第2話 スライムパニック
「ハイリゲス師匠! 遅いですよ」
「悪い。昨日は飲みすぎたみたいだ。それで、引退した俺にまで招集がかかるとは何が起きた?」
明朝、俺は突然の招集に応じ冒険者ギルドに来ていた。
入り口でユンガに出迎えられる。
ユンガの隣には『群青の翼』のパーティメンバーである二人の姿もある。
冒険者ギルドとは、国や貴族、商会等の団体から依頼を受け、魔物討伐を生業にする冒険者へ依頼を斡旋する組織だ。
そんなギルドに、冒険者を引退した俺が呼び出されたのだ。
こんなことは今まで一度も無かったことだ。
俺は悪い予感に身を強張らせる。
「ハイリゲス、すまない。お前を呼んだのは今まで最前線で戦ってきたお前の意見も聞きたいからなんだ」
野太い声の主は、身の丈二メートルを超える屈強な体を持つ偉丈夫。
俺と旧知の中であるこのギルドのギルド長だ。
「森に異変が起きた。スライムの異常発生だ」
ギルド長は緊迫した声で全体に告げる。
建物の中には五十人近くの冒険者が詰めていた。
上は昨日昇格したばかりの『群青の翼』を含むBランクから、下は駆け出し冒険者にあたる最低ランクのFランクまで。
町の総戦力がこの場には集まっていた。
「あいつらは水辺にしか出ないはずだろ。森の中に大量発生したという事は、まさか……」
「今までに前例がない事態だ。おそらくスライムたちを扇動する上位種が存在するのだろう」
俺が上げた疑問にギルド長は的確に答える。
スライムは本来自我が弱く、活動性の低い魔物だ。
小さな集団は作っても、大きな群れを作ることはない。
大規模な群れがあるのなら、そこにはスライムを統率する者がいる。
「数は計測不能。おそらく百体を超えるスライムが森に集まっている」
百を超えるスライム。
それを想像した途端、体に震えが走る。
くそ。スライムに怯えてどうする。
本当なら町に迫る脅威に奮い立つべきだろうが!
俺は自身のふがいなさに怒りを覚え、歯噛みをする。
「今回の目的はスライムの群れを扇動する上位種の発見だ! そして」
ギルド長は全体を見回すと、机上に広げられた地図に目を落とす――瞬間。
背後から感じる強烈な殺気。
俺は間一髪で床に転がり、左腕の至近を“何か”が通り過ぎる。
いったい何が起きた?
騒然とするギルド内で、殺気のした方を振り向く。
そこには異形が存在した。
『今ので主力を皆殺しに出来れば楽だったのですが。簡単にはいきませんね』
それは冒険者の一人に擬態していた。
擬態を解いたそれは半身を液状に変化させると、そこからウネウネと動く触手を何本も生やす。
言葉を話す魔物……最悪だ。
通常の魔物は人間の言葉を解する知能を持たない。
言葉を話し、人間に擬態する魔物。
それは魔物の中でも頂点の実力を持つ『最上位種』に違いなかった。
「お前、何者なんだ」
『ハイリゲス様、初めまして。僕はラスタースライム。スライムの最上位種にして、この町を破壊しに来た悪いスライムですよ』
震える声で問いかければ、ラスタースライムと名乗った魔物は慇懃に頭を下げる。
気づけば伸びた触手はその両脇に居た冒険者を絡めとり締め上げていた。
触手が喉元にかかり、二人はうめき声をあげる。
『この人間を解放してほしければ僕の要求を飲んでください』
「……言ってみろ」
ラスタースライムはどこか楽しむような気安い口調で話しかけてきた。
どうやら、こいつは俺の事を知っているらしい。
周りの冒険者達は警戒し、いつでも跳び掛かれるように剣を構えている。
俺はラスタースライムへ注意を向けたまま、努めて冷静に応じる。
『僕がここに来た目的は二つです。一つはハイリゲス様、あなたを生け捕りにし災禍龍様の下へ連れていくこと。もう一つはこの町を破壊し、人類への宣戦布告とすることです!』
災禍龍!? そんな馬鹿な。
ありえない名前に俺は耳を疑う。
「あいつは俺が倒したはずだ。俺を災禍龍の元へ連れていくとはどういう意味だ」
『ははは。そのままの意味ですよ! 災禍龍様は復活したんです!』
朗らかに笑うラスタースライムの言葉。
俺が首を切り落とし、倒したはずの災禍龍。
それが復活した? ありえない。
この世界には超常の現象を引き起こす魔法こそあれ、死者の蘇生ができる魔法は存在しない。
ならば災禍龍はどうやって……いや、言葉に飲まれるな。
「災禍龍は俺が殺した。復活などありえない! お前の本当の目的はなんだ!」
『僕、正直者なんです。嘘は言っていませんよ。信じたくない気持ちはわかりますがね』
言葉を言い終える前に、ラスタースライムの全身が粘液状に変化し、四方へ触手が伸びる。
『僕の望みはお伝えしました。皆さんにはハイリゲスさんを僕に引き渡し、この町から無抵抗で離れることを望みます。さもなければ』
すでにギルド内の冒険者は臨戦態勢となっていた。
触手が動き、冒険者へ向かう。
襲い来る触手を迎撃し、幾人かはその威力に負け、壁に叩きつけられる。
「シッ!」
『おっと! おお怖い。こっちは人質を取っているのにお構いなしですか』
数人の冒険者がいち早く飛び出し、魔物めがけ剣を振り抜く。
魔物は体を液状に変化させ、交差する刃の間隙を縫って飛びのく。
「うおらあああ!」
その隙を突きギルド長が手にする巨大なハンマーで触手を粉砕。
人質となった冒険者を解放する。
その攻防の間にあって、俺は恐怖に手が震え動くことができないでいた。
『流石に多勢に無勢ですね』
「やつが最上位種だ! 囲め! 逃がすな!」
魔物は再び人間の形を取った。
背中からは何本もの触手が生え、不規則にうごめいている。
一本一本が冒険者一人を吹き飛ばす威力を持つ触手だ。
ギルド長から飛ぶ指示に、俺を除く冒険者は魔物を取り囲むように陣取る。
くそ、動け。
恐怖にすくむ足は、俺がいくら念じた所でその場から動かない。
目の前に現れた強敵。
皆が命を張ってそれと対峙している。
なのに、俺だけが動けないでいる。
なんなんだ、俺は!
「きゃあああああ」
絹を裂くような悲鳴。聞こえたのは建物の外からだった。
『ははは。皆さん、僕に掛かりきりでよろしいのですか?』
「増援か!? 町のみんながあぶねえ!」
「どのみちこいつをやるしかねえ! 一斉にかかるぞ」
冒険者の声に、ギルド長は瞬時に指示を飛ばす、が。
『もう遅いですよ。スライムは逃げ出した、ってね』
次の瞬間には液状化した魔物は開いた扉の隙間から這い出し、姿をくらました。
「くそ。追うぞ!」
ラスタースライムが消え、ようやく動くようになった体。
くそ! なんで俺は肝心なときに……
「師匠! 行きましょう!」
「あ、ああ」
ユンガの声に我に返る。
俺はユンガに背を押され、冒険者達と共に、外に出る。
「嘘だろ」
そこで見たのは地獄の光景。
村に迫る巨大な波。
それは5メートルは超える高さで、到達すれば村の全てを飲み込むだろう。
うねうねとうごめくその波は、スライムが寄せ集まった姿だった。
一体、何匹のスライムが呼び寄せられているんだ。
「こんなのどうすればいいんだよ!」
それは誰が言ったのか。絶望が町に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます