第5話 最後の悪あがき
『僕の擬態スキルは、意外と大した物でしてね』
倒れたはずのラスタースライムは、無傷の体で俺の前に現れる。
その姿に衝撃を受け、俺は言葉を継げずにいた。
『光に目を潰されたのなら、新たに目を作ればいい。生身で絶えられないほどの高熱を受けたなら、耐えられる金属に肉体を変化させればいい』
ラスタースライムは複数伸ばした触手の先を、人間の眼球に、七色に輝く金属に、様々な物質へと自在に変化させていく。
いやいやいや。そんな、なんでもありとか反則過ぎるだろう。
こんな奴、どうやって倒せばいいんだ!
駄目だ。攻撃の反動で、意識が……
『もうギブアップですか? ならば先に彼を殺してしまいましょう』
新たに伸びた触手の先。
そこに絡めとられていたのは意識を失ったユンガだった。
「やめろ!」
『止めるわけないじゃないですか。だって僕、悪いスライムですから』
触手が締まり、ユンガの体からボキリッと嫌な音がする。
俺は体の倦怠感も忘れ、剣を振りかぶるとユンガを縛る触手へと斬りかかっていた。
『流石、英雄様! それでは、もう少しだけ……踊っていただきましょうか!』
俺がたどり着くよりも前に、触手は俺へ向け無造作にユンガの体を放り投げる。
「うぐっ!?」
何とか受け止めようとするが、そのまま吹き飛ばされた俺はユンガを腕の中で庇いながら地面を転がる。
顔を上げると、ラスタースライムの呼び声に合わせわらわらと、シルバースライムが集まってくる。
俺は地面にユンガを地面へ静かに横たえる。
剣を支えにゆっくりと立ち上がった俺は、
「うおおおおおお!」
力の限り咆哮を上げ、剣を振り上げ駆け出した。
顔めがけ飛びかかってくるシルバースライムの体当たり。
それを寸前で躱すと、地面に落ちたその体に剣を突き立てる。
『ピギャ』
上がる小さな断末魔。
俺は意識を次の標的に切り替える。
俺を挟んで左右に位置するシルバースライムは同時に体当たりを狙ってくる。
バックステップで距離を取った俺は、二体が間合いに入った瞬間に剣を振るい、両断する。
撃破と同時に襲い来る脱力感。
それを気合で捻じ伏せ、前を向く。
もはやシルバースライムの攻撃を避け続ける余力はない。
俺はレベルの低下を代償に、シルバースライムを斬り伏せていく。
『ピギャ』
レベルが。
『ピギャ』
ステータスが。
『ピギャ』
スキルが。
今まで培ってきた自身の力が失われていく。
「くはっ」
遂には愛用の大剣すら取り落とし、シルバースライムからの体当たりをもろに受ける。
『ははは。もう剣を持つ力もないじゃないですか! さあ、どこまで持ちますかね!』
ラスタースライムが伸ばした一本の触手。
目で見える程度の速さで振るわれるそれを、しかし避ける術はなく、俺は無様に吹き飛ばされる。
「がはっ!」
背中を地面に強く打ち付ける。
肺の中の空気が強制的に吐き出された。
「ぐっ。はあ、はあ」
俺は喘ぐように呼吸を繰り返す。
ゆっくりと俺を囲うようにこちらに近づいてくるシルバースライム。
その数は五体。
俺は手近に転がっていた剣を掴む。
柄を見るとそこには青い翼の紋様が。
それは『群青の翼』のマークだった。
「うおおおおおお!」
俺はユンガの剣を手に立つ。
上げた声は自分でも驚くほど弱々しい。
動くだけで体中が悲鳴をあげる。
だが、ここで止まることだけはできない。
この体ではもうラスタースライムの元へたどり着くことすらできないだろう。
俺にできることは他の仲間が状況を打開してくれることを信じ、一体でも多くのスライムを倒すことだけだ。
ひどく重く感じる剣を、体のひねりで代償し振るう。
勢いの付いた剣先を眼の前のスライムへ叩きつける。
ガクンと体から力が抜ける。
俺は自重を支えられず顔面から地面に倒れこむ。
ステータスを確認すればレベルは0を示していた。
……はは。とうとうスキルも、ステータスもすべてを失った。
もう指の一本すら動かすことができない。
しかし、運は俺に味方したようだ。
伸ばした指の先。そこによく触りなれた剣の刀身が触れる。
これが……最後の悪あがきだ!
「『
触れた指先から大剣に力の解放を命じる。
シルバースライムとの戦いの中で、大剣に注ぎ込んだなけなしの魔力。
それを全て熱に変え放つ、俺の奥義。
指先の触れる箇所から感じる暴力的な熱量。
視界が赤く染まり、熱風が吹き荒れる。
ラスタースライムを葬るべく放った先程と比べれば威力の差は歴然であった。
全盛期の俺であればスキル一つで発動できる威力の爆発。
それが俺の周囲に炸裂し、シルバースライムもろとも俺の体を吹き飛ばした……
【条件:レベルがマイナスに到達しました】
【称号:『不屈なる者』を獲得】
【スキル:『大物喰い』を獲得】
【個体『ラスタースライム』との戦闘状態を確認 敵対者とのレベル差分のステータスが上昇します】
失われかけていた意識が覚醒する。
圧倒的な違和感が俺を襲う。
体が爆発するかと錯覚するほどの活力が体内を駆け巡り蹂躙する。
ひどい頭痛と、高揚感が俺を支配する。
「うおおおおおおおおあああああああああああ!」
あふれ出す衝動を吐き出すように叫びを上げる。
先程まで指一つ動かすことが出来なかった体が、まるで重力から解放されたかのように軽い。
いったいなんだ。何が起きた?
頭痛が消え、意識がはっきりとしてくる。
俺は事態に混乱しながらも、ゆっくりと立ち上がった。
『ははは。すごい、すごいです! 満身創痍の状態で、シルバースライムを吹き飛ばし、自身もダメージを受けながらそれでもまた立ち上がるとは! 流石英雄様だあ!』
耳障りな賞賛の声。
顔を上げれば、うごめく無数の触手を伸ばし、俺を見て満面の笑みを浮かべるラスタースライムが。
『最後は僕自ら、あなたに引導を渡して差し上げますっ!』
十八本の触手が四方から回り込むように俺へと迫る。
先ほどまでは、目で追うことすら出来なかった。
しかし、今はそれがやけにはっきり見える。
一本一本の微細な動きから、これから辿る軌道が手に取るように分かった。
俺は触手へ視線を向けたまま、地面に転がる愛剣『ゾンニヒ』を拾い上げる。
「はっ!」
向かい来る触手。
その先端めがけて振るった剣が触れた触手を爆散させる。
一撃、二撃、三撃。
触手が到達するまでの間に無数に剣を振るい、近づく全ての触手を切る。
衝撃で弾かれた触手の先に、驚愕に顔を歪めるラスタースライムの姿を捉える。
俺は体を前傾させると、一気に加速。
触手の間を縫い、ラスタースライムへ肉薄する!
「うおりゃ!」
『ひぃ!?』
俺の振るった剣を、寸前で金属に変化したラスタースライムの体が弾く。
鋭く響く金属同士の衝突音。
俺が続けて切りつけると、ラスタースライムは俺の攻撃を跳躍して回避する。
『な、なんですかあなたのその力は!』
俺の変化に狼狽したラスタースライムの質問。
それを受け、俺は答える。
「知るかボケ!」
『ピギャ!?』
再度力を込めて振るった剣は、迎撃に出た触手ごとラスタースライムを大きく吹き飛ばした!
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