レベルマイナス9999の最強剣士

滝杉こげお

第一章 不殺の呪い

第1話 『不殺の呪い』

 赤い剣身がきらめき、ドラゴンの巨大な首が宙を舞う。


 数ある魔物の中で最強の種であるドラゴン。

 その頂点に君臨し、存在するだけで周囲に災いをもたらす災禍龍フルーホ。


 フルーホを打ち破り、ドラゴン殺しの栄光を勝ち取ったのは三人の人間だ。


 華美な装飾の本を片手に、目を閉じたまま呪文を唱える灰色の髪の女。

 輝く宝石を先端に埋め込んだ杖を掲げ、幾重もの魔法陣を展開する赤い髪の少女。

 そして、自身の身の丈ほどもある紅い刀身の大剣を振り切る白髪の男。


 人間とドラゴン、その力の差は歴然だ。

 しかし、彼らは決してあきらめず持てる全ての力を最大限に引き出し、遂に届いた剣士の大剣は咆哮を上げる首を断ち切った。


 地に落ちたドラゴンの首。

 その両の瞳は死して尚も恨めしそうに自身を討伐した者を見つめ、呪言を吐く。


『お前たちに、死の苦しみを味わわせてやる』


 その日、ネーベンの三人は龍殺しという最高の栄光を手に入れた。


 しかしその代償として、消えない “ 呪い ” を受け、戦う力を失ったのだった。




☆☆☆




「ハイリゲス師匠! こんにちは!」


 扉が勢いよく開かれ、壁を打つ豪快な音が上がる。


 昼下がりのひと時。

 客のいない雑貨屋で、商品の置かれたカウンターに肘を付き眠っていた俺は、俺の名前を無遠慮に呼ぶ威勢の良い声で目を覚ます。


「てめえ! 俺の店を壊すつもりか! 扉を乱雑に扱うんじゃねえって、何回言えば分かるんだよ!」


「痛え。殴ることないじゃないですか!?」


 俺はカウンターの上を飛び越えると、見知った馬鹿の頭へ拳骨を叩き込んだ。


「文句があるなら客として買い物しろ。それで、今日は何の用だ?」


「ああ、そうだ。師匠! 今日は報告があるんですよ!」


 俺を師匠と呼ぶ波打つ茶髪の少年。

 殴られた頭を撫でながら、満面の笑みで近づいてくる。


「暑苦しい!」


「ふはははは! このユンガ。その程度の攻撃で倒れはしません!」


 本気の俺の蹴りをユンガは籠手をつけた手で防御する。


「くそが。防御ばかり上手くなりやがって」


 高笑いするユンガに、俺は内心の笑みを隠しながら毒づくのだった。




 彼は『群青の翼』という新進気鋭のパーティに所属する冒険者だ。

 名をユンガといい、俺の営む雑貨屋のお得意様であった。


 ユンガには俺が剣を教えており、いつの間にか師匠となついてくれていた。


「それでユンガ。報告ってのは?」


「聞いてくださいよ! とうとうハイオークの討伐に成功したんです!」


「本当か! それはめでたいな! おめでとう」


 俺が頭を撫でてやると、ユンガは嬉しそうに破顔する。


「ありがとうございます! これもハイリゲスさんの助力のおかげです!」




 ここ『ボーゲン』の町は王都と港を繋ぐ交易路の途中に位置する中規模の町だ。

 近くには魔物の巣食う森があり、森の魔物から交易路を守るため常に魔物退治の依頼が国からこの町に出されている。

 冒険者と交易路を行き来する商人の宿泊町として機能していた。


 オークは森の奥に生息する魔物で、身の丈は2メートルを優に超える巨漢だ。

 当然力も強く、オークを倒せることが一人前の冒険者の条件の一つとされる。


「ハイオーク、倒すの大変だったんだ! 取り巻きのオークを十体も引き連れていて。オークを倒すだけでも数体ずつ引き離して、罠にはめて、少しずつ削って。それでようやくハイオークと一騎打ち! 師匠仕込みの俺の剣技でぶち倒してやったんだ!」


