第6話 『大物喰い』

 眼前を埋めつくす無数の触手。


 音を立てて発光する雷が。

 禍々しく泡立ち周囲の空気すら汚染する毒が。

 見たこともない金属で作られた鋭利な槍の刃先が。


 命の危険を直感させる多種多様な危険物へと変化した触手の群れ。

 百を超えるその全てがこちらを狙っている。


 一本一本が当たれば軽く人の命を奪える、その脅威。

 対する俺が構えるのは一本の大剣だけだ。


 神経を研ぎ澄ます。 

 一斉に襲い掛かってくる触手に対し、俺が取るアクションは一つだけ。


 俺が剣を振り抜いた瞬間、その衝撃だけで全ての触手が吹き飛ぶ。



『そんな、ありえない! なぜレベルがマイナスの人間が僕に抗える!? 僕は最強のレベル、ステータスを持った最強の魔物だぞ! それに僕の擬態は絶対だ! 勝てる道理がないだろう!』


 ラスタースライムは目の前で起きた現象に眼を剥き、混乱を叫ぶ。

 その混乱も当然だ。


 俺は呪いにより、レベルを失い、ステータスを失い、スキルも失った。

 対するラスタースライムは、スライムの頂点のレベル、ステータスを持ち、『擬態』という万物に変化する最強のスキルを持つ。


 最弱となった俺が、最強のラスタースライムの攻撃を一方的に退ける。

 本来ならありえない現象だ。

 俺はラスタースライムを相手にしながら、自身の変化に目を向ける。




―――――


ハイリゲス


レベル:-12


HP :99904/99988


MP :99956/99988


筋力 :9988


耐久力:9988


敏捷力:9988


魔力 :9988


スキル

『大物喰い《レベルイーター》』


特殊

『不殺の呪い』


―――――




 『大物喰い《レベルイーター》』。

 それが俺の手にしたスキルの名だ。




―――――


『大物喰い《レベルイーター》』

敵対状態にある個体がいて、その中で自分のレベルが最も低い場合、

敵対状態にある個体の内、最もレベルの高い個体と自分のレベル差分全ステータスが極大アップ


―――――




 相手が自分より強ければ強いほど自身を強化するスキル。

 言い換えれば自分が弱ければ弱いほど、俺は最強になれる。

 


『嘘だ。ありえない。認めない。こんな理不尽が許されるはずがない』


 俺が斬った瞬間から触手はすぐに再生を開始する。

 枝分かれし、更に数を増やして襲い来る触手の波状攻撃。

 致命の威力を誇る触手の雨を、俺は瞬きの間に放つ複数の斬撃により迎撃する。




『くそ、くそ、くそ! スライムたち、集まれ! こいつを圧殺しろ!』


 ラスタースライムは仲間を呼んだ。

 するとラスタースライムの足元が隆起する。

 間欠泉から水が噴き出すかのように粘性を持った液体が宙に伸びあがり、巨大なスライムへと姿を変える。


 その現象が起きたのは一か所ではない。

 次々に地面から現れた巨大スライムはその巨体に見合わない俊敏な動きで俺を囲む。


『エルダースライムは耐久力特化のスライムだ! 長年を生き、培った防御力! どんなカラクリで強くなったか知らないが、こいつらを簡単に倒せはしない! 生物は窒息すれば死ぬんだ! 何もさせずに圧殺してやる!』


 エルダースライムたちが動き出し、包囲が一気に狭まってくる。

 視界を埋めつくす圧倒的な物量。

 接近されれば例え倒せた所で、その体につぶされてしまうだろう。

 ならば、完全に囲まれる前に倒すしかない!


