第4話 『赤光』
「『
炎を纏った剣を回転させ突き出す高速の剣技。
前方に進む炎の渦がうねりを上げ、近づいて来たスライムの進行を阻む。
家屋が燃え、上がる炎に隔絶された空間。
むせかえるような熱気を浴びながら、俺は襲い来る銀のスライム達を相手取る。
『さあ、第二ラウンドです。せいぜい、経験値を稼いでくださいね』
シルバースライム。
通常のスライムとは違う銀色の体表を持ち、高い防御力と素早さを備える。
しかし、このスライムの一番の特徴は、倒すことで大量の経験値を得られる点だ。
対策さえすれば駆け出しの冒険者でも狩ることができるのだ。
経験値のおいしい魔物として冒険者に知られる。
しかし、経験値を取得すれば弱体化する今の俺にとっては天敵と言える魔物だ。
十体を超えるシルバースライム。
俺だって冒険者を引退して以降修練は欠かしていない。
弱体化した今の俺でも対処は可能だ。
「
地面に突き立てた剣へ送った魔力。
変換された炎が地面から噴き出し炎の壁を作り出す。
シルバースライムが吐き出した酸は俺にたどり着くことなく焼き尽くされる。
「
壁を回り込んで来たシルバースライムへ、範囲を広げる代わりに攻撃力を落とした炎の剣閃を振るい弾き飛ばす。
繰り出される体当たりを、吐き出される酸の唾液を。
スキルを駆使し、囲まれないよう注意しながら俺は攻撃をいなし、躱し続ける。
そう。対処だけならば可能なのだ。
だが、倒すことはできない。
―――――
ハイリゲス
レベル:16
HP :46/86
MP :18/48
筋力 :58
耐久力:56
敏捷力:50
魔力 :35
スキル
『
特殊
『不殺の呪い』
―――――
すでに俺のレベルは駆け出し冒険者の域にまで低下していた。
目の前のシルバースライムを倒してしまえば、今度こそ俺は動けなくなる。
俺は愛剣へ視線を向ける。
俺には奥義があった。
これをぶつける事が出来ればラスタースライム相手にも勝機はあるはずだ。
奴の力を目の当たりにした今、俺以外に奴を倒せるものはいない。
ラスタースライムを倒す手段を持つのは俺だけなのだ。
そして、チャンスがあるとすれば奴が油断し、俺への攻撃を使役したスライムに任せている今しかない。
「くそっ」
シルバースライムの体当たりがわき腹をかすめる。
普段は冒険者を見かけると逃げ出してばかりいるこいつらだが、固い表皮に包まれた体によるスピードの乗った体当たりはまともに相手すると手ごわい。
ラスタースライムに接近するにはシルバースライムをどうにかする必要がある。
策を見つけるため時間稼ぎに徹する。
それが今の俺にできる唯一の事だ。
俺は攻撃を躱しながらラスタースライムへ言葉を投げる。
「ラスタースライム! お前は、どうしてそこまで人間を目の敵にする」
『もちろん僕が楽しいからですよ! 僕は力を持つあなたのような存在が、スライムのように地べたを這いつくばる姿を見るのが好きなんです。だから僕はフルーホ様に取り入った! 力を手に入れ最上位種となったんです!』
答えを期待した質問では無かったが、ラスタースライムは饒舌に、自身の力を誇るように語る。
『僕はもともと子供にすら勝てない、人間の経験値になるしかないただの弱いスライムでした。だけど、僕には他のスライムには無い知恵があった!』
『弱い子供や死にかけの冒険者を狙い、強い相手からは身を隠す知恵が! 他のスライムを囮に人間を誘いだし、罠に嵌める知恵が! 町の水源に毒を流し弱った人間を狩る知恵が! だから僕はここまで強くなれた。人間がスライムを狩るように。今度は強い僕が人間に弱い思い知らせてやるんです!』
人間をなめ切り、同種のスライムを見下し、自分を強者だと語る。
こんな奴に、この村をいいようにされてたまるか。
俺の中で怒りがさらに燃え上がる。
