法が飛ぶが、やはり有効打は与えられない。
刻一刻と迫る大波はもう、町の入口に到達しようとしていた。
「師匠! このままじゃ、町が。みんなが、死んでしまいます!」
ユンガの困惑。
その目に宿るのは悲嘆と、そして希望の色だった。
俺はユンガの意図を察し、右手に握る大剣を見る。
「師匠。師匠ならこのピンチもなんとかできるんですよね」
「……ああ。そうだよな。迷っている場合じゃねえよな」
握った大剣を体の前で構える。
「俺が行きます」
俺は覚悟を決める。
すべてを飲み込む大波が迫っている。
冒険者が放つ火球はその勢いを殺すことはできない。
攻撃に参加していたギルド長は、俺の声を聞きこちらへ向き直る。
「おい。あれだけの数のスライムだ。倒せば、お前は」
「分かってます。でもそれしか方法がない」
向かい来るスライムの数は百を超えるだろう。
それだけの数のスライムを俺が倒せば、呪いは俺の力を奪い尽くすはずだ。
だが、ここで逃げる選択肢は取れない。
今立ち向かわなければ何のための力だ。
俺は震える体に喝を入れる。
例え、動く力さえ失ったとしても、そのせいで俺の命が失われても。
俺は大切なみんなを守るために力を使うんだ。
恐怖を全身にたぎる怒りの熱で抑え込み、決意の炎を燃やす。
自身の愛剣、魔法大剣『ゾンニヒ』。
俺は体の横で構え、その赤い刀身をまっすぐ正面に向ける。
町の端から端までを飲み込むほど巨大なスライムの波。
ゆっくりと迫るその波に飲まれ木々は粉々に砕け、家はつぶされていく。
灼熱の力を秘めた大剣。
俺は剣の切っ先を地面に突き立てると力を解放する。
「『
魔力を流し込むと、刀身から発せられる熱が地面を溶かす。
掬いあげるように大剣を両手で振るう。
剣の動きに合わせ大地は燃える石塊の雨と化し、スライムの波へ襲い掛かった。
続く炸裂音。
攻撃を受けたスライムは一瞬で蒸発する。
次々と降り注ぐ灼熱の岩石にスライムの波は体積を減らしていく。
周囲を攻撃の余波が駆け抜けた。
「くっ」
襲い来る倦怠感。スライムの大群を撃破したレベル低下の影響が俺を襲う。
視界が晴れると、すでにそこにはスライムの姿は消えていた。
後には地面の破壊痕だけが残る。
周囲から「うおおおお」と喝采が響く。
スライムの脅威を退けた俺へ周囲の冒険者が称えてくれる。
「おっと」
「師匠! 大丈夫ですか」
「……ああ。なんとかな」
ふらついた俺の体をユンガが駆け寄って支えてくれる。
体調は最悪だが、動けないほどではない。
剣を握る手に力を込める。
大丈夫、まだ俺は戦える。
俺は、戦えるんだ!
俺はふらつく足に気合を入れる。
まだ、戦いは終わっていない。
「ありがとう。ハイリゲス。助かった」
「ギルド長。お礼なら後にしてくれ。まだ最上位種が近くにいるはずだ」
ギルド長から受けるねぎらいの言葉に、俺は気を緩めず周囲の警戒を促す。
「ああ。後は俺たちに任せろ。みんな、捜索に当たるぞ。Cランク以上は俺についてこい。残りの奴は町の住民の避難を促してくれ」
予断を許さない状況だが、ひとまず状況は改善した。
ギルド長の檄が飛び、冒険者たちは己の役割に従い動き出す。
「俺も。くっ……」
「師匠。無茶しないでください! 後は僕たちで何とかしますから、休んでいてくださいよ」
俺を気遣うユンガを制し、体に鞭をいれる。
「まだ、ラスタースライムが残っているんだ。あいつは俺を狙っているらしい。なら囮ぐらいならやれるさ。ここで俺が倒れている訳には行かないだろ」
『あはは。僕のキャスティングがハマりましたね!』
それは唐突に現れた。
俺とユンガの眼前で、どこからともなく集まってきた毒々しい緑色をした粘液は巨大なスライムの姿を形どる。
不快感を覚えるその声は、
「ラスタースライムか!?」
『ご名答。僕の『擬態』スキルは意外と大した物でしてね! 何にでもなれる最強のスキルです! それに比べて今のあなたはどうですか。かつて最強の剣士と言われたあなたが、今はその様だ。その弱弱しい姿は、見ものですね!』
警戒し、構えた武器を向ける。
ラスタースライムはどこから声を出しているのか、楽し気に弾んだ声であざ笑う。
『これもすべて僕の采配の結果ですね! 弱いスライムが集まったところで相手の経験値になるのが関の山です。ですが、貴方相手なら毒に変わる! 流石の僕もあなたが万全な状態では苦戦する可能性もありますからね』
「……仲間を捨て駒にしたのか」
『仲間ですか? 知能も無いスライムが僕の仲間な訳がないでしょう。僕は特別なんです! あれらは僕が従える駒に過ぎませんよ』
ラスタースライムは俺の言葉を受け、意外そうな声をあげる。
おそらくこいつには俺の言った意味が分からなかったのだろう。
『さあ、そろそろ動きましょうか。降伏を選択しなかった人間は皆殺しです!』
ラスタースライムは触手を天に向け伸ばすと、それを灼熱の炎が包む。
振り下ろされた触手から炎が伝播し、周囲はあっという間に火に包まれる。
炎の勢いは強く、俺たちのいる空間は周囲から分断されてしまう。
本来火に弱いはずのスライムだが、ラスタースライムは堪えた様子はない。
「師匠、下がって!」
『あなたのような端役は黙って死んでいてください』
体の横を疾風が過ぎる。
気づいた時には隣に居たはずのユンガが背後の建物に激突する。
「ユンガ!」
『どうやらもう、あなたは僕の動きに反応できていないみたいですね』
悠々と伸ばした触手を戻しながらラスタースライムは笑う。
攻撃が見えなかった。
原因は呪いによるステータスの低下だった。
ラスタースライムの攻撃に、もう俺は対応できない。
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