 俺は地面に横たわるユンガを片手で抱え上げる。

 片足に力を込めると一気に地面を蹴り、加速する。

 狙うは正面のエルダースライム。


 スキルを失った俺ができるのは力任せに剣を振るうことだけだ。

 しかし、その一振りはエルダースライムの体を大きく削りとる。

 斬撃でできた隙間へ身をよじって飛び込み、更にその奥へと斬撃を振るう。


 幾度も剣を振って進んだ先。

 視界が開けスライムの体外へと飛び出す。


『逃がすな! 休む間を与えるな! もう、生け捕りなんて考えない! 絶対に奴を殺せ!』


 ラスタースライムの触手が、エルダースライムの巨体が、こちらへと殺到する。

 俺はユンガを半身で隠し、庇いながら、向かってくる全てを切り裂き、突き進む。


 剣は振るたびに鋭さを増していく。

 相手の手数を上回る速度で剣を振るい包囲を抜ける。

 反転し、再びスライムたちの真っただ中へ。


 斬る。

 振り切った腕を狙い、伸びてくる触手を返す刀で迎撃する。


 斬る。

 斬撃で開けた視界の更に奥へ身を躍らせ、斬りこんでいく。


 斬る。

 列を為し進路を塞ぐエルダースライムの巨体を全霊の力を持って。


 斬る。

 最後に残ったエルダースライムの体が、剣筋に沿って斜めに滑り落ちた。



『ありえない、ありえない、ありえない!』


 ラスタースライムは未だに健在だ。

 無数の触手を蠢かせており、その体には傷らしい傷も見当たらない。

 しかし、その表情にはつい先刻までの嗜虐心にゆがんだ醜い感情が脱落していた。

 浮かぶのは純粋な恐怖だ。


 周囲を見渡せばいつの間にか広がっていた延焼は消えていた。

 分断されていた他の冒険者たちの様子が見える。

 皆が満身創痍だが、未だスライムたちと戦い、戦線を維持している。


 奥には避難した村人たちの姿も見える。

 戦えない村人たちも冒険者を応援し、怪我人の手当をしている。

 皆が己の役割を全うしようとしていた。


 ならば、俺も役割を全うしよう。




 

―――――


ハイリゲス


レベル:- 9999


HP :10088001/10088001


MP :10088001/10088001


筋力 :999801


耐久力:999801


敏捷力:999801


魔力 :999801


スキル

『大物喰い《レベルイーター》』


特殊

『不殺の呪い』


―――――


 呪いにより一度は諦めた冒険者の道。

 どういう因果か再び手にした力。


 この力があればユンガを、村人を、俺の大切なみんなを守ることができる。



「ラスタースライム。お前は俺が倒す!」


 俺は大剣の切っ先をラスタースライムへ向ける。




『僕を倒す? お前如き人間が?? 調子に乗るなよ! 僕の擬態は絶対だ! なんにでも成れる最強の力だ。僕は、最強だ!』


 跡形もなく燃やす炎に。

 千里の先まで轟く雷に。

 万物を閉ざす極寒の氷に。

 全てを侵す禍々しい毒に。

 あらゆる物を飲み込む酸に。


 倒したはずのエルダースライムに。

 見る者に怖気を呼ぶ異形の化け物に。

 全種族の頂点に君臨する巨大なドラゴンに。


 あらゆる形へ変貌を遂げるラスタースライムの触手。

 その力をもってすれば国すら落とすことも可能かもしれない。


 だが。


 敵が強ければ強いほど、俺は強くなる。

 手にした速さでラスタースライムの背後を取ると、反応の遅れたラスタースライムの背中を攻撃する。


『ぐっあああああああああああああ!』


 相手が硬化していても関係ない。

 その防御の上から無数の剣戟を浴びせる。


『ま、まってくれ』


「なんだ。何か言い残すことでもあるのか?」


 すでに擬態を維持できないのか防御は剥がれ、ラスタースライムの全身はボロボロになっていた。

 ラスタースライムは俺が手を止めるのを見て、口を開く。


『ぼ、僕は悪いスライムじゃ……』


 触手の一本が俺の眼を避けるように大きく迂回し動き、俺の背後へ。

 その先には未だ意識の無いユンガが。


 当然、その動きは見えている。


「嘘つきが!」


『ピギャ!?』


 ラスタースライムの体へ、渾身の一撃を叩きこむ。

 真っ二つになった顔に驚愕の表情を浮かべたまま、ラスタースライムは絶命した。

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