「そいつは凄えな。これでお前たちも晴れてBランクパーティか」


「はい! これ、師匠への感謝の気持ちです! 受け取ってください!」


 ユンガは背負い袋から大きな皮と牙を取り出すとカウンターの上に載せる。

 どちらもハイオークの物だけあって巨大で、品質もいい。


「ありがとうよ。それなら今日はもう店じまいだ。お前たちのBランク昇格祝いを開こうぜ。お前はさっさとギルドに納品して昇格を決めてこい!」


「へへへ。いいですね! すぐに行ってきます!」


 俺はユンガの背を押し建物から追い出すと、扉先の札を『準備中』に裏返す。


 そうと決まれば祝宴の準備だ。

 俺は鼻歌交じりに買出しに出かけた。



 ☆☆☆



「師匠! 今日はありがとうございました!」


 祝勝会を終えた夜。

 俺が建物の外まで見送りにでると、ユンガは深々と頭を下げる。


 すでにユンガのパーティの二人は帰路についており、一人残ったユンガが彼らの冒険を語り尽くすように、日が暮れるまで尽きない話を続けていた。


「おう。あまり浮かれすぎて足元をすくわれるなよ」


「はい。もちろんです! 次は師匠と同じAランクを目指して頑張りますからね!」


 俺が肩を軽く叩くと、ユンガは力強く頷く。

 最初は弱っちいガキでしかなかったこいつが、本当にいい目をするようになったものだ。


 俺は感慨にふけりながら、ユンガへ用意していた包みを手渡す。


「俺からの昇格祝いだ」


「ありがとうございます! ってこれ、モンスターの目をくらます『光玉』じゃないですか。昇格祝いなんですからもっとかっこいいものくださいよ」


「うるせえ! 何事も命あっての物種だ! どんな窮地でも死なないのが冒険を続けるコツだぞ! 危ないって時は、惜しまず使えよ」


「師匠は心配性ですね。でも、ありがとうございます。有難く受け取りますよ!」


 ユンガは大事そうに包みを背負いカバンに入れる。


「それでは師匠。おやすみなさい!」


 大きく手を振りながらユンガは軽い足取りで去っていく。

 俺はその後ろ姿に笑みを深める。



 冒険者を引退し、この町に戻ってから三年。

 弟子として育てた冒険者が一人前となり、自分の物語は次代へ引き継がれた。

 俺の物語が終わったのだと、その実感が湧き上がってくる。


 これからは冒険者たちを支える裏方として余生を過ごすのだ。

 ……だから、胸の片隅でうずくこの感情は忘れるべきだ。


 俺は雑貨屋のカウンターに戻ると、いつも手入れを続けている愛用の大剣を担ぎだす。

 太陽を思わせる赤い刀身の大剣に手を添え構える。


 夜の裏庭。辺りを包む静寂を切り裂くように無心で剣を振るう。


 熱い。体を巡る熱に、俺は上半身をはだけさせる。

 外気にさらされた肌にはあの日に受けた呪いの跡が、胸の真ん中を中心に肋骨の下からわき腹まで紫に変色し、へばりついている。


 ドラゴン殺しの栄光と引き換えに受けた呪い。

 それは『不殺の呪い』といい、得られる経験値を負の値に反転させる。

 俺は呪いの影響で魔物を倒せば倒す程、弱くなっていく。



―――――


ハイリゲス


レベル:58


HP :218/218


MP :103/103


筋力 :186


耐久力:175


敏捷力:122


魔力 :68


スキル

赤光しゃっこう』『流星剣メテオスラッシュ』『炎突ファイアスラスト』他38


特殊

『不殺の呪い』


―――――


 これが今の俺のレベルだ。

 最盛期には90あったレベルも今は58しかない。

 呪いを受けた後も冒険者を続けていた俺に待っていたのは、日々肉体が弱体化していく現実だった。


 跳躍一つで狩れていたワイバーンに。

 剣の一振りで体を両断できたオークに。

 十体以上の群れを瞬殺していたウルフに。

 日に日に苦戦するようになる魔物に、それでも諦めず剣の腕を磨き続けた俺は、全治半年の大怪我を負った。


 怪我が治り、再び戦場に戻った俺の体は魔物を見ると震え、動けなくなっていた。

 それは負った怪我に対するトラウマか、はたまた死への恐怖か。

 このまま戦い続ければレベルとともにステータスは下がり続け、いつかは魔物に敗れ死ぬことになる。

 それを本能が理解し、俺に戦いを止めているのではないか。


 力を失い、現実に敗れた俺は冒険者を止め、故郷であるこの町に戻ったのだ。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 咆哮と共に剣士への未練を、俺に呪いを与えたドラゴンの幻影を切り伏せる。


 今の生活は確かに幸せだ。

 町の人達は暖かで優しく、ユンガのように俺を慕ってくれるやつもいる。

 だが、俺はもう、あいつらのように戦う事はできない。分かっている。


 俺は張り裂けそうな胸の内を押し殺し、ただひたすらに剣を振り続けた。











=====


皆様、はじめまして!

たくさんの小説の中から本作をお読みいただき、ありがとうございます!


作者の滝杉こげおです。

最弱に墜ちた剣士の逆転譚。

第一章完結まで毎日20:00に更新ですので、最後まで是非お楽しみください!

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