こいつを倒すために必要なのは、俺の攻撃を届かせる一手だ。
奴の気を引ける一手が何かあれば。
「……師匠」
背後から聞こえる微かな声。
ラスタースライムに気取られないよう視線を送ると、家屋に叩きつけられ気を失ったユンガが意識を取り戻していた。
『ははは。さあ、踊れよハイリゲス!』
ラスタースライムは自身の言葉に酔っているのか高笑いを浮かべ、ユンガの動きに気づいていない。
奴に攻撃を届かせる一手は、これしかない。
「冒険を続けるコツは死なないことだ!」
『なんですか? 今更命乞いですか。心配いりませんよ。あなたは生け捕りにしろとの命令ですからね。まあ、手足の一、二本もげたところで文句は言われないでしょうが』
お願いだ、伝わってくれ。
ラスタースライムに気取られるわけにはいかない。
俺はユンガに意図を伝えるため、声を張り上げる。
「何事も命あっての物種だ! 今から来るのがその窮地だ!」
シルバースライムを剣で押しのけ、俺は大きくバックステップを踏み距離を取る。
「今だ! 惜しまず使え!」
俺は意を決して目をつむる。
その瞬間、瞼の向こうで光が弾けるのを感じる。
“ 危ない時は惜しまず使えよ ”
それは俺がユンガに贈った『光玉』が起こした閃光だった。
スライムと言えど感覚器は存在する。
まばゆい光を浴びれば視界を失い、体が硬直する。
ユンガが作ってくれた千載一遇のチャンス!
この空間で動けるのは、俺だけだ!
「『
刀身が真紅を纏い、熱で空気がゆがむ。
今まで剣の中に溜め続けた魔力を全て熱に変え叩きこむ俺の奥義。
膨大な熱に剣を持つ手が焼ける。
加熱された空気の膨張を利用し加速する。
シルバースライムの脇を抜け、ラスタースライムの眼前へ。
太陽が顕現したかと見まごうばかりの赤い刀身を、奴の体へ叩きつける!
「はあ、はあ」
息が上がり、呼吸をするたびに喉が焼ける。
眼前に上がった特大の火柱は、数秒後に消失する。
その中心にいたラスタースライムは、灰すら残らず消えていた。
「師匠! やりましたね!」
「ああ。お前のおかげだ。ありがとう、ユンガ」
笑顔のユンガが駆け寄ってくるのを受け止める。
弱った体ではその勢いを受け止めきれず、倒れてしまう。
「最上位種を倒したんです! これで、あとは残るスライムだけですね」
ユンガの言葉に俺は頷こうとして、固まる。
そう。奴は最上位種だった。
ならば、どうして今、ユンガが飛びついて来たのを一時的にでも受け止められた?
あいつを倒した俺のレベルは今どうなって……
―――――
ハイリゲス
レベル:16
HP :12/86
MP :0/48
筋力 :58
耐久力:56
敏捷力:50
魔力 :35
スキル
『
特殊
『不殺の呪い』
―――――
「なぜだ!? 変わってない!」
「師匠、どうしたんですか」
俺はユンガから身を離すと剣を構える。
周囲に気配はない。だが……
「奴は生きている! 周囲を警戒しろ!」
『ははは。バレてしまいましたか』
声が聞こえたのはすぐ背後から。
俺は転がるように、その場から飛びのく。
振り返った先には、ユンガしかいない。
まさか……
『今の攻撃があなたの隠し玉だったわけですね。いやあ、危なかった。もう少しで干物になるところでしたよ』
「お前、いつの間に! 何故死んでねえ! ユンガをどこにやった!」
俺が剣を構えると、ユンガだった者の姿が醜くゆがむ。
『ははは。一度にいくつも質問をしないでくださいよ。応える口はいくつも作れても、考える頭は一つなんですからね』
緑の粘液が渦巻き、人の形を象る。
そこに現れたのは俺が倒したはずの宿敵、ラスタースライムだった